第14話「デビューシングル『夏の日祭り』」
「もう一度言うですが……、なんで本番前に焼きそば食ってるですっ!?」
「焼きそばだけじゃないがの……、腹が減っては祭りは出来ぬ。歌えや踊れど、腹が減るじゃの!」
「どっちにしろ減るですっ!?って、手も口もべったべたです!?楽器が大変ことになるですよっ!!」
「一理あるじゃの。油が染みると音色が変わってしまうからの!」
「知ってるなら、さっさと拭きやがれ、ですっーーー!!」
あ、矢倉台に登ってきた那由他に向かってサチナがバスタオルの塊を投げつけた。
たぶん、ライブ前のマイクパフォーマンスなんだろうが……、マジギレしてない?
見たことない感じに尻尾の毛が逆立ってるんだが?
「リリン、ワルト、あれって演技だと思うか?」
「ん、たぶん違うと思う」
「七原の皇の子であるサチナにとって、遠慮せずに威嚇できる相手ってそうそう居ないだろうからねぇ。あれはあれで新しい体験なんじゃない?」
「でも、放置しとくと後が怖いんだが?……よし、じゃんけんに負けた奴が止めに行こうぜ」
「「断るっ!」」
ほんと、行きぴったりじゃねぇか。お前ら。
このままじゃんけん勝負をすると、俺だけ出した手が違うなんてことになりそうなので、この話題は打ち切っておく。
「はぁ、はぁ……。まぁ、いいです。ベアトも那由他も、これから何をするか覚えているです?」
「ライブをやるんだゾー!!」
「祭りに音楽は必須。どんな楽器も一通り弾けるから任せるじゃの!」
「とりあえず、最低限の仕事はできそうで安心したです。ということでみんなーー!サチナはすっごく不安いっぱいなのです!!だから、だから、みんなの応援でフォローして欲しいのですっ!!」
なるほど。新人アイドルということを前面に押し出して、多少の粗さを好感度に変換する作戦か。
外見は幼女そのもの。
実際、観客を化かしているのは那由他だけで、サチナもベアトリクスもまだ10歳にも満たない子供だしな。
ここは俺達も協力させて貰うとするぜ!
「うおぉぉおお!さちなたーん!!ベアトーー!!かみj……。なゆたー!!応援してるぞーー!!」
「頑張れーー!私が付いている、安心して全力を出すといい!!」
「特に左側の奴ーー!!マジで本気で真面目にやれーー!!上司命令で飯を減らすぞーー!!」
俺とリリンの応援とワルトの激励風パワハラが、数多の歓声ともに舞台へ届く。
サチナ達にもしっかり聞こえたようで、それぞれ視線を交わし合った後、手を空に挙げて意気込んだ。
「それじゃぁ、サチナ達のファーストライブ行ってみ……、る前に、投票券の説明をするです」
「あ、良かったゾ。説明、忘れてるのかと思ったゾー!」
「ぐっだぐだじゃのー」
「お前らだけには言われたくねーですっ!!」
投票券ってなんだ?
サチナ達の後ろにでかいモニターがあるし、何らかの仕組みがあるらしい。
リリンとワルトもそれっぽいの持ってる。
「はい、ユニクの分の投票券、10枚」
「これは?」
「サチナのライブの後、そのままカラオケ大会へ移行する。その時に使う採点システム」
「んー、闘技場の掛け金に似てる感じか?」
「そう。お祭り期間中、500エドロお買い上げごとに一枚、投票権が発行される。ここの切り取り線を次の発表が始まるまでに切り取ることで、1ポイント投票される」
「なるほど、疑似的なファン投票って事か」
カラオケ大会をどうやって盛り上げるのかと思ったら、一応、採点システムぽいものが用意されているらしい。
なお、俺が『一応』なんて言っているのは、明らかに欠陥がある方法だからだ。
どんどん投票権が消費されていく以上、出番が後になるほど不利になる。
だからこれはガチの勝負ではなく、場を盛り上げるための演出なんだろう。
「みんなー!!投票権は持ってるですか!?持ってない?じゃあ、屋台にダッシュするです!!」
「これかの?なんかいっぱい貰ってのー」
「なんでこんなに持ってるです!?どんだけ食ったですかっ!?」
「1000食分の食券があってのー。ということで、皆の者、遠慮などせず飯を食うじゃのーー!」
そう言った那由他が、矢倉台の上から紙の束をぶん投げた。
バサーー!!っと撒き散らされたのは、この温泉郷で使える一食無料券。
これを使えば、ジャンクな屋台から高級料理のフルコースのセットメニューまで、一食ならばタダになる。
便利そうなので、俺も3枚ほど拾ったんだが……、ワルトの顔色が良くないな?
「よし、10枚ほど確保した。これでアヴァロンMAXに10回挑戦できる!!」
「おい馬鹿止めろ!!そんなこと大声で言うんじゃないよっ!!」
アヴァロンMAXの挑戦料は約65,000エドロ。
それが1000食ともなれば、6500万エドロにもなる訳だが……、なぜかワルトが焦ってる。
「もう大体は察してるが……、このタダ券はワルトが用意したのか?」
「……僕の命と引き換えにねぇ」
「ちなみに、温泉郷で一番高いメニューってなんだ?もしかして、パーティー料理も一食分になるとか?」
「レジェが各国の王貴族を招待するパーティー料理、は、流石に無効にしてある。一人分じゃないし」
……なんか煮え切らない答えだな。
6500万エドロ程度で困るワルトじゃないし、もしかすると、アヴァロンMAXとは桁が違う一品料理がある?
だが、それを言うと那由他に聞き取られるので言いたくないと。
「あ、ウェディング・ケ――ももふぅう!!」
だが、美食の魔王様に暴露された。
なるほど、ウェディング・魔王・ケーキならば一個で数百万エドロを超えても不思議じゃない。
で、それを1000個注文されるのは流石に困ると。
「色々と想定外が起こってるですが、まぁ、良いです!!お祭りは楽しんだ者勝ちなのは、サチナも同意なのですよ!!」
「だゾ!」
「うむ、そうじゃの!!さて、ここらで一気にテンションを引き上げるとするかの。《カモン!=アヴァロン組》」
那由他は自分の指の上に作っていた魔方陣を爪で弾き、空へと打ち上げる。
刹那、朱色の花火とともに降って来たのは、大規模タヌキ召喚魔法。
そして、召喚陣から飛び出した筋骨隆々な和装タヌキ共が次々に降ってくる光景は、多くの冒険者と俺の心を震わせた。
「「「あのタヌキ、全員、レベルがカンストしてるだとぉ……」」」
「みんな、用意はいい、ですっ!?」
「良いんだゾー!!」
「うむ!伴奏は任せるがよい!!」
「それでは、びじゅある・びーすと、デビューシングル『夏の日遊び』、いっくですよーー!!」
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生まれおちて、ふぉーりん、愛されて~~
ずっとずっと、ふぉーりん、愛してて~~
ごはん食べて、ふぉーりん、噛みしーめて~~
ふかふかのお腹、ふぉーりん、満たされて~~
この幸せ、ずっと続けよう~~
ふぉーりん、ふぉーりん……、思って、たー。
・
・
・
昨日までの景色、どこにもなくてーー
陽だまりの温もりも冷めていてーー
一匹で見る空は、寂しーくてーー
滲んだ月にも、笑われてーー
・
・
・
出会って笑って、ふぉーりん、楽しーくて~~!
みんなと一緒に、ふぉーりん、続けてく~~!!
ずっとずっと、ふぉーりん、愛してる~~!!
私たちは、ふぉーりん、愛したい~~!!
みんなみんな、ふぉーりん、愛してる~~!!
ここからずっと、ふぉーりん、愛してる~~!!
だ、か、ら、……っ!!
みんなももっと、ふぉーりん、愛して欲しい~~!!
世界を超えて、ふぉーりん……、
愛して、欲しい~~!!
「はぁ、はぁ……!!みんな、サチナ達の歌。どうだったです?」
「「「う」」」
「う?なんダゾ?」
「「「うぉぉおおおおおおおおおおおおお!!最高だぜ、びじゅある・びーすとぉぉぉ!!」」」
サチナ達が歌い終わった瞬間、場を支配したのは静寂だった。
まさに息を飲んだ光景であり、俺も含め、全員が感動に打ちひしがれていた。
「すっげぇいい曲だった。タヌキがどうとか言ってられないくらいの名曲だった」
「明るい曲調で始まった幼いサチナ達の日常。お母さんたちに守られて育った幸せな時間は、とてもポップで可愛い音!!」
「だが、無情にも来てしまった親離れ。ド迫力な太鼓で区切りをつけた後の、美しいピアノのソロ演奏が涙を誘うねぇ」
「そうして、サチナ達は出会った。それぞれにとって、初めての友達」
「夏の日、友達と過ごす初めての時間。楽しくて面白くて、そんな感情が軽快なリズムに乗っている!!」
「最後は観客に向けて『愛して欲しい』か。親離れの寂しさを紛らわす為に愛されるアイドルになりたいなんて、応援するしかないよねぇ」
リリンやワルトも感動しているってことは、初めて聞いたのか。
確かに、頭が良いワルトや大魔王陛下が書いたにしては、拙い歌詞だとは思った。
だが、それが良い。
幼い子供であるサチナ達が一生懸命に考えた愛の歌に思えたしな。
祭りのように楽しい日常も、いつまでも続く訳じゃない。
サチナもベアトリクスも急な親離れを経験し、変わりゆく環境の中で生きて来た。
そして、そこでどんな遊びを見つけたのか。
それがこの『夏の日祭り』に込められたテーマなんだろう。
「「「うぉぉおおおおおおおおお!!テンポが良い曲だと思ったら、涙腺直撃!!泣いた、100回泣いた!!」」」
「「「健気すぎる。もう、一生推すわ、びじゅある・びーすと!!」」」
「「「元気出してーー!!あ、投票権を使わないと!!」」」
「あわわ、ポイントがすごい勢いで伸びていく、ですっ!!」
「500、1000、3000、4000、5000、……一万超えても止まらねーゾ!?」
「うむ。好調なようで何よりじゃの!」
大歓声に包まれたサチナ達が、嬉しそうに笑っている。
一時はどうなるかと思ったが……、タヌキが紛れ込んでいようが関係ねぇ!!
俺も推すぜ、びじゅある・びーすと!!




