第12話「魔王と勇者」
「よし、ワルト!できるだけ分かりやすく説明してもらえるか?なぁ?」
管理していないとか言っときながら、言い訳不可能なくらいに真っ黒だった件について、ぜひ釈明をして貰おうか。
いくら口が達者な不安定機構の幹部だっつっても、ここから挽回するのは無理筋ってもんだぜ。
「アカム達は……、うわぁ、かなり混乱してる。リリースしたタヌキ奉行が心配して戻ってくるレベル」
「彼女達にとっては人生を揺るがす大事件だからねぇ」
「ちなみにワルトにとっては?」
「日常さ!」
うわぁ、すっげぇいい笑顔。
魔王の営業スマイル、恐るべし。
「ここなら聞こえないだろ。で、どうなってる?」
アカム達からは話声が聞こえず、神殺しを覚醒させている俺達には聞こえる、そんな絶妙な位置に移動して説明を求めた。
借金の金額どころか契約内容の詳細、アカムの件に関しちゃ直接商売に行ってやがったからな。
詳しいどころか、本人が知らない裏情報まで完全網羅しているに違いない。
「答えはこれだねぇ」
「……シェキナの矢?」
右手の薬指に付けている指輪に擬態したシェキナから、亜光速で矢が飛び立つ。
向かった先は……、リリンの屋台か。
「答えがリリン?まさか、リリンが裏で糸を引いていたってことないよな?」
「二重の意味で不可能だねぇ。指導聖母の仕事には関わらせてないし、アホの子だし」
「じゃあ今のはなんだ?何かメッセージが書かれてたみたいだが」
「そろそろサチナのライブが始まるよ。って教えただけさ」
促されて見た矢倉台の上に、大掛かりな和風ステージが完成していた。
なお、様々な楽器がセッティングされているが、椅子の配置が妙なことになっている。
人間が使うにしては高すぎたり、低すぎたり。
いろんな意味でステージが楽しみになって来たし、さっさと事情聴取を終わらそう。
「もったいぶってないで教えてくれよ。ライブが始まっちゃうだろ」
「そろそろ結論が出たようだねぇ。アカム達の話を聞いてみな」
結論……?
突然叩きつけられた100億エドロ近い大金の使い道なんて、簡単には思いつかないだろ。
せいぜい、屋台で豪遊して、後は貯金――、ぇ?
「と、とにかく、ダウナフィアさんに相談しないと」
「そそそそそうだね、こんな大金っ、私達じゃ……、ダウナフィアさんなら良い方法を教えてくれます!」
「だな。ダウナフィアさんなら間違いがない。一番、私たちの為になるようにしてくれる」
「それじゃあ、生活資金以外は、一度、ダウナフィアさんに預けるってことで良いですね?」
「いいよ~。こんなにいっぱい怖いもん。でも、ダウナフィアさんなら大丈夫だもんね!」
「そうだ、ダウナフィアさんに恩も返したい。何かプレゼントとかどうだろう」
……。
そうだな。相談すれば間違いないな。
だが、プレゼントはいらないと思うぞ。お前らがそうだから。
「おい、ワルト。アカム達が黒幕に相談しようとしている。止めてやってくれ」
「残念なことに、僕は黒幕の左腕でねぇ。あ、左腕は古来より不浄の手とされ、主に汚れ仕事を任されてきたんだって」
「尻ぬぐいが主な仕事か。相当苦労してんだな」
「ま、悪いようにはならないよ。破滅ルートから外れたし」
「……は?」
いきなり物騒なことを言い出したが、違う系統の破滅ルートが全力で走り寄ってきている。
ここからでも分かるくらいにむぅぅ!って鳴いてるし、俺にも死亡フラグが立ちそうな予感。
「ん!ワルトナ!!」
「やぁやぁリリン、売り上げは順調かい?」
ご機嫌ナナメっぽいリリンが口を開きかけた瞬間、ワルトが先制口撃を放った。
そして、見事に成功。
意識をズラされたリリンが、平均的なドヤ顔で語り出す。
「ふっ、すでに長蛇の列ができている。満漢全席!!」
満漢全席は意味が違う気がするが、いや、屋台フルコースって意味なら間違ってないのか?
確か、豪華な料理を2~3日掛けて食べる催しだったは――、ってそんな話はどうでもいい。
問題は暖色三人娘と、長蛇の列ができているのに祖父を一人にして来ちゃった魔王姉妹、あれ、セフィナは?
「えっ、アカムちゃん!?モモちゃんに、フランちゃんも!?」
「「「セフィナちゃん!?!?」」」
……。
…………。
…………………むぅ?
「むぅ?」
「むぅ?」
「おい、調和んな。僕が仲間外れになるだろ」
「謎が増えまくって何がなんだか……」
「ん、ワルトナ、説明はよ!!」
リリンと一緒に来たセフィナが、なぜかアカム達の所で立ち止まった。
様子を見た感じ、かなり仲が良さそう。
めっちゃ抱き合って喜びを分かち合ってるし、しばらく放っておいても問題なさそうだ。
「ワルトナ、あの子たち誰?セフィナの友達ってこと?」
「そうだよ。いや、友達以上かな」
「むぅ?」
「アカム達とセフィナの関係は、リリンでいう所の心無き魔人達の統括者。やがて大陸を救う予定の……、勇者パーティーさ!」
なるほどなるほど、大陸に巣食う魔王と、大陸を救う勇者っていう対比か。
洒落が利いていて面白い……、冗談じゃねぇぞッ!?
「勇者?なにそれ、そんなの聞いたことない」
「また正式に稼働してないからね。しいて言うなら、勇者見習いって所かな」
「むぅ?セフィナは私たちと敵対するパーティーメンバーってこと?」
「正確には『そうなる可能性があった』が正しい、僕らが大陸統一に失敗した時の保険なんだよ、彼女達はね」
大陸統一に失敗した時の保険?
そうならない様に全力を尽くしていただろって、だから、ワルトじゃなく大聖母・ノウィンの管理なのか。
「もしも、僕が死んでいたら?」
「覚醒シェキナを扱ってる以上、相応の修羅場をくぐってるって話か」
「そうだとも。それに、もしもレジェが裏切ったら?メナファスが敵のままだったら?カミナが第三勢力に加担したら?」
「最後の実現してるぞ」
「タヌキ一派はノウィン様の手中だからセーフ。指導聖母になると月一の定例報告会での飯当番が義務化されるんだが、どう考えても那由他への忖度だし」
大聖母ノウィンは権力を使い、リリンの旅路は万全に整えられていた。
だが、予期せぬトラブルは必ず発生する。
晴れのち頭のおかしいドラゴンピエロ、所により激しい落タヌキ。夕方には冥王竜に注意が必要でしょうとか、予想できるわけがない。
「完全勝利と言って差し支えない戦争にも、想定外はいくつもあっただろう」
「セフィナの強さは予想以上だった!!」
「未来は誰にも分からない。もちろん、そういった可能性の中には、リリンの離脱も含まれている」
「ん!!」
「ノウィン様はね、リリンがユニクルフィン探しを止め、すべてを投げだしても幸せになれるように僕らを結成させた。そしてそれは、セフィナも同じ」
「……そうなんだ」
「どんな未来でも幸せに過ごせるように。強引な手段で用意された友人関係だったとしても、決して、悪いものじゃないと僕は思っているよ」
家族と別れて一人ぼっちになったリリンは、多くの人に支えられていた。
ウリカウ商店や、魔導鑑定士のエルドさんにアーベルさん。
三人の師匠にミオさん。
そして、ワルトを始めとする心無き魔人達の統括者。
きっと他にも大勢の人がリリンと触れあい、傷ついた心を癒してくれたはずだ。
そして、それがセフィナにも用意されていた。
こんなにも姉を慕っている妹、その寂しさは想像に難しくない。
「そう、セフィナにも友達がいる様で安心した。そして、私も仲良くなりたいと思う!」
「いや、安心するのはまだ早いぞ、リリン。ワルト、さっき言った破滅ルートってのはなんだ?」
俺の予感が正しければ、アカム達はリリンと敵対している。
大陸統一の保険とか言っていたし、『勇者』とか、魔王と敵対する前提で名付けられている気しかしない。
「簡単さ!大陸を手中に収めるのがあと5年も遅ければ、僕らの相手はブルファム王国ではなく彼女達になったって話だ」
「どうしてそうなったの?そもそも、あの子たちはどちら様?」
セフィナの友達だと知って、ちょっとリリンの態度が柔らかくなってる。
よし、アカムは俺、フランルージュはアプルクサスさん、モモリフはテトラフィーアの関係者だって話をしておこう。
ワルトも初めからするつもりだったようで、10回のむぅ!と引き換えに事情を話し終えた。
「むぅ、また新しい女が出て来た。今すぐ潰すべしって言いたいけど、セフィナの友達。むぅ、むぅ」
「彼女達にセフィナを加えたパーティーの名は『聖教会の勇者』。レワテの導き手に所属し魔王討伐を目指す、みんなの希望さ!」
魔王共の希望だろ。
レジェリクエ・ワルトナ・テトラフィーアの指示に従う勇者って、マッチポンプも甚だしい。
「ギョウフ、フランベルジュ、ブルファムの権力者に反意を抱く娘達。借金はその為の道しるべって話でさ」
「いくら何でも、ちょっと酷すぎないか……?アカム達はまだ未成年だぞ」
「借金の原因は不安定機構じゃない。状況を上手く利用し、互いに利のある打開策に改ざんしたってだけ。ダウナフィア様が動かなきゃ、彼女達は不幸を自力でどうにかするしかなかったろうね」
自力で、か。
ブルファム王国の闇に詳しいわけじゃないが、碌なことにならないだろう。
そんな過酷な運命をたどった子供が大勢いるのは、レジェンダリアを訪れる人を見れば明らかだ。
「彼女達は今はまだ子供、でも、成長期でもある。あれだけの実力者にセフィナが加えれば、国の一つや二つ落とせるよ」
「それは、自分の経歴に重ねているのか?」
「当然。ユニに拾われた僕は無力だった、だけど、今この手には多くの物を掴んでいる。アカム達には不可能だと決めつけるのは早計じゃないかい?」
俺が拾った時のワルトは、好物のうどんを食べる時ですら口を開けて待ってるほどの無気力系幼女だった。
だが、今となっては、隙あらば友達の口にまんじゅうを詰め込む活力たっぷりな魔王に進化している。
「だからか、アカム達が10年後の目標に魔王討伐を掲げていたのは」
「もぐもぐ、モモフ?」
「これは仮定の話だが、もしもワルトの言うとおりに心無き魔人達の統括者の成長が遅れた場合、アカム達にも逆転の目が出てくる。つーか、タヌキブーストが掛かったカミナさん設計の天窮空母ですら、セフィナ一人に落とされている訳だしな」
ぶっちゃけ、今回の戦争のキーパーソンはセフィナだった。
リリンの尻尾を含め、俺たちの強化はタヌキ由来の物が多い。
だが、ワルトですらタヌキの存在に気づいていなかった以上、セフィナを抜きにしてタヌキルートに入るのは困難。
最悪、ゴモラ経由でタヌキがアカム側に付いたりすると、エライことになる訳だ。
「理解した。でも、大陸統一はもう終わってる。なら、私も仲良くして大丈夫?」
「もちろん良いよ。ただし、僕らの正体は暴露しないでおくれ」
「どうして?」
「その方が彼女達の為になるから。成長には敵が必要不可欠だけど、同時にリスクも発生するでしょ」
「それはそう」
「だけど魔王が相手なら安心安全!不穏分子を取り除くためにも、彼女達は勇者になって貰いたいんだ」
「ん、分かった!!それがセフィナの為になるのなら、私は心を鬼にして魔王になる!!」
平常運転で魔王だろ。
魔王姉妹の逃亡に気が付いたシルストークがヘルプに入らなきゃ、アプルクサスさん忙しすぎて倒れてたぞ。
「こんにちは、セフィナのお友達たち」
「あ、えと、こんにちは!!」
「こんにちは!!」
「こんにちは!!」
「私の名前はリリンサ・リンサベル。あ、一応、『蒼白の竜魔導士』、『鈴令の魔術師』とか名乗ってる」
「ぇ、セフィナちゃんのお姉さんって、鈴令の魔術師なんですか!?」
「南側の大陸では指折りの実力者って噂ですよね!!あの、サインください!!」
あ、すげぇ。
なかなか見ないほどに緩み切ったドヤ顔をしてる、この魔王様。
「そんな人がユニクルフィン様と一緒に……?くぅ、玉の輿への道は厳しいな」
「むぅ?」
フランルージュ、それ以上は止めておけ。
策謀とか関係なく魔王と対立するし、なんなら、ノーブルホーク家に徹底的に睨まれるぞ。
「おねーちゃん!!あのね、あのね、アカムちゃんと、モモちゃんと、フランちゃんっていってね、私のお友達なの!!」
「くすっ、セフィナにも友達がいたようでとても嬉しい。ぜひ、私とも仲良くして欲しい」
平均的な友好顔でアカム達に近づくリリン。
だが俺には分かってるぞ、その笑顔が黒いってことはな。
「セフィナセフィナ、ちょっといいかい」
「はい、何ですかワルトナさん!」
なるほど、リリンが陽動している内に、セフィナを仲間に引き込むつもりか。
こんな感じで各地の冒険者を騙し切って来たんだろうなぁ、すっごい手馴れてる。
それに、一緒に過ごして分かったが、セフィナは割と賢い。
リリンにも言えることだが、あらかじめ禁止しておけば、俺達の正体を自発的に言うことはないと思う。
「えぇーー!?」
「いいかい。アカム達の為だからね、絶対に言っちゃだめだよ」
「ふぁい!お口にチャックしまふ!!」
こうして、魔王の傀儡の勇者パーティーが誕生した。
なお、敵対している魔王の幹部は、借金相手の悪辣商会長、婚約者の仇の姫、仕えていた派閥貴族長の孫と因縁たっぷり。
物語の序盤に登場するであろう中ボスのチャラ男、(後に勇者パーティーを救ったりする助言キャラ)ですら、死んだはずの婚約者という層の厚さ。
アカム達は当然のように美少女で、そこらの森ドラじゃ相手にならない実力を持つ。
やがて、仲間になったセフィナとマスコットキャラのタヌキによって、巨大ロボットまで手に入れるという、王道超展開も確約済み!!
敵の魔王も個性豊かで、キャラ立ち抜群ッ!!
ちょろっと英雄ホーライとか関わらせておけば、そっちの読者も引き込めるッッ!!
魔王に支配された世界に贈る、夢と希望がノンフィクション伝記。
『聖教会の勇者』!!
これは大陸ベストセラー間違いなしだなッ!!
はははっ、笑うしかねぇぜ!!




