第7話「思い出の味の衝撃」
「お、あの店は……!」
やきとりで満腹にされそうになった俺は颯爽と逃げ出し、いくつかの屋台を楽しんだ。
唐揚げ、フランクフルト、たこ焼き、揚げスパゲッティ、人形焼、ジャガバター、りんご飴……。
リリンの店の商品と被っているのは、アプルクサスさんの王宮風と食べ比べようと思ったからだ。
王宮風が美味いのは確定しているが、何が違うのかが分からないと楽しみきれない。
そう思って屋台を巡っていたんだが、いやー、こっちも普通に美味かった。
「お!ユニくーん!!」
リリン達の屋台から右側に半周、矢倉台ステージを挟んだ反対側にレラさんとミオさんの店があった。
結構な数の人が並んでいる人気店みたいだが……、ん、豚汁?
「にゃははははー!待ってたよー!!」
「レラさん達が出してるのは豚汁か。俺的には大歓迎なんだが、屋台的にはどうなんだ?」
久々のレラさんの手料理で興奮が隠せず、ちょっと野次みたいな物言いになっちゃった。
あぁ、懐かしい。
ただの村人だった時代も、こうやって甘えていた思い出が込み上がってくる。
「だからこその汁物なんだよね!はい、おねーさんのおごりで特盛だよ!!」
「おう、ありがと。はぁーうめぇー!!」
なんで豚汁?って思ったが、一口飲んだ瞬間に理解した。
この豚汁は、今の俺の体が求めていた料理だと。
「流石だな、レラさん。豚汁は相性を考えてのチョイスか」
「そうだとも。屋台料理って味が濃くて喉が渇くでしょ。でも、売っている飲料水はジュースかお酒で、こっちも濃い」
「だな。俺も、甘くないお茶味のかき氷をつい買っちまったぜ」
「そこに素朴な味の豚汁がピタッとハマるってわけ。で、おかげさまでかなり売れてるよん!」
店の中には、レラさんとミオさんの他に、15人のスタッフが働いている。
全員で連携して、20個以上の大鍋を煮込んでいるようだが……、さすがに多すぎじゃないか!?
「なんかすごい量だけど、後ろのは対・タヌキ用か?魔王姉妹用なら、流石に多いぞ?」
リリン達には同じ料理を大量に食べる習性はなく、一人前を大量に食べるタイプだ。
豚汁ばっかりあっても、せいぜい5杯くらいしか食べない。
「うんにゃ?今のところタヌキに食わせる予定はないけど。採算度外視の超高級豚汁だよ、これ」
「そうなのか?」
「レジィに材料のおねだりをしたんだけどさ、ものの見事に最上級品で揃っててねー。スタッフも用意されてたし、どっちかっていうと、ここはレジィのお店なわけ」
「レジェンダリア国王の直轄店か。やきとり屋に匹敵する格だな!」
やきとり・うんめぇ堂は美食の魔王様公認店。
なら、こっちの店も同等以上の格があるだろう。
「おねーさんとミオは鍋と食材を借りて、好きなアレンジを加えて売ってる楽な立場だよ」
「ちなみに、レラさんのアレンジは……、サツマイモか?」
「お肉も2種類。特製炙りベーコン入りなのだ!」
なにっ!!
レラさんの炙りベーコンだと……、あったッ!!
くぅぅぅぅう、美味いッ!!
「あぁ、美味さが沁みるぅ、体にも、心にも」
「にゃは!ありがと」
「ちなみにミオさんのアレンジは?」
「D・S・D」
「……は?」
D・S・D、だと……?
いや、さすがに聞き間違いだよな?
いくら何でも屋台で提供するはずが……、あ、鍋の中が赤ぇ。
どうすんだよ!?
魔王公認店で死人が出るぞッ!?
「いや、いいのかよそれ!?D・S・Dって、かなりヤバいって聞いたぞ!!」
「私は辛党だが、自分の異常性くらいは自覚がある。ちゃんと加減してるさ」
「ミオさん?」
「スープが赤いのはパプリカや赤唐辛子などの着色料が入っているからだ。大した辛さは無いさ」
「おう、自覚がないにも程あるぜ!!」
ミオさん、パプリカや赤唐辛子は着色料じゃありません。
立派な香辛料です。
あ、レラさんが笑ってる。
ほら言ったじゃーん!とでも言いたそうだな。
「でも、せっかくだから一杯貰うか。いくらだ?」
「いや、金は不要だ」
俺的に、激辛料理は可もなく、不可もなくって感じだ。
村長が時々食ってた唐辛子の燻製焼きなんかは好きだし、ワサビ漬けも問題ない。
ん、そう考えると、辛すぎて食えないって経験はない気がするな?
「かなり赤いが……、普通に美味そうだな。辛いの嫌いじゃないし」
「そうか。ではD・S・Dは多めに掛けておこう」
「えっ!?」
「ほら、食ってみろ。美味いぞ」
そういって差し出された豚汁の上には、D・S・Dが5滴かけられている。
……いや、たったの5滴だぞ?
そんなに怯えるほどの辛さな訳……、あ、レラさんが引きつった顔で氷水を用意してる。
そして、後ろの方から「おいおい、死ぬ気か?あの小僧」とか聞こえた。
もしかしなくても、絶体絶命のピンチ?
「どうした、食わないのか?」
「いや……、食うさ。いただきます!!」
「ユニくん、君は英雄だ。にゃははははー!」
出来るだけ薄まるように、よくかき混ぜて……、いざ!!
……ん?
ピリッとした。したが、そんなにか……?
別に普通に食えるぞ、舌が、した……。
がぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!?!?
「みじゅ!!みじゅ!!」
「ほい!!」
「んっごっご!!んっごごごご!!ぷはっ!!ぐるぐるげっげーーー!!」
「前から気になってるんだけど、それ趣味なの?鳴き声」
今のは違う!!
生命の危機を感じて、つい出ちゃっただけだッ!!
どうやら俺の舌は、あまりの辛さに一時的な麻痺を起こしていたらしい。
そして、慣れてきた二口目で炸裂。
全身を駆け抜けた衝撃によって、肌が鳥肌になってしまっている。ぐるげぇ。
「はぁ、はぁ……。ミオさん、これはダメだ。人間の食いもんじゃない」
「それを常用している私に言うのか」
「ほらね。おかしーんだって、ミオは」
あぁ、おかしい。
こんなもんを常用してるとか、……リリンとは別系統の食の魔王様だろ。
こんなもん、ドラゴンですら逃げ出す酷さだぞ。
こんなも……、んんー?
でも、後引く美味さがあるような?
「とりあえずもう一口。がぁぁあああ!!」
「もーやめなよ、ユニくん。無理してもいいことないよ」
「いや……、意外と好きかもしれん」
「ッ!?!?」
辛い、確かに辛いんだが、それだけじゃない。
99の辛さの中の奥に、1の旨味がある。そんな感じがするんだ。
「ユニクルフィン、お前は理解してくれるのか!!この旨さを」
「年一回くらい食いたくなる気がする。このくらいの量なら、なんとかなるし」
持っているのは、小さめの使い捨て紙お椀。
辛さが染み込み切んでいない具を先に食えば、残る汁は二口分。
一気に飲み干してしまえば、どうとでもなる。
「そうか!!では、私と同じ10辛にしてみるか!?」
「あ、それはお断りします。死にかねないので」




