第5話「魔王の腕前」
「おじいちゃん、ただでさえ負けられない戦いが、もっともっと負けられなくなった!!宮廷料理長の力を見せつけて欲しい!!」
「えぇ、もちろんですよ。私の取り柄は料理しかないのですから」
ワルトとの小競り合いを終えて戻ってきたリリンは、平均を軽々と凌駕した怒髪天状態。
どうやら、背後から大規模戦略破綻魔法を撃ち込まれたワルトも暴走し、容赦のない煽りを受けたっぽい。
超魔王・タヌキリリン
超魔王・病んでリリン
超魔王・呑んでリリン
超魔王・ド怒リリン← NEW!
どうやら、新しい形態が増えたようです。
「あー、アプルクサスさん、一応言っておくが……、あっちの店にいる黒い髪の女性がリリンの母親ダウナフィアさんだ」
「これでもブルファム城の厨房を預かっている身、ご来賓なされたノウィン様にご挨拶させて頂いたことがございます」
「だとすると、雰囲気の違いに驚いただろ?髪の色も違うし」
「そこもセフィナより聞いております。それにノウィン様はとても上品に食事をなさいます。尊敬や感謝こそあれ、懸念など抱くはずがございませんよ」
リリンとは真逆な微笑みを浮かべているアプルクサスさんは、大聖母ノウィンへ向けている感情も悪いものじゃなさそうだ。
見方を変えれば、孫を16年も隠されていたとも言えるが……、今は、リリン達と一緒に料理できるのが本当に嬉しそう。
「そっか。変なことを聞いちまって悪かったな」
「いえいえ、過去にはオールドディーンと争っていましたから。ユニクルフィン君が私を慮って下さっているのは分かっています」
「!」
「人は、特に貴族は『事情』という名のしがらみを背負い、時に人生を大きく歪ませる。国を出るほどの悩みをアプリコットに抱かせてしまった罪は、たったの16年で消えるものではありません」
「気にしてるのか、アプリコットさんのこと」
「親らしい事をしてあげられませんでしたから。これからの私に待っているのが、贖罪なのか、罰則なのか。それはその時に分かること。今はただ、孫たちを笑顔にできる料理人であったことを誇りに思えるのが嬉しい。その機会をくださってありがとうございます」
……。
何だこの人、すっごい大人。
大魔王が標準搭載されている俺の人生の中では、ぶっちぎりナンバーワンに常識のある善人っぽい。
前にあったときは戦時下だったし、リリンとの触れ合いを優先させていたから、俺との会話は最低限しかしてないが……、この人って、俺の義理の祖父になるんだよな?
オールドディーンじいちゃんも優しくて頼りになる人だったし、貴族への価値観が変わってきたぜ。
「お礼を要求する訳じゃないんだが……、いつか、リリンみたいに飯のリクエストをしてもいいか?」
「もちろんです。私の威信にかけて、最高の一皿をお出ししましょう」
よし!!言質は取ったぜ!!
実はちょっとだけ、宮廷料理長にリクエストし放題なリリンやセフィナが羨ましかった。
わんぱく触れ合いコーナー(死地)でじいちゃんと触れあったとはいえ、まだまだ祖父成分不足。
じいちゃん腹減ったー。なんか作ってー。
こんな感じの普通の祖父・孫の関係を楽しんでみたい。
「めっちゃ楽しみにしてるぜ!っと、そろそろ開店の準備をしなくちゃだよな」
「えぇ、そうですね。簡単な料理ばかりといえど、どれだけのお客様がお見えになるか分からないですから」
「悪いが俺は手伝えないんだ。どっちかに肩入れする訳にもいかなくてさ」
「大丈夫ですよ。孫という贔屓の目を抜いても、セフィナやリリンサは並のシェフを凌駕する腕前ですから」
「……ん?それはどんな経緯で得た情報?」
「セフィナのリクエストで、一緒に料理をしてみたいとお願いされまして。いやー大変に驚きました。なにせ、今年の新人シェフよりも上手だったのです」
「おぉう」
「私的な料理会だったのですが、興味を抱いた各部門のスーシェフたちが集まってきて、教えたり、教わったり。そうしている内に料理コンペをしようということになり」
「うぉっ」
「オールドディーンや姫様たちに採点をお願いしたところ、セフィナが作った『フロランタン・キャラメリゼ・マカロン ~イチゴ・ベリーWフランベブリュレ~』が一番人気だったんですよ」
なん……、だと……?
え。ちょっと待て。
なんか腹ペコ魔王(妹)が、想像すらできない凄そうなの生み出してるんだが?
「フロラ……?すまん、それってどんなお菓子なんだ?」
「通常のフロランタンは、クッキー生地の上に、キャラメルでコーティングしたアーモンドを乗せて焼く菓子です。セフィナはそれで器を作り、イチゴとはちみつをフランベして作ったブリュレクリームを盛り付け、さらに焼いてキャラメリゼを起こしマカロン状に膨らませるという、新しい料理を生み出したのです」
「……丸く膨らんだ焼きプリンタルトみたいな感じか?」
「形はパイシチューの方が近いでしょう。一口目は甘く、されど、二口目は酸っぱく、匙を入れるたびに代わる味わいは絶賛の一言ですね」
「凄いってのはよーく分かったぜ!」
「妹のセフィナがそうなのですから、姉のリリンサも同程度と見るべきでしょう。私も料理にはとても興味がある!!と言っておりましたから」
……。
姉の方が生み出すのは、はちみつの匂いのするぶにょんぶにょんきしゃー!!なんだが?
こいつも凄いぞ。
なにせ自立歩行して、相手の顔面に自らを叩きつけに行く。
その結果、相手にチアノーゼを起こさせて周囲を絶句させるという特殊能力すら備えている。
「おねーちゃん、料理楽しみだね!」
「うん、あ、セフィナは料理をしたことある?」
やめろリリン。
その話題は姉の自尊心を無尽灰塵させるぞ。
「あるよ!おじいちゃんとシチュー作ったもん!!おねーちゃんは!?」
「ユニクとポトフを作った。あ、じゃあ今度、セフィナにも作り方を教えてあげる!」
逃げろセフィナ!!
その魔王は塩を掴んで鍋に入れるぞ!!
**********
「どう考えても大荒れになる気しかしねぇが、2対1だし、食える料理は出てくるだろ。で、こっちは……?」
ワルトたちの店はサイドメニューを大手チェーン店から買い上げており、自分でする調理はうどんを茹でるだけという簡単設計。
汁もできているものを使うから、塩を掴んで投入される心配もないという、非常に安心できるシステムだ。
「どうだワルト?準備は出来てるかー?」
だからこそ、俺が心配しているのは精神面。
部下を呼んだはずが上司が来てしまうという超展開を引き起こしたワルトが立ち直れるか、それが勝負のカギだ。
「あ、ユニ。ちょうど試作品が出来た所でさ。お金はいいから食べてってよ」
ん?思ってたよりも普通な精神状態だな?
リリンとじゃれ合って気分転換できたのか、それとも、慣れてるのか。
「おう、せっかくだし一杯貰うぜ。ワンコうどんだし、そんなに多くないだろ?」
今日の俺は、二人の店の初動を見た後、別の屋台巡りをしようと思っている。
リリンやワルト以外に、レラさんや焼鳥屋のおっちゃんの店、他にも来る途中に見た店も気になっているしな。
……このタヌキにまみれている温泉郷で、よくもまぁ『焼肉・たぬき本舗』なんて旗を出せたもんだぜ。
「はい、お待ちどうさま~」
「おー、綺麗な器に入……ッ!?なにこれ!?!?」
「こちら、ぶにょんぶにょんきしゃー!!うどんになります」
……。
中央に陣取ってる赤黒いかまぼこ?の下から、ぶにょんぶにょんなうどん触手が出ている。
浸っているスープが明るい緑なのも、食欲を刈り取る色合いだぜ!!
「ワルト。率直に聞くぞ、どうしてこうなった?」
「……嫁姑バトルの成れの果て?かな」
そういうワルトは可愛らしく微笑んで……、よく見たら目が死んでるじゃねぇか!!
もうこれ、完全に店を乗っ取られてるだろッ!?
「ワルト、必要なら文句を言ってくるぞ」
「いや、いい。ノウィン様の創作料理は別枠で提供するから、僕が使用した計画は生きてるし」
「そうなのか。……じゃあなんで、こんなの俺に出した!?」
「一緒に食べよぉ、ゆにぃぃぃ~~」
すっと横から自分の分を取り出し、俺の隣に座るワルト。
どうやら、ノウィンさんから味見を言いつけられているらしい。
「つまり道ずれが欲しいと?」
「うん、ノウィン様の創作料理って、外れるときはリリン以上でさ」
「塩を掴む以上……、だと……」
「適量の調味料が互いを引き立てて、想像を絶する味になる時があってねぇ。……酷いとゴモラすら逃げ出すらしいよ?」
食い意地が張ってるタヌキが食わず嫌いをするって、もはや毒だろそれ。
デス・ソース・ディスティニーでも入ってんのか?
「……、この料理って、俺の義母の手料理なんだよな。ごくり」
「口で擬音を言うなし。じゃ、覚悟を決めなー」
いただきます。
そして、声を揃えてぶにょんぶにょんきしゃー!!うどんに挑んだ俺たちは……。
……。
…………。
………………緑色なのは、スダチやライムを使ってるからか。
さっぱり爽やかな汁に、コシの強い麺が良く絡んでいる。
滅茶苦茶うまくて、ぐるぐるげっげー!!の音もでやしねぇ!!




