第2話「”戦略破綻”の開店準備」
「ワンコうどん……、むぅ、これは楽な戦いにはならなそう……」
宮廷屋台料理で勝つ気満々だった美食の魔王様が、平均的な渋い顔で鳴いた。
どうやら、ワンコうどんはリリン的に強敵らしい。
「おねーちゃん、ワンコうどんってなに?きつねうどんの親戚?」
「セフィナはワンコそばを知らない?」
「知らないよ!でも、なんとなく美味しそう!?」
そして、美食の魔王様(妹)はワンコそばを知らないらしい。
ユニクルフィン探しという名の美食ツアーをしていないから、経験値が足りないようだ。
「んー、ワンコっていうくらいだから、ラグナの好物が乗ってるとか?」
ラグナの好物?
……魚肉ソーセージが乗ったうどんか、斬新だぜ!
「ワンコそば、もしくはワンコうどんは、一口で食べられる量の麺類を無限に食べ続ける遊び」
「無限なの!?」
「そう、望めば望んだだけ出てくる。回転ずしと一緒!!」
「なにそれ、すごく楽しそう!!」
……一応言っておくが、無限ではない。
そして、この美食の魔王様ならば、うどんの在庫を無尽灰塵させること間違いなし。
「ワンコとは、椀こ……、つまり、小さなお椀のことを指す」
「だから一口分なんだね」
「その起源は、剣皇国ジャフリート、第15代剣皇が配下の城に立ち寄った際に振舞われたそばに由来する。中級武将アサノは、突然の剣皇訪問に豪華な新品食器を用意できず、格の高い器は茶飲み碗しかなかった」
「お料理はお皿も大事だよね!見た目もだけど、味も変わるもん!!」
「このままでは、己ばかりか領地自体を軽んじられてしまう。そう思ったアサノは、小さくても美しい椀に一口分ずつ料理を乗せて振舞った」
「うわぁ、バイキングみたいだね!」
「そう。そして、食事のメインに設定してたそばを剣皇は気に入り、何度もお代わりをした。これがワンコそばの起源!!」
へぇー、そんな由来があるんだな。
おそらく、今代の剣皇から聞いた情報だろうし、信憑性も高いぜ。
「そんな訳で、ワルトナはうどん食べ放題の店をやるらしい」
「そうそう、お金さえ払えば食べ放題さ!」
「ん……、入場料を払うタイプじゃないの?」
「それをやると、端金で在庫が壊滅しそうなんでね。どんな料理も全品100エドロという、大変にリーズナブルなお値段で提供するよ」
むぅぅ、いいサービスだと思う……とか美食の魔王様がうなっているが、一食ごとに金を払うんなら、食べ放題とは言わない。
普通の店と一緒だし、それを突き詰めていくとアヴァロンMAXという極地に達する。
「でも、全品100円は安いよな。一口サイズだとしても、いろんな料理が食えるのは魅力だし」
「いや、そこそこの量で提供するつもりだよ。相手は冒険者だからね」
「……?でもそれじゃ利益が出ないだろ?」
一口サイズだとしても、100エドロなら材料費の割合は高くなってくる。
それなのに普通サイズで提供したら、利益が出ないどころか赤字になりかねない。
……勝負に勝つ気がない、って顔はしてねぇな?
むしろ、絶対に負けない自信に満ち溢れている。
「リリンと旅をしていた時の僕の目的の一つに、不安定機構支部の利権を奪うってのがあったのは知ってるよね?」
「美食・簒奪ツアーとは恐れ入ったぜ。それで?」
「僕が支配した町や都は各地に点在している。繋がってないから国とは呼ばないだけで、それなりの広さがあるんだ」
「おう、滲み出る権力者オーラがすげぇ」
「そこで、このアホの子が気に入ったご当地グルメを産業として育てたりしててね。要するに、僕は最大手飲食チェーン店の社長なんだけど」
「既に、魔王で聖女で牧師で書士で社長をやっていて、今は英雄を目指してると」
「新妻も追加しといてね。そんな訳で……、部下の店で作った料理を僕の店に卸せって命令した。一食5エドロで!」
命令っていうか、それはもう脅迫だろ。
確かにそれなら、ワルトが支払う原価は5エドロ。
それを100エドロで売るんなら、原価率は驚異の5%となる。
……って、なるわけねぇだろ!!
商品と対価が明らかに釣り合っていないのは、いくら何でも認められないぞ!!
「流石にルール違反だろ。本来、支払うべきだった対価で計算するからな」
「金額では表せない利益の譲渡を約束しているとしたら?」
「……何?」
「この温泉郷は、今や、大陸中の富裕層から愛される観光地となった」
「そうだな?プレミアが付いてて金を出しても泊まれないって聞いたし」
「なかなか宿が増やせなくてねぇ。急いで開拓を進めているが、今は限られた土地でやり繰りするしかない。だが、僕は経営陣の一人。二店舗をねじ込むくらい造作もない」
「……!まさか!?」
「今回協力をお願いした『食い倒れ宮』と『とろける夢庵』には、温泉郷の開店に必要な業務を、全て僕が肩代わりすることを条件に、安価での提供契約を結んだ」
「そんなの……、あり……なのか!?」
「ありに決まってるだろ。そこのアホの子が宮廷料理長を召喚しなければ、人件費を原価に含める事もできたんだけどねぇ」
そうか……!ブルファム王国宮廷料理長の人件費は、そこらの材料費よりも遥かに上だ。
それをまともに計算すると、利益なんて出ない。
だからこそ、ワルトも自分に発生する人件費を対価として支払い、代わりに材料費を安価にしていると。
「原価率5%の飲食店とか聞いたことねぇ。ホントよく考えるな」
「ま、仕掛けはそれだけじゃないけどね。僕が勝負を諦めているなんて懸念は、早々に捨ててくれたまえよ。ユニ!」
なるほど、美食の魔王様を打ち負かす算段は既についていると。
流石は、心無き魔人たちの統括者の参謀、計画立案はお手の物だぜ!
「さてと、そろそろ現地に移動しようか」
「分かった。必要なものとかある?」
「知能」
「……こっちに来て、ソドム!ゴモラ!」
おい、カツテナイ珍獣を2匹も呼ぶな。
……つーか、さっきからせっせと作ってた、その木の棒はなんだ?タヌキども。
あ、りんご飴とチョコバナナ用の串か。
こいつら、めっちゃ乗り気じゃねぇかッ!!
**********
「主さま!このお店なのです!!」
リリン、ワルト、セフィナあと、タヌキ2匹を連れ立ってやってきたのは、ずらりと出店が並んだ祭りの中心地。
ざっと見ても100店舗以上、その中でも、和風のライブ会場みたいになってる広場が一望できる出店が、俺たちの城だ。
大きさは、厨房部分5m×5m、販売スペース5m×3m。
既に料理器具は運び込まれており、アプラクサスさんも準備に取り掛かっているようだ。
「サチナ、ありがと。今日のお祭り、成功させようね」
「はいなのです!」
「ちなみに、サチナはカラオケ大会以外のお店はやるの?」
「空いてる時間は、フランベシモーベのお店でお団子を売るですよ。今日の夜はお月見と花火を一緒にやるです!!」
「月見団子!!これは絶対に買おう」
「あと、カラオケとは別に、ミニライブと握手会をやるです」
「ミニライブ……?」
キツネが月見団子を売るのは風情があって好ましいとして……、サチナのミニライブか。
こっちも可愛らしくていいんだが、ソロかユニットを組んでるのか、非常に気になる所だな。
「ライブってことは、誰かと一緒に歌うの?」
「ベアトリクスと一緒の、ツインアイドルユニットなのです!!音楽隊にアヴァロン組を採用したので、迫力満点もなのです!」
問題もユニットを組んでやがった。
アイドルとしては文句なしの顔立ちをしているベアトリクスだが、歌を唄える気がしない。
なお、冒険者の悲鳴なら、わんぱくふれあいコーナーで奏でている。
そしてタヌキどもッ!!
お前ら、どんな音楽をするつもりだッ!?
腹太鼓じゃ曲芸にしかならねぇぞッ!!
「おはよう、おじいちゃん。今日の勝負は絶対に勝ちたい。全力を出して欲しい!!」
「もちろんですとも。セフィナはとても上手に料理ができましたし、リリンサも得意なのでしょうね」
「んっ!?」
「いいですね。とてもいいですね、孫と一緒に料理店をする。あぁ、本当にいいですね」
どうやら、アプルクサスさんは、まだリリンの表情を読み切れていないらしい。
今は平均的に取り繕った微笑みで、非常に焦った顔を隠そうとしている。
「くっくっく、これは僕の勝ちだねぇ」
「むぅ……!!そんなことはない。大食いの方なら活躍できる!!」
「そこは最初から捨ててるから、どうぞどうぞ。売り上げと人気投票で勝てばいいのさ」
「むぅぅぅ!!」
「僕の協力者の二人はCEO……、両料理店の現場最高責任者だ。料理はもちろん、販売、接客、経理、全てにおいてエキスパート」
「でも、おじいちゃんは負けない!!」
「二対一だって言ってるのが分からないのかなぁ?このアホの子は」
リリン陣営の熟練者はアプルクサスさん一人、
一方、ワルトの陣営は二人。
仮に、同レベルの料理人だった場合、ワルトのほうが有利だ。
そもそも、これは料理対決ではなく、料理販売対決だ。
接客をアホの子が担っている時点で、かなりのハンデがある気がする。
「さてと、僕もスタッフに挨拶してこなくっちゃ。こんにちわー、社長のシンシアです」
隣のワルトの店の中には、白い割烹着を付けた女性が二人いる。
年上だが、現場の責任者にしちゃ、かなり若そう……ん?
なぜか、ワルトの動きが止まった。
そして、大人しかった魔王(妹)が動き出した。
「あっ!!ママとサヴァンだ!!」
「む”ぅ!?!?」
……。
…………。
………………この場にいる全員にとって、想定外の出来事が発生したようだな?
タヌキ共まで驚いてるとか、相当だぞ。




