第21話「災いの魔獣将・ウマクナイタヌキ!!!」
ガガガと響く金属音。
俺の振うグラムと将軍の繰り出す岩の打ち合いは続いていた。
打ち合いを始めてすぐはその意味不明な動きに体が追い付かず一方的に殴られていた俺だが、リリンの第九守護天使の防御のおかげでダメージは受けずに済んでいる。
そして、その事実は段々と俺に心の余裕を与え、十分に将軍の観察に徹する事が出来たのだ。
動き、仕草、癖。
お互いが相手を狩ろうとしているこの状況で、慣れた動作を隠す事など出来はしない。
頭以外ならどこに攻撃を受けても無効となる俺に対し、将軍は俺の攻撃を体で受ける事は出来ないのだ。将軍には俺の事をじっくりと観察する余裕など無いはず。
そして、暫くの打ち合いの後、将軍の動きに規則性がある事が分かった。
防御、防御、攻撃。
将軍の行動パターンは基本的にこの動作しかしていない。
体格で勝る俺に対し、防御の比率を増やし俺の攻撃が終わった後のカウンターでしか攻めてこないのだ。
そして、防御の比率が高いのは、防御しつつも攻撃に転ずる良い体勢を確保する為だろう。
時に俺よりも高い位置に陣取ったり、時に腰のあたりから突撃をかましてきたりとバリエーションは豊富だが、それは将軍も攻めあぐねている確固たる証拠。
だんだんと行動も読めるようになり、一撃を貰う回数も少なくなってきた。
よっし!そろそろ、攻勢に転じさせてもらうぜ?将軍様よぉ!?
そんな俺の想いを他所に、眩い光が、深く茂る木々の隙間から降り注いだ。
………あ。
「……おい将軍。悲しいお知らせだ。もうお終いらしい」
「ヴィギルアァ!?」
何事だと目を見開く将軍に、終わりを告げてやる。
そう、終焉の時だ。
俺の後ろに控えていた理不尽系雷撃少女。その少女が扱う人類最高峰の魔法、雷人王の掌。
その魔法が完成したのだと、俺は降り注ぐ光の先の、木々の隙間から見える輝く白金の空を見て確信し、将軍も、強大な何かが解き放たれようとしているのが本能的に分かったらしい。
アレだけ激しかった打ち合いはどちらともなく打ち切られ、ただただ、それを行っているリリンに目を向けるしかなかった。
「《雷人王の掌・願いと王位の債務!》 」
凛とした声が俺達に届いた。するとどうだろうか。
アレだけ強豪を気取っていた将軍は頼りなく「ヴギィ……」と鳴き、一歩、後ずさったのだ。
あぁ、うん。分かるんだろうなぁ。
これだけ賢いんだから、分かってしまうよなぁ。
リリンの手に今まさに構築されていく槍には、抗う事が出来ないということが。
天空から降り注ぐ幾度かの雷。
その雷鳴は異常なほどに澄んだ音色だった。
シャランと、とても雷鳴とは呼べない音を纏わせ全ての雷光はリリンの手に持つ星丈―ルナに集約されていく。
それは、単体では何の殺傷能力を持たなかった杖を、空を埋め尽くす雷陣由来の雷を纏った一本の槍へと昇華させていく行為。
魔法に詳しくない俺でも大体の想像がつく。
この魔法は、かつてウナギ相手に無造作に叩きつけられた暴虐の雷を一か所に集め留める為のもの。
目に映ってしまうほどに高密度化され、形あるものとして顕現した姿。
力。
ただ純粋にそれだけを追い求めたかのように、その存在を誇示し続けるその姿は、何よりも美しく、何者も畏怖させた。
見るだけで並みの戦士なら戦意を削がれ降伏するであろう圧倒的恐怖を前に、成す術など無い。
目の前のリリンが手に持つ、空と同じ輝きの白金に輝く槍。
星丈―ルナを核として象られた槍は、荘厳に輝く装飾の全てが、魔法陣で構築されていた。
「ヴィ、ギオ……」
勝負はついた。
リリンから視線を離せなくなった将軍を見て俺はそう思った。
なんか、ごめんな。
いくら強いといえど、一匹のタヌキ相手にランク9の魔法なんて、ホント大人げないと思うよ。うん。
逃げたいだろ?逃げても良いぞ。
魔法で閉じ込めてるから、逃げ場なんてねぇけどな。
「ヴィ……ヴィアギィ!」
だが、将軍は一歩足を前に出した。
そして、ゆっくりだが、確実にリリンに向かって足を運んでいく。
一歩、また一歩とその距離を短くしていったのだ。
そう、この将軍は最後まで戦い抜く事を選んだ。
これだけ戦略に富んだコイツの事だ、逃亡を考えなかった訳では無いだろう。
勝ち目が薄い事も分かっているはずだ。
だが、前に進んでいる。
強大な力を振りかざす敵に勇猛果敢に立ち向かおうとしているのだ。
その熱い覚悟に、俺の中にも色々な感情が込み上げてくる。
「この魔法を見ても立ち向かってくるなんて、素直に感服した」
「ヴィギア!」
リリンですら思う事があるようで、将軍に賛辞を送っている。
褒められて良かったじゃねぇか。将軍。
当然知らねえと思うが、その理不尽系雷撃少女はな、夜になるとタヌキになるんだ。
そう、お前と同族だ。
誇り高きタヌキリリン様にお褒め頂くなんて光栄な事なんだぜ?
「決着をつけるね」
「ヴィ……。ヴィギルアアアアアアアアアアアアッ!!」
流麗な動きでリリンが槍を構え、幕引きを望んだ。
そして、それに呼応するように、将軍が雄叫びを上げリリンに突撃を放つ。
それは、魂すらも燃料とする絶死の突撃。
俺に向けていたような生ぬるい、何処か余裕のある声ではなく、野生本来の、命を賭けた真の咆哮だった。
「面白い。一度に蓄えられるエネルギー全てを使って、迎え撃ってあげよう」
そしてリリンも将軍に向かい駆けだした。
ついに永き戦いに終止符が打たれるのか。
あぁ、将軍よ。俺はお前の事を忘れない。
決して忘れないよ。
この思いが残っている限り、さぞかし美味い飯が食えるだろうし。
そうさ、週一くらいで思い出して、美味い飯を食ってやるからな!!
「ヴィギ!ルァアアアアアアアアアアアア!!」
「《唸れ!平定の願いっ》!!」
「ぐ、ぐるぐるげっげーーーーーーーーー!!」
「は?」
「え?」
「ヴィギィ?」
……は?
カッ!!ドドドドドドドドドドドドッ!!
ひぃぃぃぃぃぃぃぃ!!雷がこっちに!これは流石に怖い怖い怖いぃぃぃぃぃ!!
……。
…………。
………………収まった?
……。
何が起こった?
そっとあたりを見渡せば、至る所がお椀状に抉れ掘り返されている。
その数合計10以上。
穴の深さが2mをゆうに超えている辺り、その威力は恐ろしいものがあるんだが、これはどうみても失敗したという事だろう。
今この瞬間まで、絶対の勝利フラグが構築されていたはずだ。なのにどういう事だ。
完璧な迎撃態勢だったリリンが魔法を撃ち損なって、砂まみれになってるじゃないか。
ほらみろ。将軍だって呆然としている。
じっと自分の体を疑わしげに見て、安堵のため息を吐いているじゃないか。
なんだよこれ。
なんだよこれッ?こんなことがあっていいのかよッ!?
俺はこの状況を作り出した一匹の偉大な生物に視線を送る。
小さい。大きさは50cmもない茶色い鳥。
もはや確信に近い感情を抱いてはいるが、俺は念のため、その偉大なゲロ鳥に語りかけた。
「ぐるぐるげっげー?」
「ぐるぐるげっげー!」
ゲロ鳥確定。
……はぁ。この野郎、なんてことしやがる!!
今すぐ捕まえて鳥鍋にしてやるからな!!
「げるげっ!!」
「あ、!!てめッ!」
こんちくしょうめッ!!逃げやがった!!
くっそ速ぇ!この、待ちやが――――
「ユニク。ちょっと捕まえてくる。将軍はよろしく」
「え?」
ってあ!っちょ速ぇ!!
あぁ……。まぁ、あの速さならすぐに追い付けるだろう。捕獲は時間の問題だな。
魔法で閉じ込めてあるから逃げ場もないし。
……で。
「ヴィー、ギィギィギィギィ……」
この怒りまくってる将軍様はどうしたらいいんでしょうか?
今にも第九守護天使を突き破り、引導を渡されそうなんですが。
どうしよう……そうだな……とりあえず……。
「なぁ……?仲良く、しようぜ?」
「ヴィギルアアアアアアアアアアアアッ!!」
うぉぉ!?
めっちゃ怖い顔!!
俺と戦っていた時の知的な態度はどこ行った!?
それじゃまるで、タ……。
……タヌキだったっけな。お前。
「ヴィギルァ!!」
「おっと!」
だけどまぁ、なんとかなりそう。
結局、状況は何も変わっていないのだ。
ゲロ鳥を追いかけていったリリンは直ぐにでも戻ってくるだろう。
しかも、手に持っていた槍は、輝きこそ鈍っていたがいまだ健在。
恐らく空に輝く魔法陣がある限り、何度でもさっきの技を放てるような気がする。
時間の経過が勝利をもたらすのは変わらない。
しかも俺自身、将軍の動きに目が慣れてきている。
もしかしたら、このまま一人でも押し切れるかもしれない。
俺は、興奮し我を失っている将軍を見据えながら努めて冷静に対処しようと、グラムを構える。
その時だった。
「ヴィギルオオオオオオン!」
「ヴィギィ!」
なに……?
遠くから響くタヌキの鳴き声。
この期に及んで増援だと?
だが様子がおかしい。
将軍は動きを止め、必死にその鳴き声に対し、何かを訴えているのだ。
「ヴィギィア!ヴィヴィィ!!ヴィギィヴィー!!!」
「ヴィメダ。ヴィラガヴィンム。ヴィスレタギィア?」
「ヴィア!!ヴィ――」
えっ?ちょ?なになに?
タヌキの口喧嘩とか、ちょっと興味あるんだが。
誰か俺に通訳してくれよッ!?
そんな馬鹿な事を考えていた俺。
あぁ、本当に馬鹿だと思う。
将軍とよばれるボスタヌキと口喧嘩が出来き、あまつさえ圧倒しているという存在。
その異常性に、将軍が何ものかに叩き伏せられて沈黙することで、始めて気が付いたのだから。
「え……?」
「ヴィ…ア……っ……」
ドッ。
ドサッ。
乾いた音が俺の目の前で鳴り、そして、今さっきまで将軍の立っていた場所には、別の何かが立っていた。
タヌキ。そう表現するのが最も的確なのだと思う。
だが、俺は違うとも思う。
圧倒的な、何もかもが異常で異質な何か。
俺はソイツを前にしてロクに動けもしない。
”動いたら、危険”
心の底から湧きあがる感情があるからだ。
タヌキだからとかそういうものじゃない。生物として目の前にいるコイツは危険極まりない存在なのだと悟る。
どう見たってタヌキだ。だが、絶対の確信が俺にはある。
これは勝てかもしれない。俺がじゃなく、俺達でも、勝てないかもしれない、と。
俺が硬直している間も、この目の前の小ぶりなタヌキは、叩き伏せられてから微動だにしていない将軍を見下ろしていた。
そして、無言でその首を咥え上げると、そのまま背中に担ぎあげた。
体格にして二倍以上。
それが出来る事に何の疑問も抱かなかった。
そしてゆっくりと、その異形のタヌキはその顔を俺に向けた。
その、どこからどう見てもタヌキにしか見えない顔の額には、煌々と輝く純白の『☆』マーク。
威厳に満ち溢れた表情は、将軍の上に君臨する”王”とでも言うべき、格のあるもので。
「ヴィギィアヨ。ヴィーギァ、アヴィヴィル」
俺の顔を見据え、なにか意味のありそうな事を言ってくる、異形のタヌキ。
俺には理解する事は出来なかったが、何となく、もう一度出会う事になるのだろうかという予感だけは感じた。
そして、異形のタヌキはもう一度だけ、今度は俺に背を向けて鳴いた。
すると俺と異形のタヌキの視野の先に、暗緑色に輝く魔法陣が出現したのだ。
……もう、意味が分からない。
タヌキの形をした何かが、たった一言で魔法陣を形成した事は分かるが、もう一度言おう。意味が分からない。
やがてタヌキはその魔法陣の中に進んでいき、そして、姿を消した。
原理どころか見るのも初めてだが、これはリリンの言っていた虚無魔法に分類される生物の転移魔法と言う奴だろう。
虚無魔法。
リリンですらあまり得意ではないと言っていた難易度の高い魔法を難なく使い、そのタヌキ達はこの場を去った。
立て続けに起こった意味不明な出来事に、俺は唖然とするしかなかったのだ。
そして、結局今回もタヌキに勝つ事が出来なかったのだと気が付いたのは、リリンが戻ってきてからの事だった。