第107話「ホウライ伝説 未来へ、あなたと①」
ハッピバースデ~~らるば~~♪
ハッピバースデ~~らるば~~♪
「一息に行くっすよ!全部消せたら願い事が叶うっすから」
「もう……、みなさん、わたくしは今日で18歳になるんですよ。ふーー!」
……は?
そんな簡素な溜め息は、呆然と立ち尽くす老爺から発せられた。
目の前で楽しそうにはしゃいでいるのは、ホウライが愛した子達。
教師でありながら、時に娘の様に、時に孫の様に愛を注ぎ、こうして、誕生日を祝う関係となった、ラルバ
師弟でありながら、時に仲間として、時に友として愛を注ぎ、こうして、誕生日を祝う関係となった、アサイシス。
失ったはずのそれらが、笑っている。
蝋燭を全部消せたとか、切り分けたケーキのどれが大きいとか、本当にくだらないことで楽しそうに笑顔を溢している。
「んー、なんか元気ないっすね?お師匠。誕生日の次の日が命日とか笑えないっすよー?」
「……あぁ」
「ちょま!?マジでどうしたっすか!?タヌキに化かされたみたいな顔っすよ!?」
冒険者にとって最も身近な生物――、タヌキ。
そんな最弱の象徴に化かされるとは、冒険者を引退しなければならない程に衰えているという暗喩。
アサイシスは微塵も思っていないからこそ出た言葉であり、今も、妙な気配の老爺を野次り倒そうと思っている。
「どんなタヌキに化かされたッすか!?まさかの金髪美青年タヌキっすか!?」
「それはお前じゃ、馬鹿弟子」
「すっ!?」
「ところでアサイシス、エリウィスは元気か?」
「今のお師匠の3倍くらい元気っすよ。……って、あれ?なんで母様のこと知ってるっす?」
……あぁ、そうか。
そうかよ、これは夢なんかじゃない。
お前らは勝ったんだな、……神に。
アサイシスの言葉を聞いたホウライは密かに拳を握り、掌へ魔力を流した。
帰ってくる感覚は、遠い昔の様な懐かしい感覚。
神を斬る前の。
無限の頂点の前で朽ちる前の。
幼馴染と再会する前の。
愛しい子を殺す前の。
教え子を亡くす前の。
王竜と対峙する前の。
ホウライが握りしめたのは、何も知らぬ人間でしか無かった時代と同じ魔力感覚。
されど、脳裏に記憶された知識は鮮明に、全ての価値観を塗り潰していて。
「今はブルファム王国、建国より14年。儂との出会いから、15年の月日が流れた。そうじゃな?ラルバ」
「えぇ、そうですが……?あの、ホウライ様、本当に顔色が宜しくないようですが」
「少し、未来のことを考えておってな。憂鬱になっておるだけじゃわい」
これから起こるのは、悲劇を惨劇で煮詰めたような、濃縮された悪意の物語。
事の発端は、こんなにも温かくて楽しい誕生日パーティーの僅か20日後。
ラルバの母、ライセリア王の殺害。
ホウライの脳裏に託された皇の記憶の中に、ラルバが語らなかった真実が残されていた。
ホウライに距離を置かれ、寂しさと苛立ちを募らせたラルバは、母であるライセリアに反抗した。
親におもちゃを取り上げられた子供の様に、何を言われても素直に応じず、捻くれた答えばかりを返す。
そんなラルバを支えて頬笑み返す二人のメイドとの触れ合いだけが、唯一の心の安らぎとなったのだ。
メイド、ルティンは言った。
「愛は勝ちとるもの」なのだと。
あのホウライですら、勝利を愛しているのだと。
そして、両親が乗った馬車が落盤し、乗車していた母が死に、父とルティンも意識不明となった。
両親を守って欲しいと言う願いを込めながら性能を上げた剣が大切な人々を傷つけたと知り、ラルバも道を踏み外してしまったのだ。
「未来とは……?」
「いや、お前が18になったと言う事は、アサイシスは28になっておるはず。二年後にはのぉ……(笑)」
「その笑みはなんだじじぃー!!棺桶で殴って埋葬してやろうかッすーッ!!」
渾身の笑顔を弟子へ向け、声高らかに朗笑する。
さらに妖怪じみた動きで挑発を加え、沈んだ空気を一掃。
溜まらず噴き出したラルバを横目で捕らえ――、ホウライも心の底から頬笑んだ。
「ほほほ、ほぉー!!なんじゃその動きは?不甲斐なさ過ぎて尻から溜め息が出そうになるわい!!」
「それはウチのセリフっすよ!?ショボくれた顔してなんて動きしてるっすかッ!?気持ち悪ぅぅぅッ!!」
ホウライとアサイシスは互いに青筋を立てながらの小競り合いを経て、準備していた誕生日を祝う大道芸へとシフト。
その流れるような動きに再びラルバが噴き出し、夜が次第にふけってゆく。
「ラルバよ、パーティーが終わったら儂の部屋に来てくれんか?」
「えっっ!?……あ、はい!!」
アサイシスと並んでケーキを楽しんでいるラルバへ、ホウライが声を掛けた。
60年近い人生の中でも数えるほどしかない緊張を隠して。
「なんすかお師匠。ここで話をすればいいじゃないっすか」
「はぁー。情緒と言うものが分かっておらんようじゃのぉ。本当にお前は三十路手前の年齢なのか?アサイシス」
「あ、今のマジの奴っすね?マジの溜め息っすね?本当に明日を命日にしてやろうかな、このじじぃ……」
アサイシスの抗議になど目もくれず、さっさと話を打ち切って立ち去る。
んべー!っと背後で湧き立った殺意すら、ホウライは愛おしいと思った。




