第105話「ホウライ伝説 終世 七日目 ⑤ 」
「真っ赤な嘘じゃねーかッ、数千年も騙しやがってこんのタヌキがッ!!」
「化かすのはタヌキの誉れ。ほら、そうこうしている内に別の権能の解析が終わったじゃの《音階の権能》」
ニヤリと笑う那由他の顔へ、ヴィクトリアの胸の光が翳される。
事態に何らかの変化があるのは確実。
だが、それを妨害する術を神は思い付くことができない。
「これ見よがしに光らせやがって……、分かってんだよ。それがブラフだってのは!!」
知識の権能を持つ那由他は、この世界で最も狡猾な生物だと神は知っている。
何度、全ての準備を万全に終えた上で、『今から始めるじゃのー』と言いいながらするそれっぽい動きに騙されたか。
過去の失態を思い出して舌を巻き、そして、神は思考を加速させる。
音の権能は強力だが、人間の言葉を話せる那由他や蟲量大数、ヴィクトリアが使う意味は薄い。
魔法の詠唱は最初からできるし、声にエネルギーを乗せるにしても――!!
「今度はお前か、ヴィクトリア!」
音階の権能は、魔法次元を開く鍵でしかない言葉そのものを魔法に変える能力だ。
物理的な破壊力を付与する他に、言葉が他者へ与える影響力を増加させる事も出来る。
そして、この場には声を武器にするヴィクトリアがいる。
そんな彼女が奏でるのは、神へ向けた鎮魂歌。
「謳わせるかッ!?」
「邪魔させる訳がなかろう《風甚雷の権能》」
『鎮魂歌』
終わり逝くひとを送り出す最愛の歌へ、神は刃を向ける。
だが、剣閃は蟲量大数が放った雷に遮られ……、ヴィクトリアの独唱が始まる。
それは願い叶わずにこの世を去る神を題材にした、報われない悲壮曲。
「くっ……!重いんだよ、空気がさぁ!!」
ヴィクトリアの歌声に乗せられているのは、音階の権能だけでは無い。
相手の精神に干渉する愛烙譲渡、そして、魂に作用する命の権能が存分に含まれている。
二重に奏でられる、直接的な死。
神の肉体を破壊できないのなら精神を壊せば良い、そんな攻撃へ返されたのは無数の神愛聖剣。
「串刺しだッ!!」
防御が難しい音による即死攻撃は放置しておけない。
だが、神はヴィクトリアのみならず、那由他と蟲量大数にも同じ攻撃を放った。
何が仕込まれているか分からないヴィクトリアと連携されると厄介だと、過去の経験が物語ったからだ。
「「星噛=イロードッ!!」」
「えッ!?!?」
そして、綺麗に重なったヴィクトリアと那由他の声が、星を象った球体を生み出す。
それは二つの星噛=イロード。
瞬きの間に神の剣と衝突、全てを噛み砕いて嚥下する。
「おい、なんだそれは?」
「聞いておらんかったのかの?星噛=イロードじゃと言うとろうが」
「聞こえたから疑問なんだよッ!!さっきから、100年分っつぅ知識の処理限度はどーなってやがるんだよ!?えぇ!!」
ヴィクトリアの鎮魂歌は止まった。
だが、不安要素が湯水のごとく湧きだしてゆく。
つぅ……、と首筋に汗が流れる神は叫び、目の前の異常を観察する。
100年分の知識という制約は、那由他の能力を大きく下げるデメリットだ。
問題なのは、神と那由他で弱体化の幅に認識違いがあること。
本来、一つの権能でさえ完全に使うには、100年分の記憶処理リソースでは足りない。
それなのに、那由他が、『命の権能』『光影の権能』、蟲量大数が『空間の権能』『風甚雷の権能』、そしてヴィクトリアが『知識の権能』『時の権能』を使用。
6つの権能を行使、このカラクリに気がつかない限り、神の勝利は無い。
まず、ヴィクトリアが持っているのは悪喰=イーターではなく、『星噛=イロード』だった。
悪喰=イーターには三つの形態がある。
基本の『悪喰=イーター』。
星を保護する、『星噛=イロード』。
そして、神にトドメを差す時に使う『星飲=フルルード』だ。
イロードは戦闘時に那由他が出現させる悪喰=イーターで、物質の取り込みに特化した性能。
捕食行動事態が強力な攻撃であり、内部に取り込んだ物質はこの世界から完全隔離。
時や命の権能、魔法、魔道具、神の因子、どんな手段を用いても那由他の意思以外の方法では取り戻せず、それ故に悪喰=イーター程の汎用性は無く、取り込んだ知識も使用できないと思わされていた。
だが、タヌキ帝王も一緒に取り込むことで可能になるらしい。
一応、理屈は分かる。
星噛=イロードという部屋の中にタヌキ帝王というコンピューターが並んでいて、知識を処理している。そんなイメージなんだろう。
ってことは、もしかして、能力を切り替えるスピードが異常に速いだけで、すべて同時に使用できる訳じゃない?
「……そういうことね」
処理工程を五つに分けてタヌキ帝王に任せているんなら、5匹で1つの権能を解析してるはず。
タヌキ帝王の数は10匹、権能二つ分。
で、ヴィクトリアに貸している本体の星噛=イロードが一つ解析できるとして……、完全同時使用は3つが限界か。
なら……、
戦略を立て終えた神は2本の神愛聖剣を創造し、両腕に装備した。
その刃に殺意と勝機を纏わせて。
親知らず抜いたら、妙な疲れが出てきてヤバみ。
執筆能力まで抜けおちた……?(汗




