第20話「災いの魔獣将・ウマクナイタヌキ!!」
ドッ!
まさかの戦闘形態になった将軍は、野生なにそれ?と言わんばかりに発達した後ろ足で大地を踏みしめ、爆裂させた。
そして、一切無駄の無い美しいフォームで戦場を駆ける。
右側から弧を描くように走ってくる軌道上にいるのは俺だ。
間違いなく俺を狙っているんだろう。
「ヴギィルァッッ!」
「おっとっ!」
目の前5mでの跳躍。
その機動力は健在で、俺の頭めがけて飛び込んでくる。
迎撃しなければとグラムを振りかざした時、スッと俺の服の袖口が引かれた。
即座に意味を理解し、俺は後ろに下がる。
「させない。《対滅精霊八式》!」
「ヴギィィィ!」
俺の前に割り込んできたリリン。
いつもの星杖ールナを振るわせ、対滅精霊八式を将軍に叩きつけてやろうと迫る。
だが、その目論みは失敗に終わった。
「えっ?」
「ヴギィ!」
チッ。ドドドドドドドド!
目の前に広がったのは、八つ繋ぎの眩い閃光。
星杖ールナが将軍に触れる前に何かが起こり、突如として対滅精霊八式は誘爆を起こしてしまったのだ。
予測外の出来事に俺もリリンも動きが鈍る。
だが、この戦場でただの一匹。
将軍だけは起こった事象に対し動じることはなく、追撃の姿勢を示している。
コイツは理解しているのだ。
先程の不可解な現象がどのようにして起こったのかを。
将軍の目論みは成功し、俺達は致命的な隙を生じてしまった。
空中を足場にして引き絞るように爪を振りかぶった後、その爪をリリンに向けた。
「リリン!」
「っ!《雷光槍》!」
ギリギリのタイミングで雷光槍を打ち込み、かろうじてその凶爪を防ぐことができた。
再び距離を空ける将軍を見送り、二度目の攻防は引き分けとなる。
「リリン。何をされた?」
「………砂を叩きつけられた。これにより対滅精霊八式は誘爆し、本来なら戦いは将軍有利に傾いただろう」
「どういうことだ?」
「対滅精霊八式はかなり威力が高い。なので誘爆を起こせば、杖がもたない。星杖ールナは高級品なので、なんとかなったけど」
なんと言うことだ。
将軍はあの一瞬の攻防で武器破壊を狙っていたらしい。
知能高すぎだろ!!
タヌキだよね?ねぇ、ホントにタヌキだよね!?
「ユニク。アイツは恐らく、三頭熊よりも強い。油断しないで」
「あぁ。もう普通のタヌキだと思ってねぇよ!」
そう、あれはもう、俺の知るタヌキではない。
将軍。
将軍とは軍を率い、戦いに勝利するもの。
新人冒険者の俺が侮って良い相手ではない。
俺はふぅ。と息を吐き出し、将軍へ視線を送る。
そして、将軍と視線を交わし合った後、どちらともなくお互いに向け走り出した。
俺は軽量化されたグラムを構えたままで。
将軍は何を思ったのか、一瞬だけ四足で地面を駆けた後、再び二足に戻り一目散に俺を目指している。
奴の動きは早い。
そして、速さに重点を置いたさっきの攻撃は、まるで効いていないかのようにコイツは振る舞っている。
必然的にグラムの重量も減らせない。
戦場を駆けながらの思考は冴え渡るとリリンが言っていた。
例に漏れず俺に名案が浮かんだのは、将軍と衝突する一瞬前だった。
「《飛行脚》!」
「ヴ!」
グラムが攻撃の軌道に入った直後、俺は高速化のバッファを掛けた。
これによりグラムが着弾する時間が速くなる。余るであろう時間を逆算し、グラムの重量を底上げした。
将軍は空中で半歩、足を前に出している。
空を蹴る為の予備動作だ。
この体勢ならば、回避は出来ないはず。
必殺の一撃を秘めたグラムが将軍に迫り、そして、直撃した。
「ヴギィラァ!!」
「なっ!!」
ガッ!!
何かが砕け散る音と感触。
グラムが衝突したのは将軍の掌。
いや、衝突させられたと言うべきか。
明らかな生身の肉を斬るのとは違う手応えに、俺は悟る。
俺の攻撃もまた、将軍によって防がれてしまったのだと。
「ちくしょう!」
「ヴギィ!」
渾身の力を込めたグラムは全てのエネルギーを相殺され、将軍に接触した場所のまま停滞していた。
そしてその上を、黒茶の一閃が走る。
グラムを前に出した状態での近距離からの突撃。
俺に成す術はなく、ただ、将軍が後にした空間に漂う砕けた石を見て、こうゆうことかと納得するのが精一杯だった。
「ヴギィラァ!」
バギャァァァアアッ!!
そして、将軍の攻撃が俺に届いた。
完全に無防備な側頭部への打撃。
俺の耳あたりに加えられた攻撃はけたたましい音を俺にもたらした。
そう、音だけだった。
リリンの第九守護天使が有るため、物理的にはダメージを追わずに済んだのだ。
しかし、発生した爆裂音による衝撃は、俺の意識を朦朧とさせた。
傍らに視線を流せば砕けた石が、地面に落ちていく。この野郎は俺の耳元で石を爆破しやがったのだ。
ふらつきながらも、なんとか態勢を立て直そうともがく俺を嘲笑うかのように、将軍は5mの距離を取り地面に着地した。
「ユニク、大丈夫?」
「あぁ、なんとか」
「そして、ユニク。遊んでいる場合ではなくなった」
「ん?」
「あの将軍は私たちに勝つつもりでいる。私たちが第九守護天使を発動させていることを理解した上で」
「なん………だと?」
「さっきの攻撃。あれは音を発生させ、私たちの意識を奪うために行ったのだと思う」
「どういうことだ?」
「第九守護天使は一切の物理攻撃、魔法攻撃を無効化する。それを解除するには、魔法を無効化する機能を備えるか、術者の私を倒すしかない。私の意識が途切れれば、おのずと第九守護天使も消滅してしまうのだから」
リリンの説明は分かりやすかった。
要は、あの攻撃をリリンが受けた瞬間、俺達の敗けが決定するのだ。
無敵。
そう呼ばれていた第九守護天使の新たな欠点が発露した。
それは、人間の知らない野生の知恵だったのだ。
「………あぁ、タヌキは俺のライバル。そう思っていた時期が俺にもありました」
「遠い目をしてないで現実を見て。ユニクには少し無茶をお願いしたい。五分間だけ、戦闘を任せたい」
「何か秘策があるのか?」
「………雷人王の掌を使う」
………マジか。
確かにここいら一体を消し飛ばせはタヌキには勝てる。
だけど、どう考えても、事後処理に面倒が残りそうなんだけど?
「大丈夫なのか?」
「大丈夫。ウナギに使ったのとは別の形態を使用するから」
「別の形態!?」
「準備に5分かかる。ユニク、どうにか凌いで欲しい」
「あぁ、分かった」
俺は再びグラムを構え、将軍を観察する。
すると、なぜだか将軍は穴を掘っていた。
意味が分からず困惑していると、その意味が土の中から取り出された。
将軍の体の半分くらいの大きさの岩。
それを穴から取りだし、両手で構えた。
あ、はい。それで、俺を殴るんですね。分かります。
「上等だ!かかってこいよオラァッ!!」
「ヴギィラァァァァァ!!」
四度目の接触。
これは先程とは違い、激しい打ち合いとなった。
ガッ!ガッ!
将軍は重い岩を装備したことにより、高速で動くことが出来なくなっている。
これはチャンス!
速さで圧倒し、体勢を崩した所に重い一撃を入れてやる!
くくく、自ら速さを捨てるとは、所詮は野性動物!自分の愚かさを呪うがいい!!
俺の戦略の方向性が定まり、後は実行するだけ。
振りかざしたグラムの先には、俺有利の結果が見えている、と思った。
だが、
将軍はこの難局を当たり前に裁いて見せたのだ。
いや、そもそも、当の将軍は難局だと思っていなかったかもしれない。
小さく「ヴギィ」と笑いながら、岩を自在に使った予測不可能な動きを見せてきたのだ。
ガガガガガガガガガガッ!
「ちょこまかと………!」
「ヴギィ!」
ガガガガガガガガガガッ!
将軍はまさに異次元とでも言うべき動きをしている。
振りかぶった岩の慣性に体が引っ張られ、物理法則を無視した軌道で宙を舞う。
あるときは、岩に隠れるように。
あるときは、岩を振りかざし、ド級の攻撃を繰り出した。
頭こそ守り通しているものの、俺の体には幾つも土埃が付いていく。
一撃を貰う度に悔しさが込み上げ、今の俺では勝てないことを悟りながらも、必死になって食らいつく。
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「《かのお方こそ、私の誉れ。無垢な感情の全てを捧げ、祈り、願うは、等しく幸せと言える民草の声。あぁ、じぃ様。この私には何が足りないのでしょうか?いえ、解っているのです。私に足りないもの。時に力と残酷を与えたじぃ様の鉄槌を、私にお貸し下さいませ》」
ユニクルフィンがタヌキ将軍と戦っている最中、後方で一人、リリンサは魔法の詠唱に入っていた。
通常とは違う、雷人王の掌の詠唱。
これは、始点が変われば結果も変わると言う世界の摂理によって定められた。知られざる理。
そして、世界はこの少女の呼び出しに答えた。
魔法次元に格納されている全ての魔法の中でも強いとされる雷人王の掌。
中心にある本体から無数に枝分かれした魔法の一つをリリンサは呼び出し、雷人王の掌は次元を越えて顕現する。
知られざる、魔法の摂理。
この魔法の呼び出しを行っている少女ですら、そもそもの、魔法次元の存在に先日、気が付いたばかり。
今の彼女ではこれ以上先には進めない。
だが、眼下の生物を殺すには十分すぎて。
変に手こずったな。と少し恥ずかしくなりながらも、リリンサは最後の呪文を唱え、魔法を完成させた。
「《雷人王の掌・願いと王位の債務!》」