第102話「ホウライ伝説 終世 七日目 ②」
「さぁ、始めよう。神とキミらの全身全霊……、いや、全知全能を掛けた戦いを!!」
大仰に腕を広げた唯一神の声こそ、世界の終焉を告げるエンディング。
蟲量大数、那由他、そしてヴィクトリア。
世界に残った僅か三名の名を響かせ、エンドロールも終わらせる。
「って煽ってみたけど、随分と余裕があるねヴィクトリア。そんなに隙を晒していいのかな?」
「良く喋る神じゃの。どうでも良い事をぺらぺらと」
「このタヌキは何を今更。100年分の知識しか使えないからって、神がお喋り好きなのすら忘れたとは言わせないよ」
右から順に、蟲量大数、那由他、ヴィクトリア。
横一列に並んでいた三者の中央に陣取っていた那由他が僅かに前に出る。
那由他が決戦の地として選んだここは、巨大な国家の商業都市が存在した場所だ。
足元に広がるのは、鉄骨と瓦礫で構成された大平原。
地平線の先まで、一定の粒になる様に建造物を耕やかしてあるのは、足場安定の為だけでは無い。
『造物主』
神が持つ能力が造物に作用する力である以上、それを可能な限り取り除くのは勝利の絶対条件だ。
「ウンザリしておるからの。このような存在が神かと考えれば考える程、頭が痛――」
「那由他ちゃん、そういうのいいから。こんなのとお喋りしても良いこと無いよ」
「……それもそうじゃの」
優しげな言葉に秘めた、強い叱責。
後ろから掛けられた声に振り返らずに返事をした那由他、その両手が向かった先にあるのは、赤黒い球体『悪喰=イーター』。
「――反芻せよ、供食礼賛。《神廻旋刃・アナグラム=ヴァニティ》」
上下に分かれた球体から引き抜かれた、美しい銀色長剣。
それを握る那由他の手には漆黒の手套。
那由他が好む赤いリボンで結われたそれが棚引く姿を、神は面白そうに眺めている。
「グラム、ヴァニティか。くっくっく、偽物ねぇ」
「何がおかしいじゃの」
言葉が終わると同時、神の右手にアナグラム=ヴァニティと胴形状の剣が出現。
そんな筆舌しがたい光景に、こくり。と那由他の喉が鳴る。
「この間の小競り合いで、神は本物のグラムを破壊した」
「それが?」
「当然、お前はグラムを修復し、万全の状態の神殺しを全て揃えてここに来ている。そんなのは、特別な力を使わなくったって分かる事さ」
「無論じゃの」
「だけど出したのはエネルギー出力で劣る偽物。そりゃそうだ。キミらがボクに対抗するには、できるだけ人数を減らすしかない。グラムを修復できるムーは残しておけない」
思い出すのが億劫になる程、神は蟲量大数と那由他に敗北している。
それを行えば、どうやってあんなバケモン倒すんだよ!?と自問自答して憂鬱になるくらいに。
だが、今回の神は違う。
自身に溢れたその表情。
確かな策謀とそれを完璧に行えたという自負が、神に深い笑みを抱かせる。
「神像平均と造物主を使えば、他の生物に神の肉体性能を上書きして乗っ取れる。だからキミ達は戦闘メンバー以外を生かしておけない」
「お主はプライドが高い。横取りなんて言うつまらない方法での決着は望まんじゃの」
「確かに神はムーを乗っ取るなんてしない。だが、キミらはバックアップができるムーを生かしておくと勝ち目が無くなる」
「そうかの?」
「声が上ずってるぜ。神像平均によって、神とキミらの能力は均等割りされている。今、場に居るのは四名だから四等分。仮にムーがいるなら五等分。戦闘力があるエデンや白銀比すら残せないのは、蟲量大数の性能がどんどん落ちて行くから」
「そちらは造物主で過去最高の能力を手に入れておる。4分の4、つまり、儂らが発揮できる100%の性能をの。じゃが」
「愛烙譲渡を持つヴィクトリアがいるって?くっくっく、それは合計戦力の話だろ」
「……!」
「仮にこの場に99名いるとしよう。神の戦闘力は100分の100。一方、愛烙譲渡で束ねたキミらの戦闘力は100分の99。その差はたったの1%だ」
神像平均は、指定した同系統物質の性能を平均値化して固定する能力だ。
だが造物主は、その性能を過去最高の数値へ任意で上書きできる。
そして、ヴィクトリアが持つ愛烙譲渡は、群れを彼女を頂点にした群体へ変える。
統一された意思相互に無駄はなく、一匹の生物としての戦闘すら可能となるのだ。
「誤差が1%しかない?手数は100倍の差がある?そんなもんどうでもいい。キミらのたった一つの勝ち筋が潰えている事に比べれば」
「流石に気付くかの」
「当ったり前だろ。この造物主と神像平均を攻略するのは不可能だ。蟲量大数の簒奪の権能で奪い取る以外の方法ではね」
神は万全に準備を済ませている。
それこそ、原生生物に残された猶予期間に妨害する必要がないくらいに、完璧に。
「キミらの勝ち筋は、蟲量大数が神の能力を奪いとった後にしか存在しない。が、肝心の蟲量大数の能力が100分の1になっちゃたらそこまで辿りつけない」
「……その自信。まさか、造物主は創世の神の因子の系譜かの?」
「御名答。造物主は一日目の創世『天地創造』に由来する神の因子。この意味が分かるかな?」
それを理解した那由他が、愛烙譲渡で繋がっているヴィクトリアと蟲量大数に合図を送る。
もっとも悪い想定だと。
「造物主の効果適応範囲は、この神の因子を持つ者が属する種族が創造した物質。つまり人間が作った物のみで、自然環境によって生成された鉱物などは造物主の効果範囲外」
「あくまでも『造物』にしか作用しない?ならなぜ、お主は剣を創造できたじゃの」
「そりゃぁ、唯一神たる神が持つと話が変わるからだ。この世界は神が生み出した。陸も、海も、空も、全ては神の造物」
「ならば……!」
「人間が造物の製造工程に工具を使用しても、それを生み出した者は人間だと認識される。だからさぁ……、自然環境から生み出される物質も全て神の造物なんだよねぇ!!」
見せつけるように翳されたのは、神が持つ神廻旋刃・アナグラム=ヴァニティ。
そこへ叩きつけられたのは、落雷、豪雪、噴火、砂嵐などの天変地異だ。
「空気からでも作れるけどさぁ、どうせだったらド派手な映像の方がカッコいいじゃん!!」
やがて、神の手に天変地異が終息した長剣が握られた。
神愛聖剣・黒煌。
神が世界を終わらせるに足りると豪語する、終焉の剣だ。
「この七日間、神はキミらの邪魔をしなかった。だけどさ、準備まで手を抜いた覚えは無いよ」
ぴっ。っと真横に振られた黒煌の先の空間に亀裂が走る。
それはまるで、天変地異が詰まった袋を真横に裂いたのような光景。
一気に溢れ出たそれらが、役目を終える世界を破壊する。
「神はボクだ。自然現象を支配下に置き、呼吸すらままならない環境すら作れる。キミが生きているのだって、命の権能で新陳代謝を停止しているからだろ?ヴィクトリア」
つうっとヴィクトリアの頬を伝う汗が蒸発した。
周囲に存在する空気は有毒。
酸素や窒素よりも重い気体は、呼吸や移動という当たり前の動作にすら甚大な影響を及ぼす。
「お前もずっと黙ってどうしたんだい蟲量大数。さっきから空気が重いじゃん?」
「我が輩はタヌキほど饒舌に喋らん」
「そうかよ。ま、愛するヴィクトリアへ別れの言葉くらいは掛けてやって欲しいもんだね」
「……何?」
「とぼけるなよ。簒奪の権能には100年という縛りがある。それは新しい能力を手に入れればリセットされけど……、同時に、前の能力は100年を待たずに消滅する」
命の権能がある限り、ヴィクトリアは不死の存在だ。
だがそれは、死を上書きしているだけ。
能力が消えた後に残るのは、死を取り消せない非力な人間の少女。
「万が一、キミらに神の因子を奪うチャンスが来たとして、それをした瞬間にヴィクトリアは死ぬ」
「……。」
「当然、そうすると不可思議竜の命の権能も消え、キミらの不死性もなくなる訳だ」
「そうなるじゃろうな」
「そして、この神愛聖剣・黒煌は命の権能にすらダメージを与える。そもそも不死では無い訳だが」
かつて神は、不可思議竜の命を一振りの剣撃で尽く費やした。
この神愛聖剣・黒皇は、皇種というシステムと同時に考案した、全生命を終わらせる終焉兵器。
「神はボクだが、鬼じゃない。戦う前に別れを済ませるといい」
慈悲深いなどと、この場に居る誰が思うのだろうか。
神は傍観者。こんな寸劇にすら娯楽を見い出す者。
だからこそ、それに対する答えは、……唾棄だ。
「それはもう済ませたじゃの。ソドムに頼んで」
「ん?」
「別れが必要なのはホーライのみ。なにせ儂らは祝勝パーティーの約束をしておる」
不意に那由他が前に出る。
それに合わせ、蟲量大数と神も動き――、重なりあう姿を観察するヴィクトリアが、すっと目を細めた。




