第99話「ホウライ伝説 終世 六日目 プロローグ・アンバランス22」
「こうして無色の悪意は生まれたじゃの」
「うーん、最初は悪いおじいちゃんって思ってけど、カーラレスさんって良い人っぽいような……?」
31枚目のホットケーキを焼きながら、ヴィクトリアが感想を呟いた。
長い長い昔話もひと段落。
そして、足りない知識を補おうと、湧いた質問を口にする。
「やり方を間違っちゃっただけで、カーラレスさんって世界を維持しようとしてたんだよね?そのお陰で私達も生きていられる訳だし」
「うむ。同族殺しをすると悪感情を抱かれやすいがの……、人間にこだわらず全生命体として見れば、奴が殺した数など0.01%にも満たぬ。それで世界を維持出来るのなら安かろう」
軽い雰囲気を醸し出して頷いている那由他の横で、蟲量大数が渋い顔をしている。
全生命を50%50%で殺したことがある我が輩達が言える道理では無い。
だが、こんな苦言を呈すればホットケーキの質が下がる気がする。
そして、蟲量大数は、苦言をはちみつレモンサイダーで流し込んだ。
「それで結局、無色の悪意ってなんなんですか?カーラレスさんの意識ってこと?」
「いや、あの時点での無色の悪意には感情など無い。生物の欲求感情を掻き立てる舞台装置なだけじゃ」
「舞台装置って?」
「神が望む物語の発生装置といった方が分かりやすいかの。三大欲求、食欲、睡眠欲、性欲などを掻き立て、異常な行動を起こさせるわけじゃ」
「せいよっ……、だから私を襲った人ってあんなに変態ぽかったんだ」
「欲求は他にもある。強欲、支配欲、知識欲……、そして、カーラレスが抑えようとした他者への虐欲。奇しくも、取り除こうとした感情すらも無色の悪意は煽り続けた」
生物の行動原理が欲求だというのは、ヴィクトリアにも理解できている。
娯楽の少ない村で育ったからこそ、一つ一つの小さな欲求を大切にして生きてきたからだ。
「我が輩も聞きたい事があるぞ、那由他」
「何じゃの蟲量大数。儂に質問したくば飯を出せ。飯」
「貴様が食っているそれは我が輩が狩って来たものだがな。まぁいい、これでよかろう」
ヴン。っと短い音がした次の瞬間、那由他の後ろに果実が実った巨木が倒れた。
そして、見事な色艶の桃を収穫した蟲量大数は、那由他とヴィクトリアの膝の上にそれを置く。
「不可侵領域で行われた神と無色の悪意のやりとりを、なぜ貴様が知っている?」
「神の記憶をつまみ食いしたからじゃの。こんなかんじにのー!しゃぐり!!」
「ヴィクトリア。コイツはこういう理解しがたい事を平気でする。距離を置く手段を考えた方がよかろう」
……食べ物を探しに行って、木ごと持ってくる蟲量大数様も大概では?
倒れている桃の木を遠い目で眺めたヴィクトリアは、理不尽の塊とどうやって付き合っていくかを真剣に考え始めた。
「あ、そうだ。不可思議竜ってどうなったんですか?命の権能って私の中にもあるし、無関係じゃないんだけど」
「うむ。お主の村には髪が白い人間がそこそこおったじゃの?」
「うん。私みたいに真っ白の人は少ないけど、ホーライちゃんもくすんだ白?銀?だし」
「神から受けた剣撃により、不可思議竜の子孫因子はことごとく破壊されておっての」
「子孫因子?」
「人間にも遺伝というものがあるじゃろ。不可思議竜が子を成した場合、奴の遺伝子は殆ど受け継がれず、母親の特徴ばかりの子が生まれる」
「なるほど」
「一口に昆虫と言っても様々な味がある様に、竜にも種類がある。奴がメス竜を孕ませても、白天竜が産まれてくる確率は1/不可思議。要するに途方もない確率でしか、白天竜は誕生しない訳じゃ」
ヴィトリア自身、父親にも母親にも似ていると言われながら育った。
思春期になり、どうにか素朴な顔の父に似ない方法を考えて苦悩したこともあったのだ。
「じゃあ、白い竜って世界で一匹だけ?」
「いや、もう一匹おるぞ。その竜の名は希望を戴く天王竜。幸運を運ぶありがたーい竜として崇められておる。見かけたら拝んでみると良いかもしれんの」
「そうなんだ。出て来ないかなーそしたら宝くじとか買うのに」
「……捕まえてくるか?我が輩ならば不可能ではないぞ」
「絶対やめて!私のせいで竜皇の親子が襲撃されたとか、申し訳なさすぎるから!!」
後でこっそり、「この害虫を大人しくする方法ってない?」って那由他ちゃんに聞こう。
発酵酒果実以外にも対策手段が欲しいし。
そんな事を考えつつ、ヴィクトリアは収穫した桃を蒸留酒に漬け始める。
「で、お主らの髪が白いのは、不可思議竜の悪あがきの成果じゃの」
「えっ?」
「どうにか白天竜を産ませたい不可思議竜は命の権能を活用し、様々な手段を試みた。それこそ、相手を竜にこだわらなくなるくらいにの!」
「それって、人間ともしちゃったってこと……?白いどころか、竜じゃなくなってるんだけど」
「暴走というやつじゃのー!」
そっか。始原の皇種ってすごいのしかいないんだね。
そうして、真理に辿りついたヴィクトリアは理解するのをやめた。
「そんな訳で、白い毛の生物には不可思議竜の血が混じっている事が多い。一つの群れに複数個体いる場合などは特にそうじゃ」
「髪が白いとどうなるの?」
「魔力量が多くなる傾向があるが、種の特性を大きく超える事は無い。ただし、今のお主の様に不可思議竜の権能を手に入れた場合は別じゃの」
「詳しく教えて」
「命の権能とは、魂=魔力に作用する力。肉体の再生力は儂ら始原の皇種にすら匹敵しておる。慣れれば、今の状態を維持する事も、若がえる事も、年老いた姿になるのも自由自在じゃろう」
「えっ!?」
じゃあ、おっぱい盛れるの!?
邪な考えが脳裏によぎり、見せる相手がいない事に気が付く。
それでも若い姿を維持できるのは、乙女なヴィクトリアにとって嬉しい話だ。
「えっと、じゃあ私は不老不死ってこと?」
「いいや。儂らの権能は99年しかもたん。それが蟲量大数の簒奪で奪ったものである以上、いずれは限界がくるじゃの」
「……そっか。100年後に私は死んじゃうんだ」
「悲しいかの?」
「ううん、安心したよ。100年後に皆に会えるかもしれないって」
100年後ってどんな世界になっているだろう。
きっと今とは比べ物にならない世界になっているんだろうな。
一生懸命生に生きて、みんなに教えてあげなくちゃ、だね。
「今っていろんな国があるけど、ノワルさんとシアンさんのお陰だよね?」
「シアンとノワルが率いる不安定機構が大陸を統治するようになった。複数の国の情勢を操作し、物語として戦争を誘発させたりの」
「ルクシィアとう”ぃー太もいっしょ?」
「うむ!時にペットとして、時に友として、時に兄姉としてシアンの血族に寄り添い続けておるじゃの!!」
「え、じゃあ今も生きてるの!?」
「ソドムとゴモラと名を変えておるが、毎日元気に飯を食っておるじゃの!!」
「そうなんだー、いいなー、会ってみたいな」
「そのうち会えるんじゃないかの?のう、蟲量大数?」
含みのある視線を向けられた蟲量大数が、持っていた桃を乱雑に噛み砕いた。
露骨に態度に出し、甘い香りの口を開く。
「そうだな。お前の眷族の中では見かける回数がダントツで多い」
「そうなの?」
「直接的な関与はしていない。が、我が輩の元々の種族である昆虫類は、皇たる我が輩の影響を受けやすいのだ」
「どういうこと?」
「数百年に一度、我が輩に近しい能力を持った個体が生まれる」
「……蟲量大数様が2匹に増えるって、世界の危機じゃない?」
「あぁ。で、大体は那由他の眷族・ソドムとゴモラが討伐に乗り出し……、大陸全土を巻き込む戦いになる事が多い」
「たいり……。蟲量大数様って悪役なんだね。ふーん」
「我が輩が指揮をしている訳ではないと言っているだろう。そもそも、始原の皇種は世界への介入を禁じている」
「そんなこと言ってたね。あれでも、神様は蟲量大数様達の戦いを望んでるんじゃ?」
神の目的は世界を見て楽しむこと。
その為に生み出した始原の皇種は、目論み通り、世界を脅かす存在となった。
それを理解しているヴィクトリアは、そこに生じた矛盾を指摘する。
「神様に嫌われちゃわない?」
「だからだ。我が輩や那由他、不可思議竜が能動的に活動すれば、他の生物種に対抗の余地など無い。ただでさえ強い我が輩たちと準備なしで戦う訳だからな」
「……。そうだね。準備してない街は砂漠になったもんね」
「故に我が輩たちは迎撃しかしない。神に対してもそうだ。終世を宣言された場合にのみ、無制限に力を使う事ができる」
「……終世?」
「神の気まぐれだ。そうそう起こることでもあるまいし、気にするな」
世界の終わり。
それは、ただの少女であったヴィクトリアとって夢物語。
グンローやホウライが好んで読んでいたファンタジー小説の中の話でしかない。
「そういえば、金鳳花って出て来なかったけど」
「我が輩は何も知らん。会った記憶すら無いからな」
「えぇっ!?」
「奴は金枝玉葉、時の権能を持つ始原の皇種の孫だ。権能で時と記憶を操作し、姿形など造作もなく欺く。出会っているのだろうが、我が輩には見分けられん」
昔話を聞いたヴィクトリアは、蟲量大数は無敵の存在だと思っていた。
だが、明確な弱点が露見し、ふと気付く。
『蟲量大数=フルパワー馬鹿』だと。
「賢そうな那由他ちゃんは分かるの?」
「分かるじゃの。そもそも儂は金鳳花の母の白銀比の面倒を見ていた時期がある。この脳筋に怯えプルプル震えていてのー」
「今は我が輩以上に、蛇蝎の如く嫌われているがな」
「へー、そうなんだー」
「じゃから、注意深く観察すれば分かるじゃの。が、能動的に動かんと決めている以上、その正体を他者に伝えることはせん。ソドムとゴモラにも内緒にしてるしの」
暗に正体を告げる気は無いと伝える那由他と、それを察するヴィクトリア。
物分かりが良い彼女は、金鳳花が神のお気に入りだということにも気が付いている。
「愛烙譲渡はカーラレスさんを追い詰めた力で、それを知っている金鳳花は私が邪魔で殺しに来た。それが始まりだったんだね」
「金鳳花の信奉者は世界中に潜んでおる。その影響力は白銀比を凌駕し、儂にすら対抗できる程にの」
「那由他ちゃんも、私が愛烙譲渡を持ってる知って様子見に来てくれたんでしょ?」
「飯のついでにの」
此処まで情報が出揃えば、ヴィクトリアの村で奉っていた豊穣の神の正体が那由他というのは理解できる。
事実、ヴィクトリアとホウライは一週間ほどの触れ合いで知識を授かり、強大すぎる魔法を覚えもした。
結局、役に立ってるのは食材をしまっておく空間魔法だけだね。
私がホーライちゃんに魔法を使っちゃダメって言わなかったら違ったのかな?
少女の独白は発せられることなく、呼気となって深い森へとけてゆく。
全ては過ぎたこと。
大好きなホーライちゃんには、もう会えない。
白くて小さな蟲が鳴く。
愛を宿した、その声で。
~お知らせ~
ヴィクトリアの過去編の中に ノワルとシアン(とタヌキーズ)の過去編が入ってて分かりづらいですので、近日中にサブタイトルを変更します!
2023.5.4 変更しました!!




