第19話「災いの魔獣将・ウマクナイタヌキ!」
「将軍……?将軍だってッ!?」
「そう呼ばれる事は、なんら不思議ではない。だってフツ―に強いから」
「……。もしかして、リリンは戦かった事があるのか?」
「過去に一度だけ。その時は……私達は負けて逃亡した」
なん……だとッ………。リリンが負けた……?
10歳時ですでに三頭熊に勝利しているリリンが、タヌキなんぞに負けた、だと……?
「そ、それは、いつの事なんだ?」
「13歳くらいだと思う。師匠たちと分かれて、ワルトナと二人旅の最中だったから」
「…………。」
そんな……。
師匠と分かれてってことは、リリンのパワーアップイベントが終わった後ってことじゃないのか?
タヌキ。そう、タヌキは俺の村では素晴らしい生き物としてあがめられていた。
焼いてよし、煮てよし、揚げてよし。
何をしてもウマく、そして簡単に沢山獲れる。村の生活の基盤を支える素晴らしい生物なのだと。
そして過去、タヌキは三度、俺の前に立ちふさがった。
いずれもレベルと経験不足のせいで勝利を得る事が出来なかったが、次第に善戦出来るようになっていったと思っている。
勝利は確実に近づいてきているのだと。
……そう、思っていたのに。
「こんな奴に勝てる訳ねぇだろォォォォォォォォッ!!」
「え、ちょ、ユニク、落ち着いて!……負けたといっても、私も相応には強くなっているし、そもそもアレは奇襲されたせい。今とは状況が違いすぎる」
「……そうなのか?」
「そう。不意に出会って、私もワルトナもタヌキだからと油断した。だからこその敗走」
「……じゃあ今なら勝てるのか?」
「……たぶん」
……うぐっ。そこは自信たっぷりに勝てると言って欲しかった。
だがまぁ、落ち着いてレベルを見てみれば、三頭熊並み。
今となっては戦術も安定しているだろうし、二人でかかれば問題ないのかもしれない。
………ただ一つ、この場には数え切れない程のタヌキが潜伏している事を除けば。
「リリン………。あのタヌキ一匹なら何とかなるのかもしれない。だが、茂みには他のタヌキがいる。アレと同等のタヌキがいるかもしれない」
「タヌキ将軍は特別なタヌキ。そんなにいっぱいはいない。それに他が姿を現さないのが何よりの証拠だと思う」
確かにそうかもしれない。幻と呼ばれるタヌキがそうそういないってのは分かるんだが……。
何か嫌な予感がするんだよなぁ。
得体のしれない何か、それこそ命の危険が潜んでいるような……?
狡猾なタヌキの事だ。弱い普通のタヌキに混じって将軍が潜伏していても不思議じゃない。
俺としては慎重に行きたい所だ。
うん。ここは逃げよう。
ほらリリンだって、冒険者は危険を犯さないって言ってたじゃないか。
俺はリリンに提案するべく声を出しかけた。
だが、先に声を発したのは、あろう事か将軍の方だったのだ。
「ヴギルァァァァァァァ!ヴギィルア!!」
「「「「ヴギィ!!」」」」
「な、なんだッ!?」
轟とした咆哮は俺達の前20mまで接近していた将軍から発せられた。
その咆哮を以て、茂みに潜伏していたタヌキ達が一斉に動き出す。
もう隠れる必要はないのだと言わんばかりに慌ただしく動き出し、そして、茂みを揺らすタヌキ達は一匹残らずいなくなった。
まるで、「共はもうよい!散れ!!」とでも言ったというのか。
一切の躊躇を見せず姿を消したタヌキに唖然としながらも、俺は声の発生源の将軍を見やる。
将軍は、「これでいいか?」とでも言わんばかりに、満足げに「ヴギィ」と鳴いた。
「リリン?何この状況。ワケわかんないんだけど?」
「……このタヌキは私達と勝負がしたいのかもしれない」
俺はリリンに向けていた視線を将軍に戻す。
すると将軍は無言でニヤリと笑った。
綺麗な歯並びがめっちゃ怖い。
お前もどっか行ってくれ。しっし。
「……んで、どうするんだ?」
「受けて立つ。戦う前に逃げ出すなど、私のプライドが許さない」
………あ、あぁ……。戦う事になってしまった……。
なんという事だろうか。
だって、将軍だぞ?将軍と言うのはもちろん将軍だ。
将軍足りえるからこそ将軍なのであり、将軍であるならこそ、将軍でなければなならないはずだ。
やっべぇ。頭ん中がぐるぐるげっげーする。
……俺はもう、ダメかもしれない。
「……あぁ、これも運命なのか。だけど、やるしかないんだよな?」
「うん。あ、……ナメてかかると痛い目に会いそうなので、本気で行くよ!《二重奏魔法連・第九守―――》」
「ヴギィルアッッ!!」
なん…!こいつ!!魔法を使わせない気か!!
させるかぁぁぁぁぁ!!
「《空盾ッッ!!》」
「ヴ!ギィー!!」
突然の戦いの幕開け。
あろう事か将軍は、リリンの魔法に反応を示し、させないとばかりに地面を爆ぜさせ飛びかかってきたのだ。
リリンは第九守護天使の呪文を唱えている途中。
いくら魔法名を唱えるだけといえど、時間は要する。それに、いきなり別の魔法に切り替える事なんて出来ないはずだ。
俺は危険を感じ、手に持つグラムに空盾を掛けて将軍の突撃を遮った。
将軍は既に地面を蹴り上げ、空中を飛んでいる。
進路変更は出来きずにこのままグラムに衝突するはず。その勢いを利用して弾き飛ばしてやる!
「ヴギィ!」
「なッ!」
しかし、将軍は難なくグラムをかわして見せた。
それは、あり得ない軌道。
空中を蹴るという物理法則すら捻じ曲げた行為を当たり前に行い、将軍は再び10mの距離を取り地面に着地したのだ。
なんでそんなことが出来るのか唖然としながらも、この攻防で分かった事がある。
そう、まるで将軍は第九守護天使を知っているかのような素振りを取ったということだ。
その魔法を発動されたら、面倒な事になると理解しているとでもいうように。
「《―――護天使ッ!》……助かった。ありがとユニク」
「あぁ。それよりも……」
「うん。アイツは私の魔法に反応した。人間、いや、魔導師と戦って生き残っている。これはやっかい」
「俺が前に出る。その間に準備を整えてくれ」
「分かった」
「いくぞッ!!《次元認識領域!》」
「《二重奏魔法連・瞬界加速!》」
俺とリリンの声が重なった。
まずは奴の動きを唱えるのが先決だろう。
俺は将軍の速さを捉えるために、次元認識領域を発動。
そして俺が欲しかった次の一手、スピードを上げるバッファ魔法をリリンが唱えた。
完全な連携プレー。長らくチームを組んでいたというリリンの補助は完璧だった。
これで必要最低限の準備は整った。
俺はリリンに時間を与える為、将軍に近距離戦闘をけしかけるべく走りだし、グラムを振るう。
「うぉらぁぁッ!!」
「ヴッ!ギッ!」
だが、当たらない。
将軍は器用に空中を駆け、俺のグラムを簡単にかわしていったのだ。
普通のタヌキであるならば牙で受けようとしたり、足場にしようとしたりしてくるはず。
だが、コイツはグラムに触れようともしない。
グラムの機能、『重量操作』によって法外な威力を秘めている事に気が付いている……?
数度、剣閃をかわされ、このままではいけないと俺は戦略を変えた。
今までは衝突の瞬間に最も重量が重くなるように操作していた魔力を、一気に逆回転させる。
俺は奴に触れることすらできていない。
ならば、今度は速さで勝負だ。
可能な限りグラムに魔力を通わせ、求めたのは軽量化。
先端部分のほんの少しだけ重量を残し、それ以外はまるで紙のように軽くなれと念じる。
すると、俺の願いにグラムが答えてくれたのだ。
軽量化に成功し空気の抵抗すらも感じられなくなったグラムは、風を切る音を置き去りにし、タヌキに迫る。
「《第九識天使!》」
そして届くリリンの魔法。
よし、ナイスだ!
音速に超えた速さのグラム。コイツを使っての攻防では視野が広い方が圧倒的に有利。
最初の一撃は貰うぜ!将軍!!
「うおぉらぁッッ!」
「ヴギィッ!」
ガギィィン!!
確かな衝撃と手ごたえ。
空中を華麗に舞っていた将軍は、微かながら俺に反応を見せ、鋭い牙でグラムを受け止めた。
甲高い金属の良い音が鳴り、熱い火花と将軍の牙の欠片が飛ぶ。
よし!先制攻撃は頂いた。
だが、速さに重点を置いていたが為に一撃が軽かったようだ。
タヌキ将軍は受けた衝撃をうまくいなす為、空中で何度かステップを踏んで態勢を立て直している。
そして、この瞬間、ふと気が付く。
将軍のこの動き、これは飛翔脚によく似ているなと。
リリンがよく使う飛行脚は、速度上昇の他に、空気中に足場を作ることができるという特殊な能力がある。
俺は未だ空中を足場にできないが、リリンなら縦横無尽に空を踏める。一見して、空を飛んでいるかのように。
そして、この将軍も同じ事をしているのではないだろうか?
俺の思考に一末の不安が思考をよぎる。
もし、もし仮にだ、将軍が違うバッファの魔法、言ってしまえば連鎖猪が使ったような戦闘形態を持っているとしたら、一撃で仕留められなかったのは失敗だったんじゃないだろうか。
そしてその不安を肯定するように、空中を舞っていた将軍は突如地面へ突撃し、けたたましい爆音とともに砂煙を巻き上げた。
明らかな視野を妨害する為の工作に、俺は成す術が見つからない。
くっ!!こんな状態じゃ迂闊に攻撃出来ねぇ!!
やられたッ!!
そして、俺の後悔は遅すぎたのだ。
俺が後悔をするのと同時に、煙幕の向こう側から、絶望を体現したような鳴き声が聞こえて来てしまった。
「《ヴィギュリア・ヴィギュリオ!》」
青白く光る閃光。
土砂煙幕の向こう側で発せられているにも関わらず、確かな光は俺に届くほどに強いもので。
やがて、その光と煙幕が次第に薄くなって行き、ほぼ同時に消えた。
そして現れたのは、『武人』だった。
………いや、タヌキだけど。
タヌキだけど、武人としか言い表せない。
筋骨隆々だった肢体はさらに、太く、逞しく。
特に前足は、まるで大地を拳で砕かんばかりに発達し、筋肉の盛り上がりが見て取れるほどで。
艶やなか毛並みも相間ってか、流れるような無駄の無い姿勢。それはまるで、研鑽された武道の"型"だとでも言うように。
ソイツは、タヌキ将軍は、悠然と立っていた。
………………二本の足で立っていたのだ。
「なんでだよッッッッッッ!!!!!」
おい、この野郎ッ!!
なに二本足で立ちあがってるんだよッ!?
お前は野生動物だろ!?だったら大人しく四つん這いのままでいろよッ!!
なんで当たり前のように立ち上がり、カッコイイポーズを決めてんのッ!?
もう我慢ならない。戦闘中とか関係なくツッコミを入れさせてもらうからな!
「このタヌキ野郎!!てめぇ、野生はどうした!?立ってんじゃねえよッ!!」
「ヴ、ギッギッギッギッ!ヴギギィィ、ヴギアン!!」
「何言ってるか、さっぱりわかんねぇよッ!!」
「ヴュギア、ヴギーーール、ヴギィヴギィ!!、ヴ、ギッギッギッギッ! !」
くそう、この野郎……。
俺がタヌキ語が分からないのを言い事に、好き放題言ってくれてやがる!!
内容こそ伝わらないが、絶対に馬鹿にしている事だけは分かる。
そりゃあ分かるさ!
だって俺を指差して笑っているんだから!!
「ユニク。タヌキとお笑いにでも出るの?」
「出ねえよッ!!って、リリン。戦闘の準備は出来たのか?」
「もちろん準備万端。一応念のため、雷人王の掌も途中まで唱え終わっている」
なん……だとッ!!
俺がタヌキと死闘と漫才を繰り広げている間に、トンデモナイ事になっていた。
「リリン?雷人王の掌はやり過ぎじゃないか?」
「負けるよりマシ。これでタヌキ軍は一網打尽!」
もし戦闘に苦戦すれば、この閉じ込めた地域ごと雷人王の掌で焼き払うつもりなのか……?
あのなぁ、リリン。
そういうのってさぁ、普通、悪役がやるものじゃないのか?
俺は心の中でボヤキつつ、将軍を見据える。
互いに戦闘の準備は済んでいる。
さあ、始めよう!とでも言うかのように将軍は短く「ヴギイ!」と鳴き、俺達に向かって走り出した。