第93話「ホウライ伝説 終世 六日目 プロローグ・アンバランス⑯」
「いくぜ」
踏みしめた砂の感触に懐かしさを感じるのは何でだろう?
……あぁ、違う。砂は関係ないのか。
ガントレット越しに剣を握りしめたノワルが、雄叫びと共に刃を突き出した。
その切っ先に居るのは、『憧れ』。
ノワルは思い出したのだ、幼い頃の自分は七賢人に憧れ、そして追い付きたかったのだと。
「果たして、お前程度に”神”が超えられるのか?」
徹頭尾を刈する凶剣と聖刻杖ールナが接触し、バチバチと弾ける魔力の奔流が空から掻き集められてゆく。
互いに魔力を奪い取る武器同士の交錯、だが、その理論はまるで違う。
「ほぉ?」
「流石に気付くのが速いね。そうだぜ、お察しの通りこの武器はお前特攻だ、カーラレス」
聖刻杖・ルーンムーンは、刀身に記憶させた魔法を魔力に変換して吸収、魔法を放つ際は魔力を魔法へ再錬成して行使する。
一方、徹頭尾を刈する凶剣は魔力を直接吸収し、内部の魔法陣動力として使用する仕組みだ。
だからこそ、徹頭尾を刈する凶剣はルーンムーンへ干渉できるが、その逆はできない。
ルーンムーンが奪われた魔力を取り戻そうとしても、刀身の中に刻まれた魔法陣が分からない以上、エネルギーへ変換できないからだ。
「自堕落な生活で弛んだ腹に加え、お前はいい歳だ。剣は受けれても回避する身体能力は無ぇ」
「魔力を奪い取り発動前に不足させる。確かに、それも攻略法の一つであろうよ」
カーラレスは劣る身体能力の代わりに、詠唱無しの魔法行使という最速の防御手段を備えている。
だがそれは、二倍速で魔力を消費する。
奪われる魔力と防御魔法に費やした魔力、そして、魔力が減れば吸収できる魔法種類や迎撃手段が減ってゆく。
刻一刻と選択肢を削られてゆくカーラレス、だが、その顔には笑顔が張り付いたままで。
「随分と楽しそうだな?」
「あぁ、よくぞ策を仕込んでおいたと、過去の儂を褒めてやりたい気分だからな」
「……ッ!!」
「《星導四日神盤・大十字凶座相》」
シアンの見立てでは、星導四日神盤の発動に必要な魔力は魔法十典範以上。
大体3~5発分に匹敵するというのが、タヌキと一緒に魔法の理を勉強して得た答えだ。
計算上では、徹頭尾を刈する凶剣で半刻ほど打ち合えば、ほぼ、魔力をゼロに出来る。
そして、その条件を満たしつつあるノワルへ、カーラレスは嘲笑を向けた。
「星導四日神盤は移動させる星の数によって消費魔力が変化する。故に、幾つかの星座は儂が意図的に作ったものだ」
「星座……だと!?」
「影響を及ぼさない遠方に準備し、必要になったらこの星の方を転移させる。……そうら来るぞ、天変地異が」
ノワルが見上げた空に浮かぶ、八つの巨大惑星。
それらがなんという惑星なのかも知らないまま、ノワルはガントレットの”内部”ごと手を強く握り締める。
「教えてやろう。これから起こる天変地異は大地震、磁力波、重力異常。地上表層100mまでは粉々になる」
「……はっ」
ゴォォ……と地鳴りが響き、カーラレスの言葉を肯定しようとする。
だが、地上は僅かに揺れただけ。
宇宙から降り注ぐ磁力波も重力異常も一向に起こる気配がなく、ノワルとシアンに至っては僅かに揺るぎもしなかった。
「……なに?」
「本当に、おじい様は凄まじい方ですね。たった一人の能力を止める為に訓練された神官が20万人も必要になるとは」
「シアン、お前が何かしているのか」
「星導四日神盤自体に攻撃力はありません。惑星から受ける影響による二次被害が甚大なだけ。だから」
「まさか、星の天候を丸ごとコントロールしておるというのか!?」
愛烙譲渡を開花させたシアンは、この世で狂おしい程に尊重される支配者となった。
そのシアンが命じた大規模儀式・気象操作魔法は、1250人の魔導師が魔法陣に刻まれるルーン文字の役割を果たすという、彼女以外には実現不可能な理論。
人間を魔法陣に組み込んだ場合、意思の揺らぎによって簡単に破綻してしまうからだ。
そんな魔法陣を世界に160個展開し、相互に能力を作用させて始めて、カーラレスの星導四日神盤に対抗できる。
シアンは祖父の偉大さを改めて思い知った。
だが、それに比肩出来たのが嬉しくて、誇らしくて。
「そうか、そうか。よくぞ、ここまで至った」
「これも、おじい様のお導きがあったからこそです」
シアンはカーラレスのことが大好きだった。
祖父に反感を抱いている人間もいると気が付いていたが、それでも、幼い自分を褒めて、叱り、一緒に喜んでくれる祖父に深い愛情を抱いていたのだ。
きっと、いつの日にか。
おじい様を超えなくちゃいけない日が来る。
だからその時まで、いつまでも、私を導いて欲しい。
幼心で抱いたこれは、決して恋慕では無い。
されど、カーラレスが欲した本物の家族愛。
「だから……、このままっ!!おじい様を超えて!!」
「選手交代だぜ御爺様、こっから先の時代は俺が継いでやる」
そして再び、ノワルがカーラレスと対峙する。
その背中でシアンを隠しながら。
「ならぬ、ならんぞ。お前の様な粗忽者にくれてやるのは愛しい孫では無く――、無骨な隕石で十分であろう!!」
天を裂き、空を割り、大気を怒号で震わせながら出現したのは、直径10kmもの超巨大隕石。
今までの星導四日神盤の使い方とは根本的に違う、隕石召喚という直接攻撃。
有する物理的破壊力は魔法十典範を遥かに凌ぎ、そしてその対抗手段もカーラレスの手中にある。
「ルーンムーンは健在である。程良く魔力を消費した現在、魔法十典範も複数回吸収可能となっておる」
防御魔法では物理法則の全てを防ぐ事は出来ない。
ましてや隕石衝突という、星を滅ぼしかねない物理攻撃に耐えられる魔法など存在しない。
そして、迎撃を選んだとしても、威力が高く有効な魔法はカーラレスに無効化される。
確かに、先程のタヌキ魔法には干渉しえない。
だが、魔法十典範を凌ぐ威力の魔法を子タヌキが使えるはずもなく。
そう断じたカーラレスの前を、う”ぃー太が横切った。
「行ってくださいッ!!う”ぃー太ッ!!」
「ヴィーギルオォーンッッ!!」
その子タヌキが、稲妻の如く天を駆け昇る。
両手足に輝くは、四つの金色の装飾輪。
その千海山シリーズの名は――、『十本指が象る輪火』。
シアンは十個で一つの魔道具であるそれを4つずつ、う”ぃー太とルクシィアに与えていた。
「なにっ!?此処でタヌキだと!?!?」
「言っただろ。う”ぃー太はシアンが溺愛してるペットだって」
「なっ、子タヌキごときが、、、魔法十典範クラスの多重詠唱、だとッ!?」
「そしてタヌキは那由他の……、知識の皇の眷族だ。魔法に関しちゃ、もう俺らを完全に凌駕してんだよ」
う”ぃー太は駆ける。
主であるシアンの期待に答えるべく、そして、晩の食事をちょっと豪華にする為に。
左後脚の装飾輪に記憶されている魔法は、魔法十典範が一つ『原則を創りし理戒王』。
その力を使い生み出すは、隕石以上の物理破壊力を産む起爆剤……、硫黄、木炭、硝酸カリウムなどの火薬化合物。
右後脚の装飾輪に記憶されている魔法は、魔法十典範が一つ『原語を謳いし天空王』。
火薬が最も効果を発揮する理想的な状態へ攪拌し、隕石を余さず覆い尽くす。
「ヴィー、ギィルゥゥッ!!オォオオオオンッッ!!」
う”ぃー太はクルクルと身体を丸めて回転しながら、両前脚に装備している装飾輪へ魔力を通した。
『原色を照らす太陽王』
『原審を下せし戦陣王』
全ての火光魔法系の頂点、魔法十典範を混ぜ合わせて創る、灼熱灼光の槍。
全長50cmほどの子タヌキが有するとは思えない尋常ならざる攻撃魔法が、今まさに、隕石のド真ん中へと着弾する。
『天討つ硫黄の火』
この超弩級攻撃魔法は天を穿ち世界を救ったと、後の世に語り継がれることになる。
歴史に名だたる英雄タヌキ――、『う”ぃー太』の名と共に。
「ば、馬鹿なッ!?」
「その顔も見慣れたぜ。なにせ、七賢人全員が同じ反応だったからな」
そして、ノワルが斬り込んだ。
聖刻杖ルーンムーンも、時魔法も、星導四日神盤も、七賢人として蓄えた盤石な精神状態にすら亀裂が走った好機を見逃すはずもなく。
「……カーラレス様、この答えは間違っていますか」
そのノワルの声は細く、弱く、向かい合っている二人にしか聞こえない程に小さかった。
だが、弱音と呼ぶには強い意志が込められていて。
「演じ続けろ、神を飽きさせぬように、永遠に」
ルーンムーンを振りかざし、カーラレスは徹頭尾を刈する凶剣を受け止めた。
だが、その態勢は明らかに不利、僅かにバランスを崩せば即座に刃が前に進む。
そんな状況に於いてなお、その表情には笑みが絶えず。
「好機を利しきれぬか。だから貴様は愚かなのだ、ノワルッ!!」
ノワルの前に出現した魔導規律陣、それは明らかな魔法十典範の改変魔法。
タヌキ魔法と同列の、ノワルとシアンが知らぬ魔法だ。
――差し込め!!
――滅びろ!!
――間に合って!!
ノワル、カーラレス、シアンの想いが交錯し、そして。
それを、遥か天空から凝視する者がいた。
「《解脱転命・回生決死》」
その者の名は、始原の皇種、序列第二位『不可思議竜』。
唯一神より命の権能を与えられた――、生と死の支配者。
いとも容易く行われた、致死の行使。
崩れ落ちた人影達に抗う術は無く。




