第80話「ホウライ伝説 終世 六日目 プロローグ・アンバランス③」
「《五十重奏魔法連・万有力場ッ!!》」
「《星軌跡動転》」
先手を取らされたノワルが、右手に持った戦槍杖で空を突き刺す。
唱えた魔法は『万有力場』、直径1m程の重力集中点を相手に接触させることで、十分の一の体積になるまで圧縮する星魔法だ。
それを50個も作り出すのみならず、相互干渉を起こす様に配置したそれらは、触れた物質を目視困難な大きさになるまで縮退させる威力を持つ。
だがそれは、触れればの話だ。
「……ちっ!!」
黒い球体のような形状の万有力場が地上に向けて一斉に叩き落とされた。
それは、先程の惨劇のオマージュ。
地上を壊滅に追いやらせた魔法反転を再び目の当たりにし……、その結果を読んでいたノワルは自ら魔法を打ち消し呟く。
「反作用する重力魔法でもダメかよ。……どういうカラクリだ」
分からねぇ。
それがノワルが抱いた率直な感想。
――あぁ、カーラレスに?勝てる訳ないじゃん。
――現存する人類の中じゃ、たぶん、ぶっちぎりで最強だよ。
そんな唯一神の言葉から始まった説明は、ノワルを以てしても理解不能だった。
『なにせアイツは、四日目の創造神だ』
意味自体が分からない。
だが、神にそう言わしめるに値する実力を持っている事だけは理解できた。
だからこそ、ノワルは神に願ったのだ。
カーラレスを倒せる武器が欲しい、と。
「この杖は星を刻むと言っただろう。都合の悪い言葉を聞かんのはお前の悪い癖だ」
武器は同等か、それ以上。
この戦槍杖は唯一神様が創り出したものであり、世界に現存する全ての武器の上位互換であるはずだ。
だが、カーラレスのこの自信はなんだ?
ノワルには分からない。
だからこそ、見栄とハッタリで武装するしか無かった。
「師から学んだ結果ですよ。なにせ、過分な妄言が多すぎる」
そうだ。七賢人の言葉はいつだって誇大妄想だった。
かつては海を割っただの、星の配置を変えただの、そんなのはファンタジーの領分。
それが魔法である限り、世界のルールを曲げるなんて出来る訳がない。
「唯一神様によると、魔法とは世界法則の下位互換。例えば光魔法は、自然光よりも明らかに遅くなる様に設計されている。そう聞いた」
「知っておる」
「だから、貴方が言うような世界の理への干渉は出来ない。できねぇ、筈なんだよ《五十重奏魔法連・明星殲滅ッ!!》」
ノワル達が持っている戦槍杖の能力は、魔法次元と繋がる扉の形を取り出す魔法と完全同一形状にする。
これにより、詠唱で消費する魔力は最低値となり、取り出した魔法の威力は未減退……、最大値となるのだ。
――これで、圧倒的な魔力差が無いのなら、魔法の打ち合いでノワルとシアンに勝てる存在は居なくなった。
そう言いながら含み笑いをする唯一神、その表情が脳裏に浮かび。
「学習せんな。ノワル」
光魔法は重力魔法から受ける影響が最も少ない。
さらに明星殲滅は攻撃速度も最高峰、高威力だが発動までに時間がかかる重力魔法で全てに対応するのは不可能だ。
そうして、50の方向から一斉に放たれた閃光がカーラレスの周囲で踊り狂う。
まるで美しい剣舞踊のように身に触れることなく、見事な曲線を描いて消えた。
「なん、で……。ありえねぇだろ、魔法詠唱すら無しにどうやって……?」
「まんまと罠に嵌り思考を乱す。だからお前は愚かなのだよ」
見えざる手に守られているとでも言うように、尽く届かない。
そんな無力感に苛まれたノワルの背中に、シアンが触れた。
「おじい様の杖です」
「シアン、何か知っているのか?」
「あのルーンムーンには覚醒体という機能が取り付けられております。強力な能力を常時封印状態にしておく事でエネルギーを溜め、解放時の出力を何倍にも引き上げると」
「魔法の威力向上か。だが、俺達が取り出す魔法も最大威力で、それ以上は強化のしようがない。相性で勝つ光魔法の方が有利な筈だ」
「いいえ違うのです。おじい様がルーンムーンに求めた役割は魔力供給源。そしてそれが向かう先は、杖の先端に取り付けられた天文盤。唯一神様の力です」
ノワル達が使う魔法も、唯一神が世界に与えた力だ。
だが、それが世界の理の下位互換に設定されている以上、致命的に世界を破壊する事も、理を覆す事もできやしない。
しかし、もしも、世界の理と同格な神の力が存在するのだとしたら。
脳裏によぎったのは神化したタヌキが戦い終えた、背景。
この世の物とは思えない漆黒と化した光景を、ノワルは克明に覚えている。
「神の因子というのだ、ノワル。それは、かつての儂が神に奏上した願い」
「なん……」
「お前が欲したレベル表記だけでは無いのだよ。唯一神様が世界に与えたもうた理はな」
――何で泣いてんの?少年
だれ?
――神さ。で、どうしたん?
誰も、あそんでくれないんだ。
――あぁ、だろうね。身体を使った原始的な遊びじゃ、キミに勝てる奴なんていないだろうし
ね、神様。みんなを強くして欲しい。僕と遊べるくらいに、ずっとずっと、強く!!
――あは!いいね、それ、面白そうだッ!!
昔々、ある所にいた素朴な少年は、唐突に神と出会いました。
能力が高すぎるが為に孤立していた少年。
彼が唯一神へ願ったのは、自分の弱体化では無く他者の強化。
ただ対等に遊びたい。
そんな無邪気な願いの結果は、世界規模。
唯一神が行ったのは全知全能の下賜――、神が持つ全能力を細かく砕き、それで人類を染めるという途方も無き神託。
「愚かな儂の願いにより、全ての人間は唯一神様の能力で染められた。人である以上、最低一つは神の因子を持っている。無論、お前もだ、ノワル」
「俺もだと……?」
「あぁ、能力は人によるのだ。個性とでも言うべき小さいものから、肉体性能を超えた超能力まで」
「だからか。時々、俺の理解を超える奴に出会うのは」
「神の因子にはそれらを区分した種類がある。世界を維持するただの『神の因子』、世界に影響を及ぼし、扱い方によっては破滅を呼ぶ『世絶の神の因子』」
「……!じゃあ、貴方のは」
「違う。儂のは『世絶の神の因子』では無い」
「な、に?」
「『創世の神の因子・星導四日神盤』。唯一神様が世界を作った七日の創世記、その四日目、星々という概念を生み出した力だ」
それを畏怖しているかのように、カーラレスが杖の先端を手元に近づける。
そして、その先端で浮遊していた天体盤を外し、愛する子らへ見せつけた。
「宇宙というのだそうだ。儂らが生きる大地が無数に存在する集合体であるそこは、この星に定められた理の上位互換」
「哲学か、よ……」
「理解できぬか。だが見れば分かろう、この星導四日神盤は、星々の配置を操作するためのもの。このようにな」
カーラレスが星導四日神盤に手を翳した瞬間、空から太陽が消え、月が輝いた。
その余りにも荒唐無稽な現象に、ノワルとシアンが同時に息を飲む。
なぜなら、指で摘まめるほどの大きさしか無い筈の月、それが、視界いっぱいに広がっているのだから。
「星を回転させ夜にし、なおかつ、月の配置を近づけた」
「ば、かな……。んなことが……」
「そうら来るぞ、天変地異が。先程とは真逆、万物は月に引き上げられ空へと堕ちる」
爆発したのは地面か、それとも、自分か。
下から叩きつけられる凄まじい爆流に、ノワルとシアンは意識を保つのさえ困難だと思えた。
事実、地面から噴き上がってきた死屍累々、それらは一人として意識を持つ者は無く。
「おぉ、いかん、止めねば。あまりにも一方的な戦いでは楽しませられぬ」
「つっ……!」
「唯一神様はお前に力を与えたもうた、だが、使い方までは教えてはくれなかったようだな」
ノワルの中に、神の言葉が反芻する。
『あぁ、カーラレス?勝てる訳ないじゃん』
『なにせアイツは、四日目の創造神だ』
これが、唯一神すら憂いた実力差の正体。
俺とシアン、二人に特別な力を与えなければ、文字通り話にならない程の――、圧倒的な絶望。




