第79話「ホウライ伝説 終世 六日目 プロローグ・アンバランス②」
「そんな、おじい様が覇壊流星群をお使いになるなんて……」
灼熱の溶岩が、空高く転移したシアンとノワルの足元を埋め尽くしている。
見渡す限りの、赤、赤、赤……、それは正しく地獄の釜。
煮えたぎる鍋がそうであるように、その中では決して生存は許されない。
「切り替えろ、シアン。地上は大丈夫だ」
「でも……!」
「タヌキにボコられる高位神官だが、ヤルときゃヤルんだよ、アイツらは」
地上から見た空に出現したそれは、地獄を受け止める為の釜だった。
カーラレスが放った大規模殲滅魔法、覇界流星群――、直径1kmもの巨大な隕石とそれに付属する無数の流星群は、中央神殿に備わっている防御結界に堰き止められた。
空間を歪めてしまう程の衝撃を伴う拮抗が、互いへ多大なダメージを発生させる。
押し潰されるように崩れる神殿、そして、無数の亀裂に従い分裂する隕石。
互いに形態を変えるも、隕石は重力を味方につけて地上へ降り注ごうとする。
だが、神殿にはそれを容易に阻める者たちがいた。
中央神殿に仕えている高位魔法神官、その仕官条件はランク8以上の魔法の習得だ。
「ほぉ?儂の魔法を止めたか」
遥か遠くに見えていたカーラレスの姿が、ノワルとシアンの前に現れる。
上空2000mでの逢瀬。
師と子、そして、祖と孫の関係にあっても、交わす視線は限り無く研ぎ澄まされていて。
「貴方は知らないでしょうね。アイツらを教育したのは俺ですから」
神に仕える。
その最低条件は、神から人に与えられし魔法の集得。
それも世界の中心の都に立てられた中央神殿に属する者となれば、ランク8の魔法など使えて当たり前だ。
高位神官たちは、それぞれ得意な魔法の系統が異なる。
だが、それを極める過程で防御魔法を学ばないはずない。
だからこそ、覇界流星群を受け止めた魔法以外にも、地上では既に、複数の迎撃・防衛手段が用意されている。
「ノワルよ。お前が教育者だと語るか。その程度の見識で」
「なに?」
「儂は止めたか、と言ったのだ。『防いだ』ではなく」
カーラレスが杖で空を小突いた瞬間、覇界隕石群を受け止めた釜に亀裂が奔る。
そして、ぽたぽたと、割れた釜から水が滴り落ちるように、灼熱の隕石が零れ出した。
「来るぞ、迎撃――!!」
「だめです!!それではおじい様の――ッ!!」
再びの悲鳴、それはノワルの声を遮って放たれた。
後押しされるように釜は臨界を迎え、ひと固まりとなった溶岩が落下を始める。
それを再び迎え撃とうと、高位神官たちは幾つものランク9の魔法を空へ撃ち上げてゆく。
だが、両者は永遠に出会えない。
出会うはずがないのだ。
空へ撃ち上がる筈だった魔法すらもカーラレスが行使した重力に敗北し、地上へ向かったのだから。
「てめぇ……、カーラレス」
結果、神殿は跡方も無く崩壊し、神官たちは死屍累々となった。
覇界流星群に加え、迎撃の為に放たれた大規模殲滅魔法、それらが人々を蹂躙したのだ。
そんな生きている者の方が少ない惨状に、ノワルとシアンは息を飲む。
「おじい様、なぜこのような無関係な人々を巻き込む攻撃を」
「どこに無関係な民がおるのだ?」
「何を……、仰るのですか」
「知らずとも良いことを知ろうとしただろう。愚かでなければならぬ、お前達がな」
シアンの脳裏に浮かんだのは、七賢人へ向けた弾劾告発。
絢爛豪華・酒池肉林などと揶揄される、あらゆる贅沢と快楽の権化だ。
「元はと言えば、おじい様が犯した罪でしょう。民の税を無駄に使って……、その糾弾の何が悪いのですか!!」
「それは果たして、善か?」
「えっ……?」
「シアンよ。人を愚かだと思った事はあるか?」
あんな痴態を明るみにされては、激怒されても仕方がない。
それはシアンにも分かっている。
だが、真っ直ぐに見詰めてくるカーラレスの瞳は僅かにも揺らいでいない。
まるでその痴態が意図的に作られていたかのような――。
「そ、それは……、」
「あるだろう。他ならぬ儂が愚かに見えて仕方がなかった筈だ。だが、これこそが人間という種の本質。根源的な意味で、”ひと”は愚かで無ければ生きられない」
唐突にシアンの身体が引き戻された。
知らない内に前に出ようとしていた彼女の肩を掴み、ノワルが代わりに前にでる。
「流石は七賢人、取り繕うのが上手いな」
「まぁそうだな。人を騙せぬのなら上には立てん」
「だろうよ。俺は貴方の本気を見た事がない。……俺はな」
シャリンと柄を鳴らし、ノワルは空間から2mもある戦槍杖を引き抜いた。
それに習い、シアンも同様の戦槍杖を手に取る。
それは、青と白の聖神性の塊。
唯一神から賜った、第四魔法次元層を開く鍵だ。
「確かに俺は貴方の実力も過去も知らない。だが、唯一神様は見ていたそうだぜ」
「ほう」
「だからこの槍を賜った。神に『覆せない』と保障された実力差を埋める為にッ!!」
ノワルが柄を強く握っただけで、彼の背後に漆黒の穴が出現した。
それは、三次元であるこの世界と、四次元である魔法次元を繋ぐ鍵穴。
使用するという意思だけで大抵の願いを叶えることが出来る、創生魔法。
「……神の力か。過分だな」
「ビビっちまってるのか?」
「人は神には成りえない。やはりお前は愚かだよ、ノワル」
カーラレスが持っていた杖が、形変わってゆく。
それは月を象った美しい魔道杖。
三日月状の先端内部に星々が配置された、カーラレス・リィンスウィル――、人間の集大成。
「神になれなかった儂は、この杖に星刻杖―ルーンムーンと名付けた」
「洒落てるな。老いぼれてなお、若気の至りか」
「事実、この杖は星を刻む。お前と違って過分ではないぞ」
戦いが始まる。
シアン・ノワル VS カーラレス。
人々を導く者達の交錯は、まず、重力魔法の撃ち合いからだ。
……あれ、おかしいな。
ソドムとゴモラ、出生の秘密を書こうと思ったのに、なぜかカーラレスが戦い始めた。




