第17話「鳴き声」
「さて、とりあえず町の外に来た訳だけど、どうする?」
「……まず、探す前にやらなくてはいけない事がある」
リリンはやる事があるといいながら、空間を入れ何かを探している。
異次元ポケット。
いつ見ても思うのだが、本当に便利そうだよなぁ。
俺もそのうちに覚えたいなと眺めていると、リリンは目的のものを見つけたらしい。
よいしょ。と掛け声をかけながら取り出したのは一枚の石板。
大きさは30cm四方だが、そこそこの厚みがあり結構重いようだ。
必要だから取り出したのだろうけど、何に使うのかさっぱり分からない。
鳶色鳥レーダーとかだったら楽でいいのに。
「リリン。なにそれ?」
「これは、『携帯電魔』という魔道具。登録している者同士で、メッセージや電話が出来る」
「へぇー。じゃ、誰かに電話をかけるのか?もしかして鳶色鳥に詳しい人?」
「たぶん詳しいと思う。かける相手はレジェだから」
「……女王に直接かけるのかよッ!!そんなのありなのか!?」
「大いにあり。レジェがよく分からない物を他人に授けるはずがない。研究している可能性すらある」
……マジかよ。あの地味で汚い鳴き声の鳥を研究とか、もっと他にすること有りそうな気がするんだが。
一応女王の筈だが、いまいち正体が掴めない。
統治している国『レジェンダリア』は話に聞く限り大国だと思っていたんだけど違うのか?
俺が頭の中で混乱しているうちに電話の準備が終わったらしい。
リリンは、近くにあった岩に石板を立て掛け、表面を撫でた。
すると、石板からトュルルルルルという機械的な音が流れ、しっとりと重みのある女性の声が聞こえてきた。
『トュルルルルルルル。私、レジェリクエ。今、レジェンダリアにいるの……。』
なるほど、これは電話のコール音なんだな。
レジェリクエと名乗っているんだから、この声の持ち主が女王・レジェリクエなのだろう。
……。なんていうか、リリンとは別系統のよく響く声だ。
そして、どことなく威厳に満ち溢れた声は、背筋の凍りつくようなどこまでも冷めた音。
聞いているだけで不安を掻き立てられるコール音は、途切れることなく続いていく。
『トュルルルルルル。私、レジェリクエ。今、レジェンダリアを出たの……。』
ん?レジェンダリアを出た?どういうこと?
『トュルルルルル 。私、レジェリクエ。今、フィートフィルシアにいるの……。 』
ん?移動しているのか?
どこに向かっているんだ?電話のコール音だよね?これ。
『トュルルルル。私、レジェリクエ。今、アルテロにいるの……。』
あ、アルテロ!?このあいだまで俺達が滞在していた町。まさか……。
『トュルルル 。私、レジェリクエ。今、セカンダルフォートにいるの……。 』
うわっ、間違いない!!俺達に近づいている!?
ひ、ひぃ!!怖ぇぇぇぇぇぇぇ!!!!
そして……。
『トュルル 。私、レジェリクエ。今、貴方の後ろにい『あらぁ?、リリンじゃなぁい。どぉーしたのぉ?』』
た、助かった。
まさに間一髪。あのままコール音が続いていたらどうなっていた事か。
女王レジェリクエ、恐るべし。
「ん。ちょっと聞きたい事があって電話した」
「聞きたい事ぉ?いいわよぉ……侵略会議にも飽きてきた事だしぃ、なんでも答えてあげるわぁ」
おい。今、侵略会議とか言わなかったか?
聞き間違いであって欲しいが、そんな事はない。
リリンが「会議中?大丈夫?」と聞き返して、「大丈夫よぉ。あの領地はそれなりに雑魚だものぉ」と答えている。
会議を中断してまで聞く内容じゃないんだが、本人が良いというなら良いんだろう。
……おそらく。たぶん。
「鳶色鳥について聞きたい」
「うんん?ゲロ鳥ぃ?予想外ねぇぇ」
おい、今、ゲロ鳥とか言わなかったか?
聞き間違いであってほしいが、そんな事はない。
リリンが困惑しながら、「ゲロ鳥ではなく鳶色鳥」と訂正しようとしたところ、「もちろん分かっているわぁ……愛称よぉ」と答えている。
これはツッコミを入れてもいいよな?いいはずだ。
女王ですらゲロ鳥って呼んでいるのかよッ!!
つーか、そんな鳥を恩賞として贈るなよッ!?
「あ、そっかぁ……逃げ出したゲロ鳥を探しているのねぇ」
「どうして分かった?」
「だって、そろそろ時期だものぉ」
「時期?」
「そうよぉ。移動の時期。ゲロ鳥は渡り鳥だからぁ」
「え?」
ちょっと待て。鳶い……ゲロ鳥が渡り鳥だって?
これは聞き捨てならない。
本当に渡り鳥であるならば、本能のままに逃げ出したって事になるんだが?
……あらためて言わせてもらいたい。
そんな鳥を贈るなよッ!!
「なぜ渡り鳥なんかを授けている?もっと適した種類の鳥がいるはず」
「だからいいんじゃなぁい。凶暴で暴れまわりぃ、飼い主の顔を覚える事はなくぅ、本能として逃げ出すぅ。飼うのが難しいゲロ鳥を育ててこそ、余に忠誠が示せるのよぉ」
「……もしかして、他にも逃げ出している鳶色鳥がいる?」
「もちろんよぉ!今頃ずさんな管理をしていた貴族は大混乱。そしてぇ、愚かにもゲロ鳥を探し回っている貴族はそういうことだからぁ……処すわぁ」
うっわ!これはひどい。
逃げ出す事を分かっていて贈っているとは……。
ここまで来ると真相が見えてくる。
貴族の中でゲロ鳥が流行っているのではなく、無理やり押し付けられた挙句に逃げられ、必死になって探して回っているのだろう。
生きる為に、仕方がなく。
しかも、ちゃんと飼育していても天寿を全うして死んじゃうことも有るだろうに、本当に酷い仕組みである。
流石は、心無き魔人達の統括者。その中でも特に酷いと噂される女王。
彼女の名前は、運命掌握・レジェリクエ。
……誠に不本意ながら、俺は彼女達のパーティーメンバーであるらしい。
「そんなワケでぇ、ゲロ鳥は東に向かって移動するはずよぉ……。野外に出て3日間くらいは移動前の準備をしているからぁ運がいいと見つかるかもぉ」
「そう。それは良かった。教えてくれてありがとう」
「あはぁ!いいのよぉ、余とリリンの仲じゃなぁい。それでぇついでだし、このままフィートフィルシア侵略会議にも参加し――――」
ブツン。という音を立てて、電話が途切れた。
リリンが石板に手を付いているので、無理やり電話を切ったんだろうな。
最後の方で聞いちゃいけない言葉が聞こえた気がするが、気のせい気のせい。
だが、何となくこれだけは心の中で言っておこう。
頑張れ、ロイ。決戦の日は近そうだぞ!
「ユニク。鳶色鳥は東にいるらしい。幸い東側は森。潜伏している可能性は十分あると思う」
「あぁ、行こう」
悪質な『ゲロ鳥システム』を知ってしまった今、見つかって欲しいなと心の底から切実に思う。
**********
「ぐるぐるげっげー!」
「ぐるぐるげっげー!!」
うむ、のどの調子も絶好調。
一昨日から事あるごとに練習していた成果が出ているようだ。
そして何より、この森の中に住民はいない。
張り切り過ぎて白い目で見られる事がないというのは、声のトーンを一段階上げるには十分すぎるのだ。
さぁ!声を張って高らかに!!
「ぐるぐるげっげぇぇー!!!」
「……ん?」
「それ、もういっちょ!ぐるぐるげっげーー!!」
「ユニク」
「ぐるぐるーげっ」
「ユニク。何か聞こえる」
「え?」
ん?どうやら何か変化が有ったようだ。
周囲を索敵していたリリンから停止の声がかかる。
一時の静寂。
さわやかな風が吹いて木の葉が揺れる音に混じり、確かに何かが聞こえてくる。
「ぐ……るぐ……げ……」
「!!」
お!今のはもしや……。
途切れ途切れだが、確かに聞こえた汚い濁音。
俺達は小さな音すら出さないよう身動きもせず、音を探る。
「ぐ…ぐる……げ……げー」
「聞いたかリリン?」
「うん。確かに聞いた。静かに近づいてみよう」
今度はより、はっきりと聞こえた。
結構距離はあるようなので途切れてはいるが、間違いないんじゃないだろうか。
俺もリリンも、捜索してから2時間足らずで見つかるなんて思っていなかった。
だが、現実にゲロ鳥らしき鳴き声は聞こえているのだ。
これは案外楽勝に40万エドロをゲットできる!?
期待に胸を踊らせつつ、鳴き声のする方向に、気配を殺して近づいていく。
そして、その鳴き声が完璧に聞き取れる所まで来る事が出来た。
「ぐーるぐるげげー!ぐーるぐるげげー!!」
「…………。」
「…………。」
……なんか、違くね?
なんていうか、こう……発音のイントネーションというか、伸ばす場所というか。
俺は直接、鳴き声を聞いた事が有るわけではないので確証がある訳ではないが、ちょっと違和感がある。
リリンも同様に首をかしげているので間違いないはず。
おかしいなと思いつつ、もう少しだけ進んでみれば、その正体が分かった。
「ぐーるぐるげげー!!ぐーるぐるげげーー!!……とりさん……どこぉ……」
あ、はい。鳴き声の持ち主は人間でした。
未だ姿こそ見えないものの、だいぶ近づいてきているようではっきりと人間の声であると分かる。
もしやと期待していただけにガッカリだな。
リリンもはぁ。と溜息をついているし。
「どうやら同業他者のようだな」
「うん。まだ探している人がいたみたいだね」
「しかし、なんだかなぁ……」
「率直に言ってヘタクソすぎる。これでは近寄ってこない」
だよなぁ……。鳴きマネ新参者の俺ですら、どこかおかしいと思うくらいだ。
本物のゲロ鳥なら一発で見破られるだろう。
そして、繰り返し聞いているうちに、だんだんと声質も分かって来た。
リリンに似た良く通る声。恐らくリリンと年の近い女の子だと思う。
その声が何度も何度も「ぐーるぐるげげー」と頼りなく、か細く、鳴いていた。
「ぐるぐる……げげー……。ぐーるぐる…ぐす…。ぐるぐる、げげー……とりさん……でてきて…… 。 」
「……なんかこう、心にグッとくるな」
「うん。全ての悲しみを体現したような声。こんな鳶色鳥がいるのなら、家族と死に分かれて一人ぼっちになってしまったんだと思う……」
「ぐーるぐる……げげー…ぐるぐーる、げげー……。おなかすいたよぉ……。さみしいよぉ……。」
あぁ、聞いているこっちまで悲しくなってきた。
どこかズレた発音で、必死になって鳴き真似をしている。
何がそこまで彼女を掻き立てるのか。
俺には分からない鳶色鳥の魅力も、彼女になら分かるのかもしれない。
俺はいても立っても居られず、リリンにとある提案をした。
「なぁ、リリン。この鳴き声の人と合流してさ、一緒に探さないか?」
「……それは良くない」
「どうしてだ?」
「彼女の立場が分からない。もし仮に、彼女が別の依頼者から捕獲を依頼されている場合、獲物の取り合いになる」
「……そうか……。でもなぁ……」
「彼女にとっても、これはいい経験になる。この依頼は失敗してもリスクが少ない。低リスクで失敗を学べるというのは後々の生存率に関わってくる事だから……」
「ぐるぐるげげー……ぐすっ……おねーちゃぁーん……。」
「…………。」
「…………。せめて、彼女の邪魔をしないように、私達はあっちを探そう」
「そうだな」
リリンが来た道を指差しながら提案してきた。
俺もそれが良いと思う。
彼女の声を聞いていると、なぜか気になって仕方がない。
助けたくなる衝動に駆られるのだ。
俺達は足早に彼女から遠ざかっていく。
願わくば、彼女に幸があらん事を。
**********
彼女から離れてしばらく経った。
俺たちは少しだけ感傷に浸りつつも、森の奥深くへ進んでいく。
そして、"奴"と出会ってしまったのだ。
今までとは明らかに違う、何もかもが異常で異質な…………。タ……。