第68話「ホウライ伝説 終世 六日目 モノローグ・ヴィクトリア②」
「はい。分かりました。……金鳳花様」
これは、愛する人へ向けた、ヴィクトリアのモノローグ。
彼女と蟲量大数が歩んだ命の知識。
「やぁ、みんな集まったようだね。それでは奉納祭を始めようか」
広場に集まった村人へ、優しげな声が掛けられた。
それは、実際の事実として優しさに溢れている。
優しすぎるが故に人を怒れない――、そんな村長ドワドは二コリと笑い、誇らしげに語りだす。
「僕らは長年、ずっとこの森と共に生きてきた。春には山菜、夏には魚、秋には果実、冬には獣、それら命を食べることで、幸せな日々を送って来れた」
「そしてそれは、借り物だ。本来ならば、森から得た恵みによって育った命は森へ返さなければならない。だけど僕らは亡くなった人を弔って、森へ返していない」
「だから今日、僕らは自身を奉納する。一生懸命に育てた野菜や果実、そしてこの命。それら全てを捧げて、森へ感謝を返すんだ」
植え付けられて歪んだ常識、それに異を唱える人物は一人も居なかった。
皆、一様に村長へ尊敬の眼差しを向け、語りを聞き終えた後には心の底からの拍手を送っている。
「さぁ、みんな。ありったけの供物を荷車に乗せて森へ向かおう。あぁ、身体を清めるのも忘れないようにね」
今日は楽しい楽しい奉納祭。みんなで祝う奉納祭。
料理を作って、お酒を注いで、みんなで笑う奉納祭。
夕暮れ時にはひっそりと、仲睦まじく、こっそりと。
どんなに騒いでも誰も来ない。つまんで食べても怒られない。
愛する友を、家族へ、誘おう。
奉って、納めて、幸せに。
村人は歌う。
奉納祭を経験していない子供たちは無邪気に、そして、奉納祭を終えている大人たちは苦笑しながら。
それは、いつも通りの光景だった。
毎年行われている奉納祭の準備、されど、料理や果実が積まれた荷車が向かうのは広場では無く。
村人は笑う。長年繰り返してきた豊かな未来を想って。
そしてその光景を、見知らぬ女が嘲笑う。
「さぁ、ヴィクトリアも準備をしなさい」
「うん!見て見てお父さん、今日の為のスイカ、こんなに大きく育ったの!!」
「おぉ、立派だね。これなら喜んで食べて貰えるよ」
「ん、そうかな……、馬鹿にされたりしない?」
「はっはっは、しないさ。でも、僕なら照れ隠しに冗談を言ってしまうかも」
「えー!お母さん、お父さんが意地悪するー!」
くすくすくす、身に覚えがあるわねー。
そんな事を言いながら、ヴィクトリアは母に頭を撫でられた。
素直じゃなかった幼馴染達は夫婦になり、そして優しい父母となった。
自分達がそうであったからこそ、ドナド達は娘の幸せを信じて疑わない。
「ヴィクトリアの好きな果物、いっぱい入れておくわね」
「うんっ!」
「行先はダルダロシア大冥林、今年15歳になる子は皆そこに向かうのよ」
「ん、そこで……するんだよね」
「くす、お母さんもしたし、もし痛くなっても、このお酒を飲めば大丈夫だから」
「あ、そっか。今日からお酒を飲んでいいんだ」
「このお酒は特別なんだけどね。さぁ、もう行きなさい」
愛しているわ、ヴィクトリア。
とても綺麗だよ、ヴィクトリア。
今まで育ててくれてありがとう、お母さん、お父さん。
あらかじめ考えていた言葉、それは祝いであるはずだった。
抱き合って頬を寄せ笑い合う、そんな親子の触れ合いも、傍観者にとっては呪いにしか見えなくて。
「えっと、ダルダロシア大冥林は……、こっちだね」
子供用の荷車を引きながら、ヴィクトリアは目の前に広がる旅路を見つめた。
一年中高い水温の川は水遊びをするのに最適、そんな川沿いの道は多くの村人が通行し、荷車を引くのに十分な広さがある。
ヴィクトリアは思い馳せる。
幼馴染と一緒に駆け昇った道を歩みながら、これからの人生を。
ずっとずっと憧れていた、愛する”ひと”と一緒に過ごす幸せな日々を。
「こんにちは、狼さん」
荷車を引いていたヴィクトリアの前へ、一匹の満月狼が姿を露わした。
ぐるる……と喉と腹を鳴らし、その意思を分かりやすく伝えて来ている。
「あなたは世界最強ですか?」
だが、ヴィクトリアの問い掛けを聞いた瞬間、その意思が揺らぐ。
白くて幼い少女が聞く。
愛を宿した、その声で。
「私の奉納祭の相手は世界最強ちゃんなの。だから、最強じゃない子にはあげられないんだ。ごめんね」
「くぅーん」
世界最強ですか?
その問い掛けには嘘を吐く事も、沈黙を返す事も出来ない。
それに含まれているのは、世界で最も尊い『愛烙譲渡』。
無色の悪意によって覚醒した世絶の神の因子は、無条件で神愛を抱かせる。
「あなたは世界最強ですか?」
そうして、ヴィクトリアは森の奥へと進んで言った。
出会った生物たちは一匹たりとも、最強だと答えることは出来なかった。
彼らが種に属している以上、その頂きたる絶対君臨者が必ず存在するからだ。
「あなたは世界最強ですか?」
「……あぁ、そうだ。我こそは300年の時を生きるクマ族の皇、カリスト・カヴァーリ。世界最強だぐまー」
だからこそ、その出会いは必然だった。
『皇種』
それは、種族の中で最強となった個体の総称。
生きとし生きる通常生物にとっての絶望。
「そうなんだ。貴方が世界最強。私の大切なひと」
荷車から手を離し、そのまま帽子を取って顔を見せる。
愛するひとへ頬笑みかけたヴィクトリア、そして、クマの皇も笑みを返す。
「人間のわりに、すごく美味そ。だめでも、口直しの果物がいっぱいあるぐまま」
「あの、痛くなりますか。だったらお酒もあるんですけど」
「一緒に食うなら酒より果実の方が良いぐま」
なら、このスイカが美味しいと思います。
そう言って荷車からスイカを取り出し、ヴィクトリアは抱え込む。
のしのし……と、クマの皇が歩み、その巨大な口が歪んで開いた。
全長10mを超える巨体、それに相応しい口もまた巨大で。
並んだ犬歯、それら一つ一つが噛み合わさった瞬間、ヴィクトリアの全身は肉塊へと変わるだろう。
その瞬間が来るのを、ヴィクトリアは待ちわびた。
たったの一瞬、きっと、痛みを感じる暇も無く終わる。
そうして、愛するひとと永遠に結ばれるのだと、恋い焦がれて――。
「その果実は、我が輩が探し求めていたものだ」
「ぐまっ……!?」
「そして、この程度の実力で我が輩から奪おうなどとは、思い上がりも甚だしい」
ヴィクトリアの目の前で静止した熊の口。
完全に目を奪われていた。
だからこそ、その偽りの世界最強がすでに絶命している事など知り様がなく。
「……ぇ。」
やがて、熊の皇はぐらりと揺れて、崩れ落ちた。
腹に巨大な穴を開け――、近くに立っている異形の蟲の姿を際立たせる。
「あなたは……だれ?」
「我が輩か?蟲量大数だ」
「……どうして殺したの?この熊は世界最強、私のホーライちゃんだったのに」
「ふむ?それは嘘だぞ。世界最強とは我が輩を差す言葉なのだ」
その世界の頂きに立つ蟲は、ヴィクトリアの言葉の意味の半分も理解していない。
ただ、『世界最強』が自分であるという自負だけは揺るがない。
「そうなの?貴方が世界最強……、じゃあ、私を食べてくれますか?」
こうして少女は出会った。
正真正銘の世界最強……、無量大数と等しい力を持つ始原の皇種、蟲量大数に。




