第65話「ホウライ伝説 終世 五日目 ④」
「またそうやって……、いつまでも、子供扱いしてッ!!」
ザワザワと蠢く、六つの王蟲顎。
それらの眼光は、たった今、この世に生を受けたかのように爛爛と輝いて。
「せいぜい気を付けるのだな、ホウライ。今のヴィクトリアは我が輩よりも強いかもしれんぞ?」
四本の腕を組んで木に寄りかかり、傍観者に徹する。
まさしく暇を持て余していた世界最強、その気まぐれに掛けた声が開戦の合図となる。
「《解脱転命・六道愛染曼荼羅》」
地獄道・餓鬼道・畜生道・修羅道・人間道・天道。
生と死を繰り返す六つ世界、『六道』。
不可思議竜より奪い、愛を宿させたその権能は、生命体の輪廻転生を可能とする。
「さっきのとは別もんだな。完全にヴィクトリアの匂いから切り替わった」
生命体は、この世に生まれた瞬間が最も生命力が高い。
そして、『誕生』へ繋がる行為こそが『愛』、その条件を満たしたヴィクトリアは無限に命を生み出せる。
「「「「「我らが姫に、勝利を」」」」」
揃う五つの声は、カツボウゼイ以外の王蟲兵だったもの。
彼らは愛を授かり、世界を超越してなお、ヴィクトリアの願いを遂げられなかった。
王蟲兵たちは深い絶望へ転落し、数多の生物と同等になってしまった己の無価値さを嘆いたのだ。
……私と一つになってくれる?
そんな王蟲兵たちへ、ヴィクトリアは手を差し伸べた。
それは甘い甘い、愛烙譲渡。
世界に定められた『愛』とはすなわち、他者と命を重ね合わせる事なのだから。
「ゆくぞ。《世界超越の重力》」
我らが命を、ヴィクトリア様へ。
捧げた命から生まれ変わった削王蟲顎が、その生命力を爆発させる。
不可思議なる命の権能によって削王蟲顎の身体が急成長、圧倒的な質量をもつ鞭となってホウライへ迫る。
「ぬ――!」
受ければ、死ぬ。
そうだとしか思えない確信を抱き、ホウライは空への離脱を試みる。
だが、その身体が進んだ方向は、グパリと開いた削王蟲顎。
「重力――ッ!!」
ガァンッ!とけたたましい音を立て、引き寄せられていた万物が縮退崩壊を起こした。
削王蟲顎の口に発生した小型の重力球、それらへ物質が衝突しブラックホールとなって潰えたのだ。
唯一神が行った生物種の能力平均値化により、王蟲兵たちが行使できる能力の上限も平均値化されている。
……その瞬間だけは。
蟲量大数の権能は、『事象として観測できる、世界最強の力を得る』。
それらは、始原の皇種が生まれた当初、生物由来ではない自然現象だった。
だが、那由他を始めとする始原の皇種が自然現象よりも強い事象を起こし、それらを殺す兵器たる神殺しの登場により、自然現象を超えた力を蟲量大数が得るに至ったのだ。
そして今、唯一神によって、生物種の能力は全て同じとなった。
那由他などの性能がリセットされた事により、自然現象こそが最も強い現象へと戻っている。
「――自爆覚悟の特攻かよ。やっかいだな」
自身が発生させたブラックホールに巻き込まれて潰れた蟲を見て、ホウライが忌々しそうに呟く。
虚実反掌を使い移動前の位置に戻り、大地に四肢を突き刺して重力に抗っていたのだ。
王蟲兵が能力行使を止めざるを得なかったのは、それを扱える強度の肉体を有していないから。
弱体化したとはいえ、能力を使うことは出来た。
だが、それをすれば数秒の命、ヴィクトリアの願いを叶えること無く死ぬだけだ。
王蟲兵たちは、愛の喪失を恐れてしまった。
そうして後悔し――、ヴィクトリアと一つとなった今、絶対に愛を失う事は無いと安堵している。
「我らは命をも超過した。幾度、死のうとも、姫の願いある限り生き還る」
潰えていた王蟲顎の先端から、削王蟲顎が生えいずる。
肉体が権能に耐えきれなくとも関係ない、我らの愛は不滅なのだと。
「チトウヨウ、カナケラテン、捕まえて」
「「御意」」
「ホウブンゼン、ケイガギ、撃ち落して」
「「御意」」
「いくよ」
愛を宿したその声で、ヴィクトリアが指示をする。
一歩、二歩、そうして前に走り出し、緑に輝く鎧王蟲顎へ飛び乗った。
「ち、速いッ!!」
怒濤の様に押し寄せる蟲の蠢きは土石流の如く、圧倒的な質量で大地を埋め尽くす。
濃密な死の匂いを足元から感じながら、ホウライは右腕に纏わせた雷光を上へ走らせた。
「分かっちゃいたが、既に空は蜘蛛の巣だらけ。上にも下にも逃げ場がねぇ」
数十m進んだ雷光の軌跡が、突然、あみだくじの様に分岐した。
それが蜘蛛の巣に接触した事による通電現象だと理解し、戦闘領域は地上3mから上空10mの狭い空間に限定された事を悟る。
「……で」
空を踏みしめ奔るホウライへ、二種の不可視なる凶弾が着弾した。
それは、針王蟲顎の世界超越の応力で創りだした兵蜂弾丸、そして、光王蟲顎の世界超越の熱力によって作り出した超光速熱線だ。
どちらも視認は出来ず、回避は著しく困難。
そんな不可避の死へ、ホウライは真っ向から対立する。
「《神香比例奥義・煙巻》」
視認は出来ない、されど、匂いによって予知していたホウライは、迷い無く凶弾へ指を突き入れる。
そして、それを自身の指と融合させて絡め取り、螺旋を描いてネジ切った。
「馬鹿みたいな連射性能は失われているみてぇだな。これなら――ッッ!!」
鼻を突いた、人生最大級の死の匂い。
その発生源が……、分からない。
「ッッ!!そk――ッッッ!!!!」
だから、当てずっぽうの勘で回避防御を始めた。
その正体が分かった瞬間に離脱できる様に、それがどんな攻撃でも詰みにならないように。
「……。やべぇ奴がいるな。……ゴバァ」
自分の口から吐いた大量の血液。
その匂いから素早く意識を手放し、粉砕した上半身を身体に融合させている神殺しで補強する。
そうしなければ立てないほど、ホウライは深い傷を負っている。
「ダンヴィンゲンは特別なんだよ。数千年以上も生きている王蟲兵だから」
「んなの背中にくっつけて、大丈夫なのかよ」
「平気だよ」
僅かにも頬笑みもしない、虫を見下すような目。
そんな冷ややかなヴィクトリアの視線は、地を蠢く自分自身の上に堕ちたホウライへ向けられている。
「今、楽にしてあげるね」
たった一撃で肉体を粉砕する攻撃してなお、鎧王蟲顎には傷一つない。
ホウライはその事実に息を飲み、輪廻転生を果たした4つの王蟲顎を見て戦慄する。
「……ばいばい、ホウライちゃん。《世界超越の加速度》」
せめて最後は私の手で。
意識を持っていない血王蟲顎を振るい上げ、その身を厭わず叩き付ける。
ここしかないと、ホウライは思った。
此処が最大の勝機だと、その手を取る最後のチャンスだと。
「《願いを灯せッ、雷人皇の紋章ッッ!!》」
ホウライの心臓に刻まれた、願い。
種族繁栄を願う、皇としての紋章。
そして、愛する者へ向けたラルバの願いが、トクン。っと脈打つ。
「……! 本当に、たったの5日で人の皇になったんだね」
『皇の紋章』
それは、皇種が代々継承するもの。
種族を守る権能を内包する、知識と力。
人間の種族能力は、『魔法行使』。
唯一神が人間に与えた種族特性は、魔法次元へ用意に干渉できる『声帯』だ。
だからこそ人間は、魔法名を唱えることで魔法を行使できるのだ。
そして人間種の皇の紋章は、声帯すらも不要とする。
時には指を弾いて音を震わせ、時には血流で魔法陣を表現し、時には考えるだけで――。
「……邪魔だ、退け」
ホウライが願ったのは、勝利を掴み取る肉体。
それに権能は答えた。
本当に狂おしいくらい、ヴィクトリアが好きなんですね。
これじゃ私を笑えませんよ、ホーライ様。
心に灯った権能は二人分。
ラルバが権能を使わなかった理由は、愛する人へ託すため。
「蟲ども」
唯一神により平均値化した肉体では、魔法十典範に耐えられない。
ならば、肉体の全てを、魔法に置き換えればいい。
お前が人をやめたって言うんなら。
俺だって――ッ!!
「うおぉ、おおおおォォォオッッ!!」
『雷人皇の紋章』
それは、本来ならば失えない魂の保管器である心臓までも、たった一つの魔法と融合させる権能。
ホウライの『神香比例』。
ラルバの『神像平均』。
その二つを元に調律された権能により、ホウライは真の意味での『原初に統べし雷人皇』と化す。
「ダンヴィンゲ――っ!」
ヴィクトリアの悲鳴よりも速く、5つの閃光が5つの王蟲顎を串刺して終わらせる。
残る邪魔者は後一つ、緑色に輝く鎧王蟲顎のみ。
「《世界超過の物理力》」
ダンヴィンゲンが攻撃を仕掛けて傷付いていなかったのは、能力を使っていなかったからだ。
そして、使う必要が無いという判断を上方修正し、雷人皇を迎え撃つ。
「絶え尽きて逝け、《雷霆絶起ッッ!!》」
その右手に格納されているのは、始まりの神殺し『神話開闢・アダムス』。
ホウライは、バッファ魔法の根源である『原初に統べし雷人皇』にアダムスの『起源』と『絶尽』を混ぜた。
肉体へ直接作用する、この世に生まれたという『始まり』の『終わり』。
唯一神ですら消滅しかねない、究極系での終焉。
「ヴィィィクトリアァァァァッ!!」
「ホーライちゃんッ!!」
その指が届くまで、あと……。
交差した腕は互いへ向かい、そして。
「決着はついた、そうだな?ヴィクトリア」
ホウライの拳を片腕で受け止め、蟲量大数が口開く。
勝敗は決した、と。
「……はい」
血が付着した指を握って隠し、ヴィクトリアが頷く。
そしてホウライは、首に出来た痣を隠しもせずに向き直った。
「テメェ、何度、俺の邪魔をすれば気が済むんだ」
「ふぅむ?邪魔とは何だ?」
「戦いに割り込んで言う事がそれかよ」
「決着はついたと、ヴィクトリアは言っている。それにだ」
ブンッ、とホウライを放り投げ、蟲量大数も身体の向きを変えた。
明らかな戦闘の意思、それを嗅ぎ分けたホウライは、いいぜと呟く。
「貴様の目的はなんだ?我が輩からヴィクトリアを奪いたいんじゃないのか?」
「あぁ、そうだ」
「ならば、我が輩を殺さなければ、話が進まないだろう」
その言葉は二人へ向いていた。
敵対者たるホウライ、そして、自分の手で決着を付けられるように愛を行使したヴィクトリアへ。
「此処から先は我が輩の出番だ。よかろう、ヴィクトリア」
「……。はい」
白くて小さな蟲が鳴く。
遺愛を宿した、その声で。




