第54話「ホウライ伝説 神愛なるもの⑫」
「んな、なな……なななんじゃありゃーッ!?」
神の悲鳴と共に北の空に浮かび上がった、異形なる菱形。
そこから発射され続けている圧縮気体弾丸は、唯一神を以てしても想定外すぎる暴虐だった。
「ちょま、なにあれ!?」
「うむ、どう見ても世界を終焉に導く神の使徒じゃの。造物主はおっそろしいのー」
「神、あんなの創ってねーんだけどッ!?!?」
ヴィクトリアより愛を受け取り、ホウブンゼンは神化を果たした。
蟲量大数が持つ『力の権能』に、那由他が持つ『知識の権能』を掛け合わせた全知全能、そして、可思議竜が持つ『命の権能』によって、それを扱うに相応しい肉体と成ったのだ。
『世界超越の応力』
それによって生み出された弾丸は、文字通りの意味で、世界を超越する圧力を秘める暴虐と化した。
一対の巨大ピラミット状の蜂の巣。
それが生み出し続ける毎秒10000発もの兵蜂弾丸、それらは真っ直ぐ大地へ向かわない。
世界超越の応力を秘めた弾丸が持つ貫通力は、あらゆる物理法則を上書きする。
故に、意図的に操作しない限り何処までも真っ直ぐに飛翔し、上方向へ飛びあがるような軌道を取る。
それは、大地が球体であるから。
ボールに定規を当てた様に大地から離れ、そして、ホウブンゼンが意図した場所に近づくと、斜め下45度の角度で急降下する。
物質を破壊するのに最も適した無限射程弾道軌道、それが全世界を絶滅させてと愛唱されたホウブンゼンの意思。
「性能見てびっくりしたんだけどッ!?始原の皇種共何であんなもん作りやがっ……ッ!?うお、あっぶねぇ!!」
「ちっ、外したじゃの」
「唯一神に向かって舌打ちすんなぁッ!!じゃねーよ!!なんだアレって聞いてんの!!」
思いっきり殴りかかった那由他をギリギリで回避しながら、神はホウブンゼンを指差している。
造物主で性能を調べれば調べる程、意味が分からなくなっていくからだ。
「世界をブッ壊す以外の用途で、あんなもんを創るはずがないじゃの」
「それは分かってんだよ!なんでボクの終世を加速させ……、あ。」
そして、唯一神は気が付いた。
目の前でウォーミングアップを始めた蟲量大数の能力が凄まじい勢いで上昇している事に。
「無論、我が輩の力を取り戻す為だ」
「それはそうだろうけどさ……、もし仮に、もし仮にだよ?ボクが負けたとして、世界が滅んでたら意味無くない?」
「ふむぅ、それはどうにでもなるだろう?なぁ、那由他」
肝心な所を丸投げした蟲量大数に変わり、不敵な笑みを称えた那由他が口を開く。
そして、ぺろりと舌を出し……、その上に乗っている星を象った飴玉を見せびらかした。
「あ奴が飛ばしているのは、ただの空気の塊では無い。核弾頭として悪喰=イーターが搭載されておる」
「んなっ!?」
「無論、破壊したモノを余すことなく喰らい尽くしておる。例えそれが、分子レベルに崩壊していようとも」
なぶる様に舌を絡ませ、那由他は世界を味わった。
それは芳しい肉の旨み、有機質な果実の香り、その全てが混じり合う、究極のミックスジュース。
「……やっべぇ。それじゃ」
「皇の命を纏めて味わう、そんな美味しい役所をこの那由他が譲ると思うかの?」
「つぅ!!」
「腹が膨れて行くというのは、なんとも心地よい。しかも神の絶望付き。あぁ、他人の不幸で飯が美味いじゃの!」
うっとりとした那由他の表情は始めてアイスクリームを食べた幼子の様に妖艶で。
そして、苦虫を噛み潰した神は気付く。
那由他に食事を運ぶ、そんな大事な役どころに選ばれるのがホウブンゼンだけの筈がないのだと。
「んなぁっ!?」
ズボボボボボオオオオオオオオ……。
そんな切削音を犇めかせ、大地から巨大過ぎる土砂嵐が舞い上がった。
「こ、小型のブラックホール!?」
「面白い形に神化したようじゃの。自身は移動せず、重力によって引き寄せて吸い上げておる」
『世界超越の重力』
惑星を球形たらしめている重力、それを超越したカナケラテンは、世界の中心へと神化を果たした。
西北の方角から吸い集められている命、それら全てが向かう先にあるのは、カナケラテンの背に搭載された悪喰=イーター。
その姿は漆黒異形のテントウムシ。
七つの重力捕食器によって、生きとし生きる全ての命が噛み砕かれてゆく。
「どぅえぇ!?空が点滅して……ソーラーレーザーーーッ!?」
『世界超越の熱力』
最も高い熱力たる太陽光、それを超越したケイガギは、世界を照らす擬似太陽へと神化を果たした。
南西の方角を瞬く間に焦土と化し、蒸発した命が鱗粉のように空へ舞い上がる。
それを発光する尾に集める姿は黄金異形のホタル蛾。
美しい翅が羽ばたく度に、生きとし生きる全ての命が吸着されてゆく。
「今度は何!?なんか白い液体が噴き出し……ぎゃあああー!!こういうの嫌いッ!!」
『世界超越の粘度』
物質が静止する為の力である摩擦粘度、それを超越したチトウヨウは、世界を覆い固める外気へと神化を果たした。
東南方向へ向けた白濁放射によって、通常の空気物質はチトウヨウが生成した粘液糸へと置き換わる。
八本の腕でそれを捩じり合わせる姿は紅色異形のタランチュラ。
生きとし生きる全ての命が糸を介して吸引されてゆく。
「マジかよ全部いるってこと!?じゃあ奴も……ひぃぃ!!」
神が辿りついてしまった、考えたくも無い未来。
三体の王蟲兵が互いを殺し、喰らい、生命淘汰の末に誕生した正真正銘・最強の王蟲兵、ダンヴィンゲン。
そんな、神の力を使わずして誕生した最強の原生生物……、蟲量大数となる前の『種を切り開くもの』だった蟲を軽々と凌駕する存在の神化、その終着点は神にも想像出来やしなかった。
「ぇ、抉ってる……、ボクの世界を、存在ごと……」
陸・海・空の全てを暗黒物質へ至らせる物理破壊力、それを超越したダンヴィンゲンは、世界を壊す破壊者へと神化した。
四本の腕で世界を西から千切り、自らの胸に埋め込まれた悪喰=イーターへと押しつけている。
根源たる団子蟲の習性の如く、生きとし生きる全ての命を己が糧へ変えてゆく。
「順調じゃの。蟲」
「うむ、このペースなら明日の朝には世界の八割を食いつくせるだろう。が、散り散りになった残りはどうする?」
「軍勢でも産み出して処理させればよい。お前の権能を付与すれば平均値は下がらんし」
あっけに取られている神の横で、世界を混沌に貶める為に生み出された二匹の神獣がニヤリと笑う。
眼下で繰り広げられている光景はまさしく終世。
そしてそれは、神の意図から大きく外れた大災厄だ。
「お前らには優しさってもんがねぇのか!!あんな方法じゃ、殺されるにしたって痛いでしょうが!!」
「そんな暇など無いと思うがの」
「いやあるね!!軍勢に処理させるって食わせるってことだろ!?お前的に考えて!!」
「うむ、肉を噛みしめる感触も、味わいには必要不可欠じゃからの!」
「じゃあエグイじゃん!!スプラッタホラーじゃん!!お前らには血も涙も無いのかーーッ!!」
ない。
そんな返答と共に、二匹の神獣の動きがシンクロした。
思いっきり振りかぶった那由他の拳が向かう先は、神では無い。
絶対破壊が付与されたそれを四本の腕で受け止めた蟲量大数、その拳に眩いエネルギーが伝播する。
それは明らかな異常事態。
全世界生命が猛烈な勢いで死していても、まだ全体の80%程も残っている。
蟲量大数が完全状態へ戻るには程遠い、だが、拳に宿ったエネルギーは紛れも無い絶対破壊。
「ちぃ!!那由他の力を奪いやがったか!!」
「肉体が保つ程度にではあるがな。貴様と対峙する以上、これは最低限の礼義というものだ」
天高く飛翔した蟲量大数が、見下した神に向けて拳を振り下ろす。
刹那、凄まじい膂力によって圧縮された空気の塊が砲弾と化し、神経速で落下。
拳を振り上げて応戦する神、その首筋へ――。
「やはり、肉は己の歯で噛みしめてこそじゃの」
「あがっ……」
ぺろりと唇を舐める那由他の舌が、神の鮮血によって彩られた。
口いっぱいに広がる肉の旨みを堪能し、やわらかな喉肉の感触を嚥下する。
そして、臓腑に収めた唯一神をさすりながら、那由他は落ち逝く肉をつまらなそうに見つめた。
「ダメじゃの。何の変哲もない肉でしか無い」
ラルバを参考にしているとはいえ、那由他が味わったのは生命活動をほとんど行っていない肉体だ。
それ故に、雑味が少ない上質な肉ではあった。
だからこそ、『唯一神』という至上の調味料の味がしなかった事に不満を漏らしている。
「まったく、してやられたよ……。完封勝利を目指してたってのにさ」
那由他と蟲量大数の視線の先に、ラルバを模した神が立つ。
その身には傷一つなく……、噛み分けられた頭と胴も綺麗に繋がっている。
「不死とは違う……、竜のパクリかの?」
「そうだが、この身体の持ち主の発案と言って欲しいね。ボクの意思と能力は造物主と神像平均によってインストールできる。この世界に神像がある限り」
神にとって、この世界の命の全てが造物だ。
その対象には神の器も含まれている。
だからこそ、他の生命体の肉体へラルバの性能と神の意志をインストールすることで、その命を乗っ取ることが出来るのだ。
神の意志とラルバの身体能力を、神像平均を使って別の生命体と平均値化。
そうして植え付けた能力と意思を造物主によって唯一神・ラルバへ。
竜の権能『解脱転命』を模倣した擬似的な不老不死。
この星の命が最後の一つとなるまで、神は死ぬことは無いのだ。
「いくらお前らが強くても、世界全ての命……、それこそ無量大数に匹敵するかもしれない回数、ボクを殺害する。流石に7日じゃ無理だと思ってたよ」
「お主が儂らを殺す算段を考えておるように、儂らも神の手の内を読んでおる。どんな人間がどのような世絶の神の因子を持って生まれたのかを探っての」
「まったく、用意周到でやんなるね」
「プライドの高いお主は儂と蟲量大数、他の有力な超越者の肉体を乗っ取ることもしないじゃろ?」
「分かってんじゃん」
神が終世に設定したルールは、『人間の肉体を使って始原の皇種を全滅させる』だ。
それは物語を生み出す根幹だった人間の可能性の証明と、唯一神であるという意地。
その二つが組み合わさったレクリエーションこそが、終世なのだ。
「お前らがボク対策をしているのは分かった。だが、その可能性を神は考えなかった訳じゃない!!」
神が手に持っている虹色の結晶『神の情報端末』。
それは、唯一神が世界改変を行う際に使用する、万能工具だ。
「いかんじゃの!!」
「《物質再生・”さぁ、録画を見直そう”》」
握り潰された結晶に連動して、世界各地に存在していた神の情報端末が一斉に砕け散る。
残りカスでしか無い筈のそれらは、本来ならば世界を丸ごと改変するような力は残っていない。
だが、造物主によって束ねられた今、唯一神本来の能力と同等となって――。
「これはたった一度きりの奥の手だ」
「ぬぅ……、力が抜ける……、じゃの……」
「世界に存在する全生物の能力を平均値へ置き換えた。キミらも、さっきの王蟲兵も、つつけば死にそうな生まれたての命も、同じ実力。もうこれで、一方的な殺戮なんて出来やしない」
その言葉を言い終える頃にはすでに、王蟲兵たちの動きは燻っていた。
先程の暴虐など跡方も無く……、逆に、引き寄せられた命の反撃により傷付き始めている。
これでどうだと、神は笑った。
そして、
これが狙いだと、那由他も笑う。
「全タヌキに告げる!!世界を滅ぼすじゃの!!」
「「「「「ヴィギルアアアアッッ!!」」」」」
「んなーーっ!!」
この瞬間、森に住まう幾百億のタヌキが鳴動した。
『―レベル999999―』
『―レベル999999―』
『―レベル999999―』
『―レベル999999―』
『―レベル999999―』
『―レベル999999―』
『―レベル999999―』
『―レベル999999―』
『―レベル999999―』
『―レベル999999―』
『―レベル999999―』
『―レベル999999―』
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全世界の生物は、果てしない強さの蟲量大数、那由他側に引っ張られている。
そうして超絶強化されたタヌキの軍勢へ、那由他はあろうことか悪喰=イーターを与え、完全武装タヌキへと神化させたのだ。
これは、カツテナイ終世。
全ての生物が同一の性能を持つのなら、それら全てが世界最強。
「やっべぇー……、これ、しくじった、っぽい……?」
全速力で巣穴から出撃するカミゴロシ・タヌキが、全世界を蹂躙する。




