第50話「ホウライ伝説 神愛なるもの⑧」
「行くぞ、ケイガギ」
「はっ、しくじらないでよ、ホウブンゼン」
二匹の王蟲兵が奏でる共鳴。
相手には恐怖を抱かせつつ自らを鼓舞するそれは、彼らにとっての戦闘儀礼。
『針王蟲・ホウブンゼン』
『蜂』『蚊』『蝉』
彼の王こそ、音と空気を支配する昆虫類の進化の果て。
その能力は音と共に全てを穿つ、『世界最強の応力』だ。
「《世界最強の応力・無限針壊》」
けたたましく鳴り響くホウブンゼンの羽音、その音圧によって、周囲の空気が押し固められてゆく。
『応力』とは、物質の内部に掛る力の総称。
そして、世界最強の応力による凝縮は、気体を瞬時に結晶化させる。
蒼黒に輝くクリスタル製の刺突針砲弾。
その実態は空気、材料は無限。
そして、気体へと戻る力を推進力にした超長距離弾道爆撃は、大陸全土を射程範囲内とする。
「ひゃは!」
『光王蟲・ケイガギ』
『蛍』『蛾』『蟻』
彼の王こそ、熱と光を追い求める昆虫類の進化の果て。
その能力は、触れるどころか直視すら困難な、『世界最強の熱力』。
「《世界最強の熱量・ 蛍燐光体》」
眩い発光を始めたケイガギ、全長160cmという王蟲兵として見れば小さい体に蓄えられてゆくのは、天から降り注ぐ太陽光だ。
『熱力』とは、物質間を移動する熱エネルギーの総称。
そして、世界最強になるまで集められた熱エネルギーは、あらゆる物質を溶かして己が糧とする。
突き出した人差し指と中指の先端に灯る、光。
正真正銘の光速レーザー。
その材料もやはり無限だ。
「ゴモラ、認識阻害できてる?」
「こっちは眼中にない。ソドムのアオリは一級品。歴史に名だたるクソタヌキィ」
「くすっ。ホウブンゼン、ケイガギ、チトウヨウ。期待してるよ」
「「「我らが姫の仰せのままに」」」
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「オラオラどうした神さんよォ!!」
「痛っう……、やってくれるじゃん、クソタヌキィッ!!」
煽りと共に叩きつけられる亜神経速ドリルへ、神は爪先と苛立ちを突き立てた。
そうして、凄まじい勢いで切削されてゆくのはラルバを模した神の器……では無く、その間にある空気だ。
造物主の効果によって空気に付与されている性能は、過去、神と蟲量大数の戦いによって刻まれた記憶。
『世界を容易に崩壊させるエネルギーの空中伝播』という無茶苦茶な性能ですら、神は任意で発揮できるのだ。
「おやぁ、拮抗してるけど?勢いが落ちてきたんじゃない?」
「そう見えんのか?神の目ってのはエライ節穴なんだな」
「んだと!?」
だが、ソドムが回転させているのは神をも敗す、絶対勝利。
僅かな拮抗という準備時間を経て、確固たる勝利を刻み込む。
「ん!?」
「エクスイーターが負わした傷は回復しねぇ。相手が神であろうが目減りすんだ」
剣である神殺しの効果を発揮させるには、斬るという工程が必要だ。
そして、亜神経速で刃は秒速2000回転を超えている。
一秒間に2000もの斬撃を繰り返すエクスイーター、その切っ先は神の命でさえも削り出す。
「確かに神殺しに干渉するのは容易じゃない。だっからこその《造物主》だ!」
「ちっ!!」
幾度となく辛酸を舐めさせられてきた神は、神敗途絶エクスカリバーの厄介さを理解している。
当然、その対策方法も熟知しているのだ。
痛いのを覚悟した神は防御魔法を解除し、迫る切っ先の先端へ指を伸ばした。
そして、刀身が薄皮を突き破った瞬間、その回転数を上書きする。
「神殺しを止められないなら、エゼキエルを止めれば良いだけだ」
「くそ……、最悪だ!!」
「くっくっく、悔しいかい?ソド――ッ!!」
「テメェらの力を借りちまうとはな。ナイスだぜ、蟲ども」
エゼキエルの横を通り過ぎた無限針壊が、神の両腕へ突き刺さる。
世界最大の応力が込められたそれは、物質が持つ抵抗力を著しく減少させる貫通砲弾。
神の皮膚、筋肉、神経、そして骨へ。
砲弾が腕の中心へ到達した瞬間、ケイガギが放った閃光が無限針壊を穿つ。
「んおっ!!」
凝結されている空気の膨張率は、約1700倍。
さらに、超高温のレーザー光によって有爆を起こした結果、さらに数千倍の膨張率となり――、神の肉体すらも融解させる真空崩壊へと昇華する。
「つっ!?!?」
「腕を捨てて耐えたようだが、」
「ちぃ!!」
「それは勝機を手放したって言うんだぜ」
消し飛んだ神の両腕越しに、ソドムが笑う。
そして、止まっていたエクスイーターの回転を急始動。
その先端には、世界最強の粘度を持つ糸が付着している。
「絡ん……っ!!」
「いーとー巻き巻き、いーとー巻き巻き。巻いて巻いて、ほい出来あがり。」
「んごごーッ!?」
「じゃ、くたばりやがれ」
ソドムは見抜いている。
物質の性能書き替え能力、その最速行使は手で直接触れる必要があるのだと。
腕を失った上に糸で簀巻きにされた神は、神経速で回転するエクスイーターを止められない。
そして、真理究明の悪喰=イーターは、この攻撃が最大威力になるように、尋常じゃない魔力を注ぎ込んでいる。
案外あっけないもんだな。
……本当に、こんなもんか?
そんな疑問がソドムの脳裏に浮かぶと同時、その答えが示された。
「こんなもんだよね。キミらじゃさ」
「!?」
「《神像平均・物質密度》」
一瞬の崩壊とは、まさにこの事だった。
亜神経速で回転しているエクスイーターを支える巨腕、それがネジ切れるように砕け散る。
それは、経年劣化によって耐えられなくなったとでも言う様な、自身の運動エネルギーによって引き起こされた自壊だった。
「んだと!?」
「キミと神の腕の物質密度を平均値化した。消し飛んでいたボクの腕の質量はゼロ。よって、キミの腕は二分の一の物質量となり……、スカスカな腕じゃ回転エネルギーには耐えられない」
「ちっぃ!!」
「一方、ボクの腕はぎちぎちに詰まってる。これで殴るとどうなると思う?」
繭を引き千切った神は空を足蹴にして進み、エゼキエルの搭乗ユニットへ向けて、変色した拳を振り上げる。
やべぇ。
追い詰められたソドムが究明したのは、回避しようのない死だった。
エゼキエルに使用されている神製金属は、ダークマターに次いで二番目の強度を持つ物質だ。
本来は5m以上ある極大の腕を、1m程度の細い女性の腕になるまで圧縮されているそれは、もはや、物理法則の外側にあるダークマターと化している。
だからこそ、下位互換でしか無い神製金属と衝突した場合、一方的に神の拳が打ち勝つのだ。
「じゃ、くたばれ。クソタヌキィ!」
「お、ぉ、オオオオオオオオ……ッ!!」
『ダークマター』
それは、タヌキ帝王ムーにすら解析出来ない未知なる物質。
神製金属を遥かに超えるエネルギーを有しているからこそ、それを加工する術がない。
斬ることも、砕くことも、形状を歪めることさえ出来ないそれはもう、この世界の物質では無いと結論を出すしか無かったのだ。
そんな異次元の物質でさえ、造物主は容易く支配する。
放射状に亀裂が走った空間。
叩きつけられた拳が直撃した胸部は砕け、黒褐色の甲冑骨格があっけなく崩れ落ちてゆく。
「此処で割り込むとかないわー、カナケラテン」
「姫から与えられ、た、た、役割だ」
「まったく本当にしぶとい。なぁ、天王竜」
突き出した腕で心臓を握りつぶした神は、やるせなさそうに溜め息を吐いた。
『削王蟲・カナケラテン』
『金蚉』『螻蛄』『天道虫』
彼の王は、切削、潜航を得意とする昆虫類の進化の果て。
屈強な外殻を何重にも纏う『世界最強の重力』、その能力は奇しくも、神の腕と同じ硬度だ。
そして、心臓ごと魂を握りつぶしても、カナケラテンは絶命しなかった。
それを成しているのは、天王竜の『魂の権能』。
「ま、《世界最強の重力・万世引力》」
「自爆覚悟の特攻か?」
「そうは、ならぬ。……だろう?ソドム」
あぁ。そうだ。
答えたのは、魔王兵装を解除した、帝王機・エゼキエルリミット=ソドム。
その薄い外装では、神の攻撃には耐えられない。
だがそれは、ボロボロになった外装であっても同じこと。
だからこそソドムは、魔王兵装を右腕に集約させたのだ。
「《神敗途絶・エクスカリバーッ!!=”神首を絶ち斬る者ッ”」
建造されたのは、天使と悪魔の彫刻が彫り込まれた美しい超大剣砲門。
崩壊する魔王シリーズを寄せ集めて生み出したそれに搭載されているのは、たった一発の砲弾。『神敗途絶・エクスカリバー』。
何処までも真っ直ぐなその太刀筋には、一切の迷いが存在しなかった。
例え、神とソドムの間に仲間が居ようとも、僅かにも鈍る事は無い。
「カナケラテンっっ!!」
背中から串座されてなお、カナケラテンは神を抱き締め離さない。
その一撃と自身の世界最強の重力によって自分と神が混じり合うまで、例えそれが、愛する姫の本意に背いているとしても。
「あ、あぁ……。いや……」
優しいヴィクトリアは、親しい配下が傷付くのを好まない。
天王竜の権能によって命の保証がされていると言えど、納得は出来ないのだ。
そして、放たれた悲鳴は不満などという生温いものではなかった。
白くて小さな蟲が泣く。
愛を亡くした、その声で。
「嘘、だろ、エクスカリバーを指一本で止めやがった……ッ!?」
「これが、キミらが那由他や蟲量大数と違う理由。チャンスがあっても決め切れない未熟な存在が神を背する。その罪は決して軽くないよ。《魔法創神典・”神座に侍る者”》」
全ての魔法形態の根源、魔法十典範。
それは、生物種が行使出来る魔法でしかない。
神が使ったのは、36対の翼の如き大魔法に内蔵された、36万5000もの小さな魔法が織り成す防御陣。
それらは生物種には理解しがたき、世界の構成因子。
真の意味での『魔法』。
唯一神が創生神である証明であるそれを見たソドムは、分からねぇ。と呟いた。
「知識とは力だ。那由他にそれを与えたからと言って、ボクがそれを失っている訳じゃない」
「テメェ、何が言いたい?」
「試金石ごくろーさん。お陰さまで、だいぶこの身体にも慣れたよ」
「なん――」
ソドムの首筋から尾へ、漆黒の刃が通り抜けた。
切り開かれた目の前……、破壊されたエゼキエルから光が差し込むよりも速く、神はソドムを斬って捨てる。
「!」
「!」
「!」
「どいつもこいつも遅いね。同じ速度のカツボウゼイがいれば、まだ違ったのに」
大破したエゼキエルの残骸に混じって、四肢を捥がれた王蟲兵が落ちてゆく。
その中には、ソドムと同じく首筋から尾が引き裂かれたゴモラも混じっていて。
神愛聖剣・黒煌。
この剣が相手に負わせた傷は、その生物の配下も同様の傷を負う。
そして神は、ソドム達の性能を同種族の上位へと書き変えてから刃を振るった。
カナケラテンの右腕を斬り捨て脱出し、ソドムを殺害。
チトウヨウの右足、ケイガギの左腕を落し、そうして弱らせたダンヴィンゲンの羽根を捥ぐ。
そうして巨万の竜も落ち、この場に残されたのは一匹の天王竜。
そして、混蟲姫・ヴィクトリアのみ。
「意外そうな顔をするなよ、竜」
「……。」
「この刃の効果は命の権能であっても防ぎきれない。そんなの、お前自身が良く知ってるだろうに」
神は竜を乏しめた後、それでも見事だね、と褒めた。
その荘厳な態度に、竜は目を細めて感情を返す。
「神愛聖剣は神のとっておきだ。にもかかわらず、王蟲兵やタヌキ帝王を殺しても、種が滅んでいない」
「本来ならば、上位数匹を残した竜やタヌキ、蟲は全滅する予定だった」
「まさしく不可思議な現象だ。そうだろう、竜?」
そんな称賛の代価は、数百万にも及んだ竜の命だ。
命の権能によって魂が結び付けられているソドム達は、その対象が全滅しなければ本質的な死とはなりえない。
天王竜とヴィクトリア。
この二匹の命ある限り、神愛聖剣・黒煌の効果が種族へ適用されることはない。
「ねぇ、神」
「命乞いなら受け付けていないよ」
一瞬にしてひっくり返された戦況。
育てた世界最強、それを扱う知識、そして命。
全てを失ったヴィクトリアは、ゆっくりと息を吸った。
「ううん。文句を言いたいだけ。……死ね」
白くて小さな蟲が鳴く。
愛を信じる、その声で。
「そうかい。ま、死ぬのはキミだけどね」
処理に時間が掛る竜より先に、ヴィクトリアを殺そう。
咆哮を上げて突撃してくる少女へ、神は刃を差し向ける。
プツリと両断された空気、その進路上にあるのはヴィクトリアの首筋。
そして――。
「よくぞ持ちこたえたな、ヴィクトリア。ここから先は、我が輩たちの出番だ」
神愛聖剣・黒煌がヴィクトリアを穿とうとした刹那、神の顔面へ拳が叩きこまれた。
その殴打は神の上半身をも一撃で砕き、撒き散った肉片すらも、世界最大の摩擦熱で焼き尽くす。
「お主らも大したものじゃの、ソドム、ゴモラ。後で儂の手ずからバナナとリンゴ料理をたっぷり作ってやるからの」
「ふっは、楽しみ……だ、ぜ」
「ちょー、うれし……い」
後は儂らに任せ、休むがよい。
そう言いながら脇に抱えていた二匹の魂ジャナイ?タヌキを悪喰=イーターへ格納しつつ、褐色肌の少女はヴィクトリアの頬を撫でる。
「ふぅむ、那由他の言うとおりだな。どんだけ細かく砕こうともエネルギーが減らん」
「栄養豊富で手ごたえ無し。糠に釘とはこの事じゃのー」
流れ落ちる涙を拭い終えた褐色肌の少女は振り向き、冷徹な視線を前に向けた。
そして、瞬く間に再生した神が忌々しそうに口を開く。
「唯一神をぬかどこ扱いすんなし」
「キュウリでも混ぜ込んでやろうかの?」
「待て。キュウリには蜂蜜だ、そこは譲れん。そもそも、神などというゲテモノを食おうとするのはお前だけだ」
キュウリの方が確実に美味い。
そんな評価を大真面目に下したのは、この世界最強の力、蟲量大数。
食わず嫌いは良くないじゃの。
そんな忠告をしたのは、この世界最高の知識、那由他。
この世界を統べし……、『全知』と『全能』。




