第48話「ホウライ伝説 神愛なるもの⑥」
「神はお前を生かしておく理由がないんだけど。そこんとこ、分かってる?」
たった二節の存在否定。
だがそれが唯一神によるものである場合、生命は0.1秒の葛藤すら抱くこと無く絶望し、その活動を停止しかねない
そんな暴虐が起こる程に研ぎ澄まされた言葉を、ヴィクトリアは否定する。
「理解なんてしない。例え神にだって、生きる意味を奪われたくないから」
ヴィクトリアにとって、『生きる意味』は幾度となく自身に問い掛けた命題だ。
始めは、大好きな幼馴染と添い遂げることが、幸せな人生だと思った。
金鳳花に出会って、それが『人』に限定されたものではないと知った。
「だから、私は神を殺す。全ての命が、自分の意思で生きた意味を見つけられるように」
「ふーん?まるで神にでもなったかのような物言いだ」
「それが、ヴィクティム様から竜の権能を……、命を貰った私の答えだッ!!」
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『あなたは……だれ?』
『我が輩か?蟲量大数だ』
『……どうして殺したの?この熊は世界最強、私のホーライだったのに』
『ふむ?それは嘘だぞ。世界最強とは我が輩を差す言葉なのだ』
『そうなの?貴方がホーライ……、じゃあ、私を食べてくれますか?』
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『蟲量大数様、今日の俸物はどれにしますか?』
『ふぅむ。勝利の果実を貰おうか』
『スイカですね、畏まりました。お塩も振ります』
『発酵酒果実もあるか?』
『もちろん、カブトムシトラップの用意もございます』
『素晴らしい。那由他が褒めるだけの事はある』
『蟲量大数様へ奉納する。それが私の望みですから』
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『こぽ……っ、……む、りょう…た、……』
『何があった?ヴィクトリア』
『……、いのち、ささげられなく……』
『謝る必要などない。なぜなら、今夜も供物を捧げて貰うからだ』
『ごめんなさ……、わたしは、死……』
『案ずるな。我が輩が不可思議竜を見つけて殺し、お前に命を与えるまで……、そうだな、一分も掛らん』
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『気分が優れないのか?ヴィクトリア。命の権能は問題なく定着しているように見えるが』
『……ううん』
『背中が気になるか?だが、不可思議竜の権能を人間の肉体で扱う事は出来ん。その為の補強だ、許せ』
『違うよ。感謝してるの、あなたに』
『そんな顔には見えんな?』
『……。全て教えて貰ったんだ。金鳳花に』
『神の先兵だったか、お前をやったのは』
『それでね、聞いたんだ。今までの私は正気じゃなかったこと、ずっと貴方に守って貰ってたこと』
『我が輩は随分と美味い思いをさせて貰ったが、利害の一致では無かったか』
『聞いちゃったんだ。村が、全滅したこと……、みんな、お父さんもお母さんも、フォルファも、グンローも、エリフィスも……、ホーライちゃんも、みんな死んじゃったって』
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『我が輩の呼称を変える?』
『はい。命の権能によると、名とは魂と肉体を結ぶ楔。逆に、名を改めると存在のあり方も変わるみたいです』
『ふぅむ?蟲量大数。この名は、世界の君臨者たれと神が定めたものなのだが……、どうしたいのだ?』
『これはずっと考えて出した答え。私の新しい命のあり方。ね、ヴィクトリアの主様』
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「ほほう?決意が籠った良い表情だ!」
ギャリギャリギャリ……と、刀身から火花が散る。
世界最強の重力によって凝縮された鎧骨格を持つヴィクトリアの尾が、神愛聖剣・黒煌の表面を滑り削っているのだ。
「狐に唆されたキミの人生も大いに楽しませて貰ったよ。だから神は、キミの感情も理解できる!」
「知った風な口をッ!!」
「その身に宿す愛……、ホーライへの未練もね!!」
「叩くなァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
ヴィクトリアが隠していた六本の尻尾は、『命の補強機関』だ。
神が認めし『簒奪者』である蟲量大数が与奪したそれは、不可思議竜の『命の権能』を使用する為の受け皿。
『種を切り開く者』という環境適応進化の最先端であった蟲量大数の肉体の移植、故に、ヴィクトリアは世界最強の権能も使用する事ができるのだ。
「おっと、なかなかやるね。尻尾だけとはいえ、流石は蟲量大数だ!」
亀裂が入った神愛聖剣・黒煌を見た神が、ニヤリと笑う。
削り取られた刀身は真っ当な部分は欠片も無く、鋸の刃の様な有様だ。
「減らず口をッ――!!」
「仮にも神はボクだ。これくらい出来なくちゃ話にならないよ、互いにね!《造物主》」
「復元っ!?」
「そ。この手に道具がある限り、それらは過去最高の性能を発揮する。いやー、すっごく便利!」
ヴィクトリアの背中から生える六本の混蟲蝕核、その性能は王蟲兵が持つ世界最強と等しい。
そもそも、ダンヴィンゲン以外の王蟲兵へ世界最強の権能を与えたのは、彼らを育てたヴィクトリアだからだ。
だが、神は容易に対応している。
ヴィクトリアが持つ致命的な弱点に気が付いているのだ。
「ある意味キミも、神と近しい能力を持つ」
「近い?同じにしないで」
「近いだろー?尻尾、武器の性能を任意で切り替えられるんだからさ」
「……。」
「だけど、致命的に遅すぎる。直接的に変更できる神や蟲量大数と違い、キミは命の権能を間に挟まなくちゃいけない。肉体を適した状態にしないと自爆しちゃうもんね?」
「黙って」
「人間の体を手放せば少しはマシになるのにさぁ。”混”蟲姫?蟲が混じった人だとでも言いたいのかな?」
「黙れ」
「黙る訳ないじゃん。こういう未練を茶化すための口なんだ」
「じゃあ永遠に黙らせてやるッ!!」
激昂に身を任せたヴィクトリアは尾の3本を『世界最強の加速力』、2本を『世界最強の物理力』へと変えようとする。
そして、その為の下準備として『命の権能』を行使し、尾を耐えうる状態へと進化させた。
肉体を成長させる超回復に筋肉痛が伴うように、無理やりな進化には苦痛が発生する。
それも、一瞬で別の肉体へ変えるような急激な変化は、想像を絶する痛みを産む。
だからこそ神は、それを「致命的」だと嘲笑うのだ。
「神のこと舐めてんのかな?」
「掴まっ――」
「まだ分かって無いんだね。キミらの世界最強の権能も『造物主』の対象内。指定を生命体にすれば、ほら。《世界最強の応力》」
「あ”ぁ”ッ!!」
「簡単に握り潰せちゃう」
5本の針を突き立てた様に、ヴィクトリアの尾へ神の指が食い込んだ。
それは針王蟲・ホウブンゼンが持つ世界最強の応力、あらゆる物質を貫通する刺突。
「なんの考えも無しに神像を戦わせてる訳じゃないんだよね。タヌキが居る以上、神の性能は那由他に筒抜けになってる訳だし」
「ひぎぃ……、い、」
「それを差し引いたメリットがあるからこそ、こんな遅延プレイをしてるわけ」
でさ。そろそろ飽きてきたんだよね。
そんな言葉と共に、ヴィクトリアの背中から尾が引き抜かれた。
「うぁあ”ぁ”ぁ”ッッ!!……かっ、ふっっっ」
「華奢な首だ。こんなに脆いんじゃ掴むだけで一苦労。こういうデメリットもあるんだねー」
そして神は尾を投げ捨て、ヴィクトリアの首へ持ち替えた。
慎重に、その命を手で潰してしまわないように。
「わぉ、既に11の皇の資格を持ってるか。一人一つと決めた理を簒奪するとは、おぉ、まさに神への反逆だ!」
「……っ!」
「その罪を禊げ。黒煌の露となって」
鋭い切っ先が、空から振り下ろされた。
その黄金に輝く超大剣が穿ったのは、神が持つ漆黒の刃。
「――ッ!!」
「させるかよ、神ッ!!」
稲妻の如き剣閃……という説明では、役不足。
八機の魔王の靭帯翼に加え、数々の世界最強に押し出されたエゼキエルデモンの剣閃は神経速の一刀両断。
切り裂かれていく空間に残されるのは、神の理すらも破壊された虚無だ。
「おっとぉッ!!」
だが、神はそれを受け止めた。
悪喰=イーターによって空間が捕食されていく特殊効果すら、周囲の空間と平均値化する事で無効化したのだ。
「いっつう。今日の天気は、晴れ時々、竜模様。所によりクソタヌキが降るでしょう」
「テメェの神像は始末したぜ」
ほらよ。
そんな言葉と共に、ダークマターと化した肉塊が投げ捨てられた。
納得せざるを得ない損壊を見た神は肩を竦め、素直に称賛を贈る。
「へぇ、やるじゃん」
「性能は同じなんだろ?じゃあ、同じ事やるだけで済むよなァ?ホープッ!!ゴモラッ!!」
ソドムに与えられた役割は二つ。
一つはヴィクトリアの解放。
そしてもう一つは陽動。
「りょ」
「きゅあ」
名を呼ばれた両者も役割をこなすべく、互いに向かって突撃する。
それは、ソドムの真理究明によって導き出された『神の攻略方法』。
全知全能たる神を殺す、処刑場の構築。
「どっこらしょ!!」
「《竜核滅》」
本気で振り抜かれた神域浸食・ルインズワイズへ、天王竜は握っていた光弾を叩きつけた。
そうして数百万以上に砕け散かれたルインズワイズの刀身は有爆に乗り、無数に湧き続ける黒塊竜の群れへ。
それを手にした竜軍は、迷うこと無く自分の胸へと突き立てる。
「我らは黒土竜。鉱物を取り込み進化する」
「これが神殺しの力……?ぱねぇっす」
武器である神殺しの本質は、使用者の能力の向上。
覚醒体が使用者によって異なるのも、基礎となる能力が違うからだ。
そして、それらを心臓付近に突き刺すことで、体内に流れる魔力流量が増幅、竜としての性能が200%に引き上がる。
「なるほど、そういう……。しかも、厄介なルインズワイズの能力は健在と。はっ、ガンメタじゃん」
「さっきのが偽物だって見破ってんだ。対策すんのは当たり前だろ」
「だから、ヴィクトリアを餌に使ってボクを誘い出し、閉じ込めたわけだ」
世界各地からかき集めた数百万の竜軍が、神を中心に球形を形勢した。
それは、神域浸食ルインズワイズの『予兆』と『自滅』を持つ竜が混じる、認識不能拘束フィールド。
「しかも、命の同期もしてんね。まぁ、当然か」
「便利だよなァ。なぁ、希望」
フィールド内部の命は一つへと統合されている。
その中心核は希望を戴く天王竜だ。
この場に存在する神以外の命は全て、個別でありながら、同一。
仮にソドムが殺されても数百万分の一の損失でしかなく、全体として見ると致命傷とはならない。
そして、『死』が不確定となった黒煌に干渉する余地が生まれ、蘇生が可能となるのだ。
「神、テメェが時間稼ぎをしてんのもお見通しだ」
「くはっ!」
「終世の七日間なんて大層な名前を付けちゃいるが……、実際はテメェの為の準備時間でしかねぇんだろ」
僅かにも迷わず、ソドムが確信を突く。
それこそが、真理究明の出した答え。
「今ここで殺すぜ、神」
「やってみな。そして知るが良い、知識の眷族よ。神への反逆が、なぜ、蟲量大数と那由他しか成し得ないのかを」




