第45話「ホウライ伝説 神愛なるもの③」
「……小虫?叩き潰す?脆弱な人間ごときが粋がるものではないと思うのだがね?」
その言葉が気に入らない。
それは、カツボウゼイが王蟲兵である以上、当たり前の事だった。
王蟲兵は、それこそ、蟲量大数匹にも及ぶ昆虫の頂点だ。
そこに至る過程はまさに弱肉強食であり、同族であっても……、いや、進んで同族を殺して捕食し、能力を奪う強かさが無ければ辿りつけない。
多くの種を喰らい混じり合うことで、『カツボウゼイ』という新たな種へと進化したのだ。
だからこそ、単一生物でしかない人間の不遜な態度を許せるはずがない。
「我らが姫の願いはお前を此処から遠ざけること。故に手加減が必要となる……、などと思って欲しくないのだがね?」
「ほっほ」
「殺すな=五体満足ではない。四肢を捥がれていようが、呼吸さえしていれば死んでいないのだ」
「それは、邪魔をするという意思表示で良いのかのぅ?」
「貴様が主体では無い。姫の願いを叶えるのだ」
「ほっほっほ、それは骨が折れるのぅ。なにせヴィクトリアの我儘は筋金入りじゃからな」
ほーらいちゃん、ほーらいちゃん、あのね――。
そんな前置きから始まるヴィクトリアの我儘は、いつも無理難題ばかりだった。
メロンをジュースにすると美味しいんだって!
……今、真冬だぞ。
秋シャケのムニエルって知ってる?
知ってるぞ。立春の今日は絶対に喰えねぇ。
お目目が白いカブトムシが居るんだって!?
それ、死んでる奴じゃないよな?秋になる前に言えって。
お父さんがね、星マークのタヌキを見た事あるんだって。私も見たいな!!
15年前の話は無理すぎる……。
そんな不可能のいくつかを達成したホウライにとって、今回のお願いは簡単すぎる内容だった。
『絶対に死ぬな』
そんなこと、言われるまでも無いからだ。
「……《暗香不動奥義、逝薫》」
死ぬつもりは欠片もねぇ。
だが、死ぬ以外なら何でもやってやる。
そんな強き意思から来るホウライの第一手、それは、肉体の70%を雷人王の掌へと融合させることだった。
世界最強の加速力・カツボウゼイ。
彼の王蟲兵が持つ神経速に対抗するには、ゴモラの様な緻密な戦闘管制を敷くか、同じ領域に辿りつくしかない。
そして、現在のホウライではどちらも不可能だ。
神殺しを覚醒させた事により、認識は神経速に達している。
だが、皇種の資格を得たばかりであり、まだ肉体の性能限界値を超えていない以上、神経速では動けない。
「遅――!」
「かのう?」
もしも相手がカツボウゼイでなければ、戦いの中で肉体を成長させられたかもしれない。
だが、そんな時間も余裕も無い。
視覚も聴覚も嗅覚も、すべてが攻撃の跡に付随する。
そして、それが勝負を決する一撃である事は、ラルバから授かった知識の中にも記述されているのだ。
だからこそ、ホウライは人間としての四肢を捨てた。
肩と腰から先を純粋な魔法概念へ置き替えることで、限定的な神経速を獲得したのだ。
「……。ウ”ウ”、ウ”……ウ”……。」
「《虚実反照》」
「遅……、おそ、かった……のは、わた……」
それは、世界最速のカウンター。
攻撃が行われる前に発生する、神経速マイナス秒の決着だった。
『犯神懐疑・レーヴァテイン=”黎明の悪夢を息止める者”』
この剣は、刀身に接触した相手と自分の状態を、触れていた時間分だけ撒き戻す。
その結果として残されるのは、攻撃前の挙動を起こしながら、認識の上は『攻撃を終えた』相手と、まだ『攻撃していない』ホウライ。
そして、互いに発揮している速度は神経速。
認識の遅延こそが、勝敗の分かれ目となる。
「違う。死に急いだんじゃよ。儂と同じくな」
ホウライが呟いた時には既に、カツボウゼイの生命活動は停止していた。
抜け殻となった肉体は自然落下を始め、燃え盛る森の中へ消えてゆく。
「……虚偽だ」
「ほう?」
重くのしかかる様な、言葉足らずな声。
それは6つ菱形の複眼のみが存在する顔から発せられている。
「姫は我らの敗北を望まぬ。無論、死もだ」
「確信がある様じゃのぅ。それも糸で読み取ったのか?」
レーヴァテインで殺害した生命の魂は世界へ還元されず、刀身内へ封印される。
いくら天王竜が転生を行えると言えど、神殺しに干渉するのは容易ではないはず。
そんな目論みを看破され、ホウライは苦々しく笑う。
「同胞の敗北にも動揺せんか。どうだ?ついでにそのまま儂を見送るというのは?」
「問題外」
「そうか。それは仕方がないのぅ」
そして、飄々とした態度で舌を打つ。
目の前にいる縛王蟲・チトウヨウは、文字通りの意味で、一筋縄ではいかないからだ。
「世界最速の次は『世界最遅』か。ギャップが激し過ぎるのぅ」
かなり短くてすみません!
ゴモラ「……あ、カツボウゼイ瞬殺された。ウケる」
ソドム「相性クソいいもんな、レーヴァテイン」




