第42話「ホウライ伝説 最期の劇を【後篇】」
「あは、可愛い可愛いホーライ様!次はどんな手で、私を楽しませてくれるのですか!?」
天を焼く雷光、煌めく抜刀術、それらの遊びを出迎えたのは、まったく同じ技だった。
『激甚の雷霆ホーライ』が人生を捧げて磨き上げた多岐に渡る攻撃、それらのいくつかはラルバに傷を付けるも……、結果的にホウライの命脈を削る。
互いの状態を平均値に出来るラルバにとっては、己に付いた傷ですら、相手の命に届く致命傷となるのだ。
「苦しいですか?辛いですか?高い身体能力で生きてきた貴方にとって、弱い私と身を融け合わせるのは苦痛なのかもしれませんね?」
「はぁ、はぁ……、この程度の運動で息が上がるとは、儂もいよいよ老いぼれたか」
「でも、私はとても幸せな気持ちです。身体の中の熱が発する高揚感。貴方と一つになる度に、全身が快楽と愉悦で浸ってしまう程に!」
互いに行使する身体能力は同じ。
だからこそ一方的な戦いにはならず、両者は少しずつ傷付いて行く。
そして、ラルバは傷付いた身体能力を使って、何度も平均値化を繰り返しているのだ。
神像平均は互いの性能を平均値化した状態へ上書きする。
故に、能力を行使した直後の肉体はそれが平常値……、つまり、『まったく傷付いていない』状態として扱われる。
だからこそ、回復魔法を使用しても意味がなく、ホウライは恒久的に弱体化するのだ。
「おっと、そろそろ身体能力が低下して来ましたね。はい、神像平均」
「……ほほっ、まったく骨が折れるわい」
「お優しいホーライ様は、私が勝つまで付き合ってくれるのでしょう?」
戦えば戦うほど互いに消耗し、平均値化した後の性能も低くなっていく。
ホウライの身体能力が消耗する。
↓
初期値が低いラルバの性能と平均値化する。
↓
更に上限が低くなる……、の繰り返し。
されど、元々弱いラルバにとってその性能は本来の実力よりずっと高く、ホウライのみが弱体化したという認識になるのだ。
「ほほほ、そう言えば昔もこんな事があったのぅ。あの時は確か双六だったか?」
「アサイシスさんにサイコロを振って貰ったんでしたよね。その、私が振ると6ばかり出てしまうので」
「本当に目を覆いたくなる戦いであった。互いに運が無くてコマが進まず、時間が掛って仕方がなくてな」
「お仕事の時間が迫っているのに、もう一回って駄々を捏ねて……、結局、迎えに来たお母様に見つかって」
「あんなに怒られたのは儂の人生でも珍しいぞ。でも、楽しかったのぅ」
「ですね」
他愛ない会話を挟むのは、終わりが近付いていると分かっているから。
永遠にこの時を続けていたい。
けど、それは叶わない夢でしか無くて。
そんな感情をひた隠しにして、強く剣を握りしめる。
「さぁさぁ、もう、邪魔する人はいませんよ!もっといっぱい遊びましょ」
ラルバはレーヴァテインの剣柄に隠されていた星型のアクセサリーを引き抜いた。
チャリチャリチャリ……、と小気味よい音を立てて、楔型の星が晴天に輝く。
「進化の楔!」
それは、憧れへと辿りつきたいという願い。
ずっとずっとずっと追い付きたいと思っていたホウライの見開いた眼。
その表情が堪らなく愛おしくて、寂しくて。
「魔法の身体であるホーライ様を倒すには、普通の刃では効率が悪すぎます」
「そういう風に作ったからのぅ」
「ですから、レーヴァテインを『進化』させます。貴方を、そして、こんな世界を容易く斬れるように!」
11個あった楔の4つが弾け、レーヴァテインの刀身に四色の色が混じる。
それは奇しくも、アサイシスを連想させるカラーリング。
そして、刀身が描いた軌跡に、元気で愉快な明るい劇団色が引かれた。
「受ければ……、即、アウトじゃな……!」
ラルバの振るう剣速は目にも止まらぬほど。
それでも剣撃を回避できたのは、その匂いから未来を予測しているからだ。
ほっほっほ、対魔法特攻と言った所か。
接触させた指があっという間に蒸発したのを見る限り、魔法が世界に還る理を強化しているようじゃのぅ。
正しく状況を認識したホウライは、にやりと笑う。
それは、ラルバと遊んでいる時に、大人げなく勝つ時のもので。
「《……もう、目覚めの時じゃ》」
「つ!?」
「《神話開闢アダムス=最果ての犠牲を弔うもの》」
「つっ!!天使のせいしゅk」
ホウライは待っていたのだ。
ラルバが己を一撃で殺せるようになるまで。
「あぁ、なんて綺麗な――。こぽっ……」
「これは儂のとっておきじゃからな」
自動で防御する盾を超えて、突き出されていた剣に構うこと無く、ホウライはラルバを抱きしめた。
互いの剣が差し貫いたのは、やはり、互いの心臓で、そこから確かな温もりが噴き出していく。
そして、想い人を抱く腕は瞬く間に冷え切って。
『神話開闢アダムス=最果ての犠牲を弔うもの』
それは、世界最強を尽くす為の力だった。
例えそれが、無限に等しき存在だったとしても、必ず『始まり』は存在する。
『起源』の『絶尽』。
無限の始まりたる『1』を、その先たる『0』へ。
「命運は尽きた。共に逝くとするかのう……、ラルバ」
アダムスが尽くしたのは、ラルバの魔力だ。
魔力とは魂であり、そしてそれは、神の因子を扱う為のエネルギーでもある。
神像平均を持つラルバを殺すには、一撃で魔力を破壊するしかない。
それは事実上の即死、別れの言葉を告げることは出来ない。
それでも、ホウライは語りかけた。
まるでそれは懺悔。
心の中で頬笑んでいる”勝利”へ言い訳をするように。
「優柔不断だな、俺……。最期の最期で、迷っちまうとかさ」
「奉納祭も出来ず、結局、こんな幼い子に情を抱いて」
「だからちゃんと叱ってくれよ、で、その後、みんなで友達になって……」
肉体の殆どを魔法化していようとも、魂を格納する心臓は生身のままだ。
だから、魔法特化のレーヴァテインが心臓を破ろうとも、ホウライは即死には至らなかった。
ただし、それだけだ。
穴の開いた心臓からは魂そのものが流れ出し、もう、止めることは出来ない。
肉体が魔法だったから僅かに動かせていただけ。
そうしてホウライは、力無くラルバを抱き締める。
ほどなくして訪れるであろう終わり。
それを心から待ち焦がれて。
「――、かふっ……」
「なっ……!」
「いや、ですよ……」
力を無くしたホウライ腕が、強く抱き締め返される。
腕の中に居るのは、愛しい死体である筈だった。
「一緒に死ぬなんて許しません。そんなのは、絶対ダメです」
光を取り戻したラルバの瞳に、ホウライは魅入られた。
こんなにも綺麗な女性をどうして愛さなかったのかと、残り僅かな魂を揺るがせる。
「愛していますよ、ホーライ様。世界で一番、私の全てを捧げてしまうくらいに」
「――っ!」
「だから……、偽りを正してレーヴァテインッ!!」
ラルバの叫びと共に、ホウライの胸に刺さっていた刀身が輝きを発する。
それは、偽られた心の告解。
たとえそれが、神が犯させたものであろうと。
犯神懐疑の名に於いて、絶対に、嘘を真実にさせはしない。
「馬鹿な、なぜ、自分を癒さなかった……?」
レーヴァテインによって負った全ての傷が嘘となり、ホウライは息を吹き返した。
力を取り戻した腕に抱いているのは、冷たくなった愛しき人。
その匂いは既に、死人に近しいものとなっていて。
「なぜだ、魔力が残っておるのなら、いくらでも手段はあったはずだ。どうして儂なんかを……」
「目的を……果たす為ですよ。嘘だったんです。私はどうしても、貴方と一緒になりたくて……。他の人なんて、いや……」
ラルバが纏う魔道具の一つ、『天使の星守器』
その能力は魔力の保全と復元。
神殺しの行使一回分の魔力を移す事で、ラルバは生き長らえていた。
そしてその魔力を、ホウライの蘇生に使ったのだ。
「意味が分からぬぞ、自ら死ぬ事が何の目的になるというのだ……」
ラルバに残されている魔力は、ほんの僅かな残りかすだけ。
だから、ホウライがラルバの肉体を癒しても意味がない。
魔力とは、魂そのものなのだから。
「皇は同族に殺されることで、資格が譲渡されます。その者の記憶と、共に……」
「それでは、お前は」
「世絶の神の因子を渡す事は出来なくても、事前に細工は出来るんですよ……」
二コリと頬笑んだラルバはまるで、イタズラが成功した子供の様だった。
話せる言葉も残り僅か。
だからこそ声に出す事は無かったが、ホウライを出しぬけた事が嬉しくて。
「全部、うそです。私の錯乱も、そして、貴方の拒絶も」
「なに、を……」
「無色の悪意……、騙されてて、私達、」
「つっッ!?」
「だから、貴方に知って貰いたくて……、」
王となったラルバの願いは、世界で一番の勝利者になって、ホウライと共に生きていくこと。
その為に非人道的な行いを繰り返し、やがては皇種の資格を欲するまで狂ったのだ。
だが、ガラティンを殺し、人間の皇となった瞬間、それが植え付けられた感情だと気が付いた。
無色の悪意……、その存在は幾度となく世界に牙を剥き、そして、数多の皇の記憶に刻まれている。
だからこそ、ホウライへの恋心が歪められていたと気が付いたのだ。
あぁ、本当に愚かですね、私。
両親を殺し、民を虐げ、数多の生命を踏みにじって……、そんな事をすればホーライ様に拒絶されるに決まっているのに。
そして、アサイシスさんの死と遺品に残された過去を見て、取り返しがつく段階を過ぎてしまったと知りました。
もう、愚かで弱い私ではどうしようもないんだって。
だから、この命に根付いた皇という資格をあるべき場所へ戻そうと思ったんです。
我儘ばかり言ってごめんなさい、ホーライ様。
でも最期だから、もうちょっとだけ……。
「意地悪な……、ホーライ様。もっと早くにこうしてくだされば、こんな事にはならなかったのに」
「ラル、バ……?」
「忘れさせません……、ずっとずっと、私は貴方の中で生き続けます。その身が朽ちるまで、永遠に」
「これが、こんな結末が、俺が背負うべき業だというのか……」
冷え切った身体は、確かめるまでも無く軽くなっていて。
そして、すぅ、と短く息を吸って、ラルバは小さく勝ち誇る。
「あぁ……、私は勝ったのですね、ヴィクトリアに。だって先にホーライ様と一緒に……」
温かい。
好きな人に抱かれるのって、こんなにも……幸せ。
ラルバの瞳から零れた涙が、ホウライの腕の中に落ちた。
それが彼女に残されていた、最期の魂。
「逝くなッ!!一人で逝ってはならぬ……、ならんのだ……。ラルバ……」
ぽつりぽつりと。ホウライの中に記憶が灯っていく。
それは、歴代の人間の皇の記憶。
そして、ラルバの想いそのものだった。
「何と愚かな……、俺は最初から、敵を見誤って……」
楽しい思い出に混じり、隠されていた真実が露見していく。
無色の悪意を宿す、金鳳花という存在。
ホウライは理解した。
奉納祭は蟲量大数が引き起こしたものでは無かった。
そう思い込むように何度も心の中で頬笑んでいた、植え付けられたヴィクトリア――、無色の悪意こそが己の敵だったのだと、理解したのだ。
「ごめんなラルバ、本当にごめん。俺がしっかりしてれば、お前を――!」
「コングラッチェーション!とっても面白い見せものだったよ。ラルバ様!」
パチパチと手を鳴らす一人の女が、ホウライの目の前に立っていた。
その良く知る顔は頬を染めるほどに歓喜し、演じられた物語へ喝采を送っている。
「いやー本当に面白かった!まさしく世界を舞台にした恋愛悲劇。ストーリーもキャラクターも一級品だし、ハッキリ言って大満足!!」
「チャカス……?お前、何を言ってるんだ。それじゃまるで、主人の死を喜んでるみたいだろ……?」
ホウライの目に映っているのは、ラルバが慕っていた二人のメイドの片割れ。
チャカと呼ばれていたメイドはいつものように遠慮なく笑みを溢し、ホウライの胸の中を指差した。
「主人と言っても、所詮は”人”。なら、その上に来る”主”がどう侮辱しようと勝手じゃん?」
「なん……ッ!?」
時が止められたのかと、ホウライは思った。
目の前に居る存在から匂いがしない。
空気が、世界が、この瞬間に止まってしまったと理解する方が、まだ、自然だったのだ。
「ボクは満ち足りた。もうこれ以上の感動などあり得ないと思う程に」
「故に、これから先の世界なんていらない。だって、無理に引き延ばしたって、駄作にしかならないと思うから」
「――だから、《さぁ、終わりにしよう》」




