第41話「ホウライ伝説 最期の劇を【前篇】」
「あははっ!あははははっ!!楽しいですねっ、私はもう、こんなにも自由に貴方と遊べるっ!!ずっとずっとずっとずっとずっと……仰ぎ見る存在だった貴方を、こんなにも自由に見下してっ!!」
その剣の舞は、見惚れるほどに美しかった。
これは彼女の終着点。
見目麗しい若き女王ラルバ、その人生の集大成が宿る剣先がまた一つ、大好きな想い人へ傷をつける。
まるで、『私のもの』だと主張するかのように。
「叙情詩では時に、愛を傷や痛みと比喩することがありますね。真実の愛とは破瓜の痛みの先にある。なんて、お母様が持っていた本にもありましたし」
「ほっほっほ、お前が捻くれておるのは、教育に悪い本ばかり読んでおったからか?」
「それは生来からの性根です。知っていますよね?」
「心当たりはあるがのぅ……、子供の駄々と思って侮っておったわ」
斬られたホウライの腕には、致命傷どころか、流れ出るはずの血液が一滴も付着していない。
傷が浅い……、のではなく、そもそも血液や血管が存在していない。
魔法化している四肢には、血液の代わりに魔力が循環しているからだ。
「仕草は子供そのもの。だが、ひとたび動き出せば達人のそれ……、か」
「現存する全ての剣の使われ方を、皇として受け継いだ性能にインストールしました。自分でも笑っちゃうくらいのチートですね」
「皇とは種を統べる者。儂が人である限り、その性能でさえも糧とするか」
「あはっ、気が付いちゃいました?そうです。私の中にはもう、ホーライ様が居るんですよ」
自分で言った言葉の含みに気が付いたラルバは、僅かに頬を赤らめて無邪気に頬笑んだ。
恥ずかしさと楽しさと、隠しもしない愛が混じったその表情は、なぜか寂しげで。
「でも、私は我慢したくありません。もっと貴方を感じたい。貴方の熱を、痛みを、心を」
「なにを……!」
「そして貴方にも、私を感じて欲しいんです」
ホウライの静止を聞かず、ラルバはレーヴァテインに口付けをした。
そうして唇が裂かれ、鮮血が刃を伝って落ちる。
彼女の体に走る、身を焦がした『恋の味』。
それと同じ痛みが、ホウライの口にも伝わった。
「神像平均はこんな事も出来るんです。痛みや苦しみまで二人で半分こ」
「自傷すらも武器とするか」
「健やかなる時も、病める時も、互いを愛し愛され、死が二人を分かっても、永遠に添い遂げることを誓いますか?」
ラルバの言葉は冗談めいていて、されど、ホウライに取っては真理に近い何かだった。
死に分かれた最愛の人、ヴィクトリア。
彼女への想いがあったから、ホウライは今まで生きて来れた。
彼女への贖罪をしなければと、何度も奮い立って来たのだ。
数十年の時が経とうと忘れることは叶わない。
ホウライの心にはいつも、黒く塗り潰されたヴィクトリアが頬笑んでいるのだから。
「聞かせてくれぬか、ラルバよ」
「はい、なんでしょうか?」
ラルバ願い、それは『ホーライ』と添い遂げること。
今更、『そんなこと』と軽んじたりしない。
本当に似ている師弟だと、苦笑するだけだ。
それでも、ホウライはラルバの想いを受け入れられない理由があった。
普段は取り繕っていても、魔法化してしまった肉体は元に戻る事は無い。
既に人間の肉体とは呼べず、ラルバを女として愛すどころか、ふとした次の瞬間に臨界を超えて崩れるかもしれないのだ。
長くても5年、厳しく見れば今すぐにでも。
それが、ホウライが自分で見積もった寿命だった。
「儂が死んだ後、お前は幸せになれるのか?」
「はい。幸せになりますよ。必ず」
そう言って頬笑んだラルバの匂いが本心だったのなら、どれだけ良かったかと。
否定と後悔まみれの見栄。
そんな嘘を吐かせてしまっている事が、何よりも辛かった。
「儂は、我慢をさせ過ぎたのだな」
「……今更、後悔ですか?」
「老人とはこういうものじゃよ。何処で間違ったのか分からぬまま、それを挽回しようと足掻く。……取り戻せるはずがないのにのぅ」
どうやら、ここまでのようだな。
ラルバの傷は儂も負う。
刺し違えることは出来ても、儂だけが生き残る事はない。
……いいや、したくねぇ。
しちゃいけないんだ。
「なぁ……ラルバ。俺と遊ぶか?」
懐かしさを思い出しながら、ホウライは自分の顔をよく揉んで深い皺を伸ばした。
そして、出来うる限りの笑顔をラルバに向ける。
「それ、最初に会った時の……」
「なんだ、遊んでくれないのか?」
「……いいんですか?」
「ほっほっほ、もちろんだとも」
ヴィクトリア。
俺さ、結構、頑張ったと思うんだ。
いっぱいの失敗と、ちょっとの成功。
でもそれは、見方を変えれば全然違う意味になるものばかりで、もしかしたら、一個も正解がなかったかもしれなくてさ。
だって、今がそうなんだ。
女としては見ていなくても、愛していた教え子、ラルバ。
彼女の為って言いながら色んな事を教え、教わり、そんで俺は楽しい人生を送ってさ。
でもラルバは、こんなにも痛々しくなるまで思い詰めていて。
それに気が付かなかった俺は馬鹿で、アホで、どうしょもなくて。
もしも、天国があるのなら。
もう一度、お前に会えたなら。
絶対に不機嫌になるって分かってるけど……、
……俺が愛した子だって、ラルバを紹介しても良いかな?ヴィクトリア。
「ふふ、では……。ラルバとあーそんでくーださいなっ!!」
「ほっほっほ、ヒーローごっこでもするかのぅ!《暗香不動、究極超奥義っ!!》」
「うふふっ、懐かしいです」
「《天空を統べし雷人王ッ!!》 ふはは、かかって来い、勇者よ!この魔王ホーライを倒して見せよ!!」
「それではえーと……、民を苦しめ、人をあざ笑う諸悪の根源めっ!この勇者ラルバがめっ!してあげます!!」
その遊びは、幼いラルバの数少ない楽しみの一つ。
部屋の中から見るしかできない歌劇団の一幕、小さな女の子が主役だったヒーローショーごっこ。
それから、『魔王ホーライ』と『勇者ラルバ』は思いきり遊んだ。
一切の加減なく、互いに全力で。
愛や恋とは違う形の、少女ラルバの願い。
『対等に遊べる友達が欲しい』
黒い刃と雷光を煌めかせて、笑って、驚いて。
ずっとしたかった遊びは楽しくて楽しくて――。




