第37話「ホウライ伝説 知らしめられる建国 23」※真・タヌキ無双 挿絵あり」
「魔神の靭帯翼・展開、重力加速ブースター・フル起動。光機導展開、全行程完了。……行くぜ」
それは、バフォメットの如き、漆黒の機神の目覚め。
タヌキ帝王ソドムの本気……、最強形態となったエゼキエルの鳴動によって齎されるのは、カツテナキ物語。
『世界滅亡』の終焉、そして、新たなる時代の幕開けだ。
「そこの黒塊竜。とりあえず死んどけ」
ソドムの声に反応した四対八機の加速機が、一斉に陽光を吹き出した。
巨大な翼のように空へ展開したこの自律浮遊ユニットは、エゼキエルに亜光速戦闘を可能とさせる補助装置。
本体に直接連結されている従来のブースターと違い、これらはエゼキエルに対し、引力、斥力、重力、磁力といった、視覚では捕らえられない力を作用させる。
これにより、従来のシステムでは行えなかった急制動が可能となるのだ。
「ぬぅ!?速――」
「……のもあるがな、お前が遅ぇ」
エゼキエルが発揮できる最大速度は『亜光速』。
それは高位超越者……、七源の皇種や王蟲兵はもちろん、一部の皇種と比べても遅い部類に属している。
……だが、このエゼキエルを捕らえられる者は少ない。
機体に備わっている様々なセンサーによる高精度認識、真理究明の悪喰=イーターによる未来予知、魔神の靭帯翼による物理法則無視軌道、そして、ソドムが持つ高い操縦技術。
これらが組み合わさった結果、黒塊竜の爪撃は意味をなさず……、その代償として命を失う事となる。
「ごぶ……」
「随分と脆い脳味噌だなぁ、えぇ?」
ガァンという、鋼鉄を叩き割ったかのような打音。
鱗を、皮膚を、頭蓋を、脳を、たったの一回で噛み潰したのは、巨大な左腕による握手だ。
振り下ろされた爪撃を僅か数ミリを残して回避したエゼキエルは、集めた情報を精査して黒塊竜の動きや空気の流れを見切り、最短距離を計算。
そうして肉薄し、左腕一本で黒塊竜の頭を捕らえたのだ。
「あばよ」
そしてソドムは、黒塊竜の頭を握りつぶす。
どんな鱗だろうが関係ない。
エゼキエルに備わっている力に耐えられるのは、同じく神に由来する者だけだ。
神敗途絶・エクスカリバー第一の能力、『絶対勝利』。
この剣および、装備しているエゼキエルが発生させた傷は『絶対化』し、回復や時間逆行による復元は行えない。
そしてソドムは、その能力の真理を解き明かし、更なる能力へと昇華させていた。
『神喰途絶=エクスイーター』
真理究明の悪喰=イーターを融合させた覚醒体であるエクスイーターは、相手の脆弱性を見破り看破する。
故に、ソドムが行う攻撃の全ては必ず相手の弱点を突く、クリティカル。
それが破壊できる物質である限り、通常攻撃ですら必殺と化すのだ。
「で、ごきげんようって所か?」
「死こそ竜の誉れだ。無限に繰り返す消耗無き死、その果てまで付き合って貰おうか。ソドム」
だが、それで勝負が決する事は無い。
首から上を失った肉体が崩壊すると同時、離れた場所で黒塊竜が再誕する。
その鱗は艶やかなまま、称える表情にも、僅かな曇りすら見当たらない。
「そんな暇はねぇよ。テメェらの心がへし折れるのを待つにゃ、時間がなさすぎる」
エクスイーターが搭載された巨大剣を天に掲げ、ソドムは刀身に魔力を通す。
残されている時間はあまり多くない。
カツボウゼイ出現という緊急事態をゴモラ一匹に任せるなど、身の毛が逆立つ程の悪手だと知っているからだ。
……ゴモラとカツボウゼイの相性は悪くねぇ。
確かにアイツは速いが、攻撃対象を管理できるルインズワイズがあるんなら対処できる。
ゴモラが逃げずに戦いを選んでいる以上、勝ち目だって十分にあるはず。
つーか、俺を煽る余裕があるなら、さっさと処理しろ。
問題は、助けに行かなかった事を出汁にしたゴモラが、無理難題を吹っ掛けてくること。
それと、カツボウゼイ誕生の背後に居るだろう存在だ。
システム上、群棲を発生させずに王蟲兵が生まれることはありえない。
なのに出てきたって事は、どういう形であるにせよ、生命の進化を促せる命の権能が関わっている。
不可思議竜か、それともお前か。
人間の女や、それに化けた神という線もありうるな。
「黙んまり決め込んで高みの見物とは良い御身分だな、ホープ。来いよ、二匹纏めて刺し身にしてやる」
ボボボボボッと伸びる、光の軌跡。
空を駆けながら放たれた黒塊竜の咆哮は引力を有し、空気すらも凝縮し結晶となる。
そんな幾つもの宝石が煌めく中で、一閃が放たれた。
「役不足だっつってんのが分からねぇのか、モグラ。断・跋せよ、《魔神の等活獄》」
世界に引かれた、一本の黒い線。
それは、本来ならば、地平線という名の背景に過ぎない。
だが、ソドムによって生み出されし黒線は、全ての物質の上に描かれる。
上下に両断された黒塊竜、その両方の断面から心臓が零れ落ちた。
魂の入れ物を破壊したのではない。
魂そのものを両断した結果、入れ物も二つに割れたというだけの話だ。
「……ッ!!馬鹿な、ホープの解脱天命の中なのだぞ」
「知識っつーのは、お前らみてぇなクソしぶとい奴を効率よく殺す為にあんだよ」
ソドムは見抜いているのだ。
心をへし折ることで自発的に輪廻転生を終わらせるという、相手依存の殺し方……ではない。
竜が持つ輪廻転生システムの脆弱性を付いた、本当の竜の殺し方を。
「ホープ。このままコイツを殺し続ければ魂がすり減り、やがては、お前ですら転生が出来なくなる」
「――、、―、」
「蟲を放置すれば、それこそ数億の命が簡単に食い潰されちまう。テメェらの命じゃ釣り合わねぇ損害が出るんだ」
「……。」
「最終警告だ。希望を戴く天王竜、今すぐ結界を解け」
ソドムが最も恐れる展開、それは、竜と蟲による共同滅亡。
世界を滅ぼせる王蟲兵を竜が生み出し続けるという、途方も無い悪夢。
「――《竜精界の夢》」
そして、返された答えは継戦だった。
それも……、頂きに立つ王竜の能力を使用するという、考察の余地が残されていない敵意。
「そうかよ。じゃあ、テメェもくたばるしかねぇな」
ソドム達を取り込んだ周囲一帯が、巨大な竜の姿へと変わっていく。
希望を戴く天王竜。
その戦闘はいつも、世界を支配する所から始まって。




