第36話「ホウライ伝説 知らしめられる建国 22」※真・タヌキ無双」
「ふぅ……、予定通りとはいえ、配下の竜がタヌキに喰い殺されるのを見なければならないとは。本当に忍びないものだ」
遥か天高くに座しながら、黒塊竜が溜め息を吐いた。
片方の手には魔法で作り出した飲み水。
それを器用に口に放り込んでいる姿を見る限り、配下を助けに行く気があるとは思えない。
「なぁ、ホープよ。……おっと、今のお前は源竜意識形態、それも戦闘特化だったな」
「――・―――・――、。」
「いつも思うが、言語能力まで削らなくてもよかろうに。念話の方がめんどくさいと思うぞ」
この場には、全長80mの巨体が2匹も存在している。
片方は60万匹に分裂した黒塊竜のオリジナル。
胡坐をかいて頬杖を付くというリラックスしている姿にも、どこか威厳が残っている。
そしてもう一匹は、何処までも白い身体を持つ王竜『希望を戴く天王竜』。
この竜こそ、不可思議竜に仕える配下竜の頂点。
あらゆる竜と交流を持って特性を学び、その力を己がモノとしてきた竜族の希望だ。
「各地の竜から陳情が届くようになって、たったの1年足らず。やたらと強い人間とやらは、ついに、不可侵の結界をも無視するようになった」
「――、、―・・・」
「人間どもは自分の為だと思っている結界だが、住み分けという秩序は、我らを含めた多種族にとっても必要不可欠」
「・――、」
「ましてや今の時代は、戦いを知らぬ若い皇種が多い。まったく、本当にタヌキは面倒な事だ」
「―、、――」
「あぁ、キツネもな」
軽口を叩いている黒塊竜は、ふと気になって相棒の天王竜を見上げた。
現在は極小数の竜しか知らない極秘任務の真っ最中。
されど、天王竜の『解脱天命・遷移転体』が完成した今、残すは『面倒な人間』の命の回収のみとなっている。
それなのに、天王竜は警戒を緩めていない。
装備している『過去』も、最も戦闘力が高かった時代――、鎧王蟲・ダンヴィンゲンとの戦闘で大陸を沈めた時のものだ。
こいつ……、我にも何か隠してやがるな?
なんだかんだ仲が良く付き合いが長い黒塊竜は、天王竜の尻尾が僅かに揺れているのを見て確信を得た。
そして、どうしてくれようか。と気持ちを改める。
「時にホープ、縄張りを荒らしてタヌキを釣りあげるというのは分かるんだが……、食いついたソドムを説得する口実はあるのか?」
「……。」
「配下を生贄に捧げて気晴らしさせているゴモラはともかく、ソドムは拗れると面倒だぞ。お前だって、アイツはクソタヌキだと良く知っているだろう?」
「……。」
「無視すんな。さっきまで念話してただろうが」
これは……、タヌキがらみで何か仕込んでやがるな。
戦闘形態で警戒している辺り、戦いになる可能性が濃厚。
それも、相手はガチで殺しに掛ってくるレベルに激怒したソドムって所だな。
なるほど、今日は良く死ぬ日だ。
配下をあんな目に合わせているんだから、自業自得ではあるけども。
黒塊竜がそんな結論を出した瞬間、目の前に1m程の空間の裂け目が出現。
うわぁ、釣れちゃったんだが。
と本音を溢しつつ、釣り竿の代わりの核熱剣を手に取る。
「よぉ、ホープ。『檄天形態』とは、随分とご機嫌じゃねぇか。えぇ?」
フッサフサな毛並みを揺らしながら出てきたのは、体長1mに満たない小さなタヌキ。
されど、その戦闘力はカツテナイ。
地上で戯れている双子の妹も大概だが、純粋な戦闘力はソドムの方が上。
その型破りな戦い方と盤石な戦闘技術の掛け合わせが振るう暴虐により、ドラゴンの戒律には名指しで注意書きが書かれている。
「率直に聞くぞ。何を企んでやがる?」
「不可侵結界を破る人間が増えている。我らがしようとしているのは、管理者たるどこぞのタヌキの尻拭い。文句なら、そいつらに言って欲しいものだな、ソドム」
「あ”ぁ”?お前には聞いちゃいねぇよ、土竜」
「くはっはっは、随分と機嫌が悪そうだなァ、妹に飯でも取られたか?」
「うっせぇ。そんな事でいちいち怒る訳ねぇだろ。週三で激怒になるっつーの」
食い意地が張ってるタヌキが、飯を横取りされて怒らないだと?
天変地異の前触れか?
と口に出そうとした黒塊竜は、言うまでも無くそうだった事を思い出す。
そして、友が口を閉ざしているのを思い出し……、なるほど、説得を我に投げる為に言語能力の無い形態をしているのかと、答えに辿りついた。
「ホープはどうやら、お前とは喋りたくないようだ」
「あ”ん?」
「我らの目的は足止め。……で、お前の目的は?」
「おい、ホープ。テメェなら分かってんだろうが、人間の皇が殺されたってのがな」
「……! くっくっく、同族の小競り合いで死ぬとは、人間の皇とは随分と弱いのだな」
「テメェらの仕込みだろうが、あ”ぁ”?」
「知らんな。少なくとも、我はな」
「シラを切る気か?ちっと痛い目を見ねぇと分からね……、なんだとッッ!?!?」
《……。早く戻って来い、ソドム。へるぷ、みー》
唐突に悪喰=イーター内に響いたのは、ゴモラからの救援メッセージ。
『疲れる事をしない』を信条にしているゴモラは、ソドムの手助けが必要になる事には手を出さない。
そもそも、問題解決を非常に面倒くさがるゴモラは、その防止に全力を注ぐ性格をしている。
そんなゴモラからの救援、それは滅亡の大罪期の出現を意味している。
「このタイミングでカツボウゼイだと……ッ!?ちぃ、どうなってやが……!!」
瞬時に転移陣を構築し、その中に飛び込もうとしたソドム。
だが、それが行われる事は無かった。
……いや、妨害されたのだ。
天空に翼を広げた、希望を戴く天王竜によって。
「空間を肉体に見立てた、魂の捕縛!?!? 離せ、ホープ、お前と遊んでる場合じゃねぇんだッ!!」
「――。」
「んだと?……テメェまさか、蟲と組んで俺らを嵌めようってのか」
希望を戴く天王竜は、魂の支配者だ。
あらゆる生命体の魂の所在を自由に変更できる天王竜は、周囲3kmの空間を一つの生命体と認定。
内部に存在する『天王竜』『黒塊竜』『ソドム』の魂を『肉体として認定した空間』と結び付けることで、自発的に外部へ出れないようにしたのだ。
その仕組みの中に自分を入れることで、ソドムによる改変をも妨害した、完全なる拘束。
それを解く為には、天王竜と黒塊竜を殺した状態で、悪喰=イーターによる改変を行うしかない。
「洒落や冗談じゃすまねぇってのは、分かってるよな、ホープ」
「……。」
「《極天陽月爪》」
ソドムの問い掛けに、天王竜は答えなかった。
その代わりに用意されたのは、黒塊竜の爪に宿る殺意。
理想気体炎を纏う漆黒なる爪は、皆既月食を彷彿とさせる。
「言葉ではなく、拳で語ろうぞ、ソドムッ!!」
全長80mのドラゴンから、全長1mのタヌキへ。
叩きつけられる絶死の爪、それを『絶対勝利』が迎え撃つ。
「ぬんッ!?」
「《覚醒せよ、神敗途絶・エクスカリバー=魔神機へと至りし者》」
空を彩る、八漆黒の光輝。
巨大な魔法陣に召喚された帝王機・エゼキエルリミット=ソドムに付随する七つの特殊魔法陣、それは、かつて存在した魔神機召喚の儀式。
《世界が滅亡へと向かわん時、その魔神は現れん》
《闇を纏う姿は”魔”そのもの。されど、金に輝く巨椀が穿つは”破滅”なり》
「……拳で語るだ?いいぜ。最も、出来るならの話だがな」
『魔帝枢機・エゼキエルデモン=魔神機へと至りし者』
それは、頭、胸、右腕、左腕、脚、翼、尾の七つの魔王兵装を合体させた、全ての帝王枢機の頂点に立つ至高の存在。
合体前のエゼキエルとは、まるで違う武装。
その中でも特筆すべきは、両腕の外側に取り付けられた『拡張腕』。
両肩の巨大ブースターから延びるこの第三・第四の腕とも呼べるこれらは、魔王シリーズが秘める攻撃性の全てを備えた巨大兵器。
右側に搭載されているのは、覚醒・神敗途絶エクスカリバーに悪喰=イーターを融合させた、巨大な砲門椀。
魔法を放出する事も、斬撃を行う事も、それらを同時に連続で行う事さえできるそれは、剣・槍・銃の役割を発揮する。
左側に搭載されているのは、強大なドラゴンでさえ鷲掴みに出来る、太く逞しい掌。
それに取りつけられた機械的な補助アームによって、『拘束と攻撃』『解析と迎撃』など、二つの役割を導き出す鉄槌と化している。
さらに、自由自在に動く尻尾は、通常形態のエゼキエルと同等の火力を発揮できる『絶対迎撃イージス』を備え持つ。
敵を認識し、その動きに合わせて迎撃を自動で行使する尾には、ソドムが持つ神敗途絶・エクスカリバーの能力『絶対防御』を搭載。
神の理『破壊』を受け付けない尻尾は、機械としての解体は行えても、『物質の損壊』状態にはなりえない。
世界に顕現した、四腕のバフォメット。
この姿こそが、エゼキエルの最強形態。
幾度となく世界を救ってきた、タヌキ帝王・ソドムの本気だ。
……魔帝枢機・エゼキエルデモン、降臨ッ!!
ついにソドムが、本気出すッ!!




