第28話「ホウライ伝説 知らしめられる建国 ⑭」
「……殺したというのか、アサイシスを」
「あぁ、そうだ。我……、伯父上の剣で小虫みたく叩き潰してやったのだ!何の抵抗もできぬ、あっけない最期だったぞ、くわーはっはっは!」
小ぶりに見える黒塊竜の朗笑、それに対して複数の思案が返された。
何の抵抗も出来ず、か。
漆罪咎を律する装飾が発動した後で殺したのなら、しぶといという印象を抱くはず。
それならあるいは……、いや、アサイシスなら必ず生き残っておる。
少し待っておれ、すぐに迎えに行ってやる。
「ふぅむ、どうやら負け戦の様じゃな」
「まさしくそうであろうとも。人間など一人も残っておらぬわ!!」
軽快に答える黒塊竜の横で、重い雰囲気を纏う黒塊竜も思案を終えた。
そして、馬鹿丸出しな甥に尻尾で活を入れ、静かに語り出す。
「冥王竜、お前が殺したという女は死んでいない」
「ぐぇぇ、痛いっすよ伯父上ぇ、え?いまなんて?」
「天王竜が魂を回収できていないと言っている。この領域で死んだならありえぬ事態だ」
「我が師がっすか!?」
「エクスカリバーには死を撤回する能力はない。冷静に探してトドメを差して来い」
「えっと……、失敗したら?」
「トドメを差されるのはお前だ、愚か者」
「ごめんなさいっすーーーー!!!!!」
目を白黒させながら空間をこじ開けた黒塊竜と、周囲に居た取り巻き、その両方が離脱。
そうして再び、ホウライとオリジナル黒塊竜のみが残された。
「わざわざ情報を吐くとは、一体何のつもりじゃ?」
「我を殺した褒美だ」
「ほう?」
「戦いで命を落とすのなぞ、何百年ぶりであろうか。この歳になると好敵手を見つけるのも一苦労でな。これで憂いなく戦えるだろう」
我を殺せば、その女を助けにいけるぞ。
そんな誘惑は、黒塊竜の腕に灯った紫電に掻き消された。
それは、高温になり過ぎた空気が融解したことにより発生する、核放射陽電子。
「あまり強力な核炎を使うと、転生した小竜どもが自爆しかねんと思ってな」
「なるほどのぉ、つまり、手加減していたらそのまま殺されてしまったと」
「くっくっく、甥が馬鹿なら伯父も馬鹿であったのだろうよ。だが許せ、ここから先は手加減無しだ」
鋼鉄に爪を突き立てるような音と共に、空間が掻き毟られた。
その切っ先が到達したのは、次元の壁。
本来触れる事が出来ないそれとの間に発生した摩擦が、さらなる熱を呼び起こす。
「《極天陽月爪》」
それは、太陽を覆い隠す月の如き――、暗黒爪。
臨界を超えた膨大な熱は物質のみならず、ついには光すらも引き寄せ離さない。
「再び触れられると思うなよ、人間。なにせこれは――」
「そんな必要など無い」
「な……、に……」
「散れい」
その爪が、光すら逃さぬというのなら。
光、程度しか捕らえられぬというのなら。
始まりが存在しない、終わりの刃で斬り伏せば良い。
「持っていたのが……ッ、アダム、っス。竜殺しの……」
「尽きて逝け、竜よ。《絶尽の太刀》」
そうしてホウライは、刀を鞘に納めた。
パチンと鳴った音は、全ての事象が終えた証明。
『神話開闢・アダムス』
起源と絶尽を指定するこの刃には、過程が存在しない。
刃で心臓を斬るには、空気、鱗、皮膚、筋肉、骨、それらを断たねば到達できない。
だがもしも……、斬るという事象が、心臓に触れる所から始まったとしたら?
これは避けようがない、絶対不可避の抜刀術。
そして、この刃は、その者が持つあらゆる可能性すらも絶尽させる。
「がっ、がっは……、かっ……」
『解脱転命』とは、死した瞬間に持っているエネルギーを使い、新たな姿へ転生する力だ。
だが、アダムスの刃は対象が持つ魔力《魂》を絶尽させる。
神が行使する全知全能の権化、『魔法』。
それを行使する為の魔力を奪う事こそが、唯一神を殺す為に必要な第一手だ。
「一呼吸、耐えたか。やはり、天王竜とやらを殺すのが先決じゃな」
肉体が崩壊し散りゆく黒塊竜、その表情には笑みが浮かんでいた。
一方、奥の手を引き出されたホウライには、焦りを含んだ汗が滴っている。
アダマスを使って殺し損ねるとは、流石は命の権能を持つだけのことはあるのぅ。
さて、分の悪い賭けになるが、本番へ行くとし――!
「誰じゃ?」
「うふふ、私ですよ。ホーライ様」
空間の裂け方が、竜のそれでは無い。
それを経験から導き出したホウライはアダマスに手を添え――、見慣れた顔の敵対者へ視線を送る。
「そんな怖い顔をなさらないで、ホーライ様。らしくないですよ」
「仕組んだのはお前か。ラルバ」
空間を転移してきたのは、天使のような純白のドレスに身を包んだ女。
2代目ブルファム国王、ラルバ・ディアナ・ブルファム。
そして、人懐っこい仕草で両腕を広げている彼女の瞳に浮かんでいるのは――、無色の愛憎。
「えぇ、救援に来たんです。でも、驚きましたよ。大勢の軍人を敗走させてしまうなんて、ホーライ様でも失敗する事があるんだなって」
「それを仕組んだのは、お前だろうと聞いておるのだ」
ブルファム軍の本来の相手は、セフィロ・トアルテ――、人間だ。
だが、彼らの知らぬ所で既に、人間は竜と敵対していた。
それを知らせることなく、そして、ワザと逆鱗に触れるような侵攻を命じたのは、国王であるラルバに他ならない。
「何が目的だ?儂を殺したいのなら、寝首でも欠けば良かろう」
「それって、とても難しいですよね。薬を盛っても臭いで気が付いてしまうホーライ様?」
感覚が鋭いホウライは、睡眠中であっても隙がない。
それを作り出すには薬を盛るなどの工作が必要不可欠、だが、それすらも封じられている。
愛おしい人の憎たらしい物言い。
それもまた愛おしいと、ラルバは思った。
「寝込みを襲えるなら、話が早くて良かったんですけど。こんなことになったのって、全部、ホーライ様のせいですよ」
「な、に?」
「貴方が言ったんじゃないですか。儂が愛するのは勝利だけだ、と」
「それは……」
……違う。
儂は、そんな事が言いたかったんじゃない。
いつまでも、取り返し様がない過去に捕らわれておる儂など捨て、もっと幸せになりなさい。
そんな想いは、ついに口から出る事は無かった。
心の奥でざわめくのは、後悔と嫉妬。
”愛”を失い、色が抜け落ちた心が言葉に歯止めを掛けていて。
「だから、私は勝利者になろうと思いました。そうすれば願いは叶うのだと、貴方が示してくれたから」
「っつ……!!」
「どうすればいいか考えたんです。世界の勝利者ってなんだろうって。その答えの一つがブルファム王でした」
「自分が何をしたのか、分かっておるのか」
「もちろん、一国の王では足りないのは存じております。だから、私は全人類を世界の支配階級へ押し上げた後、その頂点に立つ事を勝利者としたのです」
国を発展させて、下位者を快楽におぼれた傀儡へと置き換える。
人や動物、自然でさえも、邪魔者は死罪です。
あぁ、資材として利用はいたしておりますよ。得意なんです、そういうの。
無邪気に笑うその姿は、歳相応より幼く見えた。
子供のままに快楽と本能を振りかざす行い、その決定的な証拠が、ぽたりぽたりと滴り落ちる。
「そしてついに、私は人類の頂点に立ちました」
ラルバが纏う純白のドレスに、真紅の指が触れた。
自らの胸に指を添え、愛を囁く。
染み広がる鮮血は、当然、ラルバの匂いではなくて。
「陽動お疲れさまでした。お陰でスムーズに殺すことができましたよ」
「……その匂い、セフィロ・トアルテの翁か」
漂う寂鉄臭、その正体を理解したホウライが奥歯を噛みしめる。
セフィロ・トアルテの大公老は、卓越した魔法技術を持つ人物だ。
ホウライよりも年上であり、その知識に助けられたのも一度や二度ではない。
だが、わざわざ殺す必要をホウライは感じなかった。
既に施政から引退しており、ラルバを脅かす権力を持っていないからだ。
「殺すなら、現・セフィロ・トアルテの施政者である息子や、世継ぎである孫だと言っておったではないか」
それは、ラルバがホウライに指示した作戦の最終プラン。
セフィロ・トアルテが降伏勧告を聞き入れずに戦争となり、幾度となく降伏を拒絶した後の最終武力行使。
そして、それを望まぬホウライは自ら指揮官と成り、この地に赴いたのだ。
「勘違いなさってますよ。勝利者になる為に必要なのは、セフィロ・トアルテではありません」
「勘違いじゃと……?」
「ガラティン公の命をこの手で奪う、それが必要だったのです。なぜなら、彼こそが人の頂点……、人間の皇種なのですから」
種族を統べる者……『皇種』。
そんな存在が人間にもいるという知識は、ホウライも持っている。
褐色肌の少女が戯れに交わした会話、それは、生きる意味を失ったホウライの指標となった。
その中に登場していた、全人類の守護者『人間の皇種』。
そして、目の前にいる存在がそうなのだと、ホウライは理解して――。
「奪ったというのか……、皇の資格を」
「えぇ、流石にインストールは出来なかったので」
大した手間では無かったと、ラルバは頬笑んだ。
警備の魔道具に干渉して屋敷に忍び込み、世絶の神の因子の効果範囲内に入るまで接近。
そして、ガラティン公の着ている服の性能を操作して拘束し、即死の毒物を塗ったナイフを胸に突き立てれば、はい、お終い。
「実に簡単な仕事でしたし、褒めて貰えないですよね。残念です」
「私欲の殺人を褒めるなどと……、恥じるべき行いだ」
「何がいけないのですか?人は皆、自分の欲求の為に生きているのに」
本当によく分からないと、ラルバは首を傾げた。
家畜を殺して食べるのと、何が違うのかと。
そんな皮肉めいた例えを混じらせながら、彼女は己の行いを称える。
「皇種は王様の上で有る筈なのに、こんなにも簡単になれてしまう。王位継承の方がよほど大変でしたね」
「なぜ、そこまでして儂に固執する……?自らの母を殺してまで、なぜ……?」
「それも貴方が言った言葉ですよ、ホーライ様。『もう、我慢する必要はない』んだって」
ラルバは恋に落ちていた。
ホウライに抱きあげられ、『我慢は今日の午前中でお終いじゃ!』と告げられた瞬間、彼女の心は染まり切ったのだ。
純粋無垢。
生物として最も根源的な欲求に。
「皇種とは、種の中で最も強い個体が持つ資格。本来なら、私では手に入れる事は叶いません。ホーライ様がいる限り」
「同族の皇を殺せば成り変われるのは知っている。だがお前が何故、皇を殺せた?ガラティン様は魔法の達人であったのだぞ」
「くす、その様子だとしっかり隠せていたようですね。これも勝利の一形態でしょうか。……神化してるんですよ、私の世絶の神の因子」
「なんだと?」
「物質主上と四則平均は、ある日突然、自らを最適化して神化したのです。このことは、侍従のルティンとチャカしか知りません。お茶会の最中でしたから」
人生初のイタズラが成功したとでも言うように、ラルバが満面の笑みを溢した。
それが引き起こした凄惨な結果など、些細な支払いであるとでも言うように。
「今の私は、物質に触れずとも性能をインストールできます。それも、参照した過去の中から任意の状態を選択して」
「馬鹿な……、そんなはずが」
「できるんですよ。手のひらサイズの魔道具を対象にすることも、国を丸ごと対象にする事も、思いのまま。貴方に気付かれない様に不便を装う方が大変でした」
「竜を襲撃したというのは……」
「実験をするのに手頃ですから。適度に強いじゃないですか」
激甚の雷霆ホウライの性能をインストールした、兵士500名。
装備は神殺し以外、全て同等。
そして肉体性能も、ほぼ99%です。
告げられた事実は、ホウライには理解が出来ないものだった。
肉体性能の99%。
それは不可能であるはずなのだ、歩んできた人生の結果が肉体なのだから。
「疑問に思うのも当然でしょう。ですが、ランク3となった神像平均が可能にしたのです」
「相当強化されておるようだな」
「殆ど別物ですよ。神像平均は対象が人間だろうが、魔道具だろうが、獣がろうが、竜だろうが……、神の創造物『神像』として扱います」
「それではッ!?」
「この指に伝説の刀の切れ味を持たせることですら、可能でしょう」
「ありえん、そんな事をすれば肉体の方が保たぬ……、まさか」
「えぇ、力を与えるのは死刑囚に限定しています。ただ捨てられる死罪より、有効活用される資材の方が幸せでしょう?」
500名という、ラルバの私兵。
軍から秘密裏に引き抜くには多く、そして、外法を使ったのだとしたら少なすぎる。
その答えは……、『消費されたから』だった。
「最初は阿鼻叫喚でしたよ。貴方の様に魔法を身体に宿そうとして、殆どの方が自死してしまったんです」
「なんということを……」
「でも、肉体に薬物や金属を混ぜたりして、色々している内に耐えられる人が出て来て」
「お前は、人の」
「副作用とかもありますが、可能な限り対策すると、そうですね、だいたい20日前後は使えます。竜の住処を潰させるのにも、十分に運用できます」
「命をなんだと思っておるのだ……、それは道具などでは無いのだぞ」
絞り出した声は弱々しく、まるで覇気が籠っていない。
それが、ホウライが行ってきた教育の結果なのだと、理解できてしまっているから。
「なぜそんな顔を……? 有機物と無機物、そこに差があるとは思えないのですが」
「生命には魂がある」
「魂とは魔力です。では、魔力が注がれた魔道具は?」
「道具に意思など無いッ!!何故それが分からんのだッ!!」
「では、意思がなければ道具だと、そういう事で良いのですね?」
よかった。
そう呟いたラルバは安心したように息を吐きだし――、おぞましい未来を口にする。
「そんなに怒らなくても、これ以上、資材を消費することはありませんよ」
「意思がなければ道具だと言ったか、まさかお前、」
「私の手で育てている肉体達が、そろそろ使えるようになるんですよ。まだ2歳ですけど、体格的には貴方と同等です」
「産ませた赤子を取り上げ、世絶の神の因子を……」
「あとは性能をインストールすれば、副作用も消費期限も無いホーライの完成です」
『貴方』も、『私』も、これで永遠。
互いに不老不死なのですから、共に手を取り合って生きて行くしかないですよね?
永遠の愛を貴方と共に。
無色の愛憎が創り出す未来は、何処までも狂っていて。




