98 二刀流剣士ペパロニの場合
俺はペパロニ。グレイトフォールを中心に活動している冒険者で、なんと、泣く子も黙るルビーグレードの冒険者だ。ルビーグレードの冒険者に会ったことあるか? ねえよな。まあ、ふつうに生きてりゃ宝石グレードの冒険者と出会うことなんてないだろうからな。
宝石グレードは、ルビーから始まり、サファイア、エメラルド、最上級のダイヤモンドと続く。いくらグレイトフォールが遺跡都市だとしてもな、ルビーグレードは5人いるかどうかだ。ダイヤモンドに至っては長いこと誰もいなかったが、プライア様がダイヤモンドグレードに到達された。
プライア様……可憐だよな。
エルフで、おきれいで、誰にでも優しい。
いや、プライア様と常にいっしょにおられるセルメンディーナ様も美しい。
グレイトフォールの冒険者界隈では、「プライア派」と「セルメンディーナ派」がしのぎを削ってるんだが……俺に言わせると「様」をつけろやボケカスども! という気持ちだ。ちなみに俺はプライア様一筋だ。
そんなグレイトフォールに飛び込んできた、とんでもないニュース。
プライア様がパーティーを率いて……無敵と評判のあの戦闘特化パーティーを率いて「63番ルート」を攻略するという。俺が知ったのは、中級遺跡「106番ルート」から帰ってきたあとで、すでにプライア様たちは出発なさっていた。
あぁ〜〜〜〜〜見送りに行きたかった!
……じゃねえ。それはいいんだ。
気にくわなかったのは、ゲオルグとかいうどこの馬の骨とも知らねえ冒険者がソロで「63番ルート」をすでに踏破していたということだ。それを追確認するためにプライア様が行ったようなもんだ。あぁ〜〜〜〜〜気にくわねぇ。なによりゲオルグとかいう馬の骨がダイヤモンドグレードってことが気にくわねぇ。
だが、それだけならまだよかった。海よりも度量の広い俺はゲオルグとかいう馬を許してやればいい話だ。問題は……セルメンディーナ様だけが帰ってきたということだ。しかも、遺跡のトラップに引っかかって転送されて海面に打ち上げられたんだとか。漁船が通りがからなかったらやばかったらしい。
町にいるジュエルグレードの冒険者が集められた。近隣のジュエルグレード冒険者にも声がかかっているらしい。すべては……プライア様を救出するために。
「いったいいつになったら出発する気なの? あたしたち、ここに足止めされてもう3日も経つのよ」
俺たちがいるのは、冒険者協会の大会議室だ。いや〜この協会に通って10年くらいになるけど、こんな部屋あったんだな。30人くらいが座れる長いテーブルに、高そうなイス。壁とかはシンプルなんだけどな。
文句を言ってるのはソイだ。女魔法使いでエメラルドグレード冒険者。あと一歩で「ダイヤモンド」というところでプライア様に先にダイヤモンドグレードになられたから、ぶちきれてるって話だ。
くくく。お前なんかじゃ逆立ちしたってプライア様には勝てねえよ! 大体お前もう三十路手前だろうが。それなのになんだ、その身体のラインを強調したようなドレス着やがって。ま、まあな、俺だってソイみたいなボンキュッボンみたいな身体は嫌いじゃねえし……むしろ夜の町ではそういう女を……いやいや、なに言ってる俺は。プライア様の可憐な美しさの前にはソイなんか霞む。霞むったら霞む。
ソイのパーティーは魔法使いばかり7名というかなり変わった編成だと聞いたことがある。役に立つのかねえ? プライア様を救出するならうちのような、プライア様を見習って戦闘に特化したパーティーのほうがいいんじゃねえのか?
「まあ、まあ、ソイ様。もう少々お待ちください」
揉み手しながらソイの機嫌を取っているブタは……じゃなかった、太った男は、グレイトフォール冒険者協会の会長だ。ずいぶん儲かっていると聞いたな。
だが気にくわねえのは、救出されたセルメンディーナ様をこいつは隔離してるんだ。どこにいるのか俺たちにも教えやがらねえ。「心が不安定」とかなんとか言いやがって。ウワサじゃ、会長はどさくさに紛れてセルメンディーナ様を自分のところに引き取ろうとしているとよ。あぁ〜〜〜〜〜気にくわねえ。
「……ほんとうにセルメンディーナは助かったのか?」
疑うように言ったネクラ野郎はミートンだ。俺と同じルビーグレード冒険者。こいつも気にくわねえ。髪はぼっさぼっさで目にかかってんだ。どこ見てるのかもわかりづれえ。戦闘スタイルも、トラップを設置してモンスターをかけるというかなり変わったもの。いちばん気にくわねえのは、こいつのパーティーにゃルビーが2人いるってことだ。ミートンの相棒は、同じようなぼさぼさの髪で横に座ってる。
クソ……ウチは俺に功績を集中させてようやくルビーになったってのに……。
つうか、こんなにデカイ会議室だってのに、ここにいる宝石グレード俺を含めて4人だけなんだよな。
グレイトフォールの他の宝石グレードの連中は、遺跡攻略中であったり、戦闘に向いていなかったりして参加を見送っていた。
他の席はパーティーメンバーが座ってる。杖持ってる魔法使いども、ぼさぼさの髪の連中、それにうちの、ごつい奴らだ。
協会の職員もいるから30人を超えている。席がない奴らは立ってる。
「どういうことでしょうか、ミートン様。セルメンディーナ様が助かったのかどうか、とは」
「……別に、なんか言ってることがおかしいって思っただけだよ」
「差し支えなければその疑問を教えていただけますか?」
「セルメンディーナは『63番ルート』に挑んだんだろ? で——」
「……『様』だ」
気づけば俺は口にしていた。ミートンがこっちを見る。
「は?」
「『セルメンディーナ様』だ! サマをつけろっつってんだよ!」
俺が言うとネクラミートンはきょとんとした顔をしたが、ウチのパーティーメンバーは「そうだそうだ!」と声をそろえた。
「はあ、別にいいけど……」
露骨にイヤそうに口元をゆがめながらミートンは言い直す。
「セルメンディーナ様は『63番ルート』に挑んだんだろ? だけど、『青海溝』に転移トラップはない。どころかあらゆるトラップがないはずだ」
「左様ですな。しかし、それを知っているはずのゲオルグ様もプライア様と同様消息を断っておられます。聞くことはできません」
「じゃあどこを探していいかもわからないじゃないか」
「ふむ……その情報を握る人物がそろそろ来るのですが。……おっと、いいタイミングですな」
会議室の扉がノックされる。開かれたそこにいたのは——。
ガキだった。
その横にはとんでもない美人のメイドと、大剣を背負ったこちらもかなり可愛らしい少女を引き連れている……少女、だよな? なんとなく成人女性のようにも見えるが。
そんなことを俺がつらつらと考えていると、ガキが言った。
「えーと……プライアさんの救出作戦を立案中と聞いたんですが……」
俺は立ち上がった。
「『様』をつけろよボケカスが!!」
それから——いきなり飛びかかってきたメイドと、大剣女、それを止めようとするガキ、反応する俺のパーティーメンバー、きょとんとするソイ、げらげら笑うミートン、呆然とするだけの会長など、とにかくカオスだった。
15分後に沈静化して俺が知ったのは——そのガキがダイヤモンドグレード冒険者だということだ。
「は? ありえねえ……あ、いや、うん、その、にらまないで?」
おっかねえ。あのメイドと大剣女がまた飛び出そうとしている。なんなんだあの速度。手練れの戦士ってレベルじゃねえぞ。俺のパーティーメンバーすら間に合わなかったからな。驚いたのは、間に合ったのがあのノロットとかいうガキだけだったってことだ。
しかし……ノロットか。プライア様を見捨てた、っていう……。
俺の中で怒りがふつふつと湧いてくる。
ガキの姿だったから逆に納得したぜ。小ずるいことして得た功績なんだろうな。悔しいのはプライア様もその毒牙にかかったってことだ……。
「ノロット様、ようこそおいでくださいました。さて、まずはあなたに聞きたいことがあります」
豚野郎、じゃなかった、会長がノロットに聞く。イスはないからな、ノロットとお供の狂犬は突っ立ってるままだ。ざまあねえよ。
「『63番ルート』にはどのようなトラップがありましたか?」
ほう、会長にしちゃ気の利く質問じゃねえか。いや、さっきのミートンの話を聞いて思いつきやがったな?
ガキが答える。
「『63番ルート』にトラップはありませんでしたよ」
「ウソをつけ! セルメンディーナ様は転移トラップで遺跡の外に飛ばされてるんだよ!」
俺は吠えた。
するとガキは考え込むような顔で「……やっぱりあのことは言ってないのか……どんな意図が……」とかぶつぶつ言ってやがる。ほお? なんかウソでも考えてやがるな?
「おいガキ——ひっ」
「リンゴ、エリーゼ、押さえて。——えーと、一応僕にはノロットという名前があるので、そちらで呼んでいただけますか?」
「あ? ガキはガキ——ひっ」
いちいち殺気飛ばしてくんなよ! 狂犬どもが!
「えっと、冒険者協会は14歳の男女に冒険者認定証を発行しています。これは14歳になれば一人前の冒険者となれることを認めていることに他なりません。もう、『ガキ』ではないです」
「ああん? ガキはガキ——」
「……うるさい、ペパロニ。話が進まないだろ。それにお前はルビー。ノロットはダイヤモンド。格の違いは歴然だ」
「うるせえ! お前もルビーだろ!」
「あーあー、もう、会長さん、ルビーの冒険者には出て行ってもらったら?」
ソイのヤツまでそんなことを言いやがる。
ここで俺まで外されるとプライア様を助けに行けねぇ……やべえぞ、どうする。
と思っているとガキが話し出した。
「あの、待ってください。そうなるとサファイア、エメラルド、ダイヤモンドの冒険者だけになると思いますが、何人いますか?」
「ん? わたしだけだけど?」
「おひとり、ですか……」
「大丈夫よ。わたしのパーティー、それなりに強いわよ?」
ソイがガキにウインクしてやがる。なんだアイツ。狙ってんのか? 年の差考えろよ?
メイドと大剣女がなぜかソイを警戒してガキの前に立とうとし、またガキにたしなめられている。飼い犬のしつけはちゃんとしておけ。
「えっと、すみません……せめてあとひとりぶんは“冒険者認定証”が必要なんです」
「それはもちろん、人数が多いに越したことはないと思いますが……冒険者認定証?」
会長が聞くと、今度はメイドがガキに「ご主人様、あとふたりぶんですよね? まさかご自身で行く気ではないですよね?」と聞き、大剣女も「あの先までは絶対ダメ。『63番ルート』だってどうするかまだ決めてないでしょ」と話しかけている。
「ふむ……ノロット様。冒険者認定証で思い出しましたが、私どもはノロット様のダイヤモンドグレードについていささか疑問を持っております」
よく言った、ブタ! じゃなかった会長!
「15歳という年齢でダイヤモンドグレードは、過去に例がありません。また、伝説級の遺跡を踏破されたとのことですが、これも疑わしい。いや、功績についてだけではありませんな。なにより同じダイヤモンドグレードパーティーであるプライア様やゲオルグ様を窮地に置いてひとりで帰ってきたというのは、冒険者のあり方として間違っていると推量されます。つきましてはこれらを冒険者協会本部に送り、ノロット様のグレードについて再審査を行う予定です」
グレード再審査。これが出されて降格しなかった冒険者はいないって話だ。
ざまあねえわ。大体ガキがダイヤモンドグレードなんておかしい。どうせ不正を働いて手に入れたグレードなんだろ? 新聞にゃ王海竜を倒したとか書いてあったが、ウソに決まってる。俺がもしも倒したならしばらく町に残って凱旋パレードでもやるからな。それが、こいつはそそくさと出て行った。明らかに怪しい。ったく、新聞記者どももころっと騙されやがって。
協会本部さんよ、全部暴いてくれよ! 不正はただされなくっちゃなあ。
俺がにやにやしてガキを見る。どうした。びびってなにも言えねえか?
そうだろうなあ、お前にとっちゃなによりも大事な大事なグレードだもんな?
「えーと……正直グレードはどうでもいいんですけど、プライアさんの救出作戦はどうなってるんですか?」
……は?
あのガキなんつった? グレードはどうでもいい? おいおいダイヤモンドだぞ。プライア様だってかなり苦労して到達したんだぞ。
この発言にはあのネクラミートンも目を見開いているのがぼさぼさの髪の隙間から見えた。
「ノロット様……今、なんと? グレードが下がってもいい、というように聞こえましたが……」
「あ、はい。それより——」
「降格ですぞ? ははあ、なるほど。エメラルドになるとでもお思いか? 私は一切の不正を許しませんぞ? 少なくとも金属グレード。ゴールドかシルバーにまでは下げますぞ」
「あのほんとに、どうでもいいんです。認定証があるならニュービーでもいい。協会が利用できないと困るんですけどね、資料とか見られないし。でもグレードは別に……そんなのあとからついてくるものでしょ?」
「…………」
会長がぽかんと口を開けている。というか、会長だけじゃない。俺も開けている。ミートンもソイもだ。他のメンバーもだ。
ダイヤモンドグレードだぞ。冒険記を出したり貴族のお抱えになるだけで一生遊んで暮らせるぞ。いや、遊んでも使い切れないほどの富を手に入れられる。俺のルビーグレードですら、小規模の貴族から声がかかるんだ。
「あの、早くしませんか? 1分でも早ければ早いほど、生存確率が高くなると思うんですけど……」
俺は——俺は。
ひょっとしたらなにか勘違いをしているのか……?
「——ノロットさんの言うとおりだ」
悩んでいる俺をよそに、
「ウチのパーティーは救出に参加する。すでに『63番ルート』を行ったことがあるノロットさんと、セルメンディーナ様の指示に従う」
ミートンが真っ先に言い出した。
「わ、わたしのパーティーも参加するわ。大体、足止め食らってイヤだったのよ。さっさと助けに行きましょう」
次がソイだ。
どうしたらいいか混乱してきた俺の肩を、パーティーメンバーがこづく。今名乗りを上げなきゃプライア様に会えないぞ、と。
そうだった!
「お、おお俺らだって参加するに決まってる! プライア様を最初に助けるのは俺だ! 大体よ、俺たちがいなかったら前衛のいないパーティーになるからな! どうあっても参加しないわけにはいかねえよ!」
メイドと大剣女が「はあ?」みたいな顔をしているのがムカつく。
ミートンのボケが「はあ? 脳みそ足りないヤツは要らないけど?」みたいな顔をしているのがムカつく。
ソイが「はあ? 前衛が動く前に殲滅するけど?」みたいな顔をしているのがムカつく。
どいつもこいつもふざけてやがる。いいぜ、見せてやる、ウチの戦闘力の高さをな。
すると——会長だけが顔を真っ赤にして歯ぎしりしていた。なんなんだこいつは。誰だよ、山からブタを連れてきたのは。
「ありがとうございます」
ガキが——ノロットが、にっこりと笑った。
ほっとしたようにも見えた。
それは年齢相応の反応にしか見えなかった。
純粋に冒険に憧れてるだけの少年——ちくしょう、守ってやりたいって気持ちになっちまうだろうが。これが演技だったら役者になったほうがいいぞ、お前。
「これだけいれば安心です。王海竜と戦う可能性も高いので、この鱗を削れるかどうか確認しておいてくださいね。前回は退けただけだったので……」
ノロットは最後に爆弾を落とした。
「ま、マジ、で王海竜を、倒したのか……?」
俺の声は震えていた。テーブルに置かれた、うっすらと光を放つ3枚の鱗を前にして。
「えっと、倒してないです。退けただけなので、再戦する可能性があります。竜鱗を削るには、魔法銀かダマスカス、オリハルコンの武器しかダメらしいので……ダマスカスも、魔法を取り込みやすいものを含んだほうがいいらしいです」
唖然とする俺たちをよそに、ノロットは、
「出発は明日でいいですか? 今のうちに食料を買ってきます。プライアさんが4週間ぶんを持っていったそうなので、それくらいあったほうが念のためにいいかと思います」
と言い残して出て行った。
俺たちは鱗に殺到した。
結論から言うと、俺の剣では斬れなかった。




