95 受勲と見世物と急報
勲章を授けたいから王宮に来い――このお招きはどう判断したらいいんだろうか。迷う。王宮、と言われると2つのことが思い浮かぶんだ。
アラゾアのこと。
五大樹遺跡のこと。
前者を聞かれる可能性は結構高いんじゃないかなって気がする。今回の騒動の責任はアラゾアにあるとゼノン王も判断してそうだし。
でも……せいぜい意見を求めるっていうくらいかな?
どうだろ。
五大樹遺跡について聞かれる可能性はないよなあ……ないと思う。思いたい。
なにかしらの仕掛けがあって僕が遺跡に忍び込んだのがばれてるとか? なにその失われし技術。
迷っている僕を見かねたのか伝言役の衛兵が言葉を補う。
「ノロット殿、ゼノン王はこうも仰せです。『冒険者として各国を旅する貴殿を束縛するようなことはしない。安心して勲章だけ受け取って欲しい。冒険者ノロットが勲章を受け取ることで安心する国民も多い』と」
「ああ……なるほど。わかりました。じゃあ、いただきます」
ゼノン王としては「勝利宣言」をしたいのだろう。
得られるもののない単なる防衛戦。
傷ついた国民の気持ちを、せめて高めたい。
「ではこちらに」
「……え? 今からですか?」
「はい。他の受勲者にも召集をかけております」
早いな。そんなに急いでるのか。まあ、他にも受勲者がいるというなら僕だけ呼ばれてなにか尋問されるとかはなさそうかな?
とか思っていたら全然違った。いや、逆の意味で予想を裏切られた。
僕が連れて行かれたのは五大樹。
ボロボロになった板塀が痛々しく、当然まだ復旧なんてできていない。
でもそこには急ごしらえのステージができていたんだ。ちょうど“上”への転移魔法陣を隠すような感じでね。
住民たちも集まってきている。商売のにおいを嗅ぎつけた嗅覚のいい連中は、露店を出して果物の串焼きを売ったり、コップ一杯いくらでエールを売ったりしている。
五大樹の中央がこの中心地であることは明らかで、五大樹内に住民が入らないよう衛兵が散らばっていた。全員の鎧はぴかぴかだ。これだけ大きな戦いのあとに、よくもまあこんなキレイな鎧が残っていたものだと思えるほど。きっと、余裕を見せることで治安アピールをしたいんだろう。
僕以外の受勲者は、ほとんどが兵士たちだ。中には冒険者らしき人もいたけれどほんとうに少数。
「皆の者、よく集まってくれた。我ら誇り高きウッドエルフは悪魔による襲撃を退けた。ここに勝利を刻むとともに――」
ステージに登壇したゼノン王が演説を始める。やっぱり、デモンストレーションって感じだね。うーん、僕も見世物にされるだけか……。
「ダイヤモンドグレード冒険者ノロット。貴殿はこのたびの戦いにおいて――」
ステージに上がらされる。「ダイヤモンドグレード」というくだりで、客席からはオオッなんていう声が聞こえたけど、勘違いしないでくださいねー。僕は遺跡専門ですからねー。
ちなみに、僕だけで上がるのはイヤだったのでリンゴとエリーゼも強制道連れだ。
「ふう、疲れた……」
思っていたよりもあっさり終わったけど。疲れるものは疲れる。僕、堅苦しいの苦手だよ……。
この受勲式のために設けられた仮設のテーブル。あちこちに受勲者は座っていて、テーブルには食事が並んでいる。
ふだんなら屋外での食事でも気にならないけど、今はね……遠巻きに住民がじろじろ見てる中だからね……。珍獣扱いか。
ちなみに言うとお腹は空いている。もう夕ご飯時だからね。僕らのテーブルに大きめのランタンが置かれていて、外野からよく見える。よりいっそう見世物感が高まる。
「ご主人様、勲章をおつけにならないのですか」
「いや……これ以上珍獣化するのは勘弁してください……」
もらった勲章は僕の手のひらサイズ。純銀製で葉と花をモチーフにしたなかなか精巧なものだった。
兵士たちは鼻高々でつけてるけどね。
「他のテーブルは……なんか交流会みたいになってるね」
「そりゃそうよ。兵士の出世なんてコネとツテで決まるようなものだから」
元貴族令嬢のエリーゼが言うと説得力ある。
「そうなんだね」
「うん。本来は武功を立てて出世するんだけど、パラディーゾを攻め込む国もなければパラディーゾから打って出ることもないでしょ? 大森林は自然の要塞だしさ」
「あー、なるほど。ここでの訓練は大森林の外じゃ通じないってこと?」
「そそ。そうなると兵士は、コネとツテでもなければ上に行けないってワケね」
「世知辛いなあ……。とはいえ冒険者もオマケ扱いだし。似たようなもんかな。まあ、もうちょっと時間をつぶしたら宿に戻ろう――」
「そうつれないことを言わないでくれ」
背後からの声にぎょっとする。
ゼノン王がジーブラ始め、近衛兵団10人ほどを引き連れていた。
「あ、えっと……」
「冒険者の扱いを軽くするなどという意図はない。気を悪くしないでくれ」
僕がなにかを言う前に、すでにゼノン王はイスのひとつに座っていた。ちょうど僕の対面だ。
長居する気ですかね……?
「冒険者ノロットよ。聞きたいことがある。貴殿がいた五大樹内部――つまりこのあたりで、大きな戦いがあったという。兵士の誰も近づけないような魔法による戦闘であったと聞いたが、詳細を知らぬか。どうやらマントを羽織った銀髪の女性が戦っていた……という不確かな情報しかない」
モラですね、わかります。
「その人物を見つけて……勲章ですか?」
「もちろんだ。それ以上に、我が国に仕官して欲しい。余が耳にした内容が事実でありそれほど働ける人物であるなら、将として迎えよう」
「なるほど……でも残念ですが、僕にはちょっとわからないですね」
「そうか? 力尽きた銀髪の女性に貴殿が駈け寄っていたというウワサも聞いたが……」
ひょおお。バレてるじゃん!
「なん、のことですか、ね」
「余が地上にやってきたとき、今言ったような風体の人物を貴殿が抱えていたというように記憶しているが?」
あ、そうじゃん。ゼノン王、僕がモラといたとこ見てるじゃん。
「あー! はい、はい、思い出しました! そう言えばいましたねー、そういう方。えーと病院に運んだのでその先はわかりません」
「ふむ……」
背もたれに寄りかかり、ゼノン王が腕組みをする。
むっつりしたかと思うと、パッと表情を明るくする。
「余としては死力を尽くして戦った人物に報いたいだけではあるのだが……どうやら表に出てはならない理由などもありそうだな」
アラゾアのことを勘ぐられるとこっちが困るだけなんです。はい。
「仕方あるまい。ノロットの顔を立てよう――まことに惜しいがな……聞けばとてつもなく巨大なカエルを召喚していたとか……」
「ぶほっ」
思いっきり噴き出した。カエルを召喚? モラなにやってたの?
…………。
モラ……僕が足手まといみたいに言って遠ざけてたけど、もしかして……戦ってるところ見られたくなかっただけ? カエルを召喚するから? いや、カエルって……モラがカエルになったのは、たまたまカエルになっただけじゃないっけ?
謎が増えた。戻ってきたらモラを問いただそう。
「それでノロットよ、しばらく町にいるのか?」
「あ、えーと……そうですね。少しは滞在すると思います」
「そうか。ならばまた会うこともできよう。今は挨拶回りが多いゆえ、またな」
ゼノン王は立ち上がると、お供を引き連れて去っていく。
やれやれ……またどっと疲れた。
「ねね、ノロット。ノロットが王様と話してるの見てた住民がこっちに来てるよ」
エリーゼが気がついたように言う。
「また厄介ごとが増えそうな……」
「兵士じゃないだけいいんじゃない? まあ、商人っぽいけどね、ウッドエルフじゃない種族。人間のノロットがウッドエルフの王と親しげに話してたのが気になるんでしょ」
親しくないですよ。仲良くもないですよ。
「もういいや、宿に帰ろう――うわっ!?」
「ノロットざああああん!!」
イスから立ち上がったところを横から飛びつかれて僕は思いっきり転んだ。土の上にダイブである。
「…………」
「ノロットさん! 心配したんですよ! 無事だったんですか! 一報くれたっていいじゃないですか! ノロットさん……ノロットさん?」
「なにすんだよ!?」
勢いよく立ち上がると、僕に抱きついていた亜人は――もちろんシンディは――背後にひっくり返った。
「ひ、ひどい! 乙女に対する扱いがノロットさんは下手――」
「アンタ……なに勝手にうちのノロットに抱きついてんの?」
「その行為、我が主人に対する宣戦布告とみなして迎撃します」
エリーゼとリンゴが指を鳴らしながらシンディに迫る。
「ひ、ひぃいいいいっ!? 悪魔より怖いです!」
僕はニオイで気づいていた。
……シンディ、ちょっとちびったな、って……。
「で……なんだっけ」
シンディはちゃっかりイスのひとつに座って、タンブラーに果実水を入れるとぐびぐび飲み始めた。なかなか図太い。足をもじもじさせているけどツッコミを入れる気もないです。
「なんだっけじゃないですよ!」
「うん、インタビューだっけ? 今日は疲れてるし、また明日……」
「あ、それも大事なんですけど、もっと重要な用事があるんです」
「え?」
僕はそのときシンディが、いつになく真剣な表情をしていることに気がついた。
シンディは小さな紙切れを取り出す。小さな文字でびっしりとなにかが書かれている。
「……ノロットさん、これは記者としてのお願いではありません。おそらく私が言わなくとも、冒険者協会から直接連絡があると思います」
「な、なんですか……」
身構えた僕に、シンディは告げる。
「今すぐグレイトフォールに戻ってください。ダイヤモンドグレード冒険者、ゲオルグと、プライア様のパーティーが……」
全滅したそうです。
そう言ったシンディの言葉を理解するのに、たっぷり数分が必要だった。




