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「……ノロット、ノロット!」

「んぅ……?」


 肩を揺すられていた。どうやら寝ていたらしい、食堂のテーブルに突っ伏して。

 あれ。なんでこんなところで僕は寝て——。


「モラが目を覚ましたの」

「!」


 エリーゼが起こしてくれたみたいだ。僕は完全に目が覚めて、彼女について部屋へと向かう。


「モラ!! 身体は大丈夫なの——」

「おー、ノロット。どうでェ、俺っちにも似合うかィ?」


 ベッドに寝ている弱々しいモラを想像していたものだから、驚いて一瞬ぽかんとしてしまった。

 外から射し込む光——朝になっていたみたいだ——室内は明るくて、部屋の中央にはモラがいた。


 リンゴと同じメイド服を着て。


「着る服がなかったからよォ、リンゴに借りたンだわ。似合うとか素敵とか一言くれェ言ったらどうだ。ノロット」

「……カ」

「をん? なんだってェ?」

「“バカ”って言ったんだよ!」


 驚きのあとにやってきた、安心。一気に疲労まで噴き出てきて僕はその場にしゃがみ込みたくなった。


「モラはバカだ……最上位悪魔と戦うって……僕を足手まとい扱いして……そのくせ戻ってきたら気を失って…………僕だってひとりで悪魔と戦って、倒したんだ……モラなんかよりずっと、ずっと……」


 ああ、もう、僕はなにを言いたいんだ。

 身体を取り戻した途端、むちゃくちゃをやったモラに怒ってるのか?

 足手まといされたことを怒ってるのか?

 マークスと戦ったときの恐怖が今さら足にきてるのか?


「よくがんばったなァ……ノロット」


 褒めてもらいたいのか——。


「止してよ、お姉さんヅラしないで」


 頭に載せられたモラの手を払いのける。

 なんか恥ずかしくて。

 泣かないよ。こんなことじゃ泣きません。まったくもう。


「おォ、おォ、おっかねェ」

「それで——これからどうするの。アラゾアのこととか」

「そうさな。その前にやることがある」

「?」


 モラは右手を腰に当てて、僕の鼻をちょんと突いた。


「休憩だよ。しっかり休まなきゃァ、頭が働かねェぜ、ご主人様」


 そんなメイドがいてたまるか。




 モラの言ったとおり、身体を拭くのもそこそこに僕はベッドに倒れ込んだ。気がついたら窓から射し込んでいる光は茜色で、目と鼻の先にリンゴの顔があったから僕は大声を上げたよ。だから止めろってのそれ、マジでさ……。

 僕の叫び声で隣室に寝ていたエリーゼも起きたみたい。モラは寝てた。僕に休憩しろと言いながらモラ自身が眠かったんじゃないかっていう。

 そのモラなんだけど——僕と同じ部屋のベッドで寝てたんだけどさ。


「——っぷ!」


 僕、噴き出したよ。

 うつぶせ。

 お尻を突き出すような感じで両脚をたたんでいる。

 両手も肘からべったりとシーツにつけていて。


 カエルか。

 メイドカエルか。


 いや、700年以上もこの格好で放置されてたはずだから、身体が覚えているのかもしれない……。

 見た目が大人の女性になってるから、なんかこう、モラに対する謎の距離感を覚えかけてたんだけど、この寝姿見たら消えた。

 ヨダレ垂れてるしね……。


「だいぶ落ち着いたみたいね、町も」


 リンゴが煎れてくれたお茶を飲みながら、エリーゼが言った。

 顔を洗ってきたモラはいくぶんさっぱりしたみたいだ。


「さァて、ノロット……これからのことをちィッとばかし話そうじゃねェか」

「うん……」


 僕らはイスに腰を下ろしていた。

 正面にモラがいて、右にエリーゼ、左にリンゴだ。リンゴはメイド姿だけど座ってもらっている。僕の中ではパーティーメンバーであってメイドじゃないからね。

 これからのこと——モラは当面の目標だった自分の身体を手に入れた。そうしたら僕といっしょに行動する理由も薄くなる。もともとさ、モラはソロで活動していたんだ。魔法も使えて剣も使える。まあ、僕はモラの魔法しか見てないけどそれだけでも相当な使い手だ。


「……これから俺っちは、ひとりで動こうと思う」


 それは当然の考えだと思う。

 僕みたいな駈け出しの冒険者に付き合ったってモラにとっていいことなんてない。


「そうだね……それでいいと思うよ」

「え? ちょ、ちょっと待ってよ。ひとりで動くってなに、どういうこと? パーティーを抜けるってことなの?」

「そのとォりだ」

「えーっ!?」


 エリーゼが絶句する。


「どうしてノロットも『当然』みたいな顔してるのよ!? 寂しくないの!?」


 損得じゃなくて、寂しさの話をしてきたのがエリーゼらしいなと思って僕の口元は思わずにんまりしてしまった。


「なに笑ってるのよ!」

「くっくっく。ノロットォ、お前ェは相変わらずだな」

「まぁ、ね……モラ、くれぐれも気をつけてね。ひとりだと誰もフォローしてくれないよ」

「かーッ。お前ェにまで心配されるたァ、俺っちも焼きが回ったってェことか。お前ェこそ、俺っちがいねェからって泣くんじゃねェぞ」

「泣いたりするもんか」

「よし、いい子だ」


 ああ……モラは、ほんとに。

 いつまでたっても僕を子ども扱いするんだよな。

 こうして別れが迫っても。


「さァてと。それじゃ行くかな」

「え!? もう?」


 そんなに早く出立するとは思わなかった。ど、どうしよ。モラのマジックアイテムとかやっぱり返さなきゃだよね。それに魔法宝石に。ああ、「黄金の煉獄門」の懸賞金も残額を分配して——。

 ちくしょう。いろんなものがあるよな。僕とモラと、出会ってからまだ半年も経ってない。それなのに共有で買ったものとか使ってるものがあまりにも多い。

 分けることなんて考えてなかった。

 いや、違うな……考えたくなかったから考えなかったんだ。

 モラとの別れなんて……。


「おィ。そんなにシケたツラァすんなィ」

「だって……今すぐ行くだなんて思ってなかったから……」


 やれやれ、とモラがため息を吐く。

 その姿に僕は寂しくなる。やっぱり、寂しいのは寂しいよ。エリーゼの言うとおりだ。


「早く出てったほうが帰りも(はえ)ェだろォ?」

「それはそう——え?」

「え?」

「え?」

「…………」


 僕とエリーゼとモラが「え?」という顔をして、リンゴだけは素知らぬ顔をしていた。


「いや……さくっとアラゾアの問題片づけてェだろ? ヤツもここを離れてそう時間が経ってねェ。早けりゃ早いほど追いつくのも早くなる。お前ェらと合流するにしても往復の距離が長くねェほうがいい」

「え……? モラ、帰ってくるの?」

「え? ……アァ!? お前ェ、これにかこつけて、俺っちを追っ払うつもりだったのか!? 俺っちがいなくなったらリンゴとエリーゼに襲われてお前ェの童貞なんてすぐにも奪われるぞ!?」

「はあ!? どさくさに紛れてなに言ってんの!? あたしは純愛派なんですけど!? 合意の上じゃないとイヤですけど!?」

「……元はノロット様の寝室に忍び込んだと聞きましたが……」

「あ、あれは演出よ! 演出! 深夜に現れた美少女、彼女は姿を消すがノロットは彼女のことを忘れられない……そこで、旅の途中にばったり出会う! ああ、ロマンティックよね!」


 そんな意図が。

 確かに忘れられなかったよ。死ぬほど怖かったもん。


「僭越ながらわたくしは、無理矢理関係を結ぶこともアリだと考えております」


 メイドぶっちゃけ過ぎィ! イヤだよ僕は!


「ちょっと、ふたりとも、話がズレてる! 僕は——モラはもともとソロで活動してたって知ってたから、またそうなりたいのかなって……それに僕といてもモラにメリットなんてないだろ?」

「…………」


 モラがむっつりとした顔で腕を組んでいる。


「ノロットォ……俺っちがなんでソロで活動してたのか、言わなかったか。それァなァ…………信用できるヤツがいなかったからだ」

「え……そうなの?」

「腕の立つ女はあのころほとんどいなかったし、女冒険者ってェもの自体が希少だった。腕の立つ男はそこそこいたがな、バカばかりでよォ。俺っちに言い寄ったり、俺っちが女だからと無理矢理支配しようとしたりな。そんならひとりで動いたほうが楽だしよォ。金も儲かる」

「そうだったんだ……でも、だったら今もそうじゃない? ひとりのほうが楽で、お金も儲かる……」

「バァカ。金にゃ困ってねェからいいンだよ」


 そっぽを向いて、唇を尖らせるモラ。


「…………」


 確かにお金には困っていないかもしれないけど、ひとりのほうが気楽だっていうのには答えてくれてない。それに僕が足を引っ張ったら……って思うと、やっぱりモラにはメリットがないじゃないか。


「では、モラ様がお戻りになるまで、ノロット様に手出しはしないでおきます」


 するとリンゴが、沈黙を引き取るように言った。


「いいのかァ、リンゴ?」

「ええ。魔法のことについてはモラ様にいていただいたほうがわたくしとしても安心できますから」

「をん? そォか。お前ェさんはそうだったな。エリーゼは?」

「……あたしより回復魔法が使えるなんて許せない。あたしが回復魔法でモラに勝つまでは勝手にどっか行かないで。勝ち逃げされるの、すっごく嫌いなの」

「おォ、おォ、(こえ)ェなァ。だが一時的にはパーティーを抜けッからな。というわけだがノロットォ、これでもお前ェは俺っちを追い払う気か?」


 モラが茶化しながら言う。でも——僕にはわかる。モラは、驚くと同時に怖かったんだ。僕がほんとはモラを追い払いたいんじゃないかって、不安だったんだ。

 だから、


「……モラがいてくれるなら僕はうれしい。うれしいに決まってるだろ」


 僕も正直に言った。


「——お、おォ。そ、そォかよ……ま、まァ俺っちほどの魔剣士は早々いねェからな」


 モラの視線が泳ぐ。照れてる。

 まったくもう、正直じゃないなあ。


「……ていうかモラってさ、コミュニケーション取るのヘタじゃない? それもソロの原因なんじゃ」

「ノロット……こういうときに余計なことは言わないものよ、しかも女性に対して」


 結婚できない婚外旅団の元リーダーにそんなことを言われた。




 見送りのために宿から表へ出た。

 リンゴから譲り受けた下着の替えに、保存食などを詰め込んだバックパックを背負った“メイド”モラ。体格はモラのほうがずっとスリムだけど、身長はほとんど同じだから服はある程度使えるみたいだ。当座のお金も十分渡したし、洋服はどこかで買えるだろう。

 バックパックにはその他にもマジックアイテムが入っている。「魔女の羅針盤」だ。


「それじゃァ……行ってくる」


 モラの顔は、もう、別れの寂しさやパーティー内での気楽な雰囲気を消していた。

 追うべきアラゾアのことだけを考えた真剣そのものだった。


「いってらっしゃい、モラ」

「いってらっしゃいませ、モラ様」

「じゃあね、モラ」


 僕らの声を背に受けて、モラは歩き出した。


 アラゾアは、ひとりで追いたいとモラは言った。僕らだって手伝うことはできるはずなんだけど、この問題はモラがひとりで片をつけるべきだと頑なだったんだ。

 たぶん、モラの中でアラゾアの問題はまだどうしていいかわからないんだと思う。

 追跡の過程で考える時間もあるだろう。アラゾアと対面して心にケリをつけるのかもしれない。

 ともかく、モラの心の問題だというのなら、僕らに手助けはできない。


 まあね、僕ら3人が束になっても、単純な戦闘力ならモラには敵わないと思うんだけどね。

 モラは僕らにひとつだけ忠告していった。


 ——俺っちがいない間に遺跡に潜るなとは言えねェが、伝説(レジェンド)クラス以上はダメだ。


 僕もそれには賛成だったので、ありがたく忠告を受けておいた。


「さて、ノロット様。わたくしたちも今後どうするか考えましょうか」


 モラの姿は見えなくなっていた。


「そうだね。どうしようかな……」

「ん、ねえねえノロット。あの人、こっちに向かってきてない?」


 それは衛兵だった。エリーゼの言うとおり、衛兵は僕らの前にやってくると立ち止まった。


「冒険者ノロット様。今回の対悪魔防衛戦において、顕著な働きを示してくださったあなた様に、ゼノン王が勲章を授けたいと仰せです」


 勲章……?

 僕はリンゴとエリーゼと顔を見合わせた。

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