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トレジャーハントに必要な、たった1つのきらめく才能  作者: 三上康明
第5章 魔剣士モラは復活する

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93 終息

 シンディの荷物が置かれていた檻へと戻ると、そこに彼女はいなかった。

 荷物も持ち出したみたいだ。

 ニオイをたどると、町のほうへといなくなっている。

 ちゃんと逃げた――のかな。

 シンディも気になるけど、もう大丈夫だろう。もっと気になるのはモラだ。



 五大樹まで戻ると、さっきよりもひどい有様になっていた。

 板塀はぼろぼろになって中は丸見えだし、悪魔やウッドエルフがあちこちに倒れていた。考えたくはないけどほとんどは息絶えているだろう。

 まだ戦いの音は聞こえている。ただ、これまでに比べるとかなり控えめだ。だいぶ倒したか、倒されたかしたんだ。


「モラ!!」


 五大樹の中に入る――。

 モラが、いた。

 地面に膝をついて、うなだれている。


「モラ、モラ、モラッ!」

「……ノロッ、トォ……」


 生きてる――と思ったのもつかの間だ。

 走り寄った僕へとモラは倒れ込む。額が僕の肩についたと思うと彼女の身体から力が一気に抜けた。

 重いっ……じゃない、なんとか僕も地面に手を突いてこらえる。

 やっぱり、僕がマークスと戦ったのは正解だったみたいだ。

 外傷はあまりないようだけど、無数の細かい傷がついている。魔力切れ? 魔法宝石を食べさせればいいのか?

 魔法宝石を取り出してモラの口に入れようとする。だけど、なかなか開けてくれない。ああ、もうっ!


「モラ!! しっかりしてよ、モラ!!」


 周囲を見回す。バフォメットはいない。倒したんだろう、モラが。

 でもおかしいのはアラゾアもいないことだ。バフォメットが連れて行った……? わからない。


「ご主人様!」


 上から声が降ってくる。渡り廊下にリンゴとエリーゼの姿が見えた。手すりに手をついているけど、エリーゼもしっかり歩いている。

 リンゴは左右をきょろきょろと見たけど、下りる手段がわからないようだった。するとそのまま手すりを乗り越えて飛び降りた。


「えぇっ!?」


 ドンッ、と重い音がする。そりゃそうだよ。リンゴ、全員分の荷物背負ったままなんだよ……?

 手すりから身を乗り出したエリーゼも目を剥いている。僕と目が合う。あたしはやらないからね? と言うふうに首を左右に振った。やらなくていいです。


「ご主人様! モラ様は、モラ様は……」

「え、ええっと、なにジャンプしてんの……?」

「速度を優先しました」

「めっちゃ足引きずってるじゃん!?」

「折れたようですが、大事ありません」

「…………」


 なんかゴキゴキいいながら足が治っていく。怖い。リンゴを人間基準で考えるのを僕は止めた。


「モラを、とりあえずどこかに運ばないと――」

「そうですね」


 と話していたときだ。


「全軍行け!! 住民の安全確保を第一にしろ! 逃げた悪魔は今は追わずともよい!」


 転移魔法陣からわらわらと武装したウッドエルフが出てきた。

 近衛兵団長であるジーブラだ。最後に、ゼノン王もやってくる。


「“上”の安全は確保された。緊急的に避難させることを、パラディーゾの王の名において許可する」

「ぜ、ゼノン王……なにもここまでおいでにならずとも……今は緊急時ですので」

「緊急時に指揮を執らずになにが王か! 行くぞ、ジーブラ」


 ジーブラの身体にも黒い返り血がついている。さすがにゼノン王は無傷で汚れなしだけど。

 あっちはあっちでかなりシビアな戦いだったみたいだ。


 僕が謁見で会ったときには、ゼノン王は豪放磊落な感じがありながらもどこか心ここにあらずみたいな感じがしてたんだよね。

 それが今は、ない。

 アラゾアの魅了が解けたんだろうか。


「む……」


 ゼノン王と、僕の視線がぶつかった。


「冒険者ノロットではないか。ここでなにを――いや、聞く必要はないな。その姿、悪魔を倒してくれたのだろう」


 ……くたびれた感じなのはずっと遺跡に潜ってたせいなんだけど、それは言えないよね。悪魔と戦ったのはまあ事実だしね……。


「ゼノン王、上空のアスモデウスはどうなりましたか」


 僕が気になっていたことを聞く。


「む。あの気色悪い“目”のことか? そうか、あれが最上位悪魔アスモデウスか……」

「冒険者ノロットよ、我ら近衛兵団は“目”――アスモデウスと戦っていた。弓は届かないから、ほとんどが魔法のみだったがな。どれほど効いていたかはわからないがついに我らはあの悪魔を撤退させることに成功したのだ」


 代わりにジーブラが答えた。

 どんなに魔法が有用でも、空までは届かないよね……? 光の魔法ならなんとか届くのかな。

 でも今回は、活動時間が終了して帰っていったって感じっぽい。


「あの、アラゾ――アレイジアはどこに?」

「…………」

「ゼノン王?」

「うむ……行方はわからぬ。先ほど上がってきた報告だと、町の外に走って行く姿を見たということだが……不思議なものだ。我は、あの女を厚遇していた。しかし今となっては不快感しかない」


 そりゃ魔女だしね……。


「今にして思えば、アレイジアが悪魔を引き入れたのではないかとすら思われる。どう考える、偉大なる冒険者ノロットよ」


 偉大なる冒険者だって! いや、そこに反応している場合じゃない。


「遺跡専門である僕にはわかりませんね。魔物専門冒険者(モンスターハンター)に聞かれたほうがよろしいかと」

「…………そうであったな。我らは悪魔の残党を片づける。行くぞ、ジーブラ!」

「はっ!」


 そうしてゼノン王はジーブラを含む近衛兵を連れて去っていった。


「ご主人様、足はほぼ治りました。もう走れます」

「ありがとう。モラを抱えられる?」

「もちろんです!」


 僕はリンゴにモラを抱えてもらって五大樹を離れた。

 向かうのは宿だ。とにかく、モラを寝かせないと。


「……あれ、なにか忘れてるような……」

「ノロット様、急ぎませんと」

「あ、うん」




 モラを部屋に運び入れると、リンゴはモラの身体を確認するからと言った。僕はそれを見ているわけにもいかないので――仮にも女性の裸だし――宿の食堂にいた。

 食堂はひっそりとしていた。宿の人たちはみんな起きていたけど、半分は外に出て状況を確認しているらしい。宿泊客は戦うつもりがない限り、部屋に籠もって息を潜めている。

 もう、ほとんど戦いは終わった。

 開いた木窓から外のかがり火や松明、ランタンの光が見える。

 ケガ人の運搬や戦闘の後始末に、みんなかけずり回っている。


「はぁ……」


 ため息が出た。

 なにもかもめちゃくちゃだよ……。

 モラの身体が戻ったのはいいけど、モラは女の人だった。そういうことは先に言って欲しいよ……そりゃさ、「魔剣士」って言うくらいだから男だろうと先入観がありましたよ? でもさ、モラだって「俺っち」って言ってたしさ……。僕の勘違いを訂正するチャンスはいっぱいあったじゃん、モラ……。僕だって多感なお年頃なんですよ。プライベートのいちいちを女の人に見られてたと思うと死ぬほど恥ずかしい。


「はぁ……」

「ずいぶん深いため息ね」

「そりゃさ、いろいろあっ――」


 僕は気がつく。

 そこに立っていたのは、


「なんで置いていっちゃうのよ!? 上から下にどうやって下りていいのかわかるわけないでしょ!!」


 エリーゼだった。

 緊急避難したものだと思われ、ウッドエルフの衛兵に案内されてなんとか下りられたらしい。

 置いてきぼりにされたことをそれからめっちゃ怒られた。




「もう身体は大丈夫?」

「平気よ……まあ、全然本調子からはほど遠いけどね。……モラが治癒魔法をかけてくれなかったら、やばかった。それでモラは?」


 僕はエリーゼに説明した。

 モラがバフォメットと戦い、勝利したこと。だけど意識を失って部屋に運び込んだこと。


「あたしも様子見てくる。オートマトンだけじゃ心配だし」

「あ、うん。ありがとう――あ、エリーゼ」

「ん?」


 立ち去りかけたエリーゼを、僕は呼び止める。


「無理しないで。危険な目に遭わせて、ごめん」

「……バカ」

「え?」


 その返答は予想していなかった。


「あたしはノロットといっしょなら、なにも怖くない。後悔もしない。――まあ、もっと強くならなきゃな、って思ったくらいかな。行ってくるね」


 自分で言って自分で恥ずかしくなったのか、頬を染めたエリーゼは今度こそ食堂から出て行った。

 僕もまた――たぶん顔は真っ赤だ。

 こんなふうに好意をストレートに向けられて、どうしていいかわからない。


「と、とりあえず今は情報が必要だな」


 努めて冷静になろうと僕は思い直す。

 まだまだ緊急時だ。なにがあるかわからないからね、うん。これは問題の先送りとかそういうことじゃないからね、うん。なにも問題なんてない。


 悪魔は、線引きがよくわからないけど、ここで死んだのと地獄に送り返されたのがいるみたいだ。マークスがそんなふうに言ってたんだよね。「仲間を地獄に送り返された」とかなんとか。

 そもそもマークスだって人間の見た目だからな……。

 ん、悪魔が人間を乗っ取ってるってことかな? 本体は地獄にあるから、その乗っ取られた身体を倒されても地獄に帰るだけ。

 で、悪魔自身が召喚された場合――大量の低位悪魔(レッサーデーモン)とか、第4のホールで戦った高位悪魔(グレーターデーモン)とかは、本体がこっちに来てるから死んだらお終い。

 そう考えると多少はすっきりする。

 まあ、悪魔の生態とか知ったところでどうしようもないんだけど。


 アラゾアは……逃げたのかな。そうだろうな。モラがバフォメットに勝てないと考えたのか、勝ってもウッドエルフたちに悪魔のことで責められると踏んだのか。

 ゼノン王も、アラゾアと悪魔の関係を疑ってたしね。


 モラは……どうするんだろう、アラゾアを。

 アラゾアのせいで無関係な人たちが死んでる。

 元はと言えば、アラゾアが力と寿命を得るために複数の悪魔を契約した。完璧に利己的な理由だ。

 でもさ……モラは、アラゾアに助けを求められて、助けてしまった。これで借りを返したつもりなのかな。何百年もモラについての記憶を失わせたという借りを。


 前に話を聞いたときこそ、僕はモラがひどいと思った。自分を好きでいてくれる人の記憶を奪うなんて、って。

 でも――こうなってみると、考えが変わってしまう。


「ああ……」


 僕も浅はかだったってことなんだよな。

 見通しが甘くて、論理と感情をコントロールできてない。行き当たりばったりで判断しちゃってる。


「……モラ、元気になってよね。せっかく身体に戻ったんだから……」


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