92 vs マークス
「ノロット、アレイジアはどこにいる? それを答えるなら命までは取らない」
「その前に……そもそもどうして悪魔が人間を襲うんだ? 魔女には直接手を出せないのに」
「くだらない理由だ。契約した相手には手を出せない、それだけのこと。代わりに契約者は――ああ、こちらでは魔女というのか? 魂が黒く輝く。悪魔にとってまたとない輝きだ」
「……だからって、ウッドエルフたちを……」
「知らん。殺しているのはアスモデウスだ。先の質問にさっさと答えるがいい。私は気が立っているからな。アレイジアに、仲間を3人も地獄へ送り返されて」
マークスが、僕へと歩み寄ってくる――。
「む……あちらか」
不意に、人間が聞こえない音を耳にした犬のように、マークスは五大樹のほうへと首を向けた。
半壊した建物越しに見えているかのように。
どうしてわかった――?
「今ちょうど、巨大な悪魔が消滅してね……」
「…………」
「なんの真似だ、ノロット?」
僕はパチンコを手にしていた。
巨大な悪魔の消滅とは、モラがバフォメットを倒したってことだろう。そのモラだったら、マークスだってひとひねりかもしれない。
でも――もし今のモラが半死半生だったら?
ぎりぎりのところでバフォメットを倒したのなら?
僕の脳裏に、魔力切れでひっくり返っている金色のカエルが思い出される。
マークスは手負い……悪魔とはいえ僕だって倒せるかもしれない。
びゅんっ、と放った弾丸はマークスの顔の中心に迫る。
直撃だ!
――と、確信したのに。
「……聖銀とはな」
片方の手だけで受け止めたマークス。
小さく音を立てて白い煙が手のひらから上がっている。効いてはいるんだ。でも、致命傷じゃない。
まずい。
思っていたよりマークスは元気だ。
「命までは取らないと言った。だが、お前は攻撃した。つまり――」
「!」
「――死んでもらうぞ」
マークスが前傾して走り出す。
僕は次弾を放つ。
身体をひねったマークスに、弾丸は当たらない。
「ハアアアッ!」
振りかぶった右手に生えている、長い爪は黒い。
振り下ろされるよりも前に、僕はシンディの腕をつかんで横に転げた。
「シンディ! 走れ!」
「あ、え、は、はひっ!?」
立ち上がって走り出す僕とシンディ。
こちらに顔を向けたマークスの眼前にはすでに僕が放った弾丸が迫っている。
僕が振り返りながら撃つとは思わなかったんだろう。
弾丸は左肩に当たる。マークスがうめき声を上げる――うめき声だけかよ! 人間だったら、骨が砕けててもおかしくないのに!
「いいから走れ! 安全なとこを探して行けぇ!」
「でもノロットさんは……」
「僕はいい!」
「でも!」
「記者なんだろ! 伝えるんだろ! ここで起きたことを!」
「!!」
冷水でも浴びたようにハッとするシンディ。
「私、行きます! ――終わったら、最初に取材させてもらいますから。知ってること全部吐いてもらいますからね!」
走り去るシンディ。
足を止めた僕。
すぐそこに迫るマークス。
「ぬん!」
「っく」
突き出された腕。
身体をひねった僕は、なんとかマークスと距離を取ろうとする。
どうしよう。どうしたらいい。
手負いとはいえ悪魔が相手じゃさすがに僕には無理なのか?
「命じる! 酷寒弾丸よ、起動せよ!」
「しゃらくさい!」
放たれた魔法弾丸。空気を凍てつかせながら飛来するそれに対して、マークスは両脚を踏ん張って口を大きく開けた。
『アアアオオオオオオ!!』
弾丸から――魔法の光が消えた。
「え……?」
魔法力を無効化するシャウト――ウソだろ、そんなの反則過ぎる!
「はふんっ!?」
と思っていたら、弾丸はマークスの股間に直撃した。
大きく開けた口から舌が飛び出ていた。
あ、ああ……魔法が消えても弾丸の推進力がゼロになるわけじゃないのか……。
ちなみに僕が狙ったのはマークスの眉間だった。ヘッドショット狙いだ。
そこからシャウトで速度が緩まったみたいだ。
「こ、このぉ! ノロットぉ! 卑怯者ぉ! あ、アタイの股間を狙うなんてぇ!」
「口調おかしくなってるよ……?」
「絶対に許さんぞ……人間よ……!!」
今さら大物ぶっても手遅れ感が半端ない……。
ちょっとかわいそうになってきた。
いやいや、そんな心配してる場合じゃないっての! 僕だって今、命狙われてるんだから!
待てよ――。
そうか。
マークスと僕。
比べてみて明らかに僕が有利なこと――。
「覚悟しろノロット!」
「あれ?」
「む?」
「いや、その前に、僕を無視して魔女のほうに行くのがふつうじゃないですか?」
「……え?」
「最終目的、僕じゃないですよね?」
「…………」
「…………」
「あ、ああ、そそ、そうだな。もちろんわかっていたぞ? お前の安い挑発に乗ったわけではないぞ? ……さらばだ!」
僕に背を向けて走り出す――。
「…………」
僕は――口の端をゆがめた。
ちょろい。
ちょろすぎる。
びょうっ。
「ふごっ!?」
飛来した弾丸がマークスの後頭部にめり込む。勢いのままにマークスは前のめりに転んで、ごろごろごろっ、と転がった。
「命じる! 雷撃弾丸よ、起動せよ!」
マークスが起き上がるよりも前に、魔法弾丸を起動させる――その数、3つ。残っている雷撃弾丸全部だ。
パチンコでいちいち飛ばさなくてもいい。
僕はマークスに投げつけた。
「ぴぎゃあああああああ!?」
金色の雷撃がマークスの身体を貫く。
次は地殻弾丸だ。
人形を投げたみたいにマークスが跳ねて叩きつけられた。
「の、の、の、ノロットぉぉぉおおおおおおお!!」
「命じる! 酷寒弾丸よ、起動せよ!」
最後は酷寒弾丸だ。残り全部を放る。
巨木を巨人がへし折ったような音が響く。
氷柱に、マークスは取り込まれていた。
もう、動かない。
後頭部に弾丸がめり込んだまま……。
……生きてる? 生きてるのかな。生きてそうだな。
「ふう、マークスがバカでよかっ……うわっ」
目がこっちを見た。
やっぱ生きてる。まあ、放っておこう。




