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91 最上位悪魔(仮初)と本気モード

 現れたのは肌色が紫の人型モンスター。

 角が生え、服は着ていない代わりに肌がつるりとしている。

 そいつらが――わらわらと、10体以上いる。

 背中には小さな羽が生えている者、尻尾が生えている者と様々だ。


「こ、これって悪魔系モンスター? 出現の周期があるんじゃなかったっけ?」


 ダイヤモンドグレードの冒険者であるプライアが言っていた気がする。


「そォだな。周期ってェのは悪魔どもの利害が一致したかどうかによって決まるンだ」

「へ?」

「連中が地上界にちょっかい出してやれと思ったときがその『周期』。つまりはアラゾアがその周期を呼び寄せたってェワケだ。けっ、殺しまくれァ『魔女の羅針盤』が作り放題だぞ」


 モラが呆れたように言ったけど、当のアラゾアは魅了にかかった警備兵をけしかけて悪魔たちと戦わせている。

 そんなアラゾアにモラが声を飛ばす。


「アラゾア、魅了を解け」

「え――なにをおっしゃるんですの、モラ様」

「兵士ってェのは集団で戦う訓練を受けてるンだィ。お前ェが魅了かけてりゃァてんでバラバラに戦っちまうだろォが」


 なるほど。モラの指摘は鋭い。今の警備兵は勝手に悪魔に斬りかかったり槍を振り回したりしている。

 仲間にまでその攻撃は当たっているのだ。

 すごいな……モラは冷静だ。マント一枚剥いだら素っ裸なのに……。


「で、でもそうしたら、盾が逃げ出すかもしれません!」

「バッカ野郎! 警備兵が逃げ出すわけねェだろ! さっさとやれェ!」

「あ、そうか」


 魅了が解かれると、警備兵たちはふと我に返る。

 目の前に悪魔がいること、戦闘中であることは認識しているようで武器を手にしたまま戦いを続ける。

 そのうちの数人は、街中で暴れている悪魔へと向かった。

 モラの読み通りだ――けど、モラの表情は優れない。


「アラゾア――気づいたか。真っ直ぐこっちに向かってきてるヤツがいる――」


 その瞬間、別の板塀が吹っ飛んだ。

 え? と思ったよ。

 だってそいつは――警備兵と同じ格好をしていたんだから。


「くくく……アスモデウスめ、図体がでかいと身動きが取れないと見える。低位悪魔(レッサーデーモン)を送り込むだけとはな。俺がアラゾアに到達した一番最初というわけだ」


 ただ、“目の色が真っ黒”だというだけで。


「悪魔……いや、まさかてめェは――」


 モラの顔が歪む。


「……漆黒の祭祀バフォメットか」


 バフォメット。

 それはさっきアラゾアが挙げていた悪魔のひとりで、最上位悪魔のひとりでもある。

 頭が山羊だとか言われている――僕が知っている知識は、それくらいのもの。


 そんなことより僕はずっと気になっていることがあった。


「モラ、こいつからシンディのニオイがする……」

「をん? あの記者か?」


 僕はうなずく。

 バフォメットの腕は血に濡れている。

 誰かを殺してきたんだ。

 何人ものニオイが入り交じってる。だけど、シンディのニオイは確実に存在している。


 心臓がばくばく鳴る。

 シンディは身内じゃない。パーティーメンバーじゃない。10日間ほどそばにいただけ。でも――悪い人じゃない。

 こんなところで死んでいい亜人だなんて、僕は思わない。

 僕の全身の血がカッと熱くなる。


「待て、ノロット……お前ェが動いてどうこうなる相手じゃねェ」

「でも……!」

「お前ェは鼻が利く。シンディがどうなってるか確認してこい。死んだと決まったわけじゃァねェ。そうだろォ」

「…………でも」

「聞き分けろ。お前ェがここにいると俺っちァ自由に戦えねェ」

「っ!」


 薄々気づいていた。

 モラが力を取り戻したということは大魔法を使える。

 でも周囲に人間がいたら邪魔になる。巻き添えになってしまうからだ。

 いざとなれば誰かがそばにいても――そいつが知らない人間なら、モラは魔法を使うだろう。

 でも、僕だったら?

 モラは魔法を使えないと思う。


「――シンディを探してくる。モラはあの悪魔をぶっ飛ばして」

「任せとけ」

「死んだりしたら許さないから」

「おォ、怖ェなァ。安心しろ。いざとなったらアラゾアを餌にして逃げるからよ」

「モラ様!?」


 モラに守ってもらえると思ってその背後にすっと移動していたアラゾアが驚愕する。

 僕は彼らに背を向けて走り出す。

 破れた板塀を抜けて、悪魔とウッドエルフ、その他の人種が戦う混沌へと――。



   ■   ■   ■



「さて……人間同士のつまらない離別は済んだのかな」


 バフォメットが悠々と歩いてくる。


「へェ。悪魔のくせに気ィ遣える野郎だとは思わなかったぜ」

「ほざけ。――貴様、人間にしては相当の魔力を持っているな? 本気を見てみたいものだ――その上で、アラゾアを確保する。くくく、契約の執行にはまだ早いがな、悪魔避けの首輪をつけておいてやろう」

「だとよォ、アラゾア。無理に殺されねェならバフォメットの庇護下に入れァいいじゃねェか」

「ちょ、ちょっとモラ様、本気でおっしゃってますの!? 私、あと1000年は生きますわ!」

「……やれやれ、この女はちっとも懲りてねェな」

「モラ様、ちゃちゃっとバフォメットを地獄に追い返しましょう」


 モラの背中に隠れてアラゾアが強気発言をする。自分が魂の契約をした相手なのに。

 もうモラに守ってもらう気満々だ。

 ある意味アラゾアの強さはこのふてぶてしさなのかもしれない。


「ッたく、しようがねェ女だ……」

「ええ、そうですとも。私はモラ様がいないとどうにもなりませんの」

「流し目すンなィ。興味ねェよ、俺っちはお前ェにはよ。――だがアラゾア、助けてやる代わりにひとつ交換条件だ」

「はい?」


 もう、バフォメットとの距離は10メートルを切った。

 バフォメットは足を止めた。


「俺っちが本気を出した姿を、ノロットには言うんじゃねェぞ」


 それを聞いたアラゾアが悲しそうな顔をした。


「モラ様……それほどまでに、あの冴えない男を……」


 それを聞いたバフォメットが嘲笑(わら)った。


「貴様、最上位悪魔である俺を前にして、なんの冗談だそれは。せいぜい本気を出して、1秒でも長く生きられる道を探すことだ」


 だがモラは動じない。

 一歩踏み出す。

 バチンッ――音が鳴る。

 彼女の周囲に展開する白色は、雷光のようでもあった。


「アスモデウスは自らこっちにやってきた。覚悟のある野郎だ。――だがなァ、てめェは違う。ウッドエルフに忍び込んだ。俺っちにはわかる。魔力を消費したくなかったンだろ? 数年動けなくなるのはイヤだったンだ。しかもこれなら負けても死ぬことァねェ。地獄に送り返されてしめェだ」

「……だったらなんだと? そうだとしても俺の魔力ははるかに人間をしのぐ。アスモデウスのようにぱかぱか手下を召喚するなどというバカな真似もしないからな」

「いんや、てめェはバカだ」


 壮絶なまでの笑みを浮かべたモラの周囲に、大量の魔法陣が展開される。


「俺っちほどの人間と、戦ったことがなかったがために、侮ったンだからよォ――」


 驚きに、バフォメットの目が開かれた。

 それもそのはずだ。

 先ほどモラからあふれていた魔力は常人をしのいでいた。それを察知してもなお、余裕で勝てるとバフォメットは踏んでいた。

 だがそのあふれていた魔力は――モラが体内になんとか押しとどめようとしたものの、あふれてしまった残りカスに過ぎないのだ。

 モラは――700年以上も昔にその名を大陸に轟かせた魔剣士モラは、今、本気の戦闘状態に移行した。


 その姿は、「人間」という枠でくくるにはあまりにも大きい。



   ■   ■   ■



「なんなんだよこいつらはぁ!」

「戦え! 倒せ!」

「悪魔向けの聖水はないのか!」


 町のあちこちからそんな声が聞こえてくる。

 あらゆる兵士が出張っている。

 たまに手負いの悪魔や兵士が降ってくる。“上”でも戦闘が激化しているみたいだ。


 雑多なニオイが漂っている。

 土。木。血。草。パン。シチュー。汗。金属。腐臭。

 そのなかに一筋、シンディのニオイ。

 小走りに進む僕の足は、悲鳴を上げていた。今日一日でどれくらい走ったんだろう。遺跡探索で鍛えているとはいっても、全力疾走を何度も繰り返すようなことはしない。

 見失わないようにしなきゃ。風が流れて一瞬ニオイが止むと、焦らず立ち止まり、もう一度嗅ぐ。


「おおおお!」

「くはっ……」


 魔物専門冒険者(モンスターハンター)が悪魔と戦っている。手にした幅広の剣(ブロードソード)がかがり火の光を吸って濡れたように光る。

 悪魔がひとりの冒険者に背後から飛びかかると、肩口に噛みつく。分厚い布地の服を易々と貫通する牙。うめき声。そこに飛びかかる別の冒険者。ショートソードが悪魔の首に突き刺さる。

 僕もサポートしてあげたい。だけど、今は――。


「……うっ」


 濃い、血のニオイ。

 僕が目にしたのは半壊した建物だ。石を積んだ堅牢な平屋なのに、壁が吹っ飛んでいた。

 巨大な筆ではらったようにべとりと建物についている血。

 倒れているウッドエルフの警備兵は腕や足、頭がない者たち。

 立ちこめる生臭さに思わず手で口元を覆いたくなる。でも我慢しなきゃ。シンディの生死を確認するには、ニオイが必須だからだ。


「…………」


 いちばん、シンディのニオイが色濃いところ。

 そこは牢獄だった。大木のうろに檻をはめ込んだ牢獄。

 ひしゃげた檻は血に濡れている。血は乾いていない。

 僕の呼吸が荒くなる。

 檻の中は血まみれだった。シンディのバッグも赤に染まっていた。


 でも、死体はなかった。


 シンディは確かにここにいた。確実だ。シンディのニオイがこびりついている。あちこちに。


「こっちか……」


 ニオイは半壊した建物に続いていた。中じゃない……。ぐるり建物を回っていく。


「――シンディ!!」


 建物の裏手、ひっそりとした壁にもたれかかり、しゃがみ込んでいた亜人がいた。

 血に濡れた手で頭を抱えていた。


「の、の、のろ、のろっと、さん」

「シンディ、ケガはない!?」


 涙と鼻水と血でめちゃくちゃになっていた顔。でも彼女のケガじゃない。

 駈け寄った僕に、シンディはすがりついてくる。


「わ、わだ、わだし、助けられなくて……! ここから、出してくれた、兵士さん……私を、かばって、悪魔に……! 私のこと、差別しでるのかって、思ってたのに」

「落ち着いて、平気だから、もう平気だから」


 さっき見た惨状を思い出す。ただの悪魔じゃない。バフォメットが殺したんだ。


「どうじて、どうしで、こんなことに……」


 僕の腕をつかんで、顔を伏せてシンディが泣く。

 どうして、か。

 それはたぶん――アラゾアのせいだ。

 モラはきっとアラゾアを見捨てることはできない。だけどもしこの騒動が解決したとして、パラディーゾの人たちはこんな事態を招く原因となったアラゾアを許すだろうか。


「――その前に、脱出しなきゃな……」


 無事で生き延びることを今は考えなきゃ。


「ああ……こんなところにいたのか、ノロット」


 ぎくりとして振り返る。

 その人物は左腕がもげているにもかかわらず平然と立っていた。

 血は垂れていない。

 血……じゃないと思う。黒い汚れはあちこちについている。

 黒はよく目立つ。

 彼が着ている服は、真っ白だったからだ。


「マークスさん……」


 白城騎士団(ホワイトナイツ)

 アラゾアが召喚した悪魔と戦っているはずの、彼は、すでに隠す気もないのだろう――その目は黒く染まっていた。


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