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90 700年ぶりの再会

「アラゾア……ここにいやァがったか」


 モラが声をかけたのは、五大樹の地上層。

 多くの衛兵に囲まれたそこにいた、アラゾア。


「私を守りなさい! 1時間でいいのよ! 1時間、誰も通さないの!!」

「はい!」


 アラゾアは背を向けているのでこちらに気づいていない。

 そして衛兵たちは、50人ほどもいた。全員アラゾアの魅了にかかっている。


「1時間でいいってなんだろ……1時間でなにがあるの? モラわかる?」

「最上位悪魔は地上界にいられる最長が、だいたい1時間ッてェところだからな。それだけしのげりゃァなんとかなると思ってンだろォ」

「……どうする?」


 僕が水を向けると、モラは小さく息を吐き、アラゾアのほうへと歩いていく。

 衛兵たちが剣を構える。


「なに、敵? 悪魔が来たの? どこから――」


 振り返ったアラゾアが凍りつく。


「久しいなァ、アラゾア」

「モラ……様…………」


 凍りついた身体が融け出すのはすぐだった。

 その大きな両目いっぱいに涙が溜まったと思うと、ぽろぽろぽろとこぼれてくる。


「も、モラ様、モラ様、モラ様ぁっ……動いてる、ウソじゃ、夢じゃ、ないですよねえ……?」

「よォやく身体に戻ったッてェのに、これがウソなら俺っちは泣くぜ」

「ああ、あぁ、ああ、その話され方も――」


 衛兵をかき分けてアラゾアが走り出す。そしてモラの身体に抱きついた。


「たとえボロぞうきんのように捨てられてもアラゾアはモラ様をお慕いしております……」


 モラが僕のほうを見て、めちゃくちゃ渋い顔をした。

 うーむ。困ってるな、モラ。こんな顔するんだな。

 なんて言っても「ボロぞうきん」だしね……。


 確かに僕からしたら、「翡翠回廊」の造成を手伝ってくれたアラゾアに忘却の魔法をかけたモラって、結構な鬼畜ではあるんだよね。いくらちゃんと対価を払ったとは言ってもさ。

 まあ……アラゾアが女性なのに女の人が好きというタイプで、モラがそれにはつきあえないっていう気持ちもわからなくはないんだけど。それでもアラゾアからしたら「都合のいいように利用されボロぞうきんのように捨てられた」と思われてもしょうがない。


 今、モラが苦り切っているのは、きっと自分のした仕打ちに後悔があるからなんだろうね。元はさ、「当然だろォ?」みたいなふうに僕らには説明してたけどさ、アラゾアに忘却の魔法をかけたのも。

 自分がカエルになったのも罰が当たったとか思ってたりしてね。


「アラゾア……お前ェ、俺っちの身体になんもしてねェだろォな」


 モラの胸に顔を埋めていたアラゾアは、ぴくりと反応した。

 涙で濡れた顔をすすすと離す。


「もちろんなにもしておりませんわ」

「……身体中舐められたような、唾液のこびりついたような感じがあるンだがなァ?」

「暗いところに置いておきましたからナメクジが這ったのでしょうか」

「ほォ、ナメクジねェ?」


 そう言えば……モラ、前に「おもちゃにされてるのは間違(まちげ)えねェ」みたいなこと言ってたよな……舐め回されていたのか……あんな美人相手なら、まあいい……いや、よくないか……。


「ほほほ、ナメクジですよ。いやですわ、モラ様」

「そォかい。そうしたらそのいけねェナメクジを罰してやらなきゃなァ」

「え、ええ……」

「口を開けェ」

「え?」

「お前ェの口に飼ってるナメクジを、引っこ抜いてやらァ」

「ご、ご冗談が過ぎますわ」

「これが冗談を言う顔に見えるかィ」

「ぷぷっ」


 なんか繰り広げられてる残念トークに僕は噴き出した。


「なァに笑ってやァがる。ノロットォ」

「だってさ――もうちょっと話すことあるだろ、ふたりとも。700年以上ぶりに会ったのに」

「ああ、やはりあなたは……モラ様の手引きで『翡翠回廊』を踏破したのですね」


 アラゾアに一発で看破された。やっぱり、そうでもなきゃ「魔剣士モラの翡翠回廊」を単独踏破なんて不可能だよね。


「でも、どうやってモラ様はこの身体に戻ることができ――」


 そこへ、どぉん……と音が響いた。

 大魔法が使われたかのような。


「のんびりしゃべくってる時間はねェな。アラゾア。この始末はどうつけるつもりだったンでェ」


 モラの問いに、アラゾアはそっと目を背ける。


「お前ェ、まさか無策だったとは言わせねェぞ」

「さ、策はありましたわ。……ウッドエルフを盾にする人海戦術という」


 まさかの下の下の策だった。

 そのウッドエルフたちはいまだ魅了の魔法が効いているのか、無言で突っ立っている。ちょっと怖い。


 モラが、海よりも深いため息を吐く。


「相変わらずのクソ女だなァ、お前ェは」

「しょ、しょうがないではありませんか! 私は、モラ様みたいに戦いに特化していないんですもの!」

「だからって、他人様の命を盾にしていいなんてェ無法はねェ」

「…………」


 アラゾアがまたも目に涙を溜めてしょんぼりする。


「……モラだって、何百年も記憶を忘却させていいなんて無法もないと思うんだけど」

「そ、そうですよ! あの冴えない小僧もわかってるじゃないですか」


 なんかさらっとけなされた。

 モラは僕をちらりと見て「余計なこと言いやがって」と目は口ほどに物を言う。

 ああ、カエルのころはわからなかったよな。モラがどう思っていたかなんて。


「……アラゾア、ここに来てる悪魔はどんなヤツらでェ」


 すると、アラゾアの顔がぱぁっと輝く。


「戦ってくださるのですか!? あの伝説の魔剣士モラの戦いをまた見られるなんて――」

「戦力を確認してるだけだッ! さっさと答えェ!」

「ええと、上の目がアスモデウス。白い服を着た4人組がベリアルの腹心」

「――――」


 モラが天を仰いで額に手を当てる。

 あー。ヤバイ悪魔なんだ。


「あれ? 4人組の白い服って……まさか白城騎士団(ホワイトナイツ)……」

「そうです。ベリアルの好きな色は白ですから」


 ……あいつら悪魔だったの? あんなに頭悪そうだったのに……。

 悪魔は狡猾、という僕の認識が崩れていく。


「ベリアルの手下(てか)が来てるってェのに、お前ェはずいぶん余裕こいてンじゃねェか」

「モレクの配下を召喚して戦わせてますからね」

「――――」


 モラが天を仰いで再度額に手を当てる。今度は両手だった。

 一方のアラゾアは、どう、すごい? みたいな顔をしてる。いや、アラゾアさん、それなんか虎の尾を踏んでる感じじゃないですかね。


「お前ェ……契約した悪魔の名前を洗いざらい全部吐け!」

「え、ええっと、今のでほとんど言いましたわ。アスモデウス、ベリアル、モレク、アガリアレプト、バフォメット……あとはずいぶん昔に小粒の悪魔を少々」

「――――」


 今度はモラがしゃがみ込んで両手で顔を覆った。

 あー、これは相当にマズイヤツですね。


「ノロットォ……」

「あ、うん、なに?」

「アラゾアの魂を生け贄にして、俺っちたちァ逃げる準備だ」

「モラ様!? な、な、なぜです!? 見捨てるのですか、このかわいいアラゾアを!」

「バッカ野郎!! お前ェの命を救うのに何万人もの命を賭けねェと悪魔を納得させられねェぞ! よりにもよって選りすぐりの最上位悪魔どもじゃねェか!」


 そのときだった。

 空間を守っている板塀が、バリバリバリと音を立てて割れた。

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