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89 アラゾア包囲網

《 アラゾア 》


 時間はすこしさかのぼる。

 魔女アラゾアが、空から見下ろす巨大な「目」に気がついたときだ。


「あなた! ここにいなさい! しばらくしたら秘宝を持たせて使いの者を寄越すから。いい? 出歩こうだなんて思わないことよ。パラディーゾの王宮内なんだから、あなたが出歩いたことがバレれば、衛兵に取り囲まれてすぐに連行される」


 そうノロットに言い残すとアラゾアは部屋を飛びだした。

 ノロットが遺跡への転移魔法陣に気づくことはないだろう。もし気づいたとしても、数百という石棺からモラの身体を発見するには数時間がかかるはずだ。

 放置しても大丈夫だとアラゾアは考えた――それは、大きな間違いだったのだが。


 アラゾアが出たのは王宮の中でもはずれに位置している場所だ。大樹の1本の近くと言うこともできる。

 王宮内は、異変に気づいた衛兵たちが緊急配備へと走り回っていた。


「アレイジア様! ここは危険である可能性が高いです、居室へお戻りください!」


 ふだんからアラゾアを不愉快に感じている衛兵たちだったが、本人を目の前にすると感情は180度変わる。恋する男のそれになるのである。


「ささ、私が居室までお連れします」


 王の大事な客人を保護するという任務であるはずが、その客人を部屋に案内する――場合によっては部屋に招かれるかも……などというよこしまな心まで芽生えている。

 アラゾア本人の見た目もさることながら、もちろん魅了の魔法が働いている結果である。


「黙ってて」


 アラゾアは衛兵に手のひらを見せる――魔法陣の浮いた手のひらを。

 ふにゃ……とつぶやきながら崩れるように衛兵はその場で眠りについた。


「相変わらず悪趣味な目をして……アスモデウス……!」


 それはかつてアラゾアが契約した悪魔だ。

 悪魔の位階においても最上位に位置する数人のうちのひとり。

 得意とする「魅了」の能力はこの悪魔から借り受けている。


「でも、どうして急に仕掛けてきたの……? まさか、あの冒険者が――いえ、そんなはずはないわ。たかだか人間ごときに悪魔を動かせるはずがないもの」


 走りながらアラゾアは考えている。

 アラゾアは王宮を出る。王宮の入口を守る衛兵がなにか言った気がするが無視だ。

 中空の渡り廊下を走る。

 眼下の地上では、いつになく多くのかがり火が焚かれている。ランプや松明の光もある。


 こういう事態が起きることを――悪魔のひとりが抜け駆けして自分を確保するべく行動してくることを、アラゾアはもちろん想定していた。

 だが、ここまでおおっぴらにやってくるとは思わなかった。

 精鋭を潜り込ませ、拉致する。このくらいが関の山だろうと踏んでいたのだ。


 根拠がある。

 それは悪魔の住む地獄から地上界への干渉は、きわめて難しいのだ。

 手引きする人間がいれば比較的容易ではあるが、アスモデウスのような最上位悪魔と接点を持てる人間はごくごくわずかだ。


 たとえば「五大樹遺跡」の第4のホールにいたような高位悪魔(グレーターデーモン)は、グレーターデーモンの主君によって召喚されている。

 その主君はアラゾアと契約している。契約の対価はアラゾアの魂であり、アラゾアは複数の悪魔と魂の契約をしてしまっている――担保物件が1つしかないのに複数の金融機関から金を借りてしまったようなとんでもない状況なのだが、それはさておき。

 アラゾアだってバカではない。その主君が勝手に地上界で暴れられても困るので、契約で行動制限をかけている。「部下だけ地上界に召喚可能」で、しかも「その行動はアラゾアによって自由に制限できる」、などの条件付けである。


 しかし、最上位悪魔ともなると、自らの力で地上界に干渉できなくもない。

 その場合、数年は目覚めない休眠状態なるほどの魔力を消費する。

 干渉できる時間も、せいぜい1時間程度。割に合わないのだ。

 だから彼らは地上界に干渉しない――特別なことがない限りは。


「……なにが起きたというの?」


 その、最上位悪魔であるアスモデウスが地上界に干渉している。

 なにかが起きている。

 でもそれはアラゾアにはわからない。


「でも、私がやるべきことは決まっている――こんなところ、さっさと逃げ出すに限るわ」


 当然である。

 先ほどアラゾアが考えていた「精鋭による拉致」というリスクは、王宮に住むことで回避しようとしていた。

 しかし王宮による防衛能力をはるかに超える干渉――アスモデウスによる乱入、なんていう事態が起きてしまった以上は、逃げるに限る。

 ウッドエルフは盾に過ぎない。

 盾を惜しんでアスモデウスに捕まったら本末転倒。


 アラゾアが向かっていたのは、中空にある家のうちのひとつ。

 王であるゼノンが与えてくれた1軒だ。

 ここをアラゾアは、すべての転移魔法陣をコントロールする施設として魔改造していた。もちろんゼノンは知るよしもない。

 町の外へひっそりと逃げ出すための転移魔法陣もある。逃げ出して1時間ほど時間を稼げればアスモデウスはいなくなる。「五大樹遺跡」への転移魔法陣を機能停止にもできる。そうすれば――。


「モラ様の身体も無事……」


 にやり、とアラゾアは笑う。そんな笑顔すら、男が見れば美しいと見えるだろう。


「遺跡にモラ様の身体を隠すというのはいいアイディアかと思ったけど、隠し通路まで発見する冒険者もいるんだから、止めたほうがいいかしら……でも、モラ様の『翡翠回廊』を真似た遺跡に、モラ様にいていただく、ってアイディアは最高なのよね……」


 つらつらとそんなことを考えていたアラゾアだったが、彼女の表情は凍りつく。

 同時に足も止まる。

 なぜなら彼女の進む渡り廊下の先――彼女に与えられた1軒の家。

 警備のための衛兵がふたり、倒れていた。

 衛兵の横に立っていたのは4人の男。


 全員、白い服を着込んだ男たち。


「やはりここに来たか……我ら白城騎士団(ホワイトナイツ)の推測は当たったな!」

「さすがはマークス殿」

「いやいや、レミング殿の洞察もよかった」

「情報はローランド殿がもたらしてくれたのであって」

「つまりは」

「我ら」

「4人」

「全員の」

「「「「手柄!」」」」


 おお~、と拍手し合う白城騎士団(ホワイトナイツ)

 ノロットが見れば「やっぱりこの人たち抜けてるんじゃ……」と呆れるところだ。


 しかし、アラゾアは違った。

 こめかみに汗が流れる。


「まさか……ヤツの手先がここまで来ているなんて……だからね、アスモデウスが行動を起こしたのは」


 言い終わるか終わらないかのときだ。

 マークスたち4人の男――彼ら全員の目が、黒に染まった。


「「「「我ら4人、ベリアル様の忠実なる下僕」」」」


「破壊」を司る悪魔、ベリアル。

 つい最近――とは言っても60年ほど前にアラゾアが契約した最上位悪魔だ。

 悪魔にしては珍しく頭の悪い悪魔で、部下もバカぞろい。

 悪魔のくせに好きな色は白という変わり者だ。

 これなら騙すのもたやすかろう、と寿命を延ばす意味も含めてアラゾアは気軽に契約したのだ。


 だが頭が悪いとはいえ、最上位悪魔であることは変わりない。

 手下たちはアラゾアに接近をしようとし続け、今夜はノロットたちを追いかけて“上”へと来てしまった。

 そしてこれはアラゾアが知るよしもないことだが、さらにもうひとつ不幸があった。

 ある人間が、もうひとりの悪魔を看破したのだ。

 ウッドエルフに扮した悪魔は檻の警備兵だった――そう、シンディと接していた悪魔だ。

 この悪魔もまた別の悪魔の手下。

 悪魔が能力を解放した結果、アスモデウスはアラゾアを確保するために地上界に干渉した――。


「ッ!」


 アラゾアは歯で、自分の指に傷をつける。

 ほとばしる血が通路に落ちるよりも前に彼女は詠唱を始める。


『――涙の国の悪魔王モレクよ、我が血をすすり義務を果たせ。(なれ)が眷属を使わし、同族たる悪魔を掃討せよ』


 そこにガラス板でもあるかのようだ。

 アラゾアが指を動かすと、血の跡がくっきりと宙につく。

 描かれた簡易魔法陣。

 黒い霧が噴出する――。


「ほう、モレクの手下か」

「マークス殿、やりますか」


 上半身に毛が1本も生えていない。しかし下半身は毛むくじゃらで獣のような男が白城騎士団(ホワイトナイツ)に向き合っていた。

 たかが1体と侮れない。身長は白城騎士団(ホワイトナイツ)の1.5倍くらいある。

 しかもここは細い通路。戦いは1対1になるだろう。


『ぬう……ベリアルのとこのカスどもか』


 悪魔がせせら笑う。アラゾアが背後に引き返す。ここでの戦闘は預けてしまい、どこか別の場所へ避難するようだ。

 通路上で悪魔同士の戦いが始まった。



   ■   ■   ■



 僕は、モラといっしょに「五大樹遺跡」の最奥まで戻ってきた。

 最奥……とは言っても、転移魔法陣と小さな宝箱があるだけだけど。


「ねぇ、モラ、この宝箱――」

「止めとけ。どォせ妙なトラップが仕掛けてあンぞ。解除できンのか?」

「…………」


 止しておきます。はい。

 僕らは転移魔法陣で王宮に戻る。さっきよりもあちこちから叫び声が聞こえる。

 混乱は深まっているみたいだ。


「なんだ、ありゃァ……!?」


 モラが驚いている。

 眼下、地上では戦いが繰り広げられていたのだ。

 人間と同じくらいのサイズである悪魔だ。

 そんなに強くみたいだけど――。


「ヤツか」


 モラが視線を上げる。空に浮かぶ巨大な目。そこから黒い霧が――黒い、砂みたいだ。下りてくる。幾筋も。それらが地上につくや、悪魔に姿を変える。


「ノロットォ、アラゾアはどこでェ!」

「ニオイはあっち!」


 僕らは部屋を出る。なんか眠っている衛兵がいたけど、この人こんなときによく寝てられるな……。

 ニオイは王宮の外にも続いていたけど、それよりも新しいニオイは王宮内部だった。


「お、お前たち何者だ!?」


 衛兵たちに見つかってしまう。けど、


「ちっとばかし見逃してくんなィ――『光爆撃(スビェト・ブズルィフ)』」


 古代ルシア語による短縮詠唱(ミニマムスペル)

 莫大な魔力が必要とするそれを、モラはさらりとやってのける。


「なっ!?」


 僕らの視界が真っ白に染め上げられる。

 極大光量による目くらましだ。もちろん僕ももろに引っかかる。


「ぬあ、ぬあーっ!?」

「こっちだバカタレェ」


 モラに手を引っ張られ、走り出す。ひ、ひどい……先に言ってくれてもいいのに……。

 そのまま僕らは走り続け、一カ所でニオイは途切れた。


「あれ……?」


 そこは、地上へとつながる転移魔法陣のある小部屋だった。


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