85 五大樹遺跡(5)
「なるほど、なるほど……人間とはいえ、侮るべきではなかったか。久しぶりだ、光魔法などを受けたのは……1200年ぶりか。冥界に封印されたときな。あのときのことが思い出され、正直に言おう、私は……非常に…………」
ぽつり、ぽつりとつぶやかれた言葉だったのにはっきり、くっきりと聞こえた。
「……不愉快だァァァァァアアアアアアアア!!」
黒い霧がどこからともなく現れる。
渦を巻いて、落ちた首へと集まっていく。
辺りに満ちていく、気味の悪い気配――。
「ヤベェぞ! 今度こそは撤退だ!!」
モラの言葉で僕は走り出す。
だけど、黒い霧から発せられた紫色の電撃が、僕らの帰路へと直撃する。通路が木っ端微塵に吹っ飛んでガレキの山で埋まった。
「っく……逃がさねェッてことかよ」
「モラ様、あの悪魔は――」
「人型を止めたンだ。本来の姿に戻る。ヤツは、今の今まで本気じゃなかったってこった!!」
なんだって?
この黒い霧が――あの悪魔を本来の姿にするのだろうか。
「……モラも、本来の姿に戻れたら、悪魔を倒せる?」
「!」
僕の言葉に、モラがうなずく。
「ったりめェだ!」
「ならこっち!」
僕は走りながらパチンコを取り出し、爆炎弾丸を射出する。
そこは、僕らからほど近い壁。
爆炎とともに壁が崩れ――現れた通路。
「お前ェ、この先の通路の位置、わかってたンだな!?」
「ニオイがしてたからね!」
「ノロット、危ない!!」
走る僕らの背後から発せられる紫電。
ぶん投げられたエリーゼの大剣。
電撃は金属に吸い寄せられ、大剣にぶち当たると空気中に爆ぜる。
「エリーゼ、こっち!」
「わかって――るって!!」
まずリンゴが通路に到達する。
通路に滑り込んだ僕の直後、走ってくるエリーゼ。
跳んだ彼女の手をつかんで通路に引き込む。
直後、紫電が入口付近を吹き飛ばす。
「っく!」
僕とエリーゼはもんどり打って転がった。
「だ、大丈夫……エリーゼ?」
思いがけず抱きしめていたエリーゼは、思ってもみなかったほど小さかった。
お、女の人って……小さいんだな……。
「ありがとう、ノロット――」
とか思っているとこの状況に気づいたエリーゼが顔を真っ赤にする。
でも彼女は離れることはせず、むしろ僕の胸に頬をすり寄せる。
「えへ、へへへ……これって役得――きゃん!?」
「ご主人様から離れてください。ダニが」
リンゴが軽々とエリーゼを持ち上げていた。
「放しなさいよ、オートマトン!」
「ご主人様。今後はわたくしが必ずご主人様を抱きしめ、避難し、慈しみ、愛でます」
「なんか最後のほう変なこと言ってるよね!?」
「おィ、お前ェら、さっさと走れ!!」
そうだった。
モラの言葉に従って僕らは立ち上がる。
紫電が通路の入口付近を破壊しているけれど、悪魔自身がやってくることはない。
元の姿に戻る途中――なのだろうか?
「――ノロット、先行ってて」
すると、エリーゼがショートソードを抜いた。
「ご主人様。ここはわたくしが食い止めます」
すると、リンゴが荷物を下ろして僕に背を向けた。
「え――で、でも」
「あいつ、瞬間移動使えるんだから誰かが足止めしなきゃ。だからノロットとモラだけ行ってて」
「時間稼ぎくらいならできますから」
なるべく早く戻ってきてね? と冗談めかしてエリーゼは言ったけれど――。
でもそんなことしたら、ふたりは。
「行けェ、ノロット! こいつらの男気を無にすんじゃァねェよ!!」
「あ、は、はい!」
僕は走り出す、全力で。
ニオイは濃くなっている。
モラの身体が発している、ニオイは。
■ ■ ■
「まったくもう……男気ってなによ。こんなうら若き乙女をつかまえて」
「……どこにうら若き乙女がいるのですか?」
「あ? 悪魔の前にここでお前をつぶすぞ?」
「ほら。乙女はそんな言葉は使いません」
残ったエリーゼとリンゴが言い合っていた。
「……来た」
「……なるほど、これは――厄介ですね」
ずん、ずん……と足音が聞こえてくる。
先ほどとはまったく違う存在感。
通路の出口に、そいつはやってきた。
『私に名はない。だが、他の悪魔はこう呼ぶ――高位悪魔と』
人間の脚ほどもある2本の角。
身の丈は3メートルを超える。
黒い目は相変わらずだが、額の中央にも縦にひとつ目が開眼していた。
盛り上がった筋肉の上にはびっしりと毛が生え。
尻には三つ叉に分かれた蛇の尻尾。
両手の爪は黒光りして――その1本ずつがエリーゼのショートソードほどもあった。
「早くしてよね、ノロット……」
エリーゼの額には汗がびっしり浮いていた。
「……これ、ほとんど時間稼ぎになんないかも」
■ ■ ■
僕は走っていた。
もうとっくに息は上がるところだったけど、足りない体力は精神力でカバーした。
通路が至ったのは、小部屋だ。小さな宝箱があり、その後ろには転移の魔法陣がある。
「おィ……ノロット。ここァ終点じゃねェのか?」
僕は視線を右に向ける。
殺風景な小部屋。
漆喰で塗られた壁がある。
「ノロット?」
その壁の前へと行く。
うん……確かに、キレイに塗られた壁だけど……。
「をん? ――おォッ!!」
僕は地面にあった小さな窪みを押す。
そうして壁面をぐっと押し込んだ――と。
通路が現れた。
モラの身体は、近い。




