表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
85/186

84 五大樹遺跡(4)

戦闘で若干残酷なシーンがあります

「疲れた……」


 さすがにへろへろだよ。

 僕だってパチンコを撃ちまくれば腕だってしびれる。


 モンスターと戦い始めてから3時間くらい経ったろうか。

 最後のコボルドをエリーゼが叩き斬ると、退路を塞いでいた扉が開き、なにもない壁にも通路が出現した。


 ちなみに僕は一度撃ち込んだ弾丸を拾って再利用していた。

 モンスターたちは倒れると、煙のように消えちゃったんだよね。

 だからこの第3のホールはきれいなもの……でもないか。

 あちこちえぐれたりヒビが入っているから……。


「ここ抜けたら休憩にしよォや」


 モラの提案に、ノーを言う人はいなかった。まあ、リンゴは当然のように元気なんだけど。


「まだ先があるのかしら……」


 すこし広い通路に出たので、僕らは腰を下ろした。

 早速エリーゼはごろんと横になっている。

 ……ほんとうに貴族の令嬢だったのかな、と疑問に思ってしまうほどに自然な振る舞いだ。


「ご主人様。まだモラ様のニオイは続いているのでしょうか?」

「うん。間違いない」

「——すっごいよね、ノロットのその能力。こんなに歩いてきてるのにニオイが届くなんて」


 エリーゼがごろんとこっちを向いて感心したように言う。

 まあね。

「翡翠回廊」でモラの身体がなくなっていたときに、モラの身体のニオイだけは完全に覚えたからね。


 でもエリーゼの言い方は、「それだけ強いニオイなの?」とも聞こえるわけで。

 額に青筋立てたモラがエリーゼをにらむとエリーゼは逃げるように反対側にごろんと身体を向けた。


「……ノロットォ、あとどれくらいか、わかるか?」


 モラが気にしているのはたぶん、僕らが潜ってからもう丸1日経過しているということだろう。

 今から休憩を取るとすると、復路を考えてもあと半日くらいしか探索の時間はない。

 あと半日くらいで着くのかどうか——。


「はっきりとはわからないけど、そう遠くないと思う」

「そ、そォか!?」


 飛び上がらんばかりにモラが喜んだ。

 僕の鼻はちゃんと仕事をしている。

 ニオイは濃くなってきているし、この感覚だと、モラの身体までめちゃくちゃ遠いということはあり得ない。


 僕らは3時間ほど仮眠を取った。

 活動を再開したのは昼の12時過ぎ。

「五大樹遺跡」に潜り始めてから1日と半分くらいだ。


 それから5時間くらいかけて進んだ。

 分岐がいくつもあったけど、鼻の利く僕には迷う必要がない。

 細かいトラップが多くてその対処にとにかく時間がかかった。

 もう外は夕暮れどきだろうか——というころだ。


 僕らはまた大きな空間に出た。

 言うなれば「第4のホール」である。


「ん……なにもない?」


 広さは他のホールとあまり変わらない。

 なんとなく壁画が描かれているのも同じだ——ただ、ここの絵は今までのものとは少し違う。

 今までは「竜」や「ゴーレム」といった、わかりやすいモンスターの絵だった。

 でもここは……違う。


「炎……でも赤くない、黒いね。それに人間が苦しんでいるような……」


 嫌悪感を覚えるような絵だった。

 よくよく見ると、人間の顔は精緻に描かれている。苦悶の表情がはっきりとわかる。

 でも、それ以外にはなにもないホール——だと思っていた。


「元の絵の趣味が悪かったからな……描き直したのだ」


 背後からの声に僕らは一斉に振り返る。

 ホールの中心に人影があった。

 いや、“あった”と言うのはおかしい。

 僕らが最初に見たときにはなにもなかった。このホールは。趣味の悪い壁画があるだけだった。

 こんな人、いなかった。


「……我が主君の話では、ここまで人間が来るにはあと数十年はかかるであろうということであったが……どういうことだ」


 その人物は、人差し指を曲げてあごに当て、考え込むような仕草をする。

 そんなポーズだけで絵になるほど、整った見た目だった。


 着ている服は、僕がグレイトフォールのオークション会場で見たような、貴族が着ているものに近い。

 肩がふくらんだ作りで、布地は光沢を放っている。


 その人物は——肌の色が、青ざめていた。

 色が悪い、ということじゃない。

 青色だったんだ。

 黒髪はオールバックにしていて、整髪料で固めている。

 耳はエルフのようにとんがっている。

 口には牙のような犬歯がのぞいている。


 瞳は——黒かった。

 一面の黒色だったのだ。


「悪魔……」


 僕の声が震えていた。

 彼を見た瞬間から、悪寒が止まらなかった。

 口からこぼれる呼気は白く漂っている——ホール内の気温が急激に下がっているのだ。


 ヤバイ。

 こいつがヤバイってことは、戦ってみる必要もないくらいにわかりきっている。


「撤退しろォ!!」


 モラの声が発せられる。でも僕の足が動かない。するとリンゴは僕の身体を横から抱きかかえるようにして走り出す。

 エリーゼもあとからついてくる——。


「おっと」

「!」


 通路の入口へ引き返そうとする僕ら。

 その入口前に、瞬間移動して現れた先ほどの男。

 リンゴが急ブレーキをかける。


「ノン、ノン、ノン。なにゆえ逃げる? ここまで来たのだぞ。私がこの……遺跡? 最後の守護者である。なにゆえ挑まぬ?」


 人差し指を立てて左右に振って「ノー」を示す男。

 逃がす気がない——と気がついて、僕は逆に腹が据わった。


「……お前、悪魔だな?」

「いかにも」

「アラゾアと契約しているのか」


 ぴくり、と悪魔の眉が動いた。


「……契約したのは我が主君である」


 アラゾアは複数の悪魔と契約しているはずだ。そのうちのひとり——さらにその部下。

 どんだけすごい悪魔と契約してるんだよ……アラゾアは!


「俺っちたちは、あきらめる。この遺跡の攻略をあきらめる! だからそこを通してくれ」

「ちょっと!?」


 エリーゼが驚いて声を上げる。

 だけれどモラが、臆病風に吹かれてリタイアを宣言したのではないことくらい僕にもわかる。


 おそらくこの悪魔は——桁違いの実力者だ。

 王海竜と対峙したときの戦慄。

 同じくらいのものを感じている。

 戦闘に特化したプライアのパーティーがいればこの悪魔と戦っても勝てるかもしれない。

 でも、今は無理だ。

 僕らだけだったら、無理だ。


「…………」


 またも考え込む様子を見せる悪魔。


「……確かに、私に与えられた命令は『この部屋を通すな』ではあるな」

「それなら——」

「しかし、私は人間と戦いたい」


 ……は?


「人間の実力がどれほどのものか、知りたいのだよ——魔界からわざわざこちらへ召喚されたのだ。それを知る権利くらいあるであろう?」


 あろう? と言い終わるかどうか——僕はリンゴに突かれて横に吹っ飛んだ。


 ドンッ。


 突っ込んできた悪魔の右拳。

 何気なく放たれた一撃。

 リンゴが両手で受け止める——のだが、彼女の身体は10メートル以上も背後に押された。

 靴底の金属と、石材で造られた床がこすられる音が響く。


「ん……? お前は人間ではないのだな? 面白い——」

「——なにいきなりやってくれてんのよ!!」


 がら空きの真横からエリーゼが大剣を繰り出す。

 横に薙ぎ払う神速の一撃だ。


「えっ!?」


 それを、悪魔は右手だけで止めた。

 ちょんっ、とつまむようにして。


「ほう、なかなかよい剣を使っているな。手のひらで止めていれば切れていた」

「な、なん、で……」

「悪魔に物理攻撃はほとんど効かねェ! 連中は魔力で身体能力をべらぼうに底上げしてンだ!」


 モラが叫ぶ。


「そのとおり。よく知っているな、そのカエル……ん、カエル? カエルがなぜ言葉を話す?」

「ノロット! ここァこいつの魔力が充満してやがる! ありったけの魔法を叩き込んで中和すンぞ! 出し惜しみは一切なしだ!」

「わ、わかった!」


 僕は即座にパチンコを構える。


「命じる! 爆炎弾丸(フレイムバレット)よ、起動せよ!」


 放たれた魔法弾丸は悪魔の眼前で巨大な炎となる。

 その弾みでエリーゼの剣も離され、彼女は悪魔から距離を取る。


「ふむ……なかなか強い魔法だ。魔法? ふむ、マジックアイテムか?」


 悪魔は無傷だった。

 その周囲を取り囲む、紫色の魔法障壁(マジックバリア)

 初めて見る。

 高位の魔法使いが修得できるという魔法だ。

 モラも使えるみたいだけど、それはカエルになる前の話だ。


「気にすンな、どんどん叩き込めェ!」


 言いながらモラも詠唱を始める。


『――叡智を司る魔神ルシアよ、理を超えし力を俺っちに授けェ。神の起こせし業は奇跡、人の抗う跡は連理、仇敵を貫く矢よ、ここに至れッ!!』


「命じる! 酷寒弾丸(ブリザードバレット)よ、起動せよ!」


 モラから飛びだしたのは純粋魔力をぶつけるマジックアローだ。4本の矢が高速で悪魔に飛来する。その後ろから氷結魔法を込めた魔法弾丸が飛来する。


「ふむ……」


 その両方とも魔法障壁によって防がれてしまう。

 だけど、僕らは続ける。


『大地の精霊よ、俺っちの呼びかけを耳ン穴かっぽじってよォく聞けィ――』


「命じる! 地殻弾丸(クラストバレット)よ、起動せよ!」


 僕とモラのチョイスが一致する。

 悪魔の足下から大地がせり上がる。

 飛来する魔法弾丸が巨大な岩石に包まれる。


 魔法障壁にぶち当たってとんでもない爆音が響き渡る。


「次ィ!」

「わかってる——」

「……あまり続けられるのは、不快だな」


 僕らの背後に瞬間移動していた、悪魔。

 僕の背中に繰り出される右拳——。


「ぬううううっ」


 そこへ滑り込んでくるリンゴ。

 両手で受け止める——が、さっきと違って吹き飛ばされない。

 彼女の靴が、床面にめり込んでいた。


「ほう——」


 驚いたような表情を浮かべる悪魔。


「ご、ご主人様、遠慮なく魔法を使ってください! この者、先ほどより力が落ちています!」

「リンゴ、ありがとう!」


 僕とモラが再度魔法準備に取りかかろうとすると、


「そう易々と次をさせるとでも? ——むっ」

「そう易々と妨害させないわよ!!」


 走り込んできたエリーゼは——大剣を使って突きを放つ。

 瞬間移動で悪魔は逃げるが、それは僕らから距離を取るということ。


『——この声が聞こえるか、光神ロノアよ、風の淀みしこの地へ、ロノアの恩恵を降らせ——』


 僕が雷撃弾丸(サンダーバレット)を手に取ると、聞いたことのない詠唱をモラが唱える。

 光魔法——。

 アンデッドモンスターや悪魔系モンスターに、強烈なダメージを与えるものだ。

 ただ消費魔力がとんでもないはず。


「命じる! 雷撃弾丸(サンダーバレット)よ、起動せよ!」


 僕の手にあるうちからバチバチッと電流がほとばしっている。

 悪魔目がけて放たれた電撃は、魔法障壁に阻まれる。

 だが、そこへモラの追撃だ。


「ノロットォ、頼むぞ!! 行けやあああああああああ!!」


 僕の身体ごと包むように展開する魔法陣は数十。

 悪魔の頭上に、光の塊が現れる。


「むっ」


 悪魔の——整った顔が歪む。

 光線が降り注ぐ。

 魔法障壁を通過し、悪魔の身体に突き刺さる。


「ぐ、ああああああああ!!」


 と同時にモラの身体がぐったりする。僕はその口に魔法宝石を突っ込んだ。

 モラの言った「頼むぞ」という言葉。

 魔法を補充しろということだ。


 でも1つじゃ足りなかった。さらに追加で2つの宝石を突っ込んで、ようやくモラは息を吹き返す。


「せええええいっ!!」

「はあああああ——」


 苦しむ悪魔へ、エリーゼとリンゴが追撃をかける。

 大剣が悪魔を串刺しに。

 リンゴの蹴りが悪魔の首を吹っ飛ばす。


 ごんっ、ごんっ、ごろごろごろ……。


 黒い血を流しながら頭は転がっていき、止まった。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 僕らはその様子をじっと観察していた。


「……倒した?」


 と、僕が口にしたときだった。


「!」


 転がっていった悪魔の首——両目が、ぱちりと開いたのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ