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83 シンディさんの場合

シンディ視点の三人称です

「ぬあー! なんでですか! なんでなんですか! いつまで私を拘束するんですか! そんな権利はあなたたちにはないと思いますけどー!」

「うるさい。亜人が」

「人種差別だ!」


 檻の中でシンディは吠えていた。

 ノロットたちが「五大樹遺跡」に潜り出したその翌朝、さらに次の日になっても、彼女はウッドエルフの警備兵に拘束されたまま解放されずにいた。


 いや、解放どころか取り調べさえまともに行われていない。

 それもそうで、ウッドエルフはパラディーゾだけに拠点を構える、閉鎖的な種族だ。人間族やエルフ族以外にはかなり偏見を持っているからだと言える。


 シンディが放り込まれている檻は、パラディーゾの中でも郊外に位置している。

 樹海の入口に近いほうだ。

 枯れた巨木を活用していて、幹をくりぬいてそこに鉄格子をはめている。

 室内にも置かないあたり、扱いはそうとう悪いと言っていいだろう。


「私、記者なんですからね! グレイトフォール・タイムズの!」

「何度も聞いた」

「書きますよ! 記事に書きますから!」

「書きたければ書け。どうやって新聞社に持っていくのは知らんがな」


 警備兵のひとりが言うと、他の兵士がげらげらと笑った。


「むきゃあああああ!」


 頭に来たシンディ。

 彼女は取り上げられなかった荷物——というか武器の類はまったく持っていなかったので彼女の荷物はまったく取り上げられなかったのだ——から、魔導転写紙(コピーペーパー)を取り出した。彼女が書いた文字が、そのまま対になっている受取手のところまで転写されるというマジックアイテムである。


「ふへっ、ふへへへ……書いてやる、書いてやりますよ、パラディーゾの腐敗を、人種差別の実態を……私はこのネタで社会派記者として華々しくデビューしてやりますよ! ウッドエルフどもにぎゃふんと言わせてやりますよ!」

「うるせえぞ女!」

「ぎゃふん!?」


 檻を蹴り飛ばされて10センチくらいシンディは飛び上がった。


「黙ってろ……ったく」


 涙目になったシンディではあったが、書いている内容を自分の身体で隠すようにこそこそと記事を書き出したのであった——。




 その日も暮れた。

 シンディは眠っていたらしい。記事を書くだけ書いて、書き殴って、ライターズハイになったまま疲れから眠りに落ちたようだ。

 ごとん、という音で目が覚める。

 振り返ると檻の隙間から夕飯が置かれていた。

 夕飯……と言っても、硬いパンに野菜の切れ端が浮いているスープ。もう、数日間これしか食べていない。

 むかむかとしながらも食べないわけにはいかないので、黙ってパンを手に取る。


 檻の前に置かれたかがり火が周囲を照らしている。

 正面は警備兵の詰め所。石造りの堅牢な平屋で、開かれた木窓からは中が見えるものの誰もいない。

 無愛想な警備兵が、シンディのいる檻から離れたところに立っているきりだ。


「ちょっと、いい加減私の取り調べ始めてくださいよ。いくらなんでも放置しすぎでしょ」


 人種差別とは言っても、やり過ぎではないかとシンディは思うようになった。

 感情に任せて長文を書き殴ったところ冷静になったのである。


「…………」


 無愛想な兵士は、無視だ。


「ったく、これで明日もなにもなかったら、ノロットさんを呼びますからね。いいですか。ノロットさんですよ。ダイヤモンドグレード冒険者のノロットさんと私は友人関係にあるんですからね。親友といってもいいくらいなんですよ」


 ノロットが聞けば「いつ友人になったんですかね……」と怪訝な顔をすることは請け合いなのだが。

 警備兵の耳がぴくりと動いた。が、やはり無視される。


「はー、やれやれ。こんなマズイものでもお腹はふくれるんですねえ」


 シンディはなんだかんだで完食すると、魔導転写紙(コピーペーパー)の置かれている場所へと戻った。


「……あれ?」


 そこへシンディは、不思議なものを発見した。

 シンディが書いた文章は先方に転送される。

 で、シンディはこれの小型版も持っていた。というのもグレイトフォール・タイムズ本社からの連絡用で、シンディ側の紙に文字が浮かび上がるのだ。

 だが、向こうが文字を書いて寄越すことは滅多にない。

 たかが紙とはいえ、マジックアイテムである。高価なのだ。

 本社側から連絡をしても1ゲムの得にもならないために「ぼちぼち帰ってこい」とか「父危篤」とかそのレベルの内容でなければ文字が送られてくることはない。


 なのに、ここに文字が浮かび上がっている。


「おお! さては私の境遇を不憫だと思った編集長が、なにか手を打ってくれたんじゃ……」


 基本的にネガティブな想像をしないシンディは、ウキウキしながら本社から送られてきた文字を読む。


「…………」


 そう、長い文章ではなかった。

 本社から——グレイトフォール・タイムズ編集部から送られてきた、メッセージは。


「…………」


 だけれどシンディは、その文章が意味するところを理解するのに、たっぷり15分はかけた。


「——警備兵さん!!」


 弾かれたように走り出したシンディは、檻を両手でつかんだ。


「お願い、お願いだから私を今すぐここから出して。お願い! お金なら払うから! いくらでも——っていっても持ってる限りしかないけど」

「…………」

「ちょっと無視しないで! これ、ヤバイの! ほんっとーにヤバイの! “世界の損失”なんだから!!」


 その剣幕に押されたのか、のろのろと警備兵はこちらへやってくる。

 不快そうな顔だ。


「出さない。規則だ」

「だーかーら! 非常事態なのよ! わかる!? 今から私——ノロットさんのところに行かなきゃいけないの! どうしてもなのよ!!」

「ダメだ」


 その頑なな振る舞いにシンディがブチ切れる。


「なんなのよ! さっきからそればっかり!! あんたになにがわかるってのよ! ノロットさんがパラディーゾを出ちゃったら連絡取れなくなっちゃうじゃない!! そしたら責任とれんの!?『魔女の羅針盤』がどこか別のところ指してるのかもしれないのよ!?」


 そのとき——始めて警備兵の様子が変わった。

 目を見開いたのだ。

 だけれどシンディはそんな彼の様子に気がつくことはなく、感情のままに声を発する。


「この分からず屋! 悪魔!!」




「……なぜ、わかった?」




 真冬の夜風のような声が、シンディの耳をかすめた。

 それは周囲の気温を数度押し下げたかのようにさえ感じられた。


「……え?」


 我に返る、シンディ。


「俺の“乗っ取り”は、完璧のはずだが……」


 警備兵の様子がおかしい——いや、見た目もおかしい。

 若干つり目気味のウッドエルフ特有の目。

 その目が、白目も瞳も関係なく真っ黒に染まっていたのだ。


「あ……あ、あ…………」


 へなへなと座り込むシンディ。


「悪、魔……」


 パラディーゾの警備兵。

 こんな街に、悪魔がいる。

 それはほぼ考えられないことだった。

 悪魔は身体全体から漏れる魔気や障気のせいですぐにその居場所がバレる。

 バレれば、教会直轄の聖騎士や、冒険者が討伐にやってくる。


 だが例外もある。

 完璧に悪魔の痕跡を隠せる者だ。

 それらは悪魔種の中でもきわめて能力の高い悪魔——アークデーモン、デビルロードといった類の存在である。


 シンディが知っているのは、上位悪魔は伝説上の存在である、ということだ。

 一吹き息を吹きかければ、100人を超える人間の命を奪うと言われている。


 シンディにとって不運だったのは、ノロットたちが追う魔女が、同様に悪魔からも追われている——しかも複数から——ということだ。

 このパラディーゾに、いてもおかしくなかったのだ。

 悪魔が。


 おそらく——。

 目の前の悪魔は、上位悪魔のひとりに違いない。


「知られてしまったからには……」


 漏れ出る障気。

 シンディは、自分の股間がじんわりと温かくなったことにさえ気づかなかった——。



「おーい、差し入れ持ってきたぞー」



 そのとき、だ。

 他の警備兵がやってくる。

 彼らは周囲の空気が穢れていることに気づく。


「なっ、なんだこれは!?」


 4人で来たのがよかったのかもしれない。

 ひとりが異常に気がついた瞬間、悪魔から伸びた黒い霧の腕がその者の頭を包み込む。


「ぎぃやああああああ!?」


 身体が宙に浮く。暴れるが、霧をつかもうとしてもつかめるわけがない。


「おい!?」

「あいつ、なんだ!? 仲間じゃない!」

「対応しろ!!」


 剣を抜く者、体当たりで黒い霧から仲間を解放する者、警笛を鳴らし仲間を呼ぶ者。


「チィィィッ、ヤツらにまで気づかれたか!!」


 忌々しげに舌打ちをした悪魔は——“空”を見上げた。


 警笛に呼ばれた兵士たちが駈けつける。

 その一方で、また“別の”異常に気がついた者たちもいた。


 夜空——先ほどまで、枝の隙間から星空がちらちらと見えていたというのに、今は暗雲が覆っていた。

 暗雲は渦を巻いていた。

 パラディーゾ王宮の真上が、ちょうど渦の中心だ。


 渦の中心に、巨大な——目が、現れた。


 目はじっと見下ろしていた。

 暗闇など関係ないとでもいうように。

 なにかを見下ろしていた。

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