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82 五大樹遺跡(3)

 次にたどり着いたのは小部屋だった。

 だけれど、ただの部屋じゃないことはすぐにわかる。


「うーん……こりゃァ、なんだ?」

「『翡翠回廊』にはなかったよね」


 段差がある歩道、小型の吊り橋、丸く飛び石になっている足場。

 ミニチュアの登山道というか渓谷というか、大自然を小さくしたような場所だ。


「あー。ロンバルクの中央市にこういう公園あったなー。子どもがさ、遊ぶんだよね」


 エリーゼがそんなことを言った。ロンバルクは彼女の故郷だ。


「遊具ってこと?」

「うん。飛び跳ねたりするのに最適」


 それはそうかもしれない。


「……でも、足を踏み外したらどうなるんだろ、これ」


 底が、見えない。真っ暗である。

 試しに「わっ」と声を発してみると、わっ……わっ……わっ……とエコーして聞こえている。

 相当深い。


「子供だましです。さっさと渡ってしまえばよいのでは」

「待って、リンゴ」


 行こうとするリンゴを僕は止める。


「それだけじゃないんだよね。ここ……トラップだらけだ」


 段差には踏んだ瞬間飛び出してくる針が。

 吊り橋の踏み板のいくつかには爆薬が。

 飛び石にも幻影が混じっている。


「なっ、言ったろォ? アラゾアは死ぬほど性格が悪りィんだ」


 モラが言った。




 トラップを解除しつつ、足場の悪い道を進む——これはね、思っていた以上にはるかにストレスだったよ……。

 トラップを解除できるのは僕しかいないし。

 振り返ると通路にもたれかかってエリーゼは寝てるし(たぶんモラも寝てる)。


「ああ、眠気をこらえて作業をするご主人様……なんと健気な……」


 リンゴもわけのわからない感動に包まれて目元を押さえているし。

 およそ2時間で一通り歩けるようになった。

 幻影の踏み場エリアは、もういっそジャンプして一気に渡ることにした。

 アラゾアの性格が悪い、か……。




「これも性格が悪いってこと?」

「……む、ま、まァ、そうだな……」


 仮眠を取って、食事をして、進んだ先にあったのは——「回廊」だ。

 回廊っていうのはさ、そもそも中庭なんかをぐるっと囲んでいる通路のことなんだよね。

 1周してる必要は必ずしもないんだけど——今、僕らが目にしているここは、1周している。

 いや、1周どころか何周あるんだ、っていう。


 足下は石畳、左右は硬く強化された土壁。

 アーチを描いて、ちょうど頭上中央でアーチがぶつかっている。

 ずーっと真っ直ぐ歩いていくと、右に曲がる。

 ずーっと真っ直ぐ歩いていくと、また右に曲がる。

 ずーっと真っ直ぐ歩いていくと、また右……。


 こうすると元の位置に戻るわけじゃない?

 でも、そうならない。

 目の前にはまた同じ回廊。

 このトリックは簡単で、


「わずかに傾斜がついてる」


 僕はしゃがんで床を見る。

 向こうに行くにしたがって下がっていくんだ。

 エリーゼがげんなりする。


「えー? じゃあ同じところをぐるぐる歩いて降りていってるワケ?」

「いやらしいのは歩くだけじゃないってことだよね……」


 ちなみに言うとトラップ満載だ。

 最初の通路にあったような矢や吹き矢といった初歩的なトラップがあちこちに張り巡らせてある。

 面倒なのは、1カ所を解除して安心すると、同じ場所にもう1つ仕掛けてあったりすること。

 こっちの神経をどんどん磨り減らす。

 同じところを歩かせて、自分がどこにいるかもわからなくなってくる。

 これもまたストレス要因だ。


「あっ、名案思いついちゃった! ねね、聞きたい? 聞きたい?」

「……話したければさっさと言えばいいのに……」


 ぼそっとリンゴが絶対零度の声を発する。が、幸いなことにエリーゼには届かなかったようだ。うん。こういうふうに神経を磨り減らして仲間同士のケンカを誘発させたりするんだろうね。お願いだから止めてね……。


「名案っていうのはね! なんと——床を破壊しようってことなの! 同じところぐるぐる回ってるなら床を破壊してさっさと降りちゃえば早いでしょ? ね、すごくない? ダンジョン製作者の予想を上回ってない?」

「…………」

「ちょっとノロット、反応悪いー。なに、あたしがすごいアイディア出しちゃったから度肝抜かれちゃった?」

「……いや、それはさすがに思いつくよ」

「え? じゃあなんでやらないの?」

「実はモラの創った『翡翠回廊』にもこれと同じものがあったんだ——ってまあ、『回廊』って名前のつく遺跡だからさ、むしろこの回廊中心で構成されていたんだけど、それはさておき……エリーゼが考えたような突破方法を実行されないように2つの対策がされてるんだよ」


 ひとつ。

 完全に回廊の階層上下が一致しないよう、一辺ごとの長さが微妙に違っている。


 もうひとつ。

 天井には強力な魔法保護がかかっていて、並大抵の攻撃では破壊できない。(これは崩落保護の意味合いもある)


「えー……そうなの?」

「ん。残念ながら」

「…………ご主人様。確かに残念ながらですが、どうやらこの回廊はその対策がとられていないようですよ?」

「え?」


 リンゴがいきなり変なことを言い出した。

 彼女は足の裏で床を蹴る。ごんごんと音が聞こえる。


「そう遠くない下に、空間が広がっている感じがします」

「ええ!? ど、どうしてそんなことに……」

「……それになァ、魔法保護もかかってねェぞ」


 次にモラが言い出した。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 僕らは視線を交わした。


「リンゴさん、やっておしまいなさい!」

「承知しました」


 持ち運びの荷物を下ろしたリンゴは、前方に跳躍して——地面に強烈な蹴りを放った。




 僕らは12階層を一気に降りることができた。

 アラゾアは、モラがしていた「工夫」を一切施していなかったんだ。

 おかげで天井の崩落が激しくて、考えていた以上に広範囲が崩れ落ちたけど。


「アラゾアは……まァ、俺っちのまねごとをしたかっただけなのか? 見た目ばっかりにとらわれやがって、肝心な中身を押さえてねェ」

「モラが『翡翠回廊』を創ったときに、教えなかったの?」

「わざわざ教えなくったってよォ、見てりゃわかるだろォが。大体実際に手ェ動かしたのァアイツだぜ。それに見ろィ、この回廊の殺風景なこと。俺っちの回廊ァそりゃもう美しく磨き上げてよォ……」


 翡翠を使ったマジックトラップが中心だった「翡翠回廊」は、装飾としても翡翠を使っていたから白と碧の美しい回廊ができあがっていた。

 ここは……それに比べたら、「舗装された洞窟」って感じだよね。


「ンで、お次はなんでェ」


 そうして僕らは広いホールに出た。「第3のホール」である。


「こういうホールってさー。たいていやること決まってるよね?」


 エリーゼが背負った大剣に手をかけながら言う。

 うんうん。わかる。

 おきまりなんだよね……。


 と——僕らの背後、通路に鉄扉が落ちてきていきなり退路は封じられた。

 ガシャン、ガシャン、ガシャン、という音がホールのあちこちから聞こえてくる。

 それは壁に備え付けられた鉄格子の外れる音。

 それは——大量のモンスターが解き放たれる音。

 瞳に光を失ったコボルド。

 ふわふわと漂う鬼火。

 50センチくらいの大きさのケイブバット。

 小型ながら、数がとにかく多い。


「全部片づけますかー」


 と、エリーゼはいつだって気楽だ。


「ご主人様、わたくしが守りますので……」

「ん、大丈夫。自分の身は自分で守れる。それよりリンゴの荷物が邪魔じゃない?」

「これくらいたいした重さではありません」

「そ、そう?」


 リンゴの身長の1.5倍くらいあるんだけど……。


「ほれほれ、ぼっとすんねェ。一掃すんぞォ。こいつは俺っちに任せて、リンゴは暴れてこい」

「承知しました」


 そしてリンゴも飛びだしていく。


「ほんとうなら回廊を歩いて歩いて疲れ切ったところに、これだったんだろうねえ……」

「まァな……」

「モラがアラゾアを受け入れなかった理由がちょっとわかった。モラ、そういう抜けてる人、好きじゃないもんね?」

「あのなァ、ノロット。お前ェは勘違いしてるが、俺っちは——」


 モラは、顔をしかめて口をもごもごした。


「——チッ。どうせそのうちわかンだ。今はモンスターをブッ倒すぞ」

「はいはい」


 僕は、それがモラの「図星」に対する反応なのだと思ってにやにやしながらパチンコを手に取った。

 まあ、実はその反応は全然違う意味を持っていたのだけど——今の僕にはそれを知る術はなかった。


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