81 五大樹遺跡(2)
左のルートを進む。通路は細くなったものの、十分余裕を持って歩くことができる幅だ。
「……ねえ、モラ、ここって“似てる”よね」
「をん? あァ……お前ェも気づいたか。そうさな。ここァ『翡翠回廊』によく似てる」
土質も、ニオイも全然違うけど——全体的な工法は「翡翠回廊」と同じだった。
やっぱりアラゾアが創ったんだと再認識する。
また、トラップも早々に発見した。石を踏むと矢が飛び出してくる類のものだ。ひょっとしたらほんとうにこのトラップで調査メンバーがケガをしたのかもしれない。
血は落ちていない——念入りに拭き取らない限りニオイでわかる。
ただ、矢の場合は突き刺さり、その場で抜かない限りは失血は抑えられる。
アラゾアにはこのルートから血のニオイがするとでまかせを言ったけれどぎりぎり真実だったかもしれない。
「モラ様。アラゾアはトラップの作成も得意だったのでしょうか」
「ん……向いてねェよ、アイツは。特にマジックトラップがてんでダメだ」
「ではこの矢のトラップのように、物理トラップが多いのでしょうか?」
「即断はできねェが、可能性は高い。もちろん、この700年、アイツがなにしてたかなんて俺っちは知らねェからよ」
いずれにせよ、マジックトラップならモラが解除できる。物理トラップなら、ある程度は僕だってわかる。
今の矢のトラップにせよ、僕にははっきりと罠が確認できた。
どうしてだかわかる?
答えは簡単で——やっぱり、ニオイなんだよね。
物理トラップはほとんどの場合において金属を使用する。
これだけ土のニオイが立ちこめてるところで、金属のニオイがしたら、そりゃぁなにかあるってワケ。
これが100年以上経っていたりすると、錆びついたり、他の土のニオイとなじんでしまってわかりにくくはなるんだけど、今回の遺跡はできたてほやほやだからね。くっきりとニオイがするんだ。
僕らは次々とトラップを解除して進む。
落とし穴、ギロチン、吹き矢……。
どれもこれも単純で、ある場所を通りがかったら発動するものや、ワイヤーが引いてあってそれを踏むと発動するものなんかだった。
「うーん……」
「なんでェ、ノロット。絶好調でトラップ解除してるくせに、顔が浮かねェな。謎もクソもねェ遺跡だとつまらねェか?」
「……ちょっと、僕が遺跡バカみたいに言うの止めてくれる?」
「遺跡バカだろォが。なあ?」
「うん。ノロットは遺跡バカよ」
「…………」
エリーゼは即答し、リンゴはそっと視線を逸らした。おい! それ肯定だろ!
「ま、まあいいよ。僕のことは……。で、僕が気にしてるのはさ——こんなに温くていいの? ってこと」
「んん?」
「だってここを観光地化するほどの遺跡にするのなら、難攻不落じゃなきゃいけないじゃない? つまり踏破されちゃいけないんだよ。にもかかわらず、こんなにぽんぽん進める」
「ご懸念はもっともですが、ご主人様は超一流の冒険者ですから。ぽんぽん進めて当然と言えます」
も、も、も、もう!
んもー、なにこのオートマトン言っちゃってんの? うれしくなっちゃうよ?
「おィ、リンゴ。こいつを甘やかすンじゃねェ」
憮然としてカエルが言う。
「確かにお前ェの言うことももっともだが……こうとも言えるンじゃねェか? 最初は簡単……先が気になる造りにしておき、どんどん難しくなる。最終的にゃァ、踏破させる気がねェほどに難易度を上げる、と」
「ああ……」
なるほど、と僕が言いかけたときだ。
僕らは広い空間へと出た。
「第1のホール」と同じ広さ。つまりここは「第2のホール」か。
「アラゾアの性格上、こォいうところに仕掛けてンだ」
モラの言うことは当たった。
ぎぎぎぎぎ……と分厚い金属のこすれる音が聞こえる。
正面に現れた——人影。
巨大な人影。
首はなく、巨大な全身金属鎧——“生ける鎧”と呼ばれる魔導生命体。
「アイツの得意技は“召喚”だからよォ……ってェか、徐々に難しくするどころか、一気に難易度上げやがったな」
それが、3体。
襲いかかってきた。
リビングアーマーは魔物専門冒険者でもなかなか相手にするチャンスは少ないかもしれない。
というのも、この魔導生命体を召喚するには高度な魔法が必要になるからだ。
中級の遺跡で最奥の秘宝を守るような存在だったりする。
それが3体かよ……。
がしゃこんがしゃこんと歩くたびにリビングアーマーから音が鳴る。
動きは鈍い。だけど防御力は当然高そうだ。僕のパチンコはいきなり役立たずくさい。
「モラ、弱点は!?」
「何度ぶったたいても意味がねェぞ! 復活しやがるからな!」
真っ先に飛び出したリンゴがリビングアーマーの腹に蹴りを入れる。どんがらがっしゃーんと鎧はバラバラになるけれども、1秒くらいでふわりと浮いて元の形に戻ってしまう。
「じゃーどうすんの……よっと!」
エリーゼの大剣が頭上から振り下ろされる。
それは——リビングアーマーを真っ二つに割った。
「お、おお……」
エリーゼは怒らせないでおこう……じゃなくて、すごい威力だ。大剣を強化しただけはある。
でも、リビングアーマーはまたも復活した。
割れた鎧すらもぴったりとくっついたのだ。
「うへ……これじゃどうしようも——」
「エリーゼ、左!」
横から最後の1体が突っ込んでくる。エリーゼはかろうじて横に転がったけれど、振り下ろされたリビングアーマーの拳は、土をえぐって地面を震わせた。
すんげぇパワー……。
これ、一発でも食らったらアウトだ。レザー製の防具じゃあ太刀打ちできない。
「鎧のどっかにコアがある! 俺っちが鎧の連結を解くから、その隙に叩け!」
「承知しました、モラ様」
「オッケー。……ああ、もう、早々に汚れちゃったじゃない」
転がったエリーゼはぴょこんと立ち上がって服をはたいている。
『——叡智を司る魔神ルシアよ、現世の理を侵しし哀れな生命を捕らえよ。彼の者と現世の結びを弱め、理を正せ——』
モラの詠唱が響く——。
直後、リビングアーマーの足下から何本もの青白い腕が伸びてくる。
鎧のあちこちをつかみ、地面へと引き寄せる。
金属音を立ててリビングアーマーがバラバラになる。
「コアが出るぞッ」
そのとき——赤黒く光を放つ物体が浮かんでいた。
「そこっ!」
エリーゼが大剣で突きを放つ。細身の剣でも扱うかのごとき精密な突きだ。
切っ先が突き刺さると、光はすぐさま消える。
同時にリンゴが別の一体から飛び出た赤黒い光に隠し刃を突き刺していた。
そちらもあっけなく光が消える。
そして最後の一体——リンゴがすぐに走って向かおうとするけれど、それだと間に合わない。
モラの魔法の効果は短時間で尽きて、鎧の再構築が始まろうとしている。
バチュンッ。
そんな音が聞こえた——僕がパチンコで放った弾丸が、赤黒い光を撃ち抜いたとき。
「お、おォ……俺っちはもう一発詠唱が要るかと思ったが……やるじゃねェか」
「すっごいじゃん、ノロット! よく当たるよね」
「さすがです、ご主人様!」
僕だってたまには戦闘で活躍しますよ?
リビングアーマーを倒すと、抜け殻となった鎧はそのまま残る——のかと思いきや、全部灰になってしまった。
ちなみにモラは、さっきの魔法詠唱ですでに魔法宝石から魔力を抽出したらしい。
簡単に倒したようで、魔力消費は半端なかったようだ。
もしも正攻法で倒すなら、鎧を木っ端微塵にして、鎧のどこかに隠れているコアを探し出す必要があったのだとか。
「……で、どうする? 先に進むの? あたし、もう結構眠いんだけど」
「うーん。ここで仮眠を取ってもいいんだけど、気持ち的にはもうちょっと進んでおきたいかな。あんまり入口に近いとさ……」
懐中時計で時刻を見ると朝の4時である。
僕はふとなってモラに聞いた。
「ねえ、モラ。リビングアーマーってアラゾアが召喚したんだよね? これを倒しちゃうとそのタイミングでアラゾアにバレたりする?」
「いンや、それはねェな。個体ごとに魔法上の、あるいは召喚契約上の接点を持たせているなら別だが、それをやると消費魔力がハンパじゃねェ。遺跡内に点在させるモンスターにいちいち使ってらんねェだろォよ」
「そっか」
「……ただ」
「ただ?」
「悪魔は別だ。アラゾアは悪魔と契約していると言ったよな。悪魔は、契約者であるアラゾアが死んだらすぐにわかる。傷がついてもわかるだろォな」
「へー」
「連中は契約相手の魂が大事な商品だからなァ……」
なんか物騒な話だ。
ともあれ、僕らは先を進むことにしたのである。




