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77 甘い罠

「このホールを第1のホールと呼んだのには理由がありまして。向こうに見える3本の通路がありますな。その先にはそれぞれ種類の違うトラップが仕掛けられております。誰がどのような目的で仕掛けているのかは不明です。ここから先の調査は危険なものになりますため、私らとしてはこのホールまでの調査でレポートをまとめなければならなくなりまして……ノロットさん?」


 ジラーフさんがつらつらと説明していたけれど、僕はそれどころじゃなかった。

 モラのニオイだ。

 あの「翡翠回廊」で……カエルみたいな格好で700年以上も過ごしていたモラの身体。持ち去られた後も、ニオイはこびりついていた。だからはっきりとわかる。モラのニオイだ。


 僕はニオイの来る方向へと進んでいく。


「……これは」


 ニオイは、3本のルートのうち、左のルートへと続いていた。

 暗くぽっかりと口を開けた通路。


 これが遺跡だって?

 冗談じゃない。

 ようやくわかったよ。



 これは――アラゾアが創ったんだ。



「あら? ノロット様はこのルートが気になる様子。どうしてかしら? 見た目は“完璧に同じ”3本のルートなのに」



 僕の耳元――耳と口が触れるほどの距離で、ささやかれた。


 しまった――。

 バカ正直に、歩いて来てしまった。

 罠だ。


 アラゾアは、僕がモラの身体を追っているかどうか確認したいはずだ。

 わざと残したんだ。

 モラの痕跡を。

 そして僕の反応を確認しようとした。


「いや、これはですね――」


 言おうとしたけど、遅かった。


『――快楽と堕落の悪魔ホフシュタインの名の下に我が力を行使する。己のかぶりし殻を破り、剝き出しの精神を我が前にさらけ出せ――』


 詠唱!?


 まずい!

 モラは言ってた、詠唱されたら僕なんかイチコロ――。


 アラゾアの身体がほんのりとピンク色に発光し――僕の視界がピンクに包まれる。

 頭の中心がとろけそうな快楽に熱せられる。

 僕はその場に、膝をついた。


 彼女は、鬱陶しそうにフードをバサリとはねのけた。


「案外簡単に尻尾を出したわね……」


   ■   ■   ■


「さて……それじゃ質問させてもらうわ。正直に答えなさい? ふふっ。ウソをつこうとしたってつけやしないんだけどね? それじゃあ、あなたの名前は?」

「ノロット……」

「姓は?」

「知らない……」

「親は?」

「知らない……」

「ふーん、孤児なの? ま、そんなことはどうでもいいわ。この遺跡について感じたことをすべて言いなさい?」

「ウソ……」

「ん? ウソ?」

「ウソくささを感じる……1カ月前に発見された“うろ”というのも変だし、そこに転移魔法陣が書かれていたのも変だ……」

「ちょっと待って。あなたは魔法陣の座標指定が経年劣化とともに座標変化することがあると知らないの?」

「知っている……だけど地上に限ること……なぜなら魔法陣の座標変化は刻まれた魔法陣そのものが転移するため……魔法陣とともに土や石材が転移することはあるが転移先の樹木に直接刻まれていることはあり得ない……」

「チッ、そんな縛りがあったなんてね……変更しておかなきゃ…………それで、他に遺跡については?」

「通路の古代ルシア語は通路を保護する魔法……壁画の竜は地中に棲む竜を示している……」

「他には?」

「ない……」

「ではどうして左の通路の前に立ったの?」

「それは……」

「それは?」


「“血”のニオイがした……おそらく最初のトラップの犠牲者……」


「……ほんとうに?」

「流血を伴うトラップだったかどうかは確証がなかったが……」

「ふむ……」

「…………」

「…………」

「…………」

「次の質問よ……。魔女アラゾアという名前に聞き覚えは?」

「ない……」

「ほんとうに?」

「ない……魔女アレイジアなら……」

「あああああああああっ! なによ! この私がわざわざ出張ったのにとんだハズレじゃない! はー。もういいわ。あと5分したらあなたにかけた魅了は解ける。そして私と会って話したこともすべて忘れる。いいわね?」


 ぱちん、と手を叩く音がした。

 歩いて去っていく足音が聞こえた――。


   ■   ■   ■


 あ、あ、あ、危なかった~~~~~~。

 いきなり過ぎんでしょ! なに詠唱くれちゃってんの!?


「……ん? あれ、ノロット様――ノロットさん、ええとどこまで話しましたかな? ふむ……暑いですか? 汗をものすごくかいていますが」


 ジラーフが我に返る。他のチームメンバーもだ。

 僕だけじゃなく全員の意識を奪ったみたいだ。


 僕は、さっきの問答を全部覚えていた。

 いやほんと、やばかった。

 あれ、魅了の魔法だよ。

 アラゾアの詠唱が始まった瞬間、背中の刻印がかぁーって熱くなるし、首から提げた護符は焦げて臭くなるし……このニオイがアラゾアに行かなくてよかったよ。

 刻印と護符だけじゃダメだった。最終的にはモラがかけてくれた魔法がアラゾアの魅了に抵抗してくれたんだと思う。

 モラ、言ってたんだよね……「時間が経てば経つほど効果が薄れるからよォ」って。

 アラゾアの詠唱があと1時間あとだったら、まんまと僕は魔法にかかっていたかもしれない。

 首の皮一枚つながったってところか。


 アラゾアの質問もなんとか切り抜けられた……ってところかな。

 僕が嗅覚の才能を持っていることを知っているかもしれないから、そこは隠すつもりもなかった。左の通路にトラップがあったのかどうかは知らなかったけど、アラゾアも知らないだろうと踏んだんだ。

 その推測は、当たったみたい。


「い、いえ、大丈夫ですよ。熱くないです」

「そうですか――それならいいのですが」

「それよりアレイジアさんがいなくなりましたね」

「ん? アレイジアさんがここに……?」


 アラゾアが来たということも記憶から消えているらしい。恐るべし。


「あれ、いませんでしたっけ? おかしいなー。あはははは」

「ふむ……ずいぶんと美人だそうですが、ノロットさんは興味があるのですかな? ま、私らには関係のないことですな……美人だからとでれでれするウッドエルフの多いこと。彼女に心を奪われて仕事が手につかないなどとほざく輩もいるとか。まったく。私のように鉄の意志を持てばそんなこともないというのに」

「…………」


 あなた、めっちゃ魅了されてましたけどね……。


「さて、ノロットさん、こちらの遺跡ですが――」


 それから僕らは1時間ほど調査を続けて、帰った。




 お昼に間に合ったので、僕はモラたちと食事をして、部屋に戻る。

 さっき起きたことを全部伝える。


「へぇ~~、危なかったね、ノロット。もしモラのことがバレてたらノロットどうなっちゃったんだろうね?」

「殺されたりはしないだろうけど……僕を餌にモラをおびき寄せるとかはしそうだよね」

「あー。ありそう」

「…………」

「ん、モラ?」

「せァ!」

「へぶちっ!」


 いきなり頬に蹴りを食らった。


「な、なに!? なんなのモラ!?」

「いや、魅了の魔法にかかっちゃねェか確認をだな」

「そんな確認の仕方ないでしょ!」

「あるぞォ? ノロットはふだんからボケてやがるからな、こういうふうに俺っちの蹴りを避けらんねェ。だが魅了にかかってりゃ、とっさの動きが変わる。かわしてみせたり、激昂したりな」

「へえ、そうなん……じゃなくて! 怒ってる! 怒ってるけど!?」

「モラ様、確かに今のは少々ひどいと思いますが。ご主人様はモラ様のために身体を張っているわけで」

「うっ……そ、そォだな。すまなかったィ、ノロット。今後はもうちっと手加減して蹴るわ」


 わかってない気がするけど……。


「でもさ! これでやるべきことが決まってよかったじゃない!」

「ん? エリーゼ、どういうこと? モラの身体はいまだにどこにあるかわからないんだけど」

「遺跡にあるんでしょ?」

「その遺跡の正確な位置がさあ……」

「だから、遺跡でしょ? 入口もわかってる。それなら――やることはひとつでしょ。遺跡を踏破する!」

「アラゾアの罠かもしれないしさあ……」

「罠だのなんだの気にしてたら前に進めないじゃない!」

「…………」

「やれやれ、今度ばっかしはエリーゼの勝ちだなァ、ノロット?」


 うう、脳天気で楽観的だけど、確かにエリーゼの言うことが正しいような気がする……。


「……わかった。それじゃあ、遺跡を攻略しよう」


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