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76 邂逅と発見

「ではノロット様、今日はよろしくお願いします。


 丁寧に頭を下げたのは、ウッドエルフの遺跡探査チームの主任、ジラーフさんだ。

 名前が近衛兵団長のジーブラと似ているよな、と思って聞いたところ、従兄弟らしい。

 ジラーフさんは学究らしく、メガネをかけていた。

 探査チームとしてやってきた5人はみんな同じような作業着である。


「ノロット“様”というのは止めてもらえませんか? 僕、そういうガラじゃないし……」

「しかし……敬うべき相手に敬称をつけるのは当然のこと」


 ちょっと聞きました? 敬うべき相手ですって!

 僕はこういうストレートな賛辞に弱い。うれしい。チョロいんである。敬意とか払われちゃったら調子乗りますよ?

 とはいえ「様」付けはむずがゆいので、「さん」で勘弁してもらった。


「これが魔法陣ですか……」


 僕は、新たにできたという“うろ”の前にいた。

 自然にできた“うろ”だというのは間違いないみたい。まあ、僕は樹木医でもないからそういうふうに見えるだけと言われればそうなんだけど。

 僕の身長でなく、もっと背の高い大人だって優に入っていける。

 というよりここが木の枝の上だと忘れてしまいそうなほど、通路はちゃんとしているし、“うろ”も洞穴のようになっていた。


 直径1メートル程度の魔法陣。

 青白く光っている。

 紋様のパターン……もちろん僕には理解できない。でも、見たことがないものだ。ほんとうは模写して帰りたいところだけど、模写やその他遺跡に関する物質の持ち出しは厳禁とされていた。

 あくまでも遺跡の所有者はパラディーゾにある、という考えらしい。


「…………」

「……ノロット様——さん?」

「えーと、ここは1カ月前に発見されたのですよね」

「左様。それがなにか?」

「皆さんはそれまでここがどうなっていたかは知っているんですか?」


 すると、ジラーフさん始め、みんな首を横に振る。


「ここは、許可なく立ち入ることのできない場所ですからな。五大樹は王宮があることからも、ウッドエルフであってもなかなか入ることはできません」

「ジラーフさんは……もともと王宮に勤めていたんじゃないんですかね」

「はっははは。面白い冗談をおっしゃる。私らは鼻つまみ者ですよ。ジーブラだって本心では私のことを好いてはおりません」

「え?」


 なに? 親族同士の重い話?


「ヤツは近衛兵団長というウッドエルフのエリート……と自分では思っています。かたや私は“大地の者”」

「大地の者っていうのは、地上に住んでいるってことですかね」

「左様。ウッドエルフの種族繁栄のために働く者は“樹の者”と自称し、樹上に住んでいます」

「遺跡探査は十分、種族のためになると思いますけど」

「はっははは。私らは好きでやっているだけですからな。各地の遺跡の情報を集めたり、ウッドエルフの先人たちが残した伝承を編纂したり……。まあ、そんな私らを王が呼ぶなんては思ってもみませんでしたよ。ジーブラもそうでしょう。だからこそ、私が王に直接雇用されたことが気にくわない。それもこれも王の変心が原因ですが、それは——」


 と、ジラーフが言いかけたときだった。



「あら、まだここにいたの。間に合ってよかったわ」



 耳に溶けるような甘ったるい声——。

 通路を歩いてやってくる、ローブの女。


 どうして。

 そんな。

 ここに、なぜ彼女が。


 フードを目深にかぶっているので口元しか見えない。

 だけれど、僕の鼻は嗅ぎ取っていた。


 白桃の香りを。


「これは……アレイジア様」

「かしこまらなくて結構よ。そちらが今回、お手を煩わせることになった冒険者様ね?」


 僕は動けなかった。

 ここで、遭遇するなんて思いもしなかったからだ。

 身体中から汗が噴き出る。


「確か……ノロット様、とおっしゃるのよね? あの『魔剣士モラの翡翠回廊』を単独で踏破した——」


 紅を引いた彼女の唇が歪む。


「興味がありますわ。どうやって、たったひとり、伝説級の遺跡を踏破したのか……ね?」


 魔女アラゾアは、心底楽しそうに言った。




 アラゾアと遭遇したら——僕らはいくつものパターンを想定していた。

 だけど、この遺跡探索のタイミングで現れるとはあまりにも予想外だった。

 見るとジラーフたちの様子がおかしい。

 確か、声だけでもアラゾアは魅了をすることができるとモラは言っていた。


 ——マジで危険なのは詠唱したときだ。詠唱が入ったらノロット、お前ェなんてイチコロよ。


 脅すように言われた。

 しかし、話し声だけでなら僕は魅了されない——念のため、モラから魔法抵抗が上がる方法を伝授してもらっていたからだ。

 背中への刻印。首から提げる護符。そして精神保護の魔法。


「ふぅん」


 僕の目が、ジラーフたちと同じようにとろんとしないことに気づいたアラゾアは鼻を小さく鳴らした。

 精神力の高い冒険者は、声程度では魅了されないらしいので、僕がそういう人間だと考えたのかもしれない。


「アレイジア様、このような場所になぜ」


 学究肌だと思われたジラーフが、今はスケベそうな目でアラゾアをじろじろ見ている。全身灰色のローブだから、顔も身体の線も見えないんだけどね。


「遺跡に興味があったの。私も連れて行って? さあ、“行きなさい”」


 行きなさい、という言葉とともにジラーフたちの様子が元に戻る。彼らは目をぱちぱちとさせていたが、


「さ、さて、行きますか。ノロットさん」

「……ええ」


 声がかすれそうになったのを無理に押し出して、僕は返事した。


 後ろが気になるが、とりあえず遺跡だ。変に疑われないようには振る舞いたい。

 そしてできる限り情報も集めておきたい。


 アラゾアは、パラディーゾで偽名を名乗っている……。

 魔女はふつう、本名を名乗る。なぜかと言えば本名を知られる相手には魔法の効果が高まるからだ。

 魔女はふつう、群れない。これは魔女同士が群れないという意味もあるし、他の種族と友好的に暮らさず孤独でいることが多いらしい。理由としては、魔女は悪魔の力を持っていることから人間や亜人などから無条件に嫌悪感を与えることが原因らしい。

 アラゾアは魔女の「ふつう」をふたつも破っている。

 後者の「ふつう」についてはアラゾアが魅了の魔法の使い手だということも大きいだろう。嫌悪感を魅了の魔法で相殺している……。

 だとしても、どうしてそんな面倒なことを?


「では、入ります」


 僕はジラーフに続いて魔法陣に足を載せた——。




 ——着いたのは、薄暗い場所だった。

 唯一の光源が足下の魔法陣と、ジラーフが手にしているカンテラだ。


「こちらへ」


 ジラーフに導かれて僕は前に進む。

 この調査に参加する前に、僕らはある取り決めをしていた。さっきも言ったみたいな「持ち出し禁止」もそうなんだけど、それ以外にも細々と。

 ひとつは、すでにジラーフたちが調査済みの場所にしか行かない、ということ。これは僕の安全を保証する意味もあるので僕は喜んでそれでいいとした。ていうか、その条件がなければさすがにひとりで来たいとは思わなかったよ。リンキンで、ひとりで遺跡を調べることの恐ろしさがよーくわかったからね……。

 ひとつは、調べた内容について他言無用であること。まあ、当然だよね。持ち出し禁止にしてるくらいなんだから。

 ひとつは、ジラーフたちの調査レポートを僕も監修し、僕の名前でサインすること。これも問題ない。ていうか、ほとんどレポートは完成してるらしい。読んでないけどね、僕は。読まずに先入観なしに遺跡を見て欲しいみたい。


 彼らが目指しているのは遺跡を冒険者協会に登録することみたいだ。

 トラップが仕掛けられていて、調査チームのひとりが重傷を負っている。だから、入口近辺の調査だけ済ませて、踏破は冒険者に任せる——というのが主旨。


「ふむ……」


 暗い通路を、足音だけが響く。

 空気に淀みはなく、流れている。

 足下は石……に近いなにか。あまりに均質で、粘土を焼いたようなものに見えなくもない。

 壁面から天井は石材だ。ところどころ金属製のプレートがはめ込まれていて、ほんのりと古代ルシア語で刻まれた文字が光を放っている。たぶん、だけど、通路の保護だろう。たぶん……。


「ここが第1のホールです」


 広々とした場所に出た。

 半球形のホール。

 天井はうっすらと光が届く程度。

 正面に奥へと進む通路が3本ある。

 壁には壁画があった——竜のような姿が描かれている。


 だけど、そんなものを気にしている余裕は僕にはなかった。

 僕の心臓は早鐘のように打ち鳴らされている。


 ニオイがしたんだ……。


 モラの、身体の。

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