72 白城騎士団
話数が合わないと思っていたら2話同時に公開してましたね……
尾行には気づいていた。僕がカフェのテラス席を選んだのだってそのためなんだ。
パラディーゾの地理を把握するためにあちこち歩いていると、途中から視線を感じるようになったからね。
それを確認するためのテラス席、というわけ。
カフェの前は大通りだ。多くの人が行き来する。兵士、旅人、商人、子どもたち——その中で、立ち止まっている人間がいる。
「隠す気あるのかな? バレバレなんだけど……」
僕はため息をつく。僕なんか武芸の達人でもなければ殺気なんかもよほどはっきりしたものじゃなきゃわからない。でも、この尾行には気がついた。
まあ、エリーゼは気づかなかったみたいだけどね。彼女のあっけらかんとしたところはいっそ清々しい気もする。
「……白いね」
「……白いわね」
「……白いですね」
尾行者は、複数。全員の特徴として白いマントを羽織っていた。
この、土と木の町で白って。
目立つって。
監視しているのはひとりで、それが場所によって入れ替わる感じだった。
「でもなんで僕らが尾行されるの?」
「オートマトンを追ってきたとか?」
まさかこんなところまで、トウミツさんの手が……。
「さすがにそれはないと思います。ノロット様がリンキンで遺跡を発見したので、その情報が伝わればリンキンまでは足跡をたどれるはずですが、パラディーゾではまだ目立ったことをしていません」
“まだ”ってなに。「これから目立つ」みたいな言い方止めましょうよ。
「相手が何者かもわからねェンだ、なにを言っても推測の域を出ねェよ」
マントの中で、小さな果物をしょりしょりしながらモラが言った。
相手がなにかを仕掛けてくるまでは放置しようということになる——。
で、カフェを出る前に僕がトイレに立ったときだ。
「……冒険者ノロットだな」
不意に男が話しかけてきたのだ。
「……あの」
「大声を上げるな。仲間を呼ぶことはない」
「……いや、おしっこしてるときに話しかけないでもらえます?」
「おっと、すまない」
すまない、だって。なんか気が抜けるな。
僕が用を済ませると、トイレの中で男と向き合う。
うーん、白い。
白のマントを羽織っているだけではなく、その下に着ている服も、白いみたいだ。
「僕になにか?」
「——お前は魔女を追っているのか」
ずばり切り込んできた。
確信を持っている言い方に、どう返答すべきか困っていると、
「『魔女の羅針盤』を持っているんだ。それくらい察しはつく」
そのことまでバレてる——僕が身構えるよりも前に、男は懐から新聞の切り抜きを出して見せた。
……グレイトフォール・タイムズ。僕とゲオルグが「魔女の羅針盤」を巡ってオークションで戦ったことを面白おかしく書いてある。
よーし。
シンディ、覚悟しろよー?
「……『魔女の羅針盤』ですが、他の使い道かもしれませんよ?」
「魔女の住む町にやってきて、なにを言う」
この人が言おうとしていることが、読めない。
モラが昨日言ったんだ。魔女は、近くに他の魔女がいると寄りつかないらしい。魔女は単独で行動し、群れない。そういうものらしい。
ということはこの人が言っている「魔女」とはアラゾアのことだ。
「ノロットよ。お前が“魔女アレイジア”を狙う理由はなんだ?」
■ ■ ■
「……ご主人様、遅いですわ」
「そりゃあノロットだってゆっくりしたいでしょう。そういうときだって人間あるもの」
「下品」
「なっ、なんで下品とか言われなきゃいけないのよ!? ノロットはふつうに人間なんだから、トイレが長くなってもおかしくないでしょ!」
「オートマトンにトイレは必要ありません」
「そりゃアンタは——ってちょっと待って。アンタ、お茶してるじゃない。たまに食べたりするよね? 口に入ったものは、どこに行くの……?」
「…………」
「怖! 怖すぎ!」
待ってるテラス席は平和だった。
■ ■ ■
魔女アレイジア? 僕がワケわからんという顔をすると、
「フッ、図星か。そう驚くな。これくらい誰にでもわかる簡単な推理だ。どうせ『魔女の羅針盤』が動作せず、かねがね“魔女の傀儡”とウワサされていたパラディーゾへやってきたというところだろう?」
勝手にしゃべりだした。
僕の知らなかった情報をどんどん教えてくれる。
なにこの便利な人。
「だが、我々もアレイジアの本当の名を押さえていない。だから、ここにいる可能性もあるが、いない可能性もある。言っておくが“下”にはいないぞ。くまなく探したからな」
「つまり、アレイジアは……」
「“上”だ。だが、お前も知ってのとおり、“上”に行くにはウッドエルフの特殊な許可証が必要だ。お抱え商人か、他国からの使者が通されるくらいで、めったなことでは“上”には行けん」
へ、へぇー……そうなんだ。ほんとにこの人便利だな。
「だからですか、僕に声をかけたのは……尾行には、気づいていましたよ」
「ほう、さすがだな。我々白城騎士団を見ても動じない姿はなかなかのものだ」
ついに名乗りだした。白城騎士団とか聞いたことないけど……。
「お前も耳にしたことがあるだろう? 我々のことを」
「ええ……ほんの少しですが」
もちろんウソだ。
「魔女を狩ることを目的としたチームだ。特定の国家には所属しない。まあ、援助をくれる王族もあるが——おっと、秘密をしゃべりすぎた。危ない危ない」
もうこの人、秘密とか隠す気ないの? 話したくてしょうがないんじゃないの? 危ないとかいいながらこっちをチラッて見てくるし。質問? 質問して欲しいの?
「えっと。今白城騎士団が追っているのもアレイジア、というわけですか……」
「察しがいいな。助かるよ」
今の流れで察しなかったらどんだけ頭悪いんだよ。
「我々はアレイジアの首元に剣を突きつける距離まできた。だが、ウッドエルフが邪魔だ……。そこで、君となら協力し合えるのではないかと思ったのだ。悪い条件ではないだろう?」
「一応たずねますが、なぜ魔女を狩るのですか?」
彼は、そのときばかりは真剣な顔をした。
「魔女は、悪だからだ」
1日パラディーゾを歩いて、宿に戻るころには夕暮れどきになっていた。
宿の食堂で簡単な食事を済ませる。肉や魚は高価いのだろう、野菜中心の料理である。
ぐつぐつとシチューにしたり、サラダが大盛りだったり。
僕、ここにずっといたらとんでもなく健康になっちゃうかもしれない。
宿の部屋に戻る。
白城騎士団の――パラディーゾ班リーダーと名乗ったマークスから聞いた情報を共有した。
「白城騎士団かァ……」
「ねえねえ、それがアラゾアの罠ってことはないの?」
エリーゼがなかなか鋭い質問をする。
「それァねェな」
「えー。なんで?」
「アラゾアはバカが嫌ェだ」
「…………」
「…………」
「…………」
みんな納得した。
「そンで、ノロット。お前ェはどうしてェ?」
「んー、ここはモラに判断してもらおうかと思ったけど……まあ、僕の意見だけ言うなら、とりあえず協力体制でいいんじゃないかな?」
「ふゥむ。連中から、アラゾアに尻尾をつかまれるかもしンねェぞ」
「そこは大丈夫だよ。だって、僕らはもう尻尾をつかまれてるから」
僕は全域図を指差した。
それはアラゾアの居場所——パラディーゾ王宮だった。




