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71 モラの肉体奪還計画

 まず、おさらい。


 アラゾアの見た目はプラチナブロンドの髪。色としてはエリーゼと同じだから面白い。

 目元に泣きぼくろ、白雪のような肌。

 すれ違えば10人の男が10人は振り返るほどの美貌。


 アラゾアは召喚と魅了の魔法に長けている。

 実年齢で700歳を優に超えている。複数の反目し合う悪魔と契約することによって、寿命を延ばしているからだ。


「そもそも魔女ってのァ、悪魔と契約することで魔力を授かった女ってェことになる」

「男の場合は魔女って言わないの?」

「男は魔人って言わァな」


 なるほど。


「モラの肉体は無事なのかな?」

「……そのことァ考えたくなかったが、無事だろうとは思う。肉体そのものは、魂が抜けただけで生命活動は維持されているはずだ。で、アラゾアの目的は俺っちへの復讐と、俺っちを独占することだ。肉体を滅ぼすことはねェと思う……思いてェ。おもちゃにされてるのは間違(まちげ)えねェだろォが」

「でも、それほどの美人におもちゃにされるんなら男冥利に尽きるってヤツ?」


 と言ってみると怒られるかと思ったけど、モラは微妙そうな顔をするだけだった。

 うーむ。モラ的にはわりと真剣に心配してるのかも。からかうのはかわいそうかな。


「よ、よし。手順を再確認しよう」

「まずは――パラディーゾ全体の土地勘を把握する、だっけ?」


 エリーゼが言った。

 全域図が作成されてから町並みが変わっている可能性もあるから、最初の2、3日はぶらぶらして町を把握するつもりだった。


「次に『魔女の羅針盤』を持ち出しての、アラゾアの位置特定ですね」


 リンゴが言った。

 把握が終わったら「魔女の羅針盤」を持ち出す。羅針盤のサイズが大きいから、持ち歩くと目立つんだよね。出しても怪しまれない場所をまず確認するってところかな。

 アラゾアを追っていることは、知られたくない。でも、アラゾアにバレる可能性は十分にある。

 なぜなら、


「お前ェがなまじダイヤモンドグレードになんてなっちまうから。アラゾアの耳に入るかもしれねェな」


 アラゾアがモラの肉体を持ち出してほどなくしてから、僕は「翡翠回廊」を踏破した。

 僕が「翡翠回廊」を踏破することでダイヤモンドグレードを得たことはアラゾアもさすがに知っているだろう。

 ちなみにどうしてアラゾアがモラの肉体を持ち出したのが、僕の踏破より少し前だったとわかったのか――それは、ニオイだ。

 モラの身体があったのは、「翡翠回廊」の最奥、時間経過を遅くする食料倉庫。その倉庫以外にも彼女のニオイが残ってたんだ。倉庫にだけニオイが残っていたのなら、アラゾアは相当以前にモラの身体を持ち去ったことになるんだけどね。

 長くても2週間程度のはずだ。僕とアラゾアのタイムラグは。

 ちなみにどんなニオイかというと――白桃。

 桃の香りだった。


 さて、僕がパラディーゾにやってきたという情報は、ダイヤモンドグレードを物珍しそうに見ていた警備兵の様子を思えば、あっという間にこの町に広まる可能性がある。アラゾアも耳にするだろう。

 アラゾアがモラの身体を持ち去ってからすぐ、「翡翠回廊」を踏破した冒険者。

 その冒険者は「黄金の煉獄門」を踏破し、「63番ルート」を経て、「リンキン監視所」を発見し、パラディーゾにやってきた。

 ちなみにこの辺の情報は、さっき町で買った冒険者寄りの新聞に出てた。自分の名前が新聞に出てるってなんか変な気分だよ……。


 まあ、それはともかくとして。


 アラゾアからすれば「自分を追っているのかもしれない」と考えるはずだ。ただ僕がモラとつながっているかどうかはわからない。

 もしかしたらアラゾアからコンタクトを取ってくるかもしれない。

 それはそれで、いい。アラゾアに関する情報を僕らは仕入れる必要がある。うまくやりとりしなきゃいけないけどね。


 もちろん、アラゾアが用心深く、僕から逃げることもあり得る。

 それもそれで、いいのだ。

 なぜか、って、アラゾアが逃走するならモラの身体を運ぶ、あるいは確認する可能性が高い。今、僕らはアラゾアの居場所を知ることができるけれど、アラゾアがモラの肉体とともにいるかは判別できないんだ。アラゾアが逃走を選択することで、モラの居場所も教えてくれるならそれに越したことはない。

 逃げる魔女を追うほうが、籠城されるよりは楽だ。


「それじゃ、明日から行動開始だ!」




 夜、ふと目が覚める。闇の中、窓が開かれているのが見えた。

 外は静まり返っている。

 緑の香を含んだそよ風が室内に入り込んでいる。

 モラは、窓の(さん)にのっかっていた。時々、ぴくんと喉を動かして外をじっと見つめていた。


 モラがカエルになってから700年以上が経っている。

 700年て……よくよく考えれば想像もできないほどの昔なんだよね。

 僕が育ったムクドリ共和国だって、当時はそんな名前の国じゃなかったらしい。地方領主がひとりいるだけだったとか。


 アラゾアのことを、モラはまるで昨日のことのように話す。

「翡翠回廊」のいきさつ、彼女の得意な魔法、彼女がどんな魔女だったか。

 モラはひょっとしたらアラゾアのことが好きだったんじゃないか……って、そんなふうに考えることもあった。だってさ、あのモラがだよ?「10人が10人振り返るような美女」とか言うんだよ?

 じゃあどうしてアラゾアを遠ざけるような真似をしたのか――。

 アラゾアと対等でいたかったのかな、とか。

 彼女はモラが好きで、「翡翠回廊」建築の手伝いで恩を売ろうとしたワケじゃない? もしそれでモラがアラゾアを受け入れたら、いびつな関係になっちゃう。モラは、手伝いは手伝いとして報酬を返して、対等でいたかったんじゃないか――とか。

 そんなふうに僕は思うわけですけども。

 結構イイ線いってると思わない?




 翌朝から僕らは行動を開始した。

 パラディーゾの町はかなり複雑で、大通りも真っ直ぐじゃなければ小道も多い。複雑に入り組んだ路地裏を歩いていくと袋小路に入ったりもする。

 だけどうれしい誤算だったのは、全域図に間違いがほとんどなかったことだ。

 僕らは目印になりそうな店舗を確認しながら歩いていく。


 この町はほんとに変わっていた。

 まず大通りも石畳じゃない。あちこちぬかるみがあるんだけど、そこは砂をまいて補強しているんだ。土と木……樹海と共に生きる町、って感じだろうか。

 とはいえ泥だらけの靴で歩き回るものだから商店の床は黒ずんでいる。自然のままといえばそうなんだけど、汚いなあとは思うよね。


「ん、このジュースおいしい!」


 休憩に寄ったカフェで、僕らはテラス席に陣取っていた。エリーゼが飲んでいたのはオレンジ色をしたどろりとしたジュースで、とんでもなく甘ったるいニオイが僕の鼻に襲いかかってきていた。


「ノロットも飲んでみる?」

「あ……えーと、僕は」

「遠慮しないで、ほらほら」

「…………」


 エリーゼに勧められてカップに口をつける。甘い。うん、甘いんだけど……なんていうか、距離が近いというか、口をつける位置をずらせば間接キスじゃないよねとか、余計なことを考えてしまうというか……ちょっとその辺のデリカシー考えて欲しいんですが、エリーゼ“姉”さん。

 僕が気にしすぎなのかな?


「どう? どう?」

「甘い」

「なにそれー」


 ノロットって語彙が少ない、と言ってエリーゼは屈託なく笑う。小さいことを気にしていた僕がバカみたいだ。

 僕とリンゴはフラワーティーを飲んでいた。パラディーゾは、牧畜もできなければ穀物の生産にも向いていない。だからこその果物や花だ。パラディーゾにしかない品種が多く、これらを売り、他の食料を輸入しているらしい。


「ご主人様」

「なに、リンゴ」

「……お気づきですか?」


 声音を低くしたリンゴ。もちろん、と僕は返した。なんの話? とエリーゼ。


「わたくしたちは、尾行されています」

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