70 樹海都市パラディーゾ
「うわ……すごいな。あれが『クリングリーン樹海』?」
長旅の最後は、汽車でも船でもなく――馬車だった。
なかなか原始的な手段ではあるけど仕方がない。だってさ、僕らが行こうとしているパラディーゾは別名「樹海都市」。そんなところに線路が通っているはずもないのだ。
僕が馬車の窓から顔を出すと前方に見えたのだ、樹海が。
もうね、はっきりわかるね。
僕らが走っている場所は草原。そこに整備されている街道。
その先は……見上げるほどの木々が、あったんだ。
高さは10メートル以上は余裕である。とんでもない大樹ばかりが、左右見えないところまでずっと続いている。
樹海の面積はとんでもなく広く、魔物も多いために街道を外れれば生きては戻れない……とまで言われているんだ。
「ウッドエルフってどんな種族なんだっけ」
隊列を組んだ馬車にはいろんなお客が乗っていたけど、僕らの乗り込んだ馬車には僕ら以外のお客はいない。
エリーゼの問いに僕は答える。
「樹上の妖精、とも呼ばれる種族だね。木の上に暮らすエルフ種族なんだけど、赤っぽい髪の毛、肌の色もすこし日に焼けているかな」
「エルフって言えば、グレイトフォールで見たプライアみたいな感じのイメージだけど、全然違うのね」
「生態もかなり違うらしいよ? エルフが魔法と弓の種族なら、ウッドエルフは近接戦もやるし弓も使う。一方で魔法は全然ダメなんだとか」
「へえー……」
「でもこの町に……ほんとうにいるのかな?」
モラの肉体を奪った魔女アラゾアは――。
「行ってみなきゃわかンねェさ」
モラが僕のマントの中で言った。
来る途中、汽車の経路などで蛇行するようなルートを採ったけれど、「魔女の羅針盤」は一定してパラディーゾを指し続けていた。
「魔女の羅針盤」が正しく動作しているのなら、アラゾアはパラディーゾにいるはずだった。
樹海の入口に検問があり、僕はそこで初めてウッドエルフを目にした。
確かに耳が長いからエルフだ。でもって、思っていた以上に髪は赤い。
華奢なウッドエルフは少なく、みんな金属鎧を着込んでいた。筋肉質だ。
「ほお! こいつはすごい」
僕が身分確認のために冒険者認定証を差し出すと、確認に当たったウッドエルフが声を上げた。
なんだなんだと他の警備兵も集まってくる。
「おお、ダイヤモンドグレードとは……初めて見る」
「俺はふたりめだ。ひとりはヴィーノだ」
「ヴィーノと言えばおとぎ話レベルの冒険者じゃあないか」
「そうとも。なにせ150年も前の話だからな」
「それくらいの珍しい人物というわけか。しかもこんな子どもが……」
ウッドエルフたちの瞳が僕に刺さる。うっ。なんか純朴な視線だ。好奇心いっぱい、っていう感じ。侮る感じがないだけ、いいんだけどね。
そうそう。ウッドエルフもエルフと同じように寿命が長い。300年は優に生きる。
「あ、あのー……認定証、返していただけますか?」
「おっと、すまんすまん。珍しいものでつい、な」
「珍しいですかね? パラディーゾは未踏破の遺跡がないから、冒険者が少ないだけで、ダイヤモンドグレードはそこまで珍しくはないですよ」
僕は言った。なんせグレイトフォールには3人もいたからね。
するとウッドエルフたちはそれぞれが顔を見合わせてなんだか意味深な笑顔を浮かべる。おいおい、なんだなんだ。仲間内でしか通じないネタか? 感じ悪いぞ?
ともあれ僕らは、問題なく中に通されたのだった――あ、いや、問題はあった。シンディだ。実のところシンディたち亜人を、ウッドエルフは快く思っていない。過去に戦争の歴史があるらしい。
とはいえシンディもシンディだ。彼女がウッドエルフにあれこれ質問をしたのである。有名人はいないか、とかね。新聞ネタを見つけなければいけないので彼女も必死なのはわかるけど、さすがにやりすぎた。「妨害だ!」とばかりに連れて行かれたのである。
「の、ノロットさん! 助けて!」
と言いながら彼女は両脇を抱えられて去っていった。さよーならー。
アラゾアを探すのに、ついてこられたら邪魔だなと思っていたのでちょうどよかった。薄情? いやいや、筋金入りの新聞記者ならこの経験もきっと記事に活かせますとも。
樹海に入る。
いや、正直さ、樹海っていうと……暗くて湿ったようなイメージがあったんだ。でもそうじゃない。パラディーゾは――なんていうかものすごく開放的だった。
木々の背が高いから、中空に目を向けると木々の幹ばかり。
木漏れ日で結構明るい。
街道の外側は苔むしていて、茂みや草むらは全然なかった。
さらに馬車で1時間以上走って、ようやく町が見えてくる。
パラディーゾの町は一種独特だった。
木のてっぺんと地面の中間くらいに、住居がある。巨木の幹に板を張って木造の家を建てているんだ。そもそも風もなければ雨もたいしたことがないから屋根や柱は軽いもので構わない。だからこそできる建築形態なんだろう。
木々の間は吊り橋が渡されている。行き来しているのはウッドエルフだけで、ごく稀に人間や他の種族がいる。
“上”はウッドエルフの住む世界なのだ。
そして“下”である。
地上にも町がある。ここはウッドエルフと他の種族が半々だろうか。
交易拠点として、宿場として、他種族の住居として提供されているらしい。地上も同様に木造住宅ばかりだった。
雨が降ると水はけがわるいらしく、家はかならず50センチほど浮かせて建てられているのが特徴だった。
木造ばかりの人口3万人の町――それがパラディーゾだった。
「ようやく着いたね」
「お疲れ様でした。ご主人様」
「ふー。ベッドだわーベッド最高だわー」
僕らが宿の部屋でくつろぐと、モラはさっそくテーブルに置かれた「魔女の羅針盤」を見る。
パラディーゾ全域図も購入していて、宿の位置と羅針盤の指す方向を確認しているのだ。
ちなみにこの全域図は、“上”と“下”とで2種類が販売されており、“上”はウッドエルフにしか売ってくれない。とはいえ蛇の道は蛇。お金に困っているウッドエルフもいるので、通常価格の2倍で転売してもらった。
「よし、それじゃあアラゾアを捜し出す方法について最終検討をしよう」
僕は気力を振り絞った。
モラはすっかりやる気だし、今の旅の目的達成まであと少しなのだから、ここはがんばりどころだ。
ここに来るまで僕らは、いろいろな方向から「アラゾア打倒計画」を練っていた。ただ、パラディーゾに来てみないことにはわからないことも多かった。
実際にやってきてみて、安心した。
まともな町だ。
人間だからといって排他されないし、アラゾアを捜す障害はとりあえず思いつかない。
僕らは、テーブルに集まった。
「魔女の羅針盤」は、この町の、とある方向を指していた――。




