69 リンキン少年冒険団(4/4)
いきなり攻撃してきたアンデッドモンスター。
そっちがその気ならこちらだって容赦はしない。
「命じる。爆炎弾丸よ、起動せよ」
短文詠唱によって、弾丸に刻まれた文字からオレンジ色の光が放出される。
スケルトンが突っ込んでくる。だけど、遅い。これでも伝説級の遺跡「63番ルート」のモンスターたちと戦ってきたんだ。この程度の速度なら十分対応できる。
僕の手から放たれた弾丸はスケルトンの眉間に命中。爆炎が室内を照らし、僕の顔も熱を感じる。
胸から上をすべて吹き飛ばされたスケルトンは、下半身だけこちらに走り、そのまま崩れていく。
「次」
死霊がラッキーを苦しめている状況は変わらない。
魔法弾丸を撃ち込んでラッキーが巻き添えを食らう状況は、変わらないのだ。
ラッキーだけがダメージを受けないようなやり方。
死霊に効くのは、魔法、聖水、それに――。
「ある!」
僕はスケルトンの骨を踏んで走る。向かったのは炊事場だ。置かれていた岩塩をパチンコにつがえる。
塩は、霊体に有効な攻撃手段だ。
僕が岩塩をレイスに撃ち込むと、甲高い叫び声を上げながらレイスがうねる。
致命傷じゃない。
でも、ラッキーから手を離した。
「まだまだ!」
逃げるレイスを追撃する。
飛び道具相手に逃げ切れると思ったか?
「きゃあぁっ!?」
様子をうかがおうと頭を上げたナナへとレイスの手が迫る――寸前、霊体の手が弾けた。僕の放った岩塩によって。
どんどん撃ち込んでいく。
手持ちの岩塩が尽きたころ、レイスは十分ラッキーとナナから離れて、壁の隅にいた。
「命じる。酷寒弾丸よ、起動せよ」
爆炎弾丸は止めておいた。壁を崩すかもしれない。そのせいで崩落でも始まったら目も当てられない。
レイスは恨めしそうに僕を見る。
何者だ、お前は――そう言っているような視線。
わかるよ、お前たちは監視所にいたであろう兵士のお仲間だろ?
監視任務の間に死んだのか、あるいは奥にいるヤバイヤツを最初に発見し殺されたか。
わからない。
僕が知るべき理由もない。
「消えて」
その左目に弾丸は突き刺さる。
バキィッ……と乾いた木でも折ったような音が響いた。
レイスは、霊体ごと壁に貼り付いたまま凍った。
魔法弾丸を使う、ずいぶん贅沢な戦い方ではあったけど――ともかく、僕は勝利した。
ラッキーは気絶しただけのようだ。顔が真っ青なのが気になったけど、息は安定しているのでベッドに寝かせた。ホコリまみれになってしまうけども、そこは仕方がない。
「傷、それ……傷、痛い? 痛むよね? あたしのせいで――」
僕の腕の傷を心配して、ナナの両目からぽろぽろと涙がこぼれた。
確かにちょっと血を流しすぎたかもしれない。頭がぼうっとするのは危険だ。
応急処置で、消毒液をぶっかける。ナナに包帯を巻いてもらう。包帯と消毒液くらいは常に持ち歩いているんだ。冒険者だからね。
腕の付け根を縛ると血はとりあえず止まった。
「ごめ、ごめんなさい、あたし、あなたのこと詐欺師とか言って……ほんとはすごい冒険者なのに……」
「はは。僕なんかすごくないよ」
「すごいよ。強くて、勇気があって、それに……」
最後は声が小さくなって聞こえなかった。
詐欺師からずいぶん昇格したものだなと思う。
ナナはなんだかもじもじしている。
「でも、僕より強いんだ。僕の仲間は」
言いながら僕は耳を傾けていた――洞窟を響いて伝ってくる「ご主人様」という声を。
よくよく考えればリンゴは僕の居場所がわかるんだっけ? 最初に僕のところに来たときそんなことを言っていたような気がする。
僕より強い、僕の仲間。
魔法弾丸だってモラに魔法を込めてもらってるしね。
ズドォォン……と響いてくる、音。
まさか、と思ったけど――こういうときの僕の予想は当たる。
洞窟を塞いだ岩を、リンゴは直接攻撃で破壊したらしい。
多くのカンテラの明かりが、ここまでやってくるのにそう時間はかからなかった。
リンゴだけじゃなく、かなりの大人が救助のためにやってきた。
時刻は5時のわずかに前。
サムとルーフェは優秀だったみたいだね。
「ご主人様!」
監視所の前まで出てきた僕とナナ。
リンゴが走ってきて僕を抱きしめる。
「よくぞご無事で……!」
「い、痛いって」
それになんか照れくさいし、それにあの、胸の柔らかいのが当たるんで、その、ご遠慮いただけませんかね……。
「ナナぁっ!」
「お父さん!」
「よかった、よかった……」
ナナのお父さん――結構若い。30歳台の前半だろうか。目の端に涙を浮かべながらナナを抱きしめている。
「そうだ。ラッキーが中で寝ています。今は落ち着いていますがレイスに生気を吸われているので教会の治療が必要です」
僕が言うと、青ざめた顔で男女が中へと走っていった。ラッキーの両親だろうか。
「ノロット、腕、ケガした? ちょっと見せて」
エリーゼも来ていた。僕の腕を見るや、そこに手を当てる。
『女神ヴィリエよ、この者に恵みの力をもたらしたまえ。生命の光をもたらしたまえ。この者の生きる前途に希望をもたらしたまえ。癒やし手である我が手を通じて生命の奇跡を――』
お、おおお!?
エリーゼの治癒魔法! 似合わな――じゃない、すごい!
包帯の上から当てられた手が光を発する。じんわりと温かくなると――明らかに身体が楽になった。
傷は完璧にはふさがっていないようだけど、造血の効果もあるみたいだ。
「特訓の成果よ」
ドヤァァ、とエリーゼが胸を張る。
でも顔色悪いですよ。魔力使いすぎじゃないですかね……。
「こんな洞窟知らなかったぞ」
「ジイさんのジイさんくらいの世代で、どこぞの王国が兵を寄越してきたとかなんとか」
「封鎖したほうがいいな」
監視所を見て口々に言う大人へ、僕は言っておいた。
「まずは、冒険者協会に連絡してください。この洞窟の奥に、なんらかのモンスターか、危険なものが封印されている可能性があります。一度正式に調査したほうがいいと思います」
「なっ……モンスター!? リンキンの周辺にモンスターはいないぞ」
大人たちがざわつく。
「……君は、なんなんだ!」
声を荒げたのはナナのお父さんだ。リンゴが僕の耳元に口を寄せて、「町の名士でもあるスミス氏です」と教えてくれる。
ナナのお父さん、結構偉い人だったのか。
「冒険者です」
「冗談もたいがいにしなさい。君みたいな年で冒険者になれないってことはみんな知ってる」
う、うわあ、ナナと同じこと言ってる。
ナナはさっきの自分を覚えているからだろう、僕を見て気まずそうにする。
「ウチの子だけじゃなく、ラッキーやサム、ルーフェをたぶらかしてこんな危険な真似をさせて! こっちとしては出るところへ出るつもりだからな。覚悟しておけ!」
「ちょ――ちょっとお父さん。なに言ってるの、ノロットは悪くない! あたしたちがノロットを無理矢理連れてきたの! ノロットはあたしの命も助けてくれたんだよ!?」
「ナナ、お前は詐欺師に騙されているんだ。このノロットとかいうヤツ……ん、ノロット? ノロット……最近どこかで聞いたような」
僕は自分が冒険者だと証明する意味も込めて、冒険者認定証を差し出した。
「これは、ムクドリ共和国発行の冒険者認定証。まさか君はほんとうに冒険者なのか!? そうか――」
スミスさんの目が、一点に釘付けになる。
「ダダダダダイヤモンドグレードぉぉぉおおお!? ああああああ! わかったあああああ! ノロット! 冒険の世界に現れた期待の新星! いきなり伝説級遺跡を2つ踏破した『小さき巨人』ノロット! あなたが、ノロット“様”だとは――」
す、すごいびっくりした……僕が。
様付けで呼ばれるし、知らないところで「小さき巨人」とかいう微妙なあだ名がついてるし。
スミスさんの驚きように、他の人たちもびっくりしている。
まあ、冒険者の情報をちゃんと追っている人じゃない限り、誰がダイヤモンドグレードなのかなんて知らないし、知る必要もないんだよね。
「……ノロットって、なんかすごい人だったの?」
ナナがぽかんとして僕を見ていた。
一夜明けた。
昨晩は、打って変わって協力的になったスミスさんにすべての事情を包み隠さず話し、この「監視所」についての僕の疑問や推測をまとめ、冒険者協会への連絡をお願いした。
リンゴは古代ルシア語が読めるから見てもらったけど、「監視所」以外の情報は取れなかったみたいだ。国の名前が書かれた場所は入念に削り取られていたのだ。
とにもかくにも、ここの遺跡――初めてリンキンのそばに見つかった遺跡「リンキン監視所」は、正式な調査を待つことになった。
朝5時半、眠い目をこすって僕らは駅舎へとやってきた。
朝のひんやりとした空気が流れている。静かではあるけれど、駅舎ではすでに働いている人もいる。機関車が朝を告げるように汽笛を鳴らす。
予想もしなかったイベントに遭遇してしまったけど、予定通り「パラディーゾ」に向かうことができそうだ。
「聞きましたよぉ! ノロットさん、新しい遺跡を発見したんですって!?」
「朝から元気ですね……シンディさんは」
「記者は足で稼ぐ生き物ですからね! しかしこれはニュースになりますよ。あのノロットが新しい遺跡を発見したんですから。まあ、遺跡自体がしょぼくても大丈夫。ノロットさんがなんかやるだけでちょっと面白い感じになります」
「いちいち一言余計な気がするんですけど……。ていうか、僕に『小さな巨人』とかいうあだ名がついてるみたいなんですが、こういうのって誰がつけるんですか?」
「…………」
「なに目を泳がせてるんですか! ひょっとしてあなたじゃ――」
「ち、違いますよう! 書きました、書きましたよ? 確かにグレイトフォール・タイムズに『小さな巨人』って書きましたよ?」
「小さくないですけど」
「や。標準的な観点からすると小さいです」
「…………」
「え、えーと! とりあえず、たぶん大手紙としては初めて書いたかもしれませんけど、名付けは私じゃないです!」
「……誰ですか。最初に言ったの、誰ですか」
「確かストームゲート冒険者協会のお偉いさんです」
タレイドさんだ! 絶対そうだ!
ヒゲのおじさんがいい笑顔で親指を立てている姿が目に浮かんだ。
もうちょっとカッコイイのにしてよ……これから背が伸びたらどうするんだよ!
「そ、それじゃまた汽車で会いましょう! 取材取材~」
シンディは逃げていった。
「くっくっく。ノロット。お前ェにもいい経験になったんじゃねェか?」
モラは昨夜、一部始終を聞いて爆笑していた。主に僕が少年たちから「詐欺師」と呼ばれていたことについて。
「まぁ……経験という点で言えばそうかな。勉強になった」
僕は昨日の“冒険”で多少なりとも得られることがあった。
自分を過信しないこと。
常に準備は万全を期すこと――。
たとえば「リンキン監視所」を最初に調査する冒険者はどういう準備をして挑むのか?
資料もなければ証言もない。出現するモンスターもわからなければトラップの種類もわからない。
きっと、あらゆる装備を整えてから調査するはずだ。
僕のように、たまたま岩塩があってたまたまレイスを倒せた、みたいな状況にならないように。
心構え、実際の準備、いずれも僕は未熟だった。
なにより僕自身が「どこまでできてなにができないのか」をちゃんと把握しなくちゃいけない。必要な備品を常に持っているようにしたほうがいい。
パラディーゾまではまだ日にちがあるから、移動の間に考えよう。
「おィ、ノロット。お客さんでェ」
「ん、客?」
町から駅舎へと入ってきた人影があった。
「ノロット!」
「あれ、ナナ? こんな早くからどうしたの」
「どうしたのじゃないよ。ノロットこそ……もう行っちゃうの?」
「うん。もともとその予定だったしね」
「…………」
一瞬、ナナが泣きそうな顔をした。
「少年冒険団は……?」
「いや、もともと僕はメンバーじゃないし……」
「あたし、冒険者になりたいの。向いてるんでしょ? なれるよね? あたし、冒険の勉強いっぱいする。文字も読めるようになるし、魔法だって使えるようになっちゃうんだから。なれるよね?」
一所懸命に聞いてくる。
僕は心がほんわかした気持ちになって、うなずいた。
「なれるよ、ナナなら」
彼女は満面の笑顔で、うん、とうなずいた。
そうそう。ナナは笑ってるほうがカワイイよ。
「じゃあ、あたしが冒険者になったらノロットのパーティーに入ってあげる!」
え? と思ったものの、あと4年とか5年とか先のことだ。
仕方ないなと僕はあいまいに笑って見せた。
「ご主人様、そろそろ……」
駅舎内に、汽車の出発時刻が近づいているというアナウンスが流れてきた。僕らも乗り込む時間だ。
「ナナ、僕らは行く――」
「あ、ノロット、ちょっとだけいい?」
「ん?」
「昨日ね、言えなかったことがあって……」
来い来いと手招きするので僕はナナの口元に耳を寄せた。
「……戦ってるノロット、カッコよかったよ!」
なにか柔らかいものが僕の頬に当てられた――気がした。
ちゅ、と小さい音が僕の頬から聞こえた――気がした。
「またね!」
突然のことに戸惑う僕とは違って、ナナはイタズラっぽく笑う。
そして僕らに背を向けると走って駅舎から出て行った。
耳まで真っ赤にしちゃって、まったく……。
「……おィ、ノロット。なァにが勉強になった、だ。隙だらけじゃねェか。お前ェまで真っ赤になってンじゃねェや」
なってない。断じて赤くなんてなってない。
しかし暑いねこの駅舎は。今日は猛暑かな?
「……今の、許せなくない?」
「……小さくとも女は女。侮れません」
我がパーティーの女性陣がなにか話しているような気がしたけど、きっと聞き間違いだと思う。聞き間違いに違いない。
それから僕らは予定通りの汽車に乗った。
そうして4日後――ついに目的地、パラディーゾに到着する。
ちなみに「リンキン監視所」を、冒険者協会によって編成された特別調査チームが調査を行い、結果、悪魔の進化種であるアークデーモンの存在が複数確認され、世界各国の腕利き魔物専門冒険者たちが、リンキンの町を訪れることになる――のだけれど、それは数年後の話である――。




