67 リンキン少年冒険団(2/4)
「危険だから帰りなさい」
と僕が言うと、
「やだよ。俺たちを追い出して財宝を独り占めするつもりだろ!」
「詐欺師には騙されない」
「ふっ……」
「…………」
4人の少年たちは4人なりの反応を示した。
デカイ少年ラッキーと猜疑心あふれるナナはやる気満々。
でも残りのふたりは……帰りたそうだな。うん。友だちは選ばなきゃダメだぞ? 小さい町だと選べるほど子どもはいないんだろうけども。
「どんな遺跡かはわからないんだ。冒険者協会に連絡して、ちゃんとした冒険者に調査してもらったほうがいい」
「やだよ。俺たちが最初に財宝を見つける!」
「詐欺師だって、あたしたちと年変わらないでしょ。それなのに大人ぶらないで」
いやいや15歳ですから。君たちより年上ですから。
と、実はここに来る途中話したのだけど誰も信じなかった。なんでだ。
「……帰ろうよぉ、ナナちゃん……ここ、怖いよぉ……」
一番臆病っぽいルーフェが言う。
「……ふっ」
続いてサムがなにかをつぶやいた。ラッキーが彼の口元に耳を寄せる。
「ふむふむ、うん? そうか、そういうことか。――サムも帰りたいそうだ」
その通訳必要? でもまあ、正しい判断ではある。
「さ、帰ろう。今から帰ればおやつに間に合う」
「やだよ。っていうかおやつなんて俺食べないし。やっぱりお前子どもだろ」
なぬっ。
リンゴが煎れてくれるお茶と、ちょっとしたおやつ。この組み合わせは最高なのに! むしろそれがわからないお前がお子様だ!
って思ったけど口にはしない。僕は大人だからね。くそっ……。
「……おやつ食べたいよぉ」
「……ふっ」
おやつ、というキーワードに反応したルーフェとサム。
いい子たちである。
「じゃあ多数決な! 帰りたいヤツはそっち、冒険を続けるヤツはこっちだ!」
ラッキーが多数決を持ち出したけど、当然のようにラッキー&ナナ、サム&ルーフェに分かれる。
僕? もちろん帰る組だよ?
「ぬうー! 腰抜けめ! リンキン少年冒険団の名折れだ!」
「あたしはひとりでも行くから!」
「お、俺も行くっての!」
ナナが奥へと歩き出すと、ラッキーもついていく。
ん。なんか、ラッキーのヤツはナナの後ろにくっついてる感じだ。
みんな来いと言いながらひとりで行きたくないだけなんじゃ。
「ナナちゃぁん……戻ってきてよぉ」
「ふっ……」
「やれやれ。大丈夫、放っといたらいいよ。あのふたりは明かりを持ってないじゃない? 暗い中ならなにもできないし、怖くてすぐに帰ってくる」
「そっかぁ」
「ふっ」
帰る組はわかってくれたらしい。なんとなく、僕もサムが言っていることがわかってきた気がする。
奥へと進むふたりが暗がりに溶けていく。
やがて見えなくなる。
それから、10秒くらい経ったろうか。
「……うわぁぁぁあああん!」
「泣かないでよラッキー! 暗いだけじゃない、こんなとこ!」
予想通り過ぎて微笑ましい気分にすらなってくる――と僕は思っていたんだ。
それは、間違いだった。
「なんか踏んだ、なんか踏んだ、足下がカチッていったんだよぉ!」
え?
カチッ?
「――ラッキー、それは」
僕の背筋をぞわりと寒気が這い上がる。
トラップ。
すぐに思い当たる。
「動くな! じっとしてろ!」
僕は走り出していた。
どんなトラップだ――考えている間に、それは起きた。
ゴゴゴゴ……という岩と岩のこすれる音。
天井が崩れた。
「くっ」
僕は前へと転がった。
ちょうど僕の背後に巨大な岩がいくつか落ちてきたのだ。通路を、キレイに塞ぐように。
出口を塞ぐように。
「なんで……うえ、うええ……うわああああん」
トラップのせいで外に出られないと知ったラッキーは、おんおんと泣き出した。泣きたいのはこっちだよ……明日の朝イチで汽車に乗らなきゃいけないのに。
「ナナちゃぁん、ナナちゃぁん」
「ルーフェ、ここ!」
ナナが岩と岩の小さな隙間を見つけた。僕が蛍光石で照らすと、光が向こうに射し込んでいく。
ナナがひょこんと顔を出した。
「ねえ、君たち。ここから出て町の人の助けを呼んできてくれないかな? 特にホテルに泊まっている僕のパーティーメンバーに先に声をかけて欲しいんだ」
「えと、あの……暗くて」
「これを渡しておく」
僕は隙間から手を伸ばして蛍光石をルーフェに渡した。
「ホテルに行って、『ノロット』の名前を出せばすぐにわかるはず」
「ノロノロ……」
「ノロット! ノ、ロ、ッ、ト!」
「はぃぃ」
「ふっ」
ルーフェとサムが向こうで動き出す気配。
すぐに隙間から光は入ってこなくなり、僕らの周囲は闇に包まれた。
「うあぁん……」
「いつまでも泣かないでよ、ラッキー。すぐに町の人が助けにくるからいいじゃん」
「でもよお、怖くてよお。どこにいるんだよ、ナナ」
「すぐそばにいるでしょ」
身体はデカイのにラッキーは泣き虫らしい。このままずっと泣かれるのもつらいな、と思って僕は道具袋からあるものを取り出した。
「えっ、なにそれ。キレイ!」
蛍光石ほどではないけれど、真っ暗闇なら少々の光でもはっきり見える。
僕が取り出したのは――王海竜の鱗だ。
これは魔力を帯びているようで、道具袋から出てくると周囲に光を振りまいた。
うっすらとではあるけど、ラッキーもナナも見える。
「ひとり1枚ずつ渡しておくよ。そうしたら、お互いの顔が見えるだろ?」
「わあ……」
ナナが、目をきらきらさせて鱗を受け取る。ラッキーは目をしょぼしょぼさせて。
「さて。それじゃ僕は奥を見てくるから。君たちはここにいて」
「えっ……なっ、なんで奥に? 危ないでしょ?」
「一応この光で視界は確保できる。奥に、他の出口があるか見てきたい」
「でも、この辺の山に洞窟なんて見たことも聞いたこともないよ」
「この洞窟だって君たちが発見するまで誰にも見つからなかったんだろ? それなら他に出口がある可能性は高い。それじゃ、行ってくる」
実は、僕は他に出口があると最初から確信していた。
なんでか?
簡単だよ。風が流れているんだ。
その風は、洞窟の奥へと吹き込んでいる。今も岩の隙間を通ってね。
つまり風の出口がどこかにあるのだ。
「…………あのー、なに、この手は?」
竜の鱗を持って歩き出した僕のマントを、ナナがつかんでいる。
「さ、詐欺師でしょ。あたしたちを騙してひとりで逃げようとしてるんでしょ」
「違うってば……。ここから先は危険なんだ。ラッキーがトラップのスイッチを踏んだだろ。気をつけて進む必要がある。君たちの面倒まで正直見きれない。安全が確認できたら呼びに戻る。お願いだからここにいて。ねっ?」
精一杯優しく、僕からの、お・ね・が・い!
「やだ」
はい通じませんでしたー。
でも僕はこのとき気がついた。マントを握るナナの手に、わずかな震えがある。ラッキーが泣き虫だと思ったけど……よくよく考えたら冒険の経験もまったくなくて、しかも年も僕より5歳近く若くて、こんな真っ暗闇に取り残されたら怖いよなあ……。
ため息ひとつ。
「……オッケー。わかったよ。ただ、これだけは約束して欲しい。僕より前に絶対に出ない。僕が逃げろと言ったらすぐに逃げる。というより僕の指示をすべて聞く。いいね?」
「…………」
ためらうんかーい。
「……まあ、しょうがないからそれでいい。ほら、ラッキー行くよ」
「やだよお。俺はここにいるよお」
「じゃ、置いてくから」
「ううっ……ついてくよお」
鼻をぐすぐすさせながらラッキーがよろよろとついてくる。ラッキーはナナの服の裾をつかんでいるようだ。
リンキン少年冒険団のボスは、ナナで決まりだな。
それから僕は、かなり慎重に奥へ奥へと進んだ。
ラッキーが踏んだトラップの位置も確認できた。
ただ、ちょっと気になることがあった。
そのトラップ起動スイッチは壁際にあったんだ。ラッキーが壁に手をつきながら歩いていたせいで踏んだんだろう。
ラッキーは、暗いから壁に手をついていた。
明かりを持っていれば通らない場所にあったということになる。
それにトラップにしては、落ちてくる岩の位置がだいぶ入口側にあるような……?
さっき確認したところ、懐中時計は3時を回っていた。ルーフェとサムがちゃんと下山して、ホテルにいるモラたちに連絡したとして――4時。それから町の人にも連絡して、4時半、みんなでこの洞窟までやってきたら、どんなに早くても5時。
日没は6時前後。
日没後に登山することはないだろう。下山するのも大変だ。となると「捜索は明日」と言われる可能性がある。
モラたちは日没だろうと関係なく来てくれるだろうけど、問題は場所がわからないこと。ルーフェとサムしか洞窟の場所を知らない。町の人は、ルーフェとサムを、暗くなるとわかっている山へと行かせるだろうか? ふたりの親は反対するかもしれない。
今日中に助けが来てくれる確率は、半々か、ちょっと低いくらい――。
「ね、ねえ、どうしてさっきから黙ってるの? なにか話してよ」
「ん? そうだねえ……話、か。ここは遺跡だよ。間違いない。だけど遺跡って言ってもいろいろあるんだよね」
「いろいろ?」
「よく知られているのは財宝を隠している遺跡だね」
「ああ!『ゴルドルア地下迷宮』に『聖ローデリの空中城』!」
「そうそう――ってナナはひょっとして『いち冒険家の生き様』読んだの?」
「なにそれ、本? 本は読めない。だって字、読めないもの」
「ああ、そう言えばそうだったね」
「お父さんが教えてくれたの。冒険物語を。それを聞きながら寝るのがすっごく楽しいの!」
なるほど。ナナのお父さんが物語をするときに「いち冒険家の生き様」から引っ張ってきたんだろうなあ。
今、ナナが言ったふたつの遺跡は「いち冒険家の生き様」に書かれているんだ。
手に汗握る冒険譚、って感じでさ! 僕も何度読んでもわくわくしちゃう。
「あとねあとね」
「うん」
「『63番ルート』に『黄金の煉獄門』!」
「ブッ」
思いっきり噴き出した。
「きったない! なによ、もう」
「あ、ご、ごめん……ちょっと驚いて」
「最近踏破された、ってお父さんが教えてくれた」
お父さん、遺跡マニアか。いや、どっちかっていうと冒険マニア?
僕がそのふたつの遺跡は最奥まで行ったんだよ、と言ってもナナは信じてくれないだろうなあ。なにしろ僕は詐欺師だから。疑う下準備はばっちりである。
「――そう言えばナナはどうして僕のこと詐欺師っていうの? そんなに人のこと疑ってると疲れない?」
「お父さんが『疑り深い人間ほど遺跡では生存率が高まる』って……」
全部お父さんのせいだった。ここから出たらちょっと文句言ったろかい。
というかその言葉も「いち冒険家としての生き様」にあるんだよね。ただ続きがあって、「ただし仲間を信じる人間しか、遺跡を踏破できない」――くぅ、カッコイイ!
「それで、ノロット。この遺跡はどんなのなの?」
「ああ、その話だったね。遺跡はさ、今ナナが言ったみたいに、奥に財宝があってなんらかの理由――モンスターだったり盗掘防止だったり試練だったりして、踏破しづらいもの“だけ”が有名なんだ。踏破されてしまえば、誰も話題にしなくなるから当たり前っちゃあそうだけど。――基本的に遺跡は過去をさぐるための手がかりでしかなくて、無価値のもののほうが確率的には多い。そういった遺跡は歴史学者に引き渡されることもあれば、なにごともなかったようにつぶしてしまうこともあるんだ」
「なんか難しい話」
「え、そ、そう? ごめんごめん。簡単に言えば、ここの遺跡が、なんのために過去に存在していた建築物だったのか調べることが重要なんだ」
「建築物?」
「洞窟を利用して、誰かが住んでいれば踏破もへったくれもないただの遺跡。洞窟をダンジョン化しているのであれば、なんらかの財宝がある可能性がある」
「財宝!」
「財宝!?」
ずっと黙っていたラッキーまで食いついてきた。
「……期待してるとこ悪いんだけど、どうやら、ここはハズレみたいだ」
僕は言った。
トラップは、ラッキーが踏んだところ以外にはなかった。
そのままたどり着いてしまったからだ――遺跡の最奥? に。
そこは何者かが住んでいたであろう、住居だった。




