66 リンキン少年冒険団(1/4)
グレイトフォールを出発してから4日が経過した。
ずっと、移動である。
行く先は樹海都市パラディーゾ。「魔女の羅針盤」は移動中もずっとパラディーゾの方角を指しているので、アラゾアがいるのはパラディーゾでほぼ間違いない。
神の試練である「女神ヴィリエの海底神殿」に挑んだプライアとゲオルグがどうなったのかもちろん気にはなる。踏破できたのかなー。まだ遺跡かなー。中とか、どんなふうになってるんだろ?
まあ、なにがしかの情報は冒険者協会経由で伝わってくるはずだ。
この世界のどこにいても、冒険者協会のネットワークで遺跡攻略に関するニュースを仕入れることができるのはうれしいよね。
長距離汽車が到着したのはリンキンという町……村? だった。
いわゆる乗り継ぎ用の停車場であり、貨物や客車、多くの汽車が停まっている。
魔力と石炭による蒸気機関を併用した汽車だ。炭鉱にほど近く、物資の補給も問題ない。
ただ、それだけなんだよね、ここ。
周囲は山に囲まれていて、ステーションだけがぽつりと存在する。
駅舎は大きいし人も多いんだけど、彼らが駅から出ることはあまりない。
数時間、待つだけだし。
夜を明かすことになったとしても、客車で宿泊できるからね。まあ、気分を変えたければ駅前にホテルはあるんだけど。
「うーん。乗り継ぎが悪いな。パラディーゾ方面の汽車は、明日の朝だって」
「をん? それじゃァここで一泊かァ」
僕らは長旅の途中だったから気分を変えるつもりでホテルへと赴いた。
ホテル以外には少々の商店があるだけの町。
冒険者協会だってリンキンにはないのだ。
「……僕、ちょっと散歩でもしてこようかな」
ホテルの狭い部屋に入ってから、僕は言った。
「それならばわたくしもお供します」
「あっ、あたしも行く!」
「――リンゴとエリーゼはここに残りな。用事があンだ」
するとモラが女性ふたりを止める。なんの用かとたずねると「野暮用だァ」としかモラは言わなかった。
ひょっとして……。
僕が神の試練に行けなかったことを気にしていると思われてるのかな。で、気を遣ってひとりにしてくれてるとか?
そこまで気にはしてないんだけど……まあ、気遣いはありがたく受けておこうかな。
単独行動ってここのところ全然してなかった気がする。僕だってたまにはひとりになりたいのだ。
ホテルから外に出ると、日は高かった。
駅舎からちょうど出てきたシンディが僕を見るやぱたぱたと走ってくる。
「明日の朝一番の汽車ですよね? ね? 私もチケット押さえましたから!」
「本気でついてくる気ですか……。別に遺跡が目的じゃないんですけど」
「いいんですよ。ノロットさんがいなくても、誰か他に有名冒険者がいるでしょうから、ちゃんと記事は書けます」
「…………」
なんだかそれはそれでモヤッとくるけども。
ちなみにシンディは、長距離通信用のマジックアイテム「魔導転写紙」を利用している。
大手の新聞社や通信社はよく利用しているものだ。書いた文字が、対になっている紙に転写されるという簡単なマジックアイテム。
便利なのはどれほど遠くにいても効果があること。不便なのは使い捨てだということかな。
「じゃ! 私はこれにて! 駅舎で仕入れた情報を本社に送らなければ」
シンディは駅舎で夜を明かすらしい。
乗り継ぎ客に取材をし、情報を仕入れ、記事を書く。
僕らの前でお漏らししてしまったときには大丈夫かこの人と思ったけど、なかなか記者としては有能みたいだ。
僕はリンキンの町をぶらぶら歩いていた。
グレイトフォールやストームゲートとは比べるべくもない小さな町だ。
駅前のホテルはなかなか立派なレンガ造りだったけれど、一本裏道に入ると木造の平屋が続く。
どこを見ても山に囲まれている。
農業をやるにしても開墾が大変だろう。
川の筋は細いので漁もできない。
そうなると、駅を中心に暮らしていかざるを得ない……まあ、交通の要所として位置はものすごく便利なところにあるんだよね。
「おいっ」
かといって冒険者協会もないほど小さな町とは思わなかった……。
「おいっ、お前っ」
「ん?」
どうやら僕が呼ばれていたらしい。
振り向くと、4人の少年少女がいた。
リンキンに住んでいるんだろう。年齢は10歳から12歳くらいだろうか。
それなりに背の大きい――僕よりも大きいけれど顔は幼い――少年。
細身で眠そうな目をしている少年。
青色の長い髪とぱちりとした目の、なかなかに可愛らしい少女。
おどおどとした碧眼の少女はもうひとりの少女の陰に隠れている。
「お前、冒険者だろ」
「そうだよ」
ふふふ。僕も身のこなしだけで冒険者だと見抜かれるようになってきたな。
よしよし。
「ウソつきだよ、こいつ。だって冒険者になるには14歳以上じゃなきゃダメだもん」
と思っていたら青目の少女が言ってきた。
……アレですか、僕が15歳には見えない……というか14歳にも見えない、ってことですか。
最初に声をかけてきたデカイ少年と青目の少女が言い合いを始める。
「だけどこいつ、冒険者っぽい服着てる」
「14歳にならないと冒険者になれないって言ってるじゃん」
「じゃあなんでこいつは冒険者っぽい服着てるんだよ」
「見た目だけでしょ。冒険者っぽい服着てるだけで」
“冒険者っぽい服”と連呼されると、なんだか僕自身、冒険者の扮装をしているかのような気になってくるから不思議だ。
「いやいや、僕、冒険者だから。ほら、冒険者認定証あるでしょ」
バックパックは宿に置いてきたけど、腰の道具袋は常に身につけている。
袋から冒険者認定証を取り出すと、彼らは顔を近づけてそれを見る。
ふふん。どうだ。冒険者様だぞぉ。
「俺たち、字、読めない!」
「こいつやっぱり詐欺師だよ。詐欺師ほど身分を証明して見せたがる」
青目の君。どうしてそんなに疑ってかかるのかね?
いいじゃないか、僕冒険者。君町民。なんの不都合もないのに。
「あのさ、なんで冒険者かどうか確認したがるの?」
僕がたずねると、彼らはぎょっとしたような顔をして顔を見合わせる。
そうして角を突き合わせてごにょごにょごにょごにょと相談を始める。
……もう、宿に帰ろうかな。全然散歩楽しめなかったけど。
「よし」
おやつになにを食べようかと僕が考えていると、相談が終わったらしい。
デカイ少年が偉そうに言った。
「お前が冒険者かどうかテストしてやる! これから遺跡を案内するからそこを踏破してみろ」
……どうしてこうなった。
僕は山へと続く斜面の獣道を歩いていた。
町の人が育てているのであろう果樹園はずいぶん遠い。
だけどこの辺は子どもの遊び場なのか、少年たちは気負う様子もなくずんずん進む。
デカイ少年は、ラッキーと名乗った。やはりガキ大将らしく「リンキン少年冒険団」のリーダーだと名乗った。そのような冒険団が冒険者協会に正式に認定されているのかはあやしいところである。
眠そうな少年はサムと名乗った。件の冒険団の参謀であるという。参謀なので自分から僕に話しかけることはなく、基本的にラッキーにアドバイスを与える立場らしい。人見知りなら人見知りだとはっきり言えばいいのに。
青目で勝ち気な少女はナナと名乗った。件の冒険団の陰のボスだと本人は言うが、ラッキーは否定した。もはや僕としては誰がリーダーでもボスでもどうでもいい。
おどおどしてナナの陰に隠れていた少女はルーフェと名乗った。魔法の才能があるという。もう、この子が一番冒険者として目があるじゃんとか思ったのはナイショだ。
冒険団かあ。
そういうのを結成しちゃうくらいだから、冒険や冒険者に対する憧れがあるんだろうね。
だとすると、夢を壊すのもかわいそうな気がしてしまい、僕はなし崩し的に彼らに連れられて獣道を歩いているというワケだ。
どうも話を聞いていると、彼らが冒険の途中に――町のそばの山で遊んでいただけ――発見してしまった洞窟があるのだという。
それが「遺跡だ」と主張するラッキーと、「ただの洞窟」と主張するナナとの間で意見が割れ、誰かに判別してもらおうということで探していたところ僕が目に留まったらしい。
歩いて30分くらいは経ったろうか。結構歩いたな。じんわり汗までにじんでくるけど、リンキン少年冒険団の面々は軽く息が上がっているだけでまだまだ元気だ。冒険団を名乗るだけはあるな。
その洞窟は、山間の崖にあった。
ツタで覆われていて、パッと見では洞窟だとわからない。よくもまあ見つけたものだと思っていると、どうもサムが「空気の流れが変」と言い出して探したみたいだ。
その辺の感覚は非常に大事だ。遺跡内で迷っても空気の吹いてくる方向へ歩くと外へとつながっている場合がある。
……ということを説明してやると、
「……ふっ」
とサムが照れくさそうに、しかしドヤ顔で鼻をこすり、
「やっぱサムは参謀だな!」
「こいつ詐欺師だし、褒められてうれしがらないの」
ラッキーが謎の喜び方をし、ナナはあくまで僕を認めないようである。
複雑な思いを抱え、僕はともかく洞窟を見やる。
彼らは光の届く範囲までしか探索しなかったようだ。それは正解だ。どんな生き物がいるかわからないし、ただの洞窟であったとしてもモンスターが出ることもあるからね。
僕が蛍光石を取り出して光を灯すと、彼らは興味津々という顔でこちらを見てきた。ふふん。ようやく僕が冒険者だと認めたか?
「詐欺師はディテールにこだわる」
ナナちゃん。君、詐欺師になんか恨みでもあるの?
とにかく、だ。僕は彼らを洞窟の入口で待たせてひとり先に進んだ。
数人が並んで入れる大きな洞窟である。
足下は湿っていて、風が流れている。
まあ、洞窟だろうね。どこにつながっているのかはわからないけど。
川はないから地底湖なんていうことはなさそうだしなあ……。
「ん」
そう思っていると、僕は妙なものを見つけた。
四角に切られた、柱のような石である。
表面になにか文字が……古代ルシア語で書かれている。
その先を見ると、ガレキが散らばっている。
「おいおい、マジかよ」
ガレキは、もともと一枚の石材だったようだ。
つまりは石扉である。
経年劣化だろうか。あるいはなんらかの原因で砕けて、崩落した。
扉の表面にもなにかが書かれている。
封印……? いや、まさかね。古代ルシア語なら、なんらかの魔法効率を高めるための手段だ。
僕は痕跡を調べるのに夢中になっていた。
多少の時間がかかったけど、はっきりした。
「これ、遺跡じゃん……」
すると、
「やっぱなー!」
びっくりして振り返る。
そこには暗い中をこそこそついてきたリンキン少年冒険団の面々が待機していたのである。
待ってろ、って言ったのに……。




