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トレジャーハントに必要な、たった1つのきらめく才能  作者: 三上康明
第4章 3人のダイヤモンドグレード

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65 魔女の羅針盤

 冒険者ノロット、「63番ルート」から戻る——という情報は、僕が特に言わなくても冒険者協会に伝わったらしい。

 その日のうちに情報はグレイトフォールに広がった。

 お風呂にも入ってぐっすりと眠った翌朝——僕らの泊まっているホテルの部屋をノックする音が聞こえた。


「どなたですか」


 朝食の途中だった。リンゴが立ってたずねるけれど、返事はない。


「……なんだろ?」

「わかりませんが、何者かの襲撃とかいうわけではないようです」


 とリンゴ。

 そんなことあってたまるかい。

 大体僕が宿に泊まっていて襲われた経験なんて……。


「? なに、ノロット?」

「どうしました、ご主人様」


 あったー。

 しかもふたりからー。


「開けますか?」

「……どうぞ」


 襲ってきたふたりと今は遺跡を巡る旅をしている状況に頭痛がしてきた。

 リンゴがドアを開けると、そこには——ひとりの女性がいた。


「グレイトフォール・タイムズ記者のシンディです! ノロットさん! プライアさんを置いて逃げ帰ってきたそうですがそこのところどうなんですか!?」


 え……え?

 とか思う間もなく、リンゴの横をするりと抜けて——あのリンゴの横を抜けるとかいうサウザンハンズすらできなかったことをやってのけた記者スキルの高さ——僕の前へと突進してくるシンディという記者。


 結構若いんだろうか? 美人ではないけどそばかすのある顔は愛嬌が感じられる。

 メガネをかけていた。頭にはちょっとしたつばのついている帽子。

 動きやすそうな膝丈までのズボンに、足下もしっかりとしたブーツだ。

 ただ、着ているシャツはだいぶくたびれた感じだった。


 それよりも目を惹くのが——耳。

 垂れてる。イヌミミだ! 亜人である。


「なんのこと?」

「やっぱり同じダイヤモンドグレードでもプライアさんは格上って感じですかね? 『63番ルート』は戦闘に特化したパーティーじゃないと厳しいでしょう! ノロットさんはどう見ても戦闘ダメそうですしねー!」


 いやいやいや、急にやってきてなんなんだこの人は。


「それでもダイヤモンドグレードなんでしょ? プライアさんたちを置いて帰ってくるってどうなんですか? 見捨てて逃げたとか? だったらヤバイですよー。この町はプライアさんラブな人たちがいっぱい……」


 シンディの言葉が止まったのはリンゴが彼女の襟首をつかんでつまみ上げたからだ。


「ノロット様、この亜人をミンチにしてハンバーグにしたら、人肉の味がするのでしょうか、あるいは犬肉?」


 すげぇ怖いこと言い出した。


「参ったなあ。昨日、眠いのを我慢してようやく剣の錆を落としたってのに、また研ぎ直しじゃない。肉を斬ると脂がまいちゃうんだよねー」


 エリーゼが大剣を持ってきた。


「は、はは……やだなあ、この人たち、狂犬じゃないですか? ノロットさん、教育なってないですよ? 記者をつかまえて恐喝とか、記事にしちゃいますよ」

「恐喝ではなく、実際に行うことです」

「記事になんてできないでしょ。アンタがいなくなったことを誰が感知できるわけ?」

「…………」


 シンディがエリーゼを見る。リンゴを見られないのは襟首つかまれて宙ぶらりんだからだ。


「ほ、本気じゃないですよね? わかってるんですか? グレイトフォール・タイムズですよ? 発行数こそ市内2位ですがディラント伯爵始め貴族の方々も愛読する……」

「ここでは汚れるので浴室に行きましょう」

「それもそーね。じゃ、そっちで」

「ややややや止めてください! お願いします! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


 リンゴが立ち止まった。

 ぽた、ぽた、ぽたと音がする。


 ああ……泣かしちゃったか、と思ったけど、ニオイが違った。


「ひぇっぐ、ふぇぐ、うぐ……」


 シンディは……その、ズボンを濡らしていたのだ。




「こんなの許されません! 乙女をこんなふうに扱うなんて!」

「いいからさっさと拭いてください」


 粗相をしてしまった場所を、シンディが泣きながらぞうきんで拭いている。

 ズボンは浴室で水洗いして干しているらしい。彼女は腰にバスタオルをぐるり巻いている。

 それなりに可愛らしい人だったのに残念極まりない。

 まあしゃべるだけで残念な感じがこぼれてくるので彼女が可愛らしさを維持するには黙っているしかないんだけど。


「ノロットさん! あなたがリーダーですよね!? こんなふうにパーティーメンバーが振る舞うことについてどう思う——って遠い!?」


 僕はかなりシンディから距離を取った壁際で、鼻をつまんでいた。


「あ、ごめんなさい。なんかその……ニオイがきつくて」

「むちゃくちゃなこと言ってますよ! 私を傷つけてますよ!」

「たぶんですけど、犬って縄張りを示すためにおしっこするじゃないですか。それでニオイをつける。そのせいだと思うんです。……ニオイがきつくて」

「論理的に説明されるとさらに傷つきます! これは訴訟ですよ!」

「早く掃除しろよ」


 エリーゼが大剣を担いで現れると「ひっ」とシンディが泣きながら掃除を進める。


「ていうか、今、僕らの立場ってそんなんなんですか? プライアさんたちを置いて逃げ帰ってきた、みたいな」

「それは……そうでしょう。同じダイヤモンドグレードと言っても、プライアさんとノロットさんじゃ知名度が違いますよ」


 つまるところ、プライアが帰ってこず、僕が帰ってきた以上は、僕がプライアを遺跡に置いてきたに違いないと。

 で、シンディら新聞記者は、プライアが健闘しているのか、全滅しているのか、その辺を知りたいらしい。

 なにせ「63番ルート」は先日踏破されたばかり。いまだに町のホットトピックなのだ。


「プライアは無事だよ。ゲオルグといっしょに……『63番ルート』の最奥で、調査を進めてる」


 僕は言った。

 神の試練については言う必要もないし黙っておいた。僕が抜け駆けで発表するのもなんだしねえ。


「え、ゲオルグさんも!? そのことって他に誰が知ってますか!?」

「えーと、執事のセバスチャンさん?」

「それだけ!? 他の新聞記者は!?」

「ゲオルグさんは新聞記者に話してないと思うけど……」

「ぃやったー! 明日のスクープいただきぃ!!」

「こんな情報でスクープになるの?」

「そりゃそうですよ! 今をときめくゲオルグさんとグレイトフォールの星であるプライアさんが協働してるなんて!」

「そ、そう……」


 それじゃ神の試練のことが公になったらどれだけ衝撃を与えるんだろうか……。


「ノロットさん……くれぐれも、この話は内密に。他の記者にも、ナイショで」

「いや。近づいてこないでください。臭いんで……」

「なにぃぃ!? 私これでもグレイトフォール・タイムズの記者のうち『彼女にしたいランキング』ナンバーワンなんですよ!?」


 ナンバー“ワン”。犬だけに?


「ここでの新聞がどう書こうが僕らはどうでもいいんですよ。だって、多分今日か明日にはここを発つんで」

「ええっ!? いいんですか!? ノロットさんが、凶暴な部下を従えていたいけな記者を辱めたって記事書きますよ!?」

「……ウソを書かれるのはムカつきますけど、正直どうでもいいとも思います」

「ノロットさん、なにか隠してますね」

「えっ!?」

「だって、プライアさんと『63番ルート』最奥に着いた。ゲオルグさんたちはなにかしらの調査を進めている。それなのにノロットさんが帰ってくる。そんなのおかしいです。ノロットさんは、なにか、話していないことがあります」


 急に鋭いツッコミを見せてきた。

 なるほど、確かにちゃんと新聞記者なのだ。


「ないですよ、そんなの。仮にあったとしても話す義理もないですし。——それじゃ、僕ら準備終わってるんでもう行きますね。チェックアウトするんで、掃除の話はホテルに言っておいてください」


 と言って僕らは荷物を抱えて部屋を出ようとした。


「わかりましたよ、ノロットさん。このシンディにはすべてわかりました」


 そうして彼女は、宣言した。


「……ノロットさん、私を辱めて苦しむ顔を見るのが大好きなんでしょう」


 …………え?


「いますよね? そういう趣味嗜好の持ち主。わかっています。では取引しましょう。私を好きにいじっていただいて構いません。ですから、私はノロットさんにくっついて取材を続けます。従軍記者のような形です。なぁに、気にしないで構いません。私になにか報酬とかは——」

「断ります」

「——必要ありませんから。ってなにぃ!? 断るの早すぎ!」

「要らないでしょ、記者なんて。冒険の邪魔ですし。じゃあ僕ら行くんで」

「ちょ、ちょっとノロットさん! 待って! 待って、私まだズボン穿いてない——」


 僕らはシンディを置いてさっさとホテルを出た。




 セバスチャンは以前、ゲオルグをたずねたホテルにいまだ滞在していた。ゲオルグが帰ってくるのを待っているのだろう。

 僕が指輪を見せると、


「……お早いお帰りですね?」

「僕は、“その先”に行かなかったから」


 暗に神の試練についてほのめかすと、セバスチャンはちょっとだけ驚いたような顔をした。

 どうもゲオルグはセバスチャンにはすべて話していたみたいだ。

 そして僕がゲオルグについて「女神ヴィリエの海底神殿」に挑むと信じ切っていたようで、僕が帰ってきたことに驚いたらしい。


「いいでしょ。僕には僕の目的があるんだから」

「もちろんです。こちらが報酬の『魔女の羅針盤』です」


 セバスチャンは、古びた羅針盤を持ってきた。

 先日見せてもらったものと同じだ。

 モラは僕のマントの中で息を殺している。だけれどなんとなく、モラの緊張が伝わってきた。

 僕らはセバスチャン礼を言った。


 それから僕らは、落ち着ける場所を探した。なんと、セバスチャンのいたホテルを出たところでシンディ以外の、記者たちから質問攻めに遭ったのである。


「プライアさんを置いて逃げ帰ってきたとのことですが——」

「ちょっと、ほんとにアンタダイヤモンドグレードなの——」

「プライアさんは無事なんですか——」


 うんざりするくらいプライアは人気者だった。そして僕は彼女の引き立て役だ。

 ぴきぴきと額に青筋を立ててリンゴとエリーゼが出て行こうとしたときだった。


「お待ちください」


 僕らの背後から、セバスチャンが現れた。


「ノロット様は我が主ゲオルグ様がプライア様と無事合流し、『63番ルート』最奥での調査を続けていると、ご報告くださいました。今話せることは以上であります」


 彼の説明に、記者がざわつく。


「なんの調査ですか!?」

「プライアさんと組んだってこと!?」

「とんでもないぞ、ふたりのダイヤモンドグレードが組んだんだ」


 いやいや、僕も噛んでましたけど……と説明するのも面倒だった。


「つまりノロットさんは、足手まといだから帰されたってこと?」


 いきなり失礼な質問を送ってきたのはシンディだ。

 たぶん、「自分たちだけに情報をくれ」と言ったのに同じ情報を他の記者がつかんだことに対する意趣返しだろう。


「なんでそうなるんだよ……」


 僕がうんざりし、リンゴが指をこきこきと鳴らし、エリーゼが大剣に手をかけるものの人前だからだろうシンディは強気で——とはいえ多少気にしたのだろう生乾きのズボンをもじもじさせながら——聞いてくる。


「だって、『63番ルート』ですよ? あれほど厳しい遺跡で、ノロットさんたちが戦闘で活躍したかの証拠がないですよ」

「証拠か……」

「ないでしょ?」

「まあ、あると言えばあります」

「へー。じゃあ、出してください」


 どうせないんだろ? みたいな感じで聞いてきた。

 僕はため息をひとつ吐きながらポケットに手を突っ込んだ。


 取り出したのは、


「王海竜の鱗です。1匹でしたが、なんとか撃退しました」


 殺すのはさすがに無理。

 と思ったけどそこまで言う必要はない。

 僕が握っていたのは僕らに割り当てられた全員分の鱗。40枚ほど。


「ほ、本物だ……」


 記者のひとりが言うと、どよめきが走った。


 ……あれ?

 そんなにびっくりされるものなの?


 と思っていると、


「な、なんで私だけに教えてくれなかったんですか! 王海竜ですよ!? 討伐記録なんてこの100年以上ないですよ!?」


 へぇ、そうなんだ……100年!?

 思わず目を剥いた。

 ま、まあ確かに、まさしく化け物レベルで強いモンスターだから、それはそうかもしれない。

 それから僕らはシンディだけでなく他の記者から質問攻めに遭う。鱗を売るつもりか、どうやって倒したのか、などなど……。

 あまりに面倒なのでそれらは全部無視して僕らは逃げた。

 逃げるのには成功したけど、記事を書くのを止めることはできない。

 翌日の新聞に、「強者ノロット、ついに王海竜を撃退す」みたいなことを書かれることなんて今の僕には知らないことなのだ。




 記者たちから走って逃げ、店に入り、路地に紛れ、なんとか完全にまいたころには——お昼時からはすこし過ぎていた。

 僕らは手頃なレストランに入る。そして個室を借りた。

 なにせ僕らはタダで(死ぬほど大変だったけど)「魔女の羅針盤」を手に入れたのだ。

 お金はかなり余っている。


 食事を終えてから、人払いを頼み、僕らは世界地図をテーブルに広げる。

「魔女の羅針盤」を置く。


「モラ。ようやくだよ。ようやく手に入れた。さあ——あいつの居所を探そう」


 モラは、僕をちらりと見る。

 カエルの表情は相変わらず読みにくいけど「いいのか、ほんとうに?」みたいな疑問だったと思う。

 なにを今さら、だよね。

 モラもわかってるんだろう。僕の返事を待たずに「魔女の羅針盤」の前に立った。


「……俺っちは魔女を探している。『魔女の羅針盤』よ、示せ、魔女アラゾアの居場所を——」


 魔女の羅針盤は、光もしなければ音を立てることもなかった。

 ただ、針だけが動いた。

 羅針盤はちょうど地図上のグレイトフォールに置かれている。

 地図の東西南北はきっちり合わせてある。


 針が指した方角は——。


「……ここ、か」


 モラが、ぽつりとつぶやいた。

 針の方向は、見事その都市を示していた。


 ウッドエルフの王国、樹海都市「パラディーゾ」。


 森の番人であるウッドエルフたちの王国であり、旅の者を極端に嫌う王国。

 その中心地がパラディーゾだ。


「行こう、モラ。いいよね、みんな?」


 僕の問いに、全員がうなずいた。




 それから僕らはグレイトフォールを出る船に乗り込んだ。

 今日の最終便にぎりぎり間に合った。


「何日くらいかかる予定なの?」


 エリーゼに聞かれて僕は答える。


「着くのは10日後の予定だね。悪天候とかなければいいんだけど」

「なるほど……近いって言えるのかな」

「どうだろう。わりと近隣じゃないかな」

「あと10日ってことはパラディーゾ辺りですか?」

「そうそう。まさにパラディーゾ……」


 と言いかけて、その言葉の主がエリーゼではないことに僕は気がつく。


「貼り付き記者、シンディ、参りました! いやー、ノロットさん、次はパラディーゾですか。いいところ行きますねえ。私、あそこの名物のココナッツリカーを飲んでみたかっ——」


 リンゴがシンディをつまみ上げる。甲板から放り投げようとして、船員たちに止められた。

 僕としては本気で放り投げて欲しかったのだけど、


「じょ、じょ、冗談抜きで死にますよ!? グレイトフォールを出てすぐは海流がメチャクチャなんですよ! こんなところで放り出されたらどうなることか……!」

「いや、だから投げたかったんですよね」

「ノロットさん! 一番きついこと言いますよね!?」


 シンディが、ついてきてしまったのが最大の誤算だった。

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