64 3人のダイヤモンドグレード
すみません、投稿したはずが投稿できてませんでした・・
神の試練。
太古より伝わるその遺跡は、今や「おとぎ話」程度の信憑性しかないはずだった。
踏破の難しさは、最高と言われる伝説級の遺跡を超えるという。
僕のバイブルである「いち冒険家としての生き様」にも記述がある。「存在可能性は、冷静になって検討すると“あり得ない”と言わざるを得ないが」という付記とともに。
だってさ。神の試練だよ。神ですよ。
ほんとうにいるのかって話ですよ——まあ、呪文の詠唱で出てくるのだから「いるのかな? いるのかもね?」くらいには思ってたけど。
大体、そんなすごい遺跡があるならどうして誰も場所を知らないのか?
遺跡の攻略が難しいとしてその経験者はどこにいるのか?
そういったもろもろの疑問があったから、「いち冒険家としての生き様」の著者も“冷静に”判断したんだろう。
でも、僕の目の前にある扉は……確かに、存在感が違う。
神の試練だ、と言われれば納得していまいそうな。
こんなに深いところにある遺跡ならば今まで見つかってなくても不思議じゃないし、そもそも「63番ルート」はゲオルグがやってくるまで誰も踏破できなかったんだから。
この海底炭鉱を使っていた人たちは……逃げたんだろうか。こんなとんでもない遺跡を見つけて? あるいは他の理由が?
それにしても、である。
いろいろとわかった。バラバラだったパズルのピースが一致したような感じだ。
ゲオルグは初めてここに来たときに、僕らと同じように女神の声を聞いたんだろう。そして「選ばれし3人」――残りふたりを集めなければならないと考えた。
放っておいてもプライアは「63番ルート」に来る。なら、もうひとりが必要だった。
僕だ。
おかしいと思ったんだよ……。
どうして大金を払って「魔女の羅針盤」を人質に――モノ質?――してまで僕を「63番ルート」に挑ませるのか、って。
「再現性」、つまり、「ほんとうに踏破したのか他人に確認させる」ため、というのはもっともらしい理由だった。でもさー、一応ゲオルグは設計図を持ち帰って冒険者協会も「踏破」認定をしたわけだから、無理に僕を送り込む理由は薄いんだよね……。まあ、どのみち「魔女の羅針盤」が必要だったから僕は引き受けちゃうけどさ。
神の試練について説明がなかったのは、僕を信用していなかったからだろう。人の口に戸は立てられない。もし情報が僕から漏れて、他の都市にまで広がった場合、冒険者が殺到する。ゲオルグは誰よりも先に「女神ヴィリエの海底神殿」に挑みたかった。だから、真相を隠して、この扉の前にふたりの冒険者を連れてきたかった――。
それと、もうひとつ僕が知らなかったことがある。
この冒険者認定証の製造方法はトップクラスの機密に指定されているらしい。「偽造防止のためだろう」という声もある一方で、なんらかの秘密――誰も見たことも踏破したこともない「神の試練に関わることではないか」というウワサもあったらしい。
ジュエルグレードの冒険者ならほとんどが耳にしたことのあるウワサだ。
当然知ってるべきウワサらしい……プライアも知っていたし。
ま、まあ、僕は冒険者たちとのつながりなんて持ってないしね……友だちがいないってわけじゃない、と思いたい。いるかと聞かれると悩んでしまうけども。
「早く冒険者認定証を出せ」
ゲオルグは言い、僕らを押しのけるように進み扉の前に立つ。
彼が冒険者認定証をかざすと、
「おお!」
青い光が反応した。
ふよふよと、扉にまとわりついている光が動くんだ。
ふと疑問に思って僕は聞いてみた。
「これって、冒険者認定証ならどのグレードでもいいんですか?」
「俺が知るわけないだろうが」
バカじゃねえの? みたいな顔してるゲオルグ。いやいや、知らないのにそんな自信満々の顔されましても。
「だがダイヤモンドグレードならば、開かないわけがねえ」
確かに。
不確定な冒険者認定証を集めるくらいなら、ダイヤモンドグレードでそろえるほうが効率的だ。
それこそ、大金を払ってでも、ね。
うーん。結構簡単に集まっちゃうんだな、最高グレードの冒険者認定証って。
僕が騙されやすい——そそのかされやすいってだけかもしれないけど。
「えーと、その前にもうひとつ確認したいんですけど」
「あ?」
怖っ。すぐにらむんだよな、ゲオルグ。
友だちいないでしょ?
「お前、なんか失礼なこと考えてるだろ」
「とんでもない。……で、報酬の『魔女の羅針盤』をください。ここ『63番ルート』の最奥ですよね? 僕、契約を果たしたと思うんですけど」
「…………はあ?」
心底わからない、というふうにゲオルグが顔をしかめる。
「お前、俺の話を聞いていなかったのか。これは『女神ヴィリエの海底神殿』に続く扉だ」
「そうみたいですね」
「神の試練だ」
「さすがに知ってますよ。やだなあ」
「『魔女の羅針盤』なんてどうでもいいだろうが!」
「…………はあ?」
こちこそ「はあ?」だ。
「そんなこと、どうこう言う権利、ゲオルグさんにあるんですか?」
「…………」
うお、怖い。めっちゃこっちにらんでる。目が赤くなってきてる。
アレか。おこなのか。激おこなのか。
僕はリンゴの陰に隠れる。リンゴも、さっきからのゲオルグの失礼な言い方にカチンと来ているようで、指の関節をこきこき鳴らしている。
でも止めてね。ケンカはね。僕は平和主義ですからね。
「……この扉を開ける手伝いをしろ。そうしたらこの指輪をやる。俺の指輪をセバスチャンに渡せば『魔女の羅針盤』を手に入れられる手はずだ」
「なんだ、ちゃんとそういうふうになってるんじゃないですか。早く教えてくださいよ。不安になっちゃいましたよ」
「『海底神殿』の後でいいだろうが。俺は契約は守る」
「……え?」
「…………なにが、え、だ」
「いや、だって僕、『海底神殿』入りませんよ」
「え?」
え? と言ったのはその場にいた全員だった。ゲオルグも、プライアも、セルメンディーナも、パーティーメンバーも、エリーゼも、リンゴも、モラでさえも。
「ノロット……お前ェ、なに言ってっかわかってんのか?『女神ヴィリエの海底神殿』だぞ。あらゆる冒険者が憧れ、畏れ、存在を信じなかった遺跡だぞ。そいつが目の前にある」
「う、うん。そりゃわかってるよ」
「お前ェは遺跡バカだろうが。とことんの遺跡バカだ。違ェか?」
「失礼だなあ……まあ、冒険大好きだけど」
「そんならこのまま神の試練に挑む——」
「挑まない」
「ノロット、なんでだ。ここで神の試練に挑めれば、冒険者として世界的な名声が得られるんだぞ。ほんとうにわかってるのか」
「わ、わかってるよ。でも、『魔女の羅針盤』のほうが大事。当然だろ? 冒険者としての名声よりも、モラのほうが大事だ」
「な——」
ぽかん、とモラは口を開け——カエルが口を開くとまるで捕食行為にしか見えないんだけど——それから、
「ば、バッケロイ! このすっとこどっこいが! お前ェみてェなトンチンカンは見たことも聞いたこともねェよ!」
いきなり罵倒された。そしてリンゴの肩に乗ると僕が見えないほうに回ってしまった。「ぐすっ」と鼻をすするような音が聞こえる。
珍しい……モラが照れている。
まあ、からかわないけどね。モラが喜んでくれてるのはわかったし。
僕を冒険の世界に連れ出してくれた、この小さくて金色の友だち。
モラの目的を最優先にするのなんて、当たり前も当たり前だ。
神の試練なんて何日かかるのか、無事で済むのかどうかもわからないしさ。
「モラ。扉開けたら、早く戻ろうね。忙しくなるよ」
「……おォよ」
そうして僕らは、扉の解錠は手伝うけど、その場で引き返すことにした。
僕らはプライアたちと別れの挨拶をした。
エリーゼは近接攻撃の人たちと、リンゴとモラは魔法使いに話しかけられ、僕はプライアとセルメンディーナに。
「ノロットさん……ほんとうにそれでよろしいんですか」
「ええ。僕の目的は第一に『魔女の羅針盤』ですからね」
「……そうですか」
「プライアさんもお気をつけ——」
言いかけたけれど、すでにプライアはふいっと顔を背けてゲオルグのほうへと歩み去った。
……あれ?
なんだろう、この感じ。
いきなり興味を失っちゃったみたいな?
「……よかった」
ぽつりとセルメンディーナが言うので、
「なにがですか?」
「プライア様は、ひょっとしたらあなたに興味があるのではないかと思っていたので。そうではないとわかってほっとしました」
「……もうちょっと言葉を選んでもいいと思うんですけど……傷つきますよ、僕」
「申し訳ありません。ですが、あの方は私たちにもノロットさんのことを何度もお話しになっていたので、かなり執着があるのではないかと危惧していました」
ああ、僕をパーティーに誘うという話かな。
あれってマジだったのかな。
「ですが、プライア様は野心家か忠誠心のある者を好みます。ノロットさんが神の試練に来なくてよかったです」
「いやだから、言葉選びましょうよ?」
僕が野心を見せなくなったから興味を失ったってことなのかな。
寂しいような、そりゃそうだよなと思えるような。
僕なんかがおいそれとは手を出せない高嶺の花だし。
「野心よりもなによりも、重要なことってのがあるじゃないですか……」
「ええ。理解できますよ。プライア様でしょう?」
違うよ。もういいよ。
「終わったのか。いつまで待たせる気だ」
一通り挨拶が済んだところを見計らって、ゲオルグが言う。かなり苛ついてる。それでも怒り出さなかったのは、僕が冒険者認定証を出さない限り扉を開けられないからだろう。ていうかこれで開かなかったらどうするんだろう。まあ、「魔女の羅針盤」さえもらえれば僕はいいけど。
プライアはもう僕のほうを見ない。
僕のパーティーは、妙な言葉遣いの金色のカエルと、頭のおかしいオートマトンと、いろいろとワケありの貴族令嬢で十分だ。
「じゃ、指輪お願いしますね」
「チッ。早くしろ」
舌打ちしながらもすでにゲオルグは指輪を外して持っている。せっかちだな。
ゲオルグが中央に、左にプライアが、右に僕が立つ。
3人が立つと横いっぱいだ。
まずゲオルグが冒険者認定証を扉に押しつけた。
ふよん、と青色の光が揺れる。
白っぽい光が混じる。
次にプライアが認定証を差し出す。
「!」
明らかな変化だった。
扉が強烈に輝き出したのだ。
最後に僕が認定証を出す——と、扉から光の触手が伸びてきて、僕の認定証に絡みついてくる。
早く寄越せ、早く寄越せと言うように。
僕は認定証を突き出した。
『長い……長い時間が必要でしたか、“選ばれし3人”が集まるまでには……』
また聞こえた、声。
光は極限まで輝いていく。だけれど熱さは感じない——いや、安心できるような温かみは感じる。
光が止んでいく。
そこには、通路があった。
美しく切られた石のはめ込まれた廊下。
漂う空気は明らかに海底のそれとは違う。
神々しい気配。
「……ほらよ」
ゲオルグは僕に向かって指輪をぽいと投げた。
「おっと」
取り落とさないようにキャッチしたときには、ゲオルグは先に進んでいた。
背負った毛皮がほのかに光を発したかと思うと、彼の身体はかき消えた。
マジックアイテムを発動したのだろう。
「……よし、行くか」
ロンが先頭に立つ。メンバーがそれに続いて行く。
最後にセルメンディーナとプライアが入っていく。
彼らはもうこちらを見ることはない。
行くと決めた——ジェドが死んで戦力が欠けた状態であっても、行くと決めたのだから。
彼らの姿もすぐに見えなくなった。
「よし、じゃあ僕らは帰ろうか」
「そうね。早く帰ってお風呂入りたいわ」
「承知しました、ご主人様」
エリーゼとリンゴがうなずく。
モラは複雑そうな顔をしていたけれど、
「モラ、こっちのマントに戻りなよ」
僕がマントを指差すと、ちょっとだけためらってからぴょんとジャンプして潜り込んできた。このカエル、たまにカワイイところがある。
僕らは急ぎ、来た道を戻った。
とにかく王海竜がいた空洞はさっさと通り抜けたい。しばらく来ないんじゃないかとは思ったけど、復活した王海竜が戻ってきていたら困るし。眠いけど寝ている場合じゃなかった。
他のモンスターもそうだ。僕らは来た道のモンスターをすべて撃破したけれど、分岐の先から僕らのルートへ来ていないとも限らないのだから。
でも、杞憂に終わった。モンスターと遭遇することはなかったんだ。倒してきたモンスターの死体はそのまま転がっていた。
来るときのスピードの3倍以上の速度で僕らは戻った。
なにせリンゴは寝なくていい。
僕とエリーゼが寝ているときは両脇に抱えて歩いてくれたのだ。リンゴに負担をかけてしまうけど、スピードを上げるには一番の方法だった。帰ったら僕はリンゴにご褒美をあげなきゃいけないらしいけど……。
ともかく。
僕らは、「青海溝列車」の青海溝側停車駅にまで戻った。
そうしておよそ1週間ぶりにグレイトフォールに帰還したのだった。




